戦国時代を舞台にしたドラマや漫画では、このセリフが出たら一つのクライマックスになる。
実際には江戸時代中期ごろに成立した軍記小説『明智軍記』が初出であり、作者の創作とされる。
(時代的に頼山陽の創作とする説は誤り)
- 徳川家康「人の一生は重荷を負て遠き道をゆくがごとし」
「東照宮御遺訓」として知られるが、実はこれは明治時代に元幕臣が、『人のいましめ』という1830年刊行の本を元に、家康の花押まで偽造して作成したもの。
言葉自体はおかしくないのだが、その『人のいましめ』自体も、徳川光圀の文章が元とされるが証拠が無い。
これを、高橋泥舟(幕末の三舟の一人)などが各地の東照宮に納めたことから広まってしまったらしい。
実際には弟子の創作であるとされる。
ガリレイは地動説を放棄することで極刑を免れたのだから、実際にこんな発言をしてしかも記録されていれば無事では済まなかっただろう。
周囲にわからないようにイタリア語ではなくギリシア語でつぶやいたという説もあるが、当時屈指のインテリ揃いの裁判所でそんなことをしたならチャレンジャーすぎである。
暗殺間際に言ったと言われるセリフだが、近い時代の資料ではほぼ即死に近い状況で、言葉を発することなく亡くなったとされている(諸説あり)。
ちなみに最も古い伝承では「お前もか、我が子よ?」というセリフであり、上記のバージョンを定着させたのはウィリアム・シェイクスピアである。
大数学者アルキメデスの最期の言葉で、地面に図形を描いて計算している最中にローマ兵士に襲われた際の発言とされている。
しかし、実際にはアルキメデスが最期にそんな発言をしたという記録は存在しない。
そもそも彼は計算中ではなく製図用の道具を運んでいる時に襲われたという説もあり、「本当に最期に図形を描いていたのか?」すらはっきりしていないのが実際のところである。
暗殺未遂事件を報じた新聞社の創作という説が有力。一説には秘書の内藤魯一の発言だとも。
何しろ襲撃当時は「痛いがーやきぃ、早よう医者を!」と叫んだと言われてたり、本人が自伝で「一言も出なかった」と回想しているくらいだし。また病院で見舞客に笑いながら言っていたという説もある。
いずれにしても、刺されたその場でこんな発言が出たなら凄すぎである。
だからと言って、テストの穴埋め問題に「ぐへっ!」とか「ぎゃあ~!」と書くのは余りにもしょうもないのでやめよう。
「日本は将来世界を率いる素晴らしい国である」とかいうやつ。
実際にはもともと"アインシュタイン"とは無関係の法学者の"ローレンツ・フォン・シュタイン"博士の発言とされていたものであり、
しかもそもそもそのシュタイン博士の発言でもない日本人による創作という二段オチ。
なおアインシュタインが親日家であったのは事実だが、彼が愛したのは日本人やその自然・文化の素朴さと繊細さであり、発言は本当に関係が無い。
- ウィンストン・チャーチル「日本人は外交を知らない」
チャーチルが日本の外交姿勢について語ったとされる一文で、「我慢強く謙虚だが、限界を超えるとキレる」という日本人の性質を端的に表している。
これが日本人が抱く「日本人」のイメージに近い事から日本ではそれなりに引用される事が多い文章だが、
実は原文が確認されていないうえに当時のイギリス人の発言としては不自然な点が多く、後世の日本人による創作、あるいは誤訳の可能性が高いとされている。
日本人が自分のイメージを元に創作した(あるいはそうなるように誤読した)文章なら、そりゃ日本人のイメージに近くて当然だろう。
- チャールズ・リンドバーグ「翼よ、あれがパリの灯だ」
世界で初めて大西洋を単独無着陸で横断したパイロットの言葉。ニューヨークからパリまでの飛行を成功させ、パリの灯が見えた時に叫んだと言われる。
しかし、これは実は自伝(邦題版)のタイトルで、本人が言った言葉ではない。
何しろ彼はパリに着いた時にそこがどこかわからなかったのだから、言いようがない。
付け加えて原作のタイトルは『The Spirit of St.Louis』、つまり飛行機の名前であって『翼よ~』のくだりは付けられていない。
日本の軍人から関ヶ原の戦いの東西両軍の布陣図を見せられた時にこの言葉を発言したとされる。
この発言のあと、東軍側が西軍諸大名に対して盛んに調略を行った結果離反者が出て勝利した事実を聞くと、戦争で勝利するには調略と情報収集・分析が必要という事を指導する様になったと言われている。
しかし、このエピソードは小説等では確認できるが出典は判明しておらず、後世の日本人による創作の可能性が高いとされている。
- チャールズ・ダーウィン「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である。」
自然選択と適応を軸とした進化論を唱え、現代進化論の基礎を作り上げた科学者の言葉。かの有名な「種の起源」からの引用とされることも多い。
小泉純一郎(当時)首相が演説で触れたことから非常に有名になった……がこのフレーズ、今となっても具体的にダーウィンが言ったとされる証拠はでていない(当然「種の起源」内にはない)。
この言葉が広まった理由として、端的に「名言」としてよくできているからであろう。それ単体で意味が通じ、深みのある――少なくともそう見える――内容であり、
またダーウィンの名前を冠することで、進化論に対するよくある誤解(弱肉強食、強いものが栄える)を覆す「実はこうだったんだ」式の驚きも生み出し読者の関心を引ける。
話の枕として非常に使いやすく、ネットで検索すればビジネス系のブログなどが多数ダーウィンの言葉として引用しているのが確認できる。
なお純粋にダーウィニズムの観点からすると、このダーウィンが言ったと(恐らく)誤解されている言葉自体は、「全くデタラメじゃないけどうーん……」ぐらいの感じである。
もちろん「強いものが生き残って進化する」「賢いものが生き残って進化する」という言い回しよりは100倍マシであるが、
例えばあまたのビジネス系ブログのように「だから企業も変化しよう!」というようなオチのために引用されると、
「いやダーウィニズムにおいて変化というのはあくまでも結果論でして、能動的な行動のように言われるとちょっと……ダーウィンの言葉としては(言ってない可能性高いけど)……」
ぐらいの感じになってしまう、なかなか悩ましい「名言」だったりする。
そもそもダーウィニズム自体定義が論者によってまちまちでもある。
また、変化することが常に正しければ、「生きている化石」と言われ、今でも幅広く繁栄している生物種(
黒いアイツとか)は何なのだということになりかねないのである。
その他いわゆる「名言」扱いではないが、進化論という主に宗教界から根強い反発のある分野の大家だけあって、「ダーウィンすらこんなことを言っているのだから進化論は怪しい」という主張のために発言がねつ造されることがままある。「ダーウィンは死の床で進化論を撤回し信仰を取り戻した」や「ダーウィンは『あらゆる生物の中で、進化論に一番あてはまらないのは人間だ』と言った」などはwebで検索すれば多々かかる。
最初に断りを入れるが、「意味が違う」にも値する発言。
昭和25年12月7日に当時の大蔵大臣であった池田が答弁したとして騒然となり、マスコミにすっぱ抜かれて大騒動となった言葉。
しかし実際は、「所得の少ない人は麦を多く食う、所得の多い人は米を食うというような、経済の原則にそった方へ持って行きたい」という発言が元。
当時はコメと麦の比率が所得に関係なくほぼ同じであり、その点を統制する現状はいかがなものか、という意見である。
これが翌日の新聞の見出しで「貧乏人は麦を食え」と悪意ある変換をされて掲載され、大ひんしゅくを買ってしまったというもので本人はこんなことは言っていない。
池田は有能な大蔵官僚だったため大蔵大臣に大抜擢されたが、その大抜擢具合と過激な発言から国会やマスコミから格好の批判材料になってしまった面があった。
例えば「正常な経済原則に沿わないことをやって倒産し,更に思い余って自殺したとしてもやむを得ない」みたいな形の発言を、「中小企業の五人や十人自殺してもやむを得ない」と報道されたりもしている。
もっとも、段々と慣れたのか、むしろテレビを利用し、出演して腰の低い様子を見せ、世論からの支持を取り付けられるようになった。
結果、総理大臣として高度経済成長の立役者の一人となったのは、ご承知の通りである。
内閣総理大臣を務めていた2000年にアメリカ大統領ビル・クリントンと会談した際に、"How are you?"と言おうとして間違えて言ったとされる発言。
「無党派層は寝ててくれ」など多くの失言等で内閣支持率7パーセントという珍記録を出した(これは消費税導入とリクルート事件で大バッシングを受けた竹下登内閣と並び、歴代最低タイ記録である)
森氏の数ある失言の1つとして週刊誌などで紹介されたが、実は森氏の人気の無さをネタにしたただのジョークである。
正確には、このジョークは昔から政治記者らの間では知られていたもので、本来は「アジアの某国の大統領の逸話」として台湾で創作されたもの。
韓国では金泳三大統領(こちらも失言で知られていた)の発言という設定のジョークとして知られていた。
それを知っていた日本のとある記者が周囲に「森総理でも使えそうだな」と言ったところ、それが伝聞されていつの間にか事実として広まったしまったらしい。
つまり、そもそも森氏を想定したジョークですらない。
森氏は繰り返しこの発言は事実無根だと批判している。
なおマスコミの中にもこの発言については懐疑的だった人が居たため、上述の経緯もそのような雑誌が検証した結果明らかになったものである。
また上述の記者にしても、あくまで知人に「こんなジョークがあるんだけど」という風に話しただけで、別にデマを広めようとしたわけではない(後に「森首相には申し訳ない」と述べている)。
ほぼ創作系の発言だが、一応意味が違う系の要素も僅かにはある発言。
当時
阪神タイガースにトレード移籍してきた松永浩美が、在籍期間1年のみで当時新たにできたFA制度で福岡ダイエーホークスに移籍をする最中に松永が発言したとマスコミに報じられ、当時の阪神ファンの間で大騒ぎとなった。
実際がスポーツ氏による全くの捏造発言であったとされる。
当時、阪神には盗塁が得意な選手がいなかったことで松永はグラウンドキーパーに「硬めにしてくれない? 柔らかすぎて滑るんだよ」とオーダー。
その際にグラウンドキーパー側が「幼稚園の砂場くらいか?」と質問し、それに対して松永は「いや、そんなには……」と答えたという。
この時の両者のやり取りが、いつの間にか歪んだ形で関西メディアが伝えたことでこの悲劇は起きたと言われている。
また、松永という人物も自分が言いたいことはハッキリと言い出すという性格の人物で、これもマスコミとの相性が悪かったようだ。
なお、この当時は松永は一か月間誰にも会わないような体制をホテルで取っていたにも関わらず、日々自分のコメントとされる発言が報道されたとのこと。
そのため、松永は滞在先のホテルで記者に質問を受けていたという行動もデマとされている。
この騒動は現在では地元マスメディアとファンの移籍する選手に対する攻撃性が生んだ悪例として語られることが多い。
- 鳥山明「自分の子どもを賭博屋に売る人間がいますか?」
鳥山明が「寺田克也全部―寺田克也全仕事集―」という本の424ページの対談コーナーで、
「自分の漫画のパチンコ化を許可するつもりはない」という趣旨で言った物とされているが、実際にはそもそも件の本は424もページ数がある本ではなく、対談が載っていたとされるページ自体が物理的に存在しなかったというオチ。
ちなみにAmazonの商品ページを確認するだけでも、件の本が全部でおよそ300ページ程しかない事がわかる。
余談だが、後にこの逸話の真偽を実際に検証したブログのコメント欄にて、
コピペ制作者本人による釣り宣言と裏話の暴露が行われるという珍事が起きた。
その製作者曰く「まさか出典明記してる上わりとメジャーな本なのに誰もそれを読まず、あまつさえコピペされまくるとは思わなんだ」との事。
- 藤子・F・不二雄「よく「漫画家になりたいなら漫画以外の遊びや恋愛に興じろ」だとか「人並の人生経験に乏しい人は物書きには向いていない」だとか言われますが、私の持っている漫画観は全く逆です。」
一時期ネットに出回ったコピペの一部で、元々は具体的な例え話を交えた20行にも及ぶ長文なのだが、発言の出展が一切明らかになっていない。
こんな文が本人の死後10年近くたってから何の脈絡も無く出現し、更に10年近くたっても実際に出展を確認した人物が現れないというのは、疑うなという方が無理な話であろう。
また「書かれている内容とF先生の作風が微妙に噛み合っていない」「F先生は一人称に「私」ではなく「ボク」を使っていた」といった指摘もあり、コピペ自体の出来もお世辞にもいいとは言い難い。
少しニュアンスが近い本人の発言もあるが、ネタはあっという間に枯渇するから創作でも人の話でもどんどん吸収してネタを蓄えろという話で、どっちかというと量の話である。
- 冨樫義博「ヒソカやイルミなら護衛団は余裕で倒せる」
人気漫画
HUNTER×HUNTERの強さ議論の際、引き合いに出される話題で、作者の発言の様に度々引用されるがソースは見つかっていない。
広まった原因として考えられるのは、おそらく2014年頃に建てられた2ちゃんのスレである。
このスレは「(自称)作者の元アシスタントが作者とのやりとりを元に強さランクを作成した」と言う内容で、そこから広がってしまったのではないかと推測される(当然スレ内で半信半疑の空気もあった為、まとめブログがそうした書き込みを削って紹介した事で浸透した可能性あり)。
そもそも作中では護衛団の一人であるネフェルピトーとの接触をキルアが振り返った際に、「薄気味悪いオーラだった…兄貴より…ヒソカより…」と直接的な実力ではないにせよ、ネフェルピトーの方が上だという趣旨の発言をしている。
余談だが、この件に関して「そもそも冨樫はアシを付けない」と言って否定する人もいるが、これは誤りなので注意。
かの有名な格闘ゲーマー・ウメハラが発したとされていた言葉。
後にファミ通のウメハラ本人のインタビューにて、「小足見てから昇竜余裕なんですか?」という質問に対して「見えません(笑)。それは友人が言った『小足出すと確実に昇龍で返されるから、見えているんじゃないのか?』
というのが一人歩きして広まったんだと思います」
ニコ生でも同様の質問に「無理に決まってるじゃん」と回答していた。
現実的な話をすると、そもそも
2D対戦型格闘ゲームにおける小足は一般的には3~4フレーム程度、遅くとも7~8フレームくらいまでである。
人操作の場合は「画面に表示されたのを見てから反応」する以上そこに最低1フレーム、更に昇龍拳は623+Pと3回入力が必須で更に3フレームの入力時間が必要。
つまり合計4フレーム掛かるわけなので3フレーム以下の小足に反応して昇龍を出すというのは
ゲームシステム上不可能。
そして、人間の反射神経の限界が0.1秒(6フレーム)、普通に鍛えられた人間でも10~12フレームくらいが限界なので、1フレーム反応と言うのは非現実的。
つまり最速でも合計で発生が9フレーム以下の技は人間が『見てから反応』することはほぼ不可能。
要するに単純に先読みしていることと、その精度がかなり高いことによる技能である。
とは言え実際は先読みだと分かった上でネタとして出している場合が多いと思われる。
両作のメインライターを務めた荒川氏が言ったとされる発言。ファンの中にはこの発言に難色を示す者もおり、本当にあった発言だったのか度々議論の的になる。
しかし、これに関してはデマとも言い切れず、明確なソースが存在している。当時の
次番組の公式ホームページにて、それを肯定する文言が書かれていた。
だが、これは別のスタッフが聞きづてに書いたものだったらしく、荒川本人が後に「言ってない」と発言を否定。
ソースがあるにも関わらず、それが間違っていた事で「言ってない」に分類される特殊な例である。
- 任天堂「このキャラクターは超能力が使えます。もし貴方とこのキャラクターが似ているというなら是非ここで超能力を使ってみてください」
任天堂が超能力者のユリ・ゲラーに名誉毀損で訴えられた際の裁判で任天堂側の弁護士が言ったと言われるセリフで、ユリ・ゲラーはこの正論に反論できず敗訴したとされている。
しかし、ユリ・ゲラーが敗訴した事自体は事実だが、実際の敗訴理由は当時ポケモンは日本国内でしか正規流通しておらず連邦法での訴訟の要件を満たさかったためである(つまり却下に近い扱い)。
ネット上で数々の名言が拡散されているが、本人がそのほとんどを否定している。
いわゆる「江頭の発言とは思えない感動系の名言」はその大半がソース不明で、単なるギャップ狙いで作られたと思われるものが大半。
江頭自身が芸に真摯かつ真面目な性格ということは暴露されているので「江頭なら言ってそう」と思われるのも無理がないのだが、前述の通りデマを流すことはそれ自体が問題行為である。
江頭本人もネット番組「江頭2:50のPPPするぞ!」で一連の噂を否定した際、「これを言うことによってファンは減るかもしれないけど、そんなファンは初めから要らん!!」「どうせデマ流すならもっと面白いこと言え!!」と一通り叫んだ上で、「まあ真偽については自分たちで考えてほしい。ただ『善光寺は俺が守る!』は言った」とたしなめて(?)いる。
ちなみに「1クールのレギュラーより1回の伝説」「お前ら俺を撮れ!俺がルールだ!」などの破天荒な信条はソース不要なほど本人が連呼している。
江頭同様に「実はいい人」と言う噂がネット上に流布された芸人達の一組。
その中のエピソードの一つとして、『ごっつええ感じ』の収録で倒れた松本の元に浜田が他の仕事をキャンセルして駆けつけ、
「お前は俺が死んでも笑いに変えられる力があるけど、俺はお前が死んだら泣くことしかできへんぞ!」と泣いたのに対し、
「俺も他の奴やったら笑いに変えられるかもしれんけど、お前が死んだら泣くしかできへんわ」と返したという話が流れていたが、
『水曜日のダウンタウン』の中で「1mmもあってない」(松本)「ごっつの収録に二人そろっていないのはおかしい」(浜田)と揃って否定。
松本がインタビューで「無人島に一つだけ持っていくとしたら浜田」と答えたという話も「俺はゲイじゃない」と否定している。
しかし、「インフルエンザにかかったマネージャーに『松本の娘に移ったらどうするんだ!』と浜田が激怒した」というエピソードは
「そんなにきつい言い方はしていない」と言いながらも浜田が認め、松本が素直に「ありがとう」と感謝の意を表している。