骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ
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第8話 「バフ魔王」

 魔王が見上げる遥か先には、ドス黒い触手に囲まれた白黒少女の姿が見える。

 それは世界級(ワールド)エネミーに立ち向かう隠密堕天使(パナップ)のようであり、太陽(可愛い女の子)に向かって飛ぶ蝋羽(下心だらけ)鳥人(ぺロロン)みたいであり、壊してもいいオモチャ(PKプレイヤー)を与えられた悪戯っ子(るし★ふぁー)のように見えなくもなかった。

 ちなみに、触手と戯れてはいるが……エロくはない。

 

「このまま続けても面白味はなさそうだな。ではシャルティア、叩き落としてこい。異世界における能力確認の意味もあるのだから、『全力』でな。――〈無限障壁(インフィニティウォール)〉〈混沌の外衣(マント・オブ・カオス)〈天界の気〉(ヘヴンリィ・オーラ)上位全能力強化(グレーター・フルポテンシャル)〉〈上位幸運(グレーター・ラック)〉〈上位抵抗力強化(グレーター・レジスタンス)〉〈上位硬化(グレーター・ハードニング)〈上位加速〉(グレーター・ヘイスト)上位魔法盾(グレーター・マジックシールド)〉〈竜の力(ドラゴニック・パワー)〉〈超常直感(パラノーマル・イントゥイション)〉〈魔力増幅(マジックブースト)〉〈感知増幅(センサーブースト)〉〈自由(フリーダム)〉〈抵抗突破力上昇(ペネトレート・アップ)〉〈不屈(インドミタビリティ)〉〈吸収(アブショーブション)〉〈看破(シースルー)〉」

 

「あばばばばばっらぼろりんごぶひぎゃどぬひぃんにゅぢわぐぅ!!」真紅の瞳を限界まで見開き、平胸と細腰を何度かビクつかせて「はわわわ、は、はいぃぃ!! モモンガ様! お任せくださいでありんすぅぅ!!」

 

 御勅命とは、己の存在を認めてもらったに等しい。名を呼んでもらえる、力を認めてもらえる、そして任務達成の期待を寄せて頂ける。

 加えて至高の御方からバフを受けるなんて、寝所へ呼ばれその身に御方の力を注ぎ込まれると同義だ。鎧姿でなかったら、いろいろビッチャビチャであっただろう。というか、すでに手遅れかもしれない。

 シャルティアは真っ白なランスを振り回し、真っ赤な鎧姿で天へ発つ。「ぐががっ、うらやまじいぃぃぃ」と嫉妬混りの――というか殺気混じりの血涙視線を向けてくる統括殿を横目でニヤつきながら。

 

守護者最強(正妃)の一撃を喰らうでありんすぅぅ!!」

「なっ?!」

 

 突っ込む前に大声を上げるのはどうかと思うし、最強の一撃ならガルガンチュアやルベドも候補に入るだろうなぁ、なんてのんびり見物していたモモンガは、光の速度を超えるかのような速さで突っ込んでいったシャルティアへ「まぁ、がんばれ」と声援を送っていた。まるで、運動会に出ている子供を応援するかのように。

 

「ぐっ! な、なによコイツ?!」

「虫けらに話すことなどありんせん。我が君に喜んでいただけるよう、必死の抵抗をしんしゃいな!」

 

 何かが来る、と察知はしていた。しかし気付いたときには〈不落要塞〉の発動すら遅かったのだと、千切れかけた左腕を見ながら白黒少女は下唇を噛む。

 

「神様の宝具を纏った私に傷を付けるなんて――〈流水加速〉!」

「無駄口叩いている暇がありんすの?」

 

 武技を込めて全力で躱しても、右耳を持っていかれた。そう思った瞬間、腹に白い槍が刺さる。

「げほっ」と口から赤いモノを吐き出そうとするも、それを押し戻すかのように小さな拳が顔面を襲う。

 

「ぶがっ! ぞんな?! ごの私が手も足も――」

「どの手足でありんす?」

 

 感じたことのない痛みが手足を襲い、次に纏っていた魔力の喪失を悟る。アクセサリーが身体から分離され、〈飛行(フライ)〉の魔法が切れてしまったのだろう。

 白黒少女は迫りくる地面を受け止めるべく手を差し出そうとするが、そんなものはどこにも残っていなかった。

 

「があぁ!! わ、私がこんな一方的にやられるなんて! おかしい! おかしいわっ!」

 

 ゴズッと重い荷物が落ちたような、そんな音と共にモモンガの前へ転がってきたのは、ダルマのような白黒少女であった。

 手もなく足もなく、故に戦鎌(ウォーサイズ)を振り回すこともできず、地面を這いずりまわる蛆虫であるかのよう。

 

「往生際が悪いでありんすねぇ。だけど至高の御方の御前でありんすよ。静かにしなんし」

「ぅごが――」

 

 背中を踏みつけ、口の中へスポイトランスを突っ込み、無理やり黙らせる。

 そんなシャルティアの行為が、先程までの戦闘より手馴れていたように感じたのは気のせいだろうか?

 モモンガは「まっ、いっか」と、あまり深く考えずに目を逸らすのでありましたとさ。

 

「ふむ、解っていないようだな。先程まで黒山羊の攻撃を易々と躱していたが、その時点で『何かおかしい』と察しなくてはならんぞ。おかげでシャルティアの攻撃に目がついていかなかっただろう? 身体能力的には対応できたのかもしれんが、頭の中が黒山羊の攻撃速度に慣れていた為に上手く動けなかったのだ」

 

 大魔王は地を這う血塗れの小虫を前にして、懐かしそうに空を見上げる。

 

「ユグドラシルではカンストプレイヤーも千差万別でな。能力値がいかに高かろうが、軽い引っかけで倒せることも多かったのだ。悟は『中の人の差』と言っていたが、まぁよく分からん。油断ともちょっと違うようだが、要するに『自らの力を過信するのは良くない』ということだな」

 

 白黒少女に語っているように見せて、実は守護者への苦言だったのかもしれない。

 コキュートスやアルベドは、主の真意を読み取り、その場で深く頭を下げる。ただシャルティアだけは、己の勝利をニコニコ笑顔で主たるモモンガ様へアピールするのであった。

 

「さて、持続回復(リジェネート)の効果で失血死はしないようだが……。名を聴こうか?」

 

「……名前なんて持ってないわ。皆は私を“絶死絶命”って呼――けぶっ!!」

 

「モモンガ様、この虫けらは口のきき方を知らないようでありんす! このまま踏み潰してもよろしいでありんしょうか?」

「御身の前に(かしず)くには相応しくないゴミのようですわ。潰してしまってもよろしいかと」

「己ノ力ニ振リ回サレテイル未熟者デアルト判断致シマス。能力ハ我ラニ匹敵シマスガ、同格ニ対スル経験ガ圧倒的ニ不足シテイルヨウデス」

 

 スレイン法国が抱え持つ最も強力な切り札であろうに、守護者たちの評価は散々であった。

 ユグドラシルで例えるなら、『姫ロールプレイで多くの神器級(ゴッズ)を貢いでもらった、クエストだけでレベル100に到達した女性プレイヤー(ネカマかも?)』といった感じだろうか。

 全身が神器級(ゴッズ)であるためにそれなりの強さを持つものの、周りの配慮でガチ勢とはPvPを行わない温室育ちの中級者。アインズ・ウール・ゴウンに発見されたら、「え? えっ?!」と言いながら己の装備が溶かされていくのを眺めることしかできない憐れな獲物。

 山羊頭の悪魔や、純銀の聖騎士と出遭わなかっただけマシなのだろうが、今回遭遇したのは骸骨大魔王だ。しかも、防衛にしか使用できないはずの珠玉NPCを複数引き連れている。

 ガチ勢のプレイヤーでも逃げ出すだろう。アインズ・ウール・ゴウンの名を知っていればなおさらだ。

 止むを得ず戦うにしても、練りに練った作戦と決死の覚悟が必要になる。

 正面から、しかも単騎で突撃なんて、“ぷにっと萌え”が聞いたら説教タイムの始まりだろう。

 

「この世界における圧倒的な強者の……なれの果てか。デミウルゴスが出遭った人形遣いとは雲泥の差だな。まぁ、能力値的には同格なのかもしれんが」

 

「哀れだな」軽く呟いて、大魔王は地べたに這いつくばる小虫を、そして周囲の残骸を見渡す。

 このスレイン法国はあまりにレベル差が大きい。格差が酷過ぎる。

 レベル90台の白黒少女の次に来るのが、レベル70台の槍使いや大神殿に籠っているレベル60台とは何の冗談なのか。他の者に至っては、レベル30前後でドングリの背比べ状態だ。

 これでは慢心するな、と言う方が酷だろう。まともな戦闘訓練もできていないに違いない。レベル100が複数存在しているナザリックでも、『ガチバトル』の機会が少なくて意気消沈している奴もいるというのに……。コキュートスのことだけど。

 

「あぁ、そうか。気兼ねなくガチバトルができる相手として、作り上げればよいのか。うんうん、武技(ぶぎ)とやらの習得訓練にもなるし、一石二鳥だな」

 

 コキュートスに『縛りプレイ』をさせて、白黒少女と本気で殺し合いをさせれば、中々面白い戦いになるかもしれない。

 ユグドラシルでは『魔法』『片手』『アイテム』『防具』『耐性』『特殊技術(スキル)』など、様々な縛りをかけて戦闘訓練を行っていた。

 遠い昔、“悟”が『魔法縛り』で『なんでもあり』の“隠密堕天使”と戦ったときは頭がおかしいのかと思ったものだが、それで勝ってしまうのだから流石は我が半身と言ったところか。

 そんな経験を守護者にも積んでもらいたいものだ。

 

「シャルティア、その小虫は回収しておけ。面白そうな生まれながらの異能(タレント)の研究もあるが、お前たちの訓練にも利用できるだろう。今はただの的にしかならんがな」

 

 雑務はこれぐらいにしておこう――とそんな態度で片手を振るモモンガは、繋げたままの〈伝言〉(メッセージ)に意識を向ける。

 

「パンドラ、ナザリックへ人間を……いや、耳の形状からすると森妖精(エルフ)の血が入っているのかもしれんが、実験動物を一体送る。体内の装備品も含め、全て剥ぎとって収監しておけ。一応高レベルだからな、注意を怠るな」

 

『はっ、“呪い”や“誓約”を用いましてぇ、完璧に管理させて頂きます! ご安心くださいっ!』

 

 直属の(しもべ)から送られる見事な回答に、モモンガは「やはり、ギルドメンバー全員の能力を活用できるのは便利過ぎるな」と満足げに頷いてしまう。

 自分で創造したNPCなのだから、過分に褒めるのは自分でもどうかと思うが、大魔王は崩れ残った中央大神殿を前にして、終始ご機嫌であった。

 

「モモンガ様、援軍の気配はありません。人間(ゴミ)どもは神殿に立て籠もる算段のようですわ」

 

「しかたありんせん。わらわの力を目の当たりにして、怯えることしかできないのでありんしょう?」

 

「油断ハ禁物ダ。想定外ノコトガ起コル可能性モアル」

 

 凛とした佇まいで前衛指揮官のように周囲を警戒するアルベドに対し、シャルティアは自身の活躍に御満悦のようだ。絶対の主に見て頂いたからなのだろうが、苦言を呈するコキュートスにも余裕の笑みで「ふふん」と答えている。

 

(シャルティアの様子は、レイドボスに止めを刺した“ペロロン”と似ているな。アルベドの厳しい空気感は、作戦を微調整している“タブラ”のものだろう。コキュートスは“建御雷”っぽくないような気もするが、デミウルゴスの負傷を見て学習したということなのだろうか? ん~、この世界も色々と興味深いが、NPCを観察してみるのも面白いかもしれんな)

 

 新たな世界には驚かされる発見ばかりで新鮮なことこの上ないが、充分に知っていると思っていた配下の仕草にも興味が湧く。

 大魔王は「変化し、成長するということか」と、可愛らしい子供を見る親にでもなった心境で、血生臭い大量殺戮状態のスレイン法国中心部にてほっこりしていた。

 

「さて、残るはレベル60程度の雑魚か。トラップにさえ注意しておけば問題無さそうだが……」

 

 宝物殿を内包している国家の心臓部。そんな場所に設置してあるトラップだ。解除するにも避けるにしても、それなりの特殊技術(スキル)を必要とするだろう。

 骸骨大魔王は傍にいる守護者、そして警護に付くハンゾウを軽く視界に捉え、骨の指を顎先に添えて思考する。

 

(トラップ解除は無理だろうなぁ。プレイヤーが設置しているのだから、偵察潜入寄りのハンゾウには荷が重いか。ならばパンドラを呼んで“パナップ”にでも変身させ……、いや、面倒だな)

 

 変身であろうと「そんな奴には会いたくない」とでも思ったか、モモンガは直立不動で命令を待っている巨大な黒い壁――三体の黒山羊へ視線を向ける。

 

「トラップごと潰せばよい。さぁ、暴れろ! 仔山羊ども!」

 

 腕を横に振り払い、バサッと豪華なマントをはためかせる大魔王の号令一過。黒山羊は神殿を支える石柱よりも太い触手を振り上げ、渾身の力を込めて振り下ろした。

 ちなみにアルベドを始めとする守護者たちは、モモンガ様の格好良さに見惚れて黒山羊の動きなどまったく見ていない。

 触手が中央大神殿を砕くところも、中の人間が潰れるところも、この世界において強者と言われる最高神官長や漆黒聖典隊員たちが、ペチャンコになっていく無残な様も、まったく見ていなかったのだ。

 

「「メエエエェエエエェェェ!! メエエッ!!」」

 

 潰れ潰れて、原型が無くなるほど粉砕されて、羽虫の悲鳴が黒山羊の鳴き声に掻き消されることしばし。

 その場には巨大な箱――ではなく、部屋らしき建造物が残されていた。

 黒山羊の殴打に耐えるのだから凄まじい硬さなのであろうその部屋は、大きさで言うとナザリックの“玉座の間”がすっぽり入るスケールだ。

 外観は石材で覆われているかのように灰色ながらも、僅かに発光しており、重厚な両開きの正面扉と共に特殊な魔力の香りを醸し出している。

 

「モモンガ様、あれはもしや?」

 

「ああ、宝物殿だな。探知不可、破壊不可の、ギルド拠点獲得時における特典施設だ。確か『課金で拡張可能』とかなんとか“悟”のヤツは言っていたが……。まぁ、ナザリックにあるものと大して変わりはない」

 

「無論、中身は天と地ほどの差はあるがな」なんて魔王は軽く笑い、一歩を踏み出す。

 もはや魔王の前には瓦礫と血煙が残るのみであり、邪魔をする者など存在しない。スレイン法国の中央大神殿は完膚なきまでに破壊され、立て籠もっていた人間たちも、原型が残らないほど潰されてしまった。

 もしかすると、瓦礫の中には漆黒聖典の遺した神々の宝具が埋まっているかもしれないが、魔王は気にもせず宝物殿の正面扉へ足を進める。

 

「ふむ、こちらの宝物殿もパスワードが必要か。アイテムで無理やり開けることもできなくはないが……、パンドラ」

 

『はっ、パスワードでございましたら、お送りいただいた実験動物の記憶から入手しております』

 

 流石は宝物殿守護者――とモモンガは絶賛したくなるが、横に控えているアルベドの黒い翼がピクピクしているので、軽く褒める程度にしておく。

 

「よくやった、パンドラ。それで?」

 

 〈伝言(メッセージ)〉で頭の奥に送られてくるパスワードは、誰かの名前であるかのようだ。その数が六であることや、最後がスルシャーナであることを考慮すると、スレイン法国が崇め奉る六大神とやらの名前を、そのまま宝物殿の鍵に用いているのだろう。

 少し不用心のようにも思えるが、手を加え過ぎて思い出すのに一苦労する、どこかの大墳墓よりはマシなのかもしれない。

 

「これで『ヒラケゴマ』だな」

 

 鍵を開ける際の御約束として“悟”が使っていた言葉だが、その意味をモモンガは知らない。それでも縁起物なのだろう、と魔王らしくない思考と共に、ガキンッと音を立てて手前に開こうとする巨大な扉を、モモンガはワクワクしながら――同時に己の前に僅かな空間を残しつつ、静かに眺め――

 

「〈現断(リアリティ・スラッシュ)〉!!」

「マジックパリィ!!」

「ふっ、やれやれ」

 

 開こうとする扉の僅かな隙間をすり抜けて、次元を切り裂く魔法の刃が魔王の面前へ迫る――かと思いきや、予測していたかのように滑り込んできたアルベドが、愛する夫を傷付けんとする攻撃魔法を弾く。

 正直、モモンガは宝物殿に安置されている魔法のアイテムに興味が走っており、警戒心が薄れていたのは否定できない。それでも、ナザリックの宝物殿に直轄の(しもべ)を配置していたのはモモンガ自身なのだ。ならばこそ、敵が取り得るであろう次の手を予測できない訳がない。

 そう、敵だって同じことをするはずだ。

 探知が届かない宝物殿の中へ身を潜ませ、扉が開くと同時に渾身の一撃を放つ。

 至極単純で、シャルティア以外の守護者なら誰でも理解していた手法だ。だからアルベドは、完璧なタイミングで魔法を弾くことが出来たのである。

 

「ふふ、こうも予想通りだと清々しくもあるな。さて……」

 

「我らが絶対の主人、至高の御方々の頂点(にして我が夫!)、大魔王モモンガ様へ不敬を働いた愚か者! 名を名乗りなさい!!」

 

 大きく開いた巨大な扉の先、黄金の輝きが眩しい宝物殿の中央、アルベドの殺気が撃ち放たれたその場には、禍々しい闇色のローブに身を包んだ一体の骸骨が佇んでいた。

 心なしか呆然としているように見えるのは、自身最強の魔法が弾かれたからか? タイミング的には完璧であったが故に、「どうして仕留められなかったのか」と自問自答しているのかもしれない。

 

「……わが名は“ミマモリ”。スレイン法国に害を成すプレイヤーへ警告する。立ち去れ、そして二度と姿を現さぬと誓え。さもなくば、汝は消滅する。この神槍によって!」

 

 モモンガと同族らしき骸骨は、懐から一本の――神々の戦争に使われそうなほどの強大な力を秘めた、装飾の少ない簡素ながらも美しい槍を取り出し、ぎこちなく構える。

 

「“死の支配者の賢者(オーバーロード・ワイズマン)”に“聖者殺しの槍(ロンギヌス)”か……。大盤振る舞いだなぁ。あぁ、アルベドにシャルティア、コキュートスも殺気を抑えて脇へ控えていろ」

「そ、そんなっ、モモンガ様?」

「ぐぎぎ、モモンガ様の御指示とあれば仕方ありんせん」

「ハッ! 仰セノママニ」

 

 今すぐにでも襲いかかりそうであった守護者三名を横へ追いやり、大魔王は「ふむ、なるほど」と呟く。

 

「装備できなくとも、世界級(ワールド)アイテムの特殊効果は発動可能なのか。それは新発見だ。ユグドラシルでは、装備できない奴が持つことなど有り得なかったからなぁ。なんとなく出来るだろうとは思っていたが」

 

「聞こえなかったのか? プレイヤー。この神槍は獲物を確実に捉える。そしていかなる復活も許さない。抵抗は無意味だぞ」

 

 守護者の歯ぎしりが響く宝物殿内で、モモンガは改めて目の前の骸骨を眺める。

 たいした勇者である。

 どこかのプレイヤーが召喚した副官なのであろうが、大魔王と守護者三名を前にして一歩も引かない胆力。世界級(ワールド)アイテムを手にしたことによって――神器級(ゴッズ)を纏った白黒少女のように――増長しているだけなら気にも留めないが、どうやらそうではない。

 先程の不意打ちもだが、全力を持って、死を覚悟して、魔王を退けんとしているのだ。

 使用者さえも消滅させる“聖者殺しの槍(ロンギヌス)”の発動も、ハッタリではないだろう。

 モモンガは『御命令を』と見つめてくる隠密状態のハンゾウらへ「さがれ」と命じ、“死の支配者の賢者”(オーバーロード・ワイズマン)の前へ立つ。

 

「“ミマモリ”とやら、答えを聴かせてやろう。――私は退かぬ。お前が世界級(ワールド)の武器を構え、次元を切り裂く魔法を詠唱したとしても、私を退かせることはできぬ。それは神々の大軍勢が相手であっても同様である。この世の(ことわり)だ」

 

 あまりの言い分に、二の句が継げなくなった骸骨――そんな自分に似ているようで似てない死の支配者(オーバーロード)へ向けて、骸骨魔王は言葉を続ける。

 

世界級(ワールド)を一つでも持っているなら、二つ目を警戒する。当然のことだ。だからこの地へ乗り込んだ守護者には、残らず世界級(ワールド)を持たせている。私は最初からだがな。……ふむ、私の言っている意味が解るか? つまり、『全ては無駄』ということだ」

 

 大魔王の発言に嘘はない。それはミマモリにも解っていた。

 自身を召喚したプレイヤーである、スルシャーナの持つ常識。ユグドラシルでは一般的な知識であり、召喚モンスターにも受け継がれる事実。

 

 ――世界級(ワールド)アイテムの効果は、世界級(ワールド)アイテムによって打ち消される――

 

 ミマモリは大魔王を正面から見据え、その腹部に収まっている真紅の球体へ意識を向ける。

 

「予測していなかったわけではない。“傾城傾国”を奪われているのだ、効果を打ち消される可能性はあろう。だがっ、従属神の消滅と引き換えならば、法国を助ける道はあると判断していた! 従属神にはその価値がある! 人間の国などより余程!」

 

 神槍で狙うべき本命は、プレイヤーではなく従属神(NPC)。ミマモリは始めから損得勘定を相手に強いて、スレイン法国を救おうとしていたのだ。

 ユグドラシルとは違い、この世界における最高レベルの従属神は、二度と手に入らない貴重な存在である。それこそ世界級(ワールド)アイテムと比較するほどの価値があろう。

 そんな宝物が消滅するとあっては、人間の国など軽く見逃してくれるはずだ。従属神を消滅させてまで滅ぼすほど、法国に価値は無い。

 

「なぜだ? 我が造物主の知識でも、世界級(ワールド)アイテムの複数所持はごく一部のギルドのみ。それなのに全ての従属神に分け与えるとは、いったい……」

 

「ふっ、お前の造物主は不勉強だな。我らアインズ・ウール・ゴウンを知らないのか?」

 

「ア、アインズ?」

 

 知らないわけがない。プレイヤーの間でも、世界級(ワールド)アイテムと言えば十一個所持している“アインズ・ウール・ゴウン”の名が最初に浮かぶことだろう。

 そう、ミマモリの造物主も当然知ってはいた。

 ただ、普通のギルドと認識していなかっただけなのだ。

『アレは危険だ。頭のおかしな奴らの巣窟だ。近付いてはいけない。前のように装備を溶かされるのは、まっぴら御免なんだよ!』などと、記憶の中にある表現はどれも酷いモノばかり。

 つまり――最悪だ。

 スレイン法国が知らずしてちょっかいを掛けた相手は、史上最悪の存在。六大神が健在であったとしても、手を出してはいけない化け物どもだったのだ。

 死の支配者の賢者(オーバーロード・ワイズマン)は満たしていた緊張と殺意を解き放ち、大魔王を真っ直ぐに見つめる。

 力とは正直だ。

 魔王の持つ赤き宝石、そして従属神が持つ秘法は、どんな言葉よりも明確に真実を伝えてくる。

 世界(ワールド)の力、世界級(せかいきゅう)の波動。

 ミマモリは膝を付き、大魔王へ頭を下げる。

 

「降伏いたします。我が造物主、スルシャーナが遺せし世界級(ワールド)アイテム“聖者殺しの槍(ロンギヌス)”を、どうぞお受け取りください」

 

「うむ、引き際を弁えているのは評価すべき点だな。それにたった一人で我らに立ち向かった勇気には称賛を送ろう。自暴自棄なら話は別だが、着地点を用意しての特攻は素晴らしいとすら言える。確かに、守護者の消滅と引き換えにするほどこの国に魅力は無いからなぁ」

 

「まぁ今回は相手が悪かった」と苦笑しつつ、モモンガはハンゾウにとらせた“聖者殺しの槍(ロンギヌス)”をアイテムボックスの貴重品枠へ収める。

 

「モモンガ様、この者の処分は如何いたしましょう?」

「白磁の御肌に傷がつくところでありんした! 殺すべきでありんす!」

「無抵抗ノ者デアロウトモ、モモンガ様ノ敵デアレバ首ヲ刎ネルベキカト」

 

 殺したくて堪らなかった守護者三名は、モモンガ様からお褒めの言葉を頂く敵に嫉妬しつつも、「魅力のない国とは引き換えにできない魅力ある守護者」なんて脳内で変換された御主人様の愛に満ちた御言葉に身を震わせながら、数歩前へ出る。

 主へ伺いを立ててはいても、殺すつもり十分なのだろう。己の愛すべき絶対支配者に刃を向けたのだから当然である。これは守護者でなくとも、ナザリックに所属する(しもべ)であるなら皆、同じ考えに至るはずだ。

 

「……少し黙れ」

 

 触れれば身を裂きかねない鋭い空気に、守護者たちは青い顔で跪く。

 どんな言動が不興を招いたのかは解らないが、モモンガ様の機嫌がよろしくないのは確かであろう。吹き上がる黒いオーラを前にして、アルベドらは縮こまるしかない。

 








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