誰もが気軽にはじめることができて、かつ強い影響力を持つソーシャルメディア「Instagram(以下、インスタ)」で、新しい表現の潮流があるのをご存知だろうか?都市の(特に夜の)景観や雑踏を切り取り、過剰なまでにLightroomで編集・加工を加えることで、猥雑で美しい都市の貌を浮かび上がらせた表現が注目を集めている、それも世界で同時多発的に。そんな状況で、日本のみならず海外でも人気のアカウントが、
@yako_flpr3こと矢向直大さんと
@_f7こと羽坂譲人さんのおふたりだ。しかし彼らはプロの写真家ではない。矢向さんは、VJや3DCGデザイン、Webデザイン、映像デザインなどを幅広く手がけるクリエイター集団「flapper3(フラッパースリー)」でVJ・映像作家として活躍する一方、オンラインの音楽レーベル「Bunkai-Kei records」も主宰する。羽坂さんは、スマホ決済サービスを展開する、株式会社Origamiにてリードデザイナーを担っている。既存のクリエイターの枠組みを越境するおふたりに、インスタで作品を発表することの意味、そしてインスタだからできる写真表現についてうかがった。
写真というメディアは1秒でコンテンツを理解できる
——いまや多くのフォロワーを誇るおふたりですが、写真を撮られるようになったのはいつからですか?
矢向:写真はまだ撮りはじめて1年半くらいです。
矢向直大
モーショングラフィックを軸に、映像、WEBなどの領域を問わず、コンテンツのディレクションからプロデュースまで手がける、クリエイティブスタジオ「flapper3」設立メンバー。2010年よりトラックメーカーのGo-qualiaと共にオンラインレーベル「Bunkai-Kei records」を主宰。また個人としてVJとして活動している
——もともと映像クリエイターとしてキャリアをスタートしたんですよね。
矢向:17歳の頃から、After Effectsで映像をつくりはじめて、VJをはじめました。だからVJのキャリアは17年くらいあるんです。高校の同級生たちで「flapper3」という組織を立ち上げて、仕事の規模が大きくなって大学在籍時に会社にしました。会社に勤めた経験はコンビニで半年バイトしたくらいしかありません(笑)。
羽坂:矢向さんの活躍はずっと昔から見ています。でも名前を知ったのは完全にインスタですね。
——いっぽう、羽坂さんのキャリアは?
羽坂:僕は最初SEだったんです。でもデザインがやりたくて、お金を貯めてデザインの専門学校に入り直しました。在学中に広告プロダクションでアルバイトをはじめてから、12〜3年ずっとグラフィックデザイナーをしていました。そこからWebやアプリの開発を初めて、いまはOrigamiで、アプリやウェブなどのデジタルプロダクトから、紙媒体のグラフィックデザインまで広範囲にデザインワークに携わっています。
羽坂譲人
広告プロダクションにて、インタラクティブ・クリエイティブ・ディレクター・グラフィックデザイナー・iOSエンジニアとして、大手クライアントの広告・グラフィック制作、Webサイト制作、iPhone/iPadアプリ開発等を10年以上経験。2012年より株式会社Origamiにて、リードデザイナーを務める。個人のインスタグラムアカウントでは、独自の荒涼とした色調を通して東京のユニークなビジョンを展開、グラフィックデザイナー兼エンジニアという経験を生かした、オリジナリティ溢れる写真は世界からも注目を集めている。
——おふたりが写真をはじめたきっかけをお教えください。
矢向:もともとは旅先でスマホで撮るくらいでしたね。そもそも僕は、「自分が入ってない写真をアップするならググった方がいい」と思っていたくらいです。変わったきっかけは、カメラを買ったこと。RX1R(ソニー)を買って旅行の写真を撮ったら楽しくって。折角なのでちゃんと加工しようと思い、Lightroomも使いはじめました。
羽坂:僕は以前、海外のクリエイターと話がしてみたくって、ソーシャルメディアでいっぱい話しかけていたことがあるんです。気軽に話しかけると、向こうからも返事が来るのがおもしろくって。そんなやりとりのなかで「インスタっていうサービスがあるんだよ」と招待を送ってくれて。いざはじめてみたら、また英語で話しかけてきてくれたりするので「これは面白いな」と。最初はずっとiPhoneで撮った写真をアップしていました。
羽坂:旅行は大きいきっかけになりますよね。絶対写真を撮りますから。
矢向:僕は音楽レーベルもやっているので、映像と音楽と、時系列のあるものしか扱っていなかったんです。そこで写真というメディアに触れた時に、これは凄まじく強いなと。1秒でコンテンツを100%理解できるし、いまみんなが写真を撮ってアップしているなかで自分が一番強い写真を撮ったら誰よりも強くなれるじゃないですか。これは全員がやっていることのトップにいけるんじゃないか、というロマンがある。
——なぜインスタで作品を発表するようになったのですか?
矢向:最初は500pxで公開していたんですが、もっとコミュニケーションが出来たらいいなと思っていました。かといってTumblrは無法地帯だし……そこで食べ物の写真くらいしかアップしていなかったインスタをちゃんとはじめてみようかと調べ出したんですね。そこでjacob(beautiful destination)のことを知って、「こんな写真が撮れるんだ!」と感動したんです。ハッシュタグの存在も、めちゃくちゃおもしろいコミュニケーションだと思いました。
羽坂:いま、インスタでアップされている東京の写真を見ていると、みんな同じ構図で同じ場所を撮っていて、トリミングもみんな同じなんです。同じ写真だと思ったら違う人が撮っていたり……。そういうなかで個性を出せたらそれは強いですよね。
——おふたりは普段どんなカメラで撮影しているんですか?
矢向:普段はほぼα7R III(ソニー)だけを使っています。タイムラプス撮影の時にはα7R(ソニー)を使います。
羽坂:僕はまずコンパクトデジカメから初めて、6D(キヤノン)を買って、5D Mark IV(キヤノン)に落ち着きました。いまはドローンが欲しいと思っています。
キーワードは「密集」
——おふたりの写真はコンセプトがすごくはっきりしていますよね。羽坂さんは建築写真をアップされていますが、撮影する場所はどうやって決めているのでしょうか?
羽坂:とにかく「密集しているところ」です。インスタの写真はスマホで見るものですから、小さい画面の中にできるだけピクセルを埋め込んでやろうと思っていたんです。すごく緻密なものをガリガリにシャープに入れたいなと思って。そういう場所を探していくと、やっぱり人がいっぱいいるところになります。渋谷とか、新宿とか、あとは建築物ですね。
矢向:密度を稼ごうとすると、新宿・渋谷に敵うものはないですね。
羽坂:あとは、窓がいっぱいある団地とか。カメラを構えたときも、どれだけ1個のフレームの中にいろいろな情報を入れられるかを考えます。自分で気持ち悪くなるくらい情報量が多すぎる写真がつくりたかった。だから看板も面白いんですよね。自分の店に来てほしいから、タイポグラフィやデザインで違う主張をしている。それを見渡せるところに立ってカメラを構えて写真を撮る。最初は恥ずかしかったんですが、いまではもう何も感じなくなりました(笑)。
——ワンコンセプトのインスタは訴求力が強いと言われますが、そこは意識していますか?
羽坂:僕自身はすごく飽きっぽい人間なんです。昔はモノクロの写真や、印刷でしか出せない金色や銀色を表現したらどうなるだろう、と実験していたこともあります。
矢向:テーマを自分で決めるというよりも、その時の自分の好みが反映されますよね。
羽坂:そうですね。モノクロでずっとアップしている人の写真を見て「自分もやってみよう」と思ったりしてはじめるんです。
矢向:いま、何枚くらいアップしていますか?
羽坂:3000枚くらいです。昔は毎日アップしていましたが、いまは3日に1枚くらいです。だんだん東京で行くところがなくなってきます(笑)。
矢向:僕のほうは、いろんなものというよりも、色を密集させたいんです。ブルーとオレンジとピンクと紫が好きなので、緑を排除した色味で、なるべく密集させたい。
——矢向さんの写真は過剰なまでのカラフルさが魅力ですよね。
矢向:最初の頃はあまり色をいじっていなかったんですが、インスタの写真って、2年くらい前はシックなものばかりだったんですよ。元々僕はデザインやグラフィックも派手めな、カラフルなものをつくっていたので、カラフルなものがやりたいんだけどなと。それでカラフルさを追求するならネオンがいいなと気づいて、そこから色を乗せだしました。
スマホで見ることに特化した、加工術と編集術
——加工術についてうかがいたいのですが、投稿まではどのような工程があるんですか?
羽坂:まずLightroomで編集して、物足りなかったらPhotoshopで合成し、それをiPhoneで確認します。そこからVSCO(写真加工アプリ)で色を入れて調整する。いざインスタに投稿しようとすると、また色が気になるのでそこからまた調整して……。
矢向:僕も大体Lightroom、Photoshopで、DropboxでiPhoneに入れてVSCOで開いて、最終調整をしてアップします。どんなに編集しても結局iPhoneで見ないとわからないことが多くて。
——矢向さんがLightroomを使いはじめたのは?
矢向:カメラを買ってすぐです。Adobe Creative Cloudに入っていたのですぐはじめられるな、と。AfterEffectsやPhtoshopをメインに使ってたので、こんなにパラメーターが少なくて簡単なAdobeソフトがあるのかと感動しました。特にハマったのは円形フィルターですね。Lightroomにはレイヤー機能がないので、写真の外側に円形フィルターをいっぱいつくって加工するということを始めました。この新宿で撮った写真は、円形フィルターを50個ぐらい使っています。外側に円形フィルターを置きまくったり、看板だけ光らせるために、看板の部分だけを円形フィルターで選択して、看板をひとつずつ光らせたり。
羽坂:もはやオリジナルではない!
矢向:僕は「塗り絵」と言っているんですが、明瞭度を100にして、コントラストを超下げるんです。そうやって塗り絵をしやすい状態にしたうえで、円形フィルターで、部分部分でどんどん色を塗っていく。
羽坂:僕はPhotoshopで合成しています。新宿に渋谷の風景を合成したり、団地の写真は2枚撮ったものを重ねたり。最初は1枚の写真でなんとかしようとしていたんですが、別の写真をはめてみると見たことのない世界ができるのが楽しくって。星で埋めたり、ネオンを足したり……。完全に隙間恐怖症ですね。
矢向:羽坂さんの写真で「かっこいい!」と思って実際に行ってみると、全然小さくて違うものだったりするんですよ(笑)。
羽坂:全然違うって言われます(笑)。「お前の写真はドローイングだ」と言われることがすごくあるんです。だから、写真とイラストの中間をつくっていると思っています。あと、インスタ上のおもしろいクリエイターとコラボレーションをすることもあります。
ニューヨークの写真に新宿の看板をペタペタ貼って渡したら、そこに香港のネオンを足してくれて。その結果、ニューヨークのストリートに東京と香港のネオンが混ざるというおもしろい写真ができました。
矢向:ほかには、Photoshopの歪みツールは良く使いますね。
羽坂:僕もすごく使っています。最初は写真を変形させることに違和感があったんですが、みんな使っているのを見ると、どんどん違和感がなくなってきて。
プリセットを売ってくれ!
羽坂:海外の方から「Lightroomのプリセットを売ってくれ」という依頼って来ませんか?
矢向:来ますよね!全然知らない方から、毎日のように連絡が来るんです。でも自分でもプリセットをつくっていないので売れないし……。「YouTubeアカウントを開設して英語でつくり方を説明して欲しい」という依頼もよく来ます。
羽坂:完全にモノクロの写真ならできるかもしれませんけどね。以前、ちょっと青っぽく光るプリセットをつくってTwitterで公開したら、使ってくれる人が多くておもしろかったんです。でも複雑色のプリセットとなると、自分がやる時だって、思った色になりませんから。
矢向:僕もいじるところやパラメータはある程度決まってきたんですが、基本的に毎回ゼロからやった方が早かったりするんです。趣味の写真であれば早いですが、クライアントワークだとまた違ってきますね。
羽坂:人物写真だとかなり時間がかかりますよね。
——編集にはどれくらいの時間をかけるんですか?
矢向:Lightroomの編集で1枚10分から15分くらいです。
羽坂:僕もそうです。30分かかることはないですね。
矢向:でも、理想とするのは「iPhoneでも撮れそうな写真の最強版」なんです。高校生から「何のスマホアプリを使っているんですか?」って質問されるんですよ。「Lightroomです」って答えるんですけど、みんな携帯のアプリを使っていると思っているんですよね。だから、「俺でも撮れるかも」という余地を残したものにしたいと思っています。
——インスタグラマー同士の横の繋がりがあると聞きましたが?
矢向:日本、海外問わずすごく盛んです。インスタで「何月何日にどこに行きます」と告知すると、現地のインスタグラマーから「一緒に写真撮りに行こう」と連絡が来るんですよ。先日香港に行った際には30人くらいのインスタグラマーに会いました。現地の人しか知らないスポットもあるし、「ここが撮りたい」と相談すると「短時間で回るにはこう行った方がいい」とアドバイスしてくれるし、かなり頼もしいです。
羽坂:写真にコメントをする機能があるので、自然と話す機会が多くなるんですよね。逆に「この日に行くよ」と連絡があったり。それで一緒に写真を撮りに行くこともあります。
インスタでこそ映える「いい写真」とは?
——矢向さんの作品で、桜の写真がものすごくバズっていましたが、実際にバズるとどんな反響があるんですか?
矢向:「恋が叶う!」なんて言われて、電車で隣に座った女子高生が待受にしていたり、テレビで紹介されたりしていました。ある程度は「バズるかな」と思ってアップしていたんですが、この場所って、もう何年も前からみんなが撮っている場所なんですよ。目黒川の花見はすごい人で立ってられないから座って撮っていて。地べたに近いところでカメラを構えていたらたまたま見つけて、これはアリだなと。
羽坂:この写真、ご利益ありそうですもんね。
——おふたりが「いい写真」だと思うのはどういう写真ですか?
羽坂:「伝えたいものがわかる」写真です。パッと見て、「この人はこれが言いたかったんだ」「この人はこれがやりたかったんだ」と、撮った人の意思が一瞬でわかるものはすごく好きです。
矢向:僕は1枚で「すげえ、この写真!」と思える、ビジュアル重視の写真が好きですね。1枚だけでパッと見た時に強さだけを求めているというか。インスタントなメディアだからこそ、1枚のパワーがものを言う。
——そういう1枚でパワーがある写真を撮るためには何が必要でしょうか?
羽坂:僕がグラフィックデザイナーだからかもしれませんが、「線」です。垂直な線だったり、パースだったり。線が1本の時もあれば、すごくたくさん入っているのもあるのですが、完成させる時に背骨のような線がどこかに入っています。写真を撮る時に、そういう線が見えてしまうんです。地平線もそうだし、建物もそうだし。
矢向:漫画やイラストの構図の考え方に近い話ですよね。僕も毎回そうで、写真を見た時に、最初に目が集中する1点目をきちんと決めているかどうかを考えて写真を撮ります。
羽坂:「この写真で最初に見るところはどこか」を想像するんですよね。その後、写真を見終わるまでの間の線を追う。それを考えながら写真を撮っています。
矢向:僕は点を決めてから線を決めているんです。ここに点があるから、そこに対してどういう線を入れるのかということで構図を決めている。タクシーをその点にしがちなんですよ。そのためにひたすらタクシーが来るのを待つ。この台風の時の写真は、ここに人が来るのを20分くらい待ちました。
羽坂:矢向さん、絶対ここの位置になにかがありますよね。真ん中の下からちょっと右にずれているところ。
矢向:知らない観光客の方に、「ちょっとここに立ってもらえませんか」って声をかけることもあります。いないと絵にならない構図というのがあるんです。そういう時は点を探すか、つくるかしかないので!
取材・文:齋藤あきこ 撮影:高木亜麗
flapper3
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F7
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