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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 学園祭のクラスの出し物が女装男装カフェになった。

 最初は普通のカフェをやる予定だったのが、シンデレラが好評だった岩室君の話題になって、じゃあ女装カフェにしようということになったのだ。

 それなら女子は男装で、ということで男子はメイド、女子は執事の格好をすることになった。

 メイドか…。せっかくだから普通のメイド服ではなく、ゴスロリファッションにしてみたら?と提案したら、即採用になった。岩室君の目がキラキラしていた。あとでメイド服の相談に乗ってあげよう。

 そして私は、裏で注文された食べ物を用意したりする係をやろうと思っていたのに、佐富君に「吉祥院さんは絶対に表!」と言われてしまったので、執事の格好をすることになってしまった。

 でも私は女顔だし縦ロールだし、男装の麗人にはなれないと思うんだけど?

 実際に執事服を着た姿を自分で見ても、あまり男装っぽく見えなかった。せめて髪をひとつに縛ってみるかな。まぁ不気味な女装男子達の中に入ったら、私の男装なんて誰も注目しないと思うから別にいいか。

 そんなことを考えていたら、佐富君に動物の耳の付いたカチューシャを渡された。


「これはなんですの?」

「羊の耳だよ。羊の執事。可愛いと思わない?ぜひ吉祥院さんに付けて欲しくて。あ、髪は結ばないでね。吉祥院さんのトレードマークなんだから。そのくるくるした髪が羊っぽいでしょ?」


 はい、と頭に羊の耳を装着された。また動物か…。しかし、


「耳だけですの?」

「うん。なんで?」

「仮装リレーの時に、なんでネズミの耳だけ付けて鼻を付けなかったんだと、鏑木様に言われたのですわ」

「え…、さすがに俺も吉祥院さんに羊の鼻を付けろとは言えないんですけど」

「私も息苦しそうだから付けたくありませんわ」

「…じゃあ今回も耳だけってことで」

「耳は決定ですのね」

「うん!」


 佐富君は清々しいくらいの笑顔で、私を羊にした。

「だって吉祥院さんはオオカミの皮を被った羊だからね。ぴったりでしょ」と言われたけど、佐富君、私の外見はそんなに怖いの?


 執事服を着て羊の耳を付けた自分の姿を、鏡でジッと見る。

 大丈夫かな、私。もしかして岩室君のことを言えないくらいおかしな方向に進んでいないかな。ロココの女王だったはずなのに、なんだかお笑い路線に転がっているんじゃないかって思うのは気のせいなのかな…。


 ゴスロリメイド服については、岩室君の相談にしっかり乗ってあげた。頭に被るのはボンネットがいいかヘッドドレスがいいか、ワンピースがいいかブラウスとコルセットスカートがいいか、パニエ重ね穿きでスカートを思い切り膨らませるかとか、とにかくいろいろ。

 岩室君のゴスロリへの情熱が凄くて、妥協を許されなかったのだ。

 結局頭はボンネットに縦ロールの部分ウィッグにすることにした。そのウィッグ、なんだか見覚えがあるんだけど…、私の髪に少し似ていない?まぁ私の髪はそこまで巻きが強くはないけどね。


「師匠のそのお姫様のような髪型に憧れてて…」


 岩室君はデカい図体でもじもじした。もう岩室君は取り返しのつかないところまで進んでしまっているようだ。ご両親に申し訳ない。

 そして、私は師匠になった覚えも、弟子を取った覚えもない。間違えるな、君の師匠は柔道部にいる。

 それでも可愛いゴスロリメイドさんにするために、岩室君の顔にメイクを施す。

 仮装リレーの時と違って時間があるので、涙の粒付きのつけまつげも付けてあげよう。ネイルもしてみますかね。

 うんうん、岩室君、とってもきれいだよ。



 私達のクラスのカフェは朝から盛況だった。

 最初はやりたくないよーとか騒いでいた男子達が、メイド服を着たあたりからだんだん自分達の美を追求するようになって、最後はやたらクオリティが高くなってしまったのだ。女装願望を持っている男子って実は多いの?

 おかげで私達執事は、メイドさん達のアシスタントだ。我らが“カフェ・羊のドーリー”はご指名ありなので、売れっ子メイドさんは接客に忙しいのだ。

 この店名は、羊の執事とドールなメイドを合わせた名前らしいけど、羊耳つけているのって私だけだよね?

 ちなみに“カフェ・羊のドーリー”では遺伝子組み換え食品は使用しておりません。


 私にご指名が入った。

 初めてのご指名は友柄先輩だった!


「友柄先輩!いらっしゃいませ!」

「いらっしゃいましたよー。吉祥院さん、その耳可愛いね。執事だから羊なの?」

「そうみたいです…」


 やっぱり変かな、羊耳。今更だけどさ。


「じゃあ羊さん、このラムレーズンのパウンドケーキセットをくださいな」

「はい、かしこまりました!」


 私は急いで友柄先輩のオーダーを裏に伝えに行った。

 友柄先輩がわざわざ来てくださるなんて、嬉しいな!えへへ、羊耳、可愛いって言われちゃった!

 なんだかとっても幸先良いスタートが切れた気がする!

 その後もほかのクラスのお友達が遊びに来てくれたり、璃々奈にふんぞり返って「そこの妙な執事、さっさとお茶を持っていらっしゃいな!」と命令されたりと、私はなかなかの指名率を誇った。ゴスロリ岩室君の指名率には負けるけどね。

 佐富君にも「さすが吉祥院さん!抜群の集客力だよ!」と褒められた。

 日は一般公開で外のお客様もお見えになるから、頑張るぞ!



 空いた時間に私は手芸部を覗きに行った。

 手芸部は毎年ウェディングドレスを作るのだ。今年もこの日の為に4月からデザインを相談し合って縫った、手芸部員渾身のドレスが中央に飾られていた。

 ドレスは裾にまで繊細な刺繍が施されていて、高校生が作ったとは思えないような出来栄えだ。

 私も手芸部員(仮)なので、アートフラワーのブーケの薔薇をひとつだけ作らせてもらった。みんながドレスを作っているのを無言でジーッと見ていたら手伝わせてくれたのだ。決して圧力ではない。

 部室には見学客が何人かいて、ウェディングドレスの前には委員長がいた。うっとりとする乙女。


「委員長も着たいですか?」

「うわっ!吉祥院さん!」


 後ろからそっと近づいて声をかけると、乙女が驚いた顔で振り向いた。


「僕にそんな趣味はないよ。ただ、きれいだなーって思って」

「ふぅん。では誰かさんが着ているところを想像したのですね?」

「なに言ってるんだよ、やだな~」


 乙女委員長の顔がみるみる赤くなる。そうかいそうかい、いつか現実になるといいね。

 そこへ偶然岩室君もやってきた。ウェディングドレスにうっとりとする岩室君。

 乙女委員長と乙女柔道部。乙女達の邂逅だった。




 次の日も“カフェ・羊のドーリー”は大繁盛だ。

 一般公開はチケット制なので、生徒の関係者しか入れない。犬バカ君に「ぜひ招待してくれ!」と頼まれたけど、学院で愛犬呼ばわりされたら困るので丁重にお断りした。それに羊の耳を付けるのがOKなら犬耳を!とか言いだしかねないし。ただでさえ今も学院では牧羊犬みたいな扱いなのに、縁起でもない。

 葵ちゃんは瑞鸞と学園祭がかぶってしまったので、招待できなかった。残念。

 そんな時、私にご指名が入った。


「桜ちゃん!」


 桜ちゃんが秋澤君と一緒にやってきた。


「ごきげんよう、麗華さん」

「こんにちは吉祥院さん。桜子が来たいっていうので連れてきたよ」


 秋澤君が女の子連れということで、女装メイド達がざわざわした。


「麗華さん、執事姿とっても似合ってますわ。その耳も個性的」


 そう言う桜ちゃんの目が完全に笑っている。ふんだ。

 裏から佐富君が出てきた。


「蕗丘さん、いらっしゃい。今日は秋澤と見学?」

「お久しぶりです、佐富君。麗華さんの男装が見たくて来てしまいました」

「そうなんだ。吉祥院さんと友達なんだっけね」

「ええ。麗華さんとは小学生の頃からのお友達です」


 さっきから気になっているんだけど桜ちゃん、いつもの呼び捨てはどうした?なにその控えめな笑顔。

 女装メイド達から「清楚」「大和撫子」などと言う声が聞こえてきた。凄いな桜ちゃん、飼ってる猫が化け猫クラスだ。

 桜ちゃん達はこれからふたりで学園祭を見て回るのだそうだ。どうやら桜ちゃんの目的は、瑞鸞に自分の存在を知らしめて、秋澤君に近づく女子を牽制することのようだ。化け猫包囲網に全く気付いていない秋澤君は、ある意味幸せ者だ。



 午後になりしばらくすると、廊下が急に騒がしくなった。どうしたのかと思ったら、“カフェ・羊のドーリー”に皇帝と円城が入ってきた!そしてその後ろからは優理絵様と愛羅様が!あと、夏に会った舞浜さん。

 とんでもない大物達の来店に全員が騒然とした。特に指名はなさそうなので、とりあえず私が注文を取りに行った。


「麗華ちゃん久しぶりね!」


 愛羅様が声をかけてくれた。私もみなさんにご挨拶した。


「吉祥院さん、ネズミの次は羊なんだ。すっかり話題になってたよ」


 そう言って笑う円城と


「羊、鼻はどうした」


 とダメ出しをしてくる鏑木。

「鼻を付けると苦しいので」と答えたら「精進しろ」と言われた。なにをだ。


「麗華さんって吉祥院家のお嬢様のわりには、ずいぶん変わった扮装をしてるのね」


 鏑木が私に話しかけたのが面白くなかったのか、舞浜さんが毛先をいじりながら私に嫌味を言ってきた。


「恵麻。ごめんなさいね、麗華さん」


 優理絵様が舞浜さんを窘めた。舞浜さんは「だって~優理絵お姉様~」などと言っている。


「仮装したり断食したり、麗華さんって変わってるんだもの」


 舞浜さんがふふんと笑った。断食の話題をここで出すな!


「それって企画した雅哉のお母さんへの批判かなー。僕からおば様に伝えておこうか?」


 笑顔の円城の言葉に、舞浜さんが慌てて取り繕い始めた。バカめ。そして腹黒円城、よく言った。

 注文を取り終えて裏にいった後も、そのテーブルはカフェ中の注目を一身に浴びていた。

 舞浜さんは鏑木の隣に座り、あれこれと話しかけている。鏑木は面倒くさそうにそれをあしらっていた。優理絵様と愛羅様は女装メイド達の品評を楽しそうにしていた。

 瑞鸞で鏑木にベタベタするのは大勢の女子生徒達を敵に回す行為だ。だんだんカフェの中が殺伐とした空気に包まれてきた。外からカフェを覗く女の子達からも殺意の視線を感じる。それを勝ち誇ったような顔で跳ね返す舞浜さん。怖っ!


「吉祥院さん、これを」


 佐富君に渡されたお茶には、女性客だけにサービスされる羊のクッキー付き。

 私はそれぞれの前にお茶を置いた。優理絵様と愛羅様には黄色い羊のバタークッキー。舞浜さんには黒い羊のクッキー。

 黒い羊のクッキーは、特別なお客様にだけ出される物。さっさと帰れ、厄介者!

 帰り際、愛羅様が困った顔で「不愉快な思いさせてごめんね、麗華ちゃん」と謝ってくれた。愛羅様が気にする必要なんてないのに。鏑木は散々舞浜さんに纏わりつかれてうんざりした顔で帰って行った。

 なんだかぐったりとしてしまった私の隣に岩室君が立った。


「中途半端な巻きでしたね。師匠の足元にも及びませんよ」


 ……うん、ありがとう岩室君。






 その1ヶ月後に貼りだされた期末テストの順位表に、鏑木雅哉の名前はなかった。


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