挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
102/299

102

 お正月、私は栗きんとんを食べながらとんでもないことに気が付いてしまった。

 もしかして、鏑木ってば優理絵様に振られたのでは?!

 あのテスト結果は、振られたショックで勉強も手に付かない状態だったからなんじゃないかな。そして旅人は失恋傷心旅行に出たのではないかな。

 凄い、今年の私は冴えている…。

 でも振られ方が君ドルと違う。だってマンガでは傷心旅行にも出ないし、振られる頃には若葉ちゃんともう少し接点があったはずだし。

 うーん…。マンガとは少しずつ話が変わってきてるのかな。そもそも若葉ちゃん苛めの急先鋒の吉祥院麗華の妨害がないんだもんね。

 それに主要人物の性格も微妙に違うように思えるし。私がマンガを読んできゃあきゃあ言っていた皇帝は、間違っても騎馬戦に異常な情熱を燃やし、人の仮装に獣鼻指導をしてくるような体育祭バカなキャラじゃなかった。もっとクールだった。円城だって皇帝と若葉ちゃんを見守る優しい人で、決してあんな腹黒じゃなかった。そもそも髪が蜂蜜色じゃない時点で、マンガとは違う。

 それに…、若葉ちゃんがちょっとおバカさんになってる気がする……。

 なんだろうなぁ、この主要キャラ全体に漂う残念臭は。

 それと対照的に、君ドルには出てきていないお兄様や伊万里様や友柄先輩のかっこ良さときたら!この人達が登場していたら、確実に人気が出ていたはず!特に友柄先輩なんてマンガのかっこいい皇帝みたいな雰囲気も持ってるし。

 イレギュラーも多いから、このままマンガと違う展開になっていくのかな。まぁ私の人生が平穏無事なら、別にいいんだけど。

 とりあえずもらったお年玉は全額貯金しとこ。でもお兄様からいただいたお年玉は枕元に飾って毎日拝んでいます。



 3学期の始業式にも鏑木の姿はなかった。まだ旅の途中なのかな?

 新学期を迎えても皇帝不在ということに、高等科だけではなく中等科の生徒達も騒いだ。たったひとりの生徒の欠席にここまで影響力があるとは。

 サロンに行くと、久しぶりに円城が来ていた。ピヴォワーヌのメンバーに囲まれて鏑木のことを聞かれている。


「雅哉は新年早々風邪を引いてしまったので、大事をとって休んでいるんです。あと何日かで登校すると思いますよ」


 風邪?傷心旅行からは戻ってきているのか?いやいや、まだ傷心旅行と決まったわけじゃないか。自分探しの旅かもしれないし。個人的には旅に出たくらいで見つかる自分なんてたいしたもんじゃないと思うけど…。

 円城は私を見つけると、周りの方々に挨拶をしてこちらにやってきた。


「明けましておめでとう、吉祥院さん」

「おめでとうございます、円城様」


 円城は私を周囲から見えないところに誘導して、なにやら袋を渡してきた。


「はいこれ。雅哉をあちこちに迎えに行った時の、お土産という名の口止め料」


 え…、なんか怖い。


「…それは、お心遣いありがとうございます」


 笑顔の円城から物凄く消極的にお土産を受け取った。

 円城、わざわざ鏑木を迎えに行ってあげたんだ。しかもあちこちと言うことは何ヶ所もあったってことでしょ。ただでさえ年末年始は忙しいのに、円城も友情に篤いな。なんだかんだで面倒見いいもんね、この人。


「鏑木様は風邪を引いてしまわれたとか」

「そうなんだ。今も自宅で静養しているよ。寒い場所にばかり行っていたからね。しかし病は気からって本当なんだねぇ。すっかり弱っちゃって」

「そうなんですか…」


“寒い場所”“病は気から”やはり傷心旅行か?!

 寒い場所というと北欧とかロシアあたりかな。あ、皇帝ナポレオンがロシア行っちゃまずいか。でもシベリアの永久凍土に佇む鏑木って、想像するとちょっと面白いんだけど。マンモス発見しちゃったりして。うぷぷっ。


「でも熱もないしすぐに良くなるよ。雅哉が出てきたら吉祥院さんもよろしくね」

「…ふふ?」


 なにがよろしくなのかわからないので、笑ってごまかした。




 私は家に帰って円城からもらったお土産を袋から出した。


“東尋坊クッキー” “華厳の滝サブレ” “樹海まんじゅう”


 面白いなんて言って笑ってごめん鏑木……。

 まさか傷心旅行のさらに向こう側に行っていたなんて…。鏑木―っ、戻ってこーいっ!

 しかし天下の鏑木家の御曹司の旅が、日本どころか本州すら出ていなかったことに少し驚いた。




 数日後、約1ヶ月ぶりに登校してきた鏑木はすっかりやつれ果てていた。

 髪にも肌にも艶がない。目が死んでいる。うわぁ…、これもう確定じゃん…。

 いつもとは違う意味で近づきがたい空気を出している鏑木に、周囲はどう対応していいか様子を窺っていた。私は見て見ぬフリをした。

 鏑木のあの様子は病み上がりだからだというのが大半の意見だったけど、絶対違うと思う。一部の女子達の間では、やつれて弱っている鏑木様も素敵!などと言われていた。

 私も友柄先輩に失恋した時は落ち込んだけど、さすがにここまでじゃなかったな。そりゃあ初恋歴数ヶ月の私と、初恋歴10数年の鏑木とじゃショックの度合いが桁違いだろうけどさ。

 普段元気な人間が弱っていると、見ているこっちも少し心が痛むね。ここは新しい恋だぞ、鏑木!君には若葉ちゃんという運命の恋人がすぐ近くにいるのだから!

 その若葉ちゃんは、期末テストのあとに受けた全国模試の結果が良かったのでほくほくしていた。奨学金がかかってるんだもんね。

 学院中が皇帝を心配しているけど、若葉ちゃんはそれほど興味がなさそう。一応どうしたんだろうって顔はしてたけど。

 接点がないから失恋の八つ当たりをされる気配はまるでない。そもそも今の鏑木に八つ当たりするほどの気力がないとみた。



 そんな鏑木を、舞浜さんが学院まで迎えにきた。普段の鏑木なら無視するはずが、弱っているせいなのか舞浜さんに腕を組まれても振りほどくことなく、そのまま同じ車に乗って帰ってしまった。

 学園祭で舞浜さんを見た生徒達も大勢いたので、ふたりが一緒に帰ったことで大騒ぎになった。


「あの子は誰なの!」

「百合宮の舞浜恵麻よ!優理絵様と親しいとかで、鏑木様に纏わりついているのよ!」

「鏑木様が優理絵様以外の女の子と一緒にいるなんて、どういうことなの!」


 うわぁうわぁ、大変だ。みんなが鬼のような顔になっている!

 私のグループの子達も目を吊り上げて去って行った車を睨みつけていた。芹香ちゃんと菊乃ちゃんは呪詛の言葉を吐いていた。

 鏑木、本当に大丈夫なのかな…。そういえば円城はこんな時になにをやってるの?

 その姿を探したら、いつも鏑木のそばにいる円城が、厳しい表情でとっくに見えなくなった車のあとを、ジッと見つめていた。

 なんだかこっちも怖かったので、気づかれないようにそっと離れた。



 その夜、愛羅様から話したいことがあるので会いたいというメールがきた。

 久しぶりに胃がキリキリとした。


+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。