骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ
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第7話 「観察魔王」

 “黒山羊”をその場の警戒に残し、モモンガは守護者全員を浮遊させると、砂塵が残る爆心地へと飛翔する。

 前衛にアルベド、その斜め後ろにコキュートスとシャルティア、続いてモモンガが中央に、最後尾はアウラとマーレ。そして遠くナザリックからは、“ぬーぼー”の力を借りたパンドラが戦場全体を見渡す。

 

「パンドラ、お前の方からは何か見えるか?」

 

『はっ、爆発の余波で映像が不鮮明ながらも、デミウルゴス殿らしき姿を捉えました。負傷しておりますが、生きてはいるかと』

 

「それは良い報告だ。そのまま監視を続けて、何かあれば知らせろ」

 

『かぁしこまりましたっ! 我が絶対の主人、モォモンガ様!』

 

 声を張っていながらも五月蠅くならない絶妙な音量で伝言(メッセージ)を終了させるパンドラに対し、「やはり私の最高傑作は優秀だな」と自画自賛しつつ、モモンガは抉れた大地へ視線を落とす。

 

(う~む、〈大災厄(グランドカタストロフ)〉ほどでもないか……)

 

 森の中にひらいたクレーターは、確かに恐るべき威力の大魔法であることを示唆しているが、どちらかというと〈隕石落下(メテオフォール)〉を同じ場所に複数回発現させた、と言った方が適切かもしれない。

「これならデミウルゴスでも耐えきれるだろう」モモンガはそう確信するものの、これが敵の全力である保証はどこにもないので油断は禁物だ。

 

「モ、モモンガ様!!」

 

「おぉ、デミウルゴス。思っていたより元気そうだな、……左腕以外は」

 

 ゆらり、とクレーターの縁に降り立ったモモンガは、いつ止むともしれぬ砂煙――の奥から姿を現した眼鏡悪魔に声を掛ける。

 ただ、潰れた左腕と血に塗れたスーツには、少しばかり不機嫌になってしまうのだが。

 

「申し訳ありません、失態を犯しました! 魔将二体とモモンガ様にお借りしたハンゾウ一体、私を護るために盾となり、死亡しております。この罪は――」

「その話は後にしろ。それより敵だ。私の敵はどこにいる?」

 

 無残な森の残骸を見回しても、それらしい敵影は見えない。

 アウラやマーレの警戒網にも収穫は無く、モモンガが特殊技術(スキル)を幾つか発動させてみても、砂煙の奥から反応が返ってくることはなかった。

 

「はっ、敵は……白銀の鎧を着込んだ騎士らしき存在は、自爆しました。隠れ潜んでいた老婆を“ハンゾウ”が発見し、私がモモンガ様へ〈伝言(メッセージ)〉による御報告を行おうとした、そのときに……でございます」

 

「自爆だと? それに老婆?」

 

 敵の不在に落胆するも、老婆の存在には警鐘が鳴る。この世界では何故か、年老いた人間の女が油断ならないアイテムを持っていたりするからだ。

 弱過ぎる戦士長に、『データクリスタルを用いない強力な魔法の指輪』を与えたのは確か老婆だった。世界級(ワールド)アイテムを所持し、行使してきたのはスレイン法国の老婆だ。

 無論、老婆だけなら気にもしないだろうが、高位のアイテムが関わっているとなれば無視もできない。

 

「モモンガ様、騎士と老婆は仲間のように見受けられました。加えて私見ではございますが、騎士が自爆したのは『老婆の口を塞ぐため』であると愚考いたします」

 

「口封じ目的で自爆だと?」

 

「はい、それなのですが……。騎士は命を絶つような気配を一切見せずに自爆したのです。あわよくば我らを巻き込むつもりだったのでしょうが、主眼は奥の手による情報漏えい阻止――仲間の殺害かと」

 

 一連の話を聞いてモモンガは、「殺して隠すほどの情報を仲間が持っているのなら、こんな戦場へ連れてきちゃ駄目だろ」とか「老婆一人を殺害するために、あれほどの爆発を起こすって」などと呆れた感じを見せていたのだが、『絶命の気配無き自爆』については嫌な記憶を思い起こしていた。

 そう、それは“悟”との記憶だ。

 

「“自爆人形”か。ユグドラシルでは〈転移門(ゲート)〉との合わせ技で使われていた手法だな。アインズ・ウール・ゴウンでもやったことがある。とはいえ、あれほどの大爆発を起こせるものでもないし、人形の費用も馬鹿にならないから廃れたはずだが……」

 

 人形遣いが自作の自爆人形を送り込んで、敵対勢力へダメージを与える。

 モモンガ自身もぶつけられた記憶を持つが、どれほど強化しても先程の大爆発には及ばないはずだ。

 やはりこの世界は奇妙であり、油断ならない。

 目の前で跪く悪魔の無残に潰れた左腕を見つめながら、大魔王は「それはそれとして、大事な(しもべ)を傷付けられたままでは引き下がれんな」と、軽い笑みと共に〈転移門(ゲート)〉を開く。

 

「シャルティア、ナザリックからペストーニャを連れてこい。アウラは生き残った悪魔とハンゾウを統率し、デミウルゴスから周辺警戒の任を引き継げ。マーレは配下の(ドラゴン)を呼んで上空警戒だ。アルベドとコキュートスはそのまま私の護衛につけ」

 

「「「はっ!」」」

「モ、モモンガ様……」

 

 一斉に動き出す守護者の中で、デミウルゴスだけは項垂れていた。

 周辺警戒の任を解かれたからであろう。まぁ、貴重そうな情報源の老婆を失い、敵から手痛い一撃を浴びて負傷してしまったのだ。しかも自爆した相手は人形である可能性が高いという。

 結果として得られたものは何もなく、無様に生き恥を晒しているというわけだ。

 主に呆れられて捨てられるのではないか、と常々心配していたデミウルゴスとしては、今すぐ己の首を差し出したい心境であろう。

 

「ふふふ、心配無用だぞ、デミウルゴス。老婆を粉々に吹き飛ばしたから情報漏えいは無い、と思っているどこぞの人形遣いに一泡吹かせてやる」

 

「そ、それはいったい?」

 

 知恵者デミウルゴスでも知り得ないことはある。それはユグドラシルでの蘇生事情――特にプレイヤーだけが用いるものに関してだ。

 一般的な蘇生魔法は死亡したプレイヤーの“魂”へかける。魂は大抵、死体と同じ場所にあるので迷うことはない。魂の所在が不明確な場合でも、コンソールから選択が可能だ。課金アイテムによる蘇生まで含めれば、不可能など無いだろう。もし即時蘇生を行わない場合でも、ギルド拠点やホームなどでリスポーンすることもできる。

 ならば今回は、老婆の死体が爆散焼失すると共に魂の所在が不明なので、コンソールにて名前を選択し蘇生させるべきパターンなのだろうが……。この異世界の地でコンソールは起動しない。部外者なのだからギルドのマスターソース名簿にも載ってこない。

 人形遣いがその点を理解して爆発を起こしたのかは不明だが、普通に考えれば蘇生不可能な状況だ。たとえユグドラシルのラスボス、大魔王モモンガであろうとも、打つ手無しのように思えてならない。

 

「モモンガさまぁ! ペスを連れてまいりんしたぁ!」

「お、御身の前に、モモンガ様……わん」

 

 洒落にならない速度で引っ張ってきたのであろう――犬頭のセクシーなメイドはスカートを押さえながら、少しばかり目を回した状態でモモンガの前に跪く。もちろん語尾も忘れずに。

 

「よし、即時蘇生のタイムリミットは三百秒だ。まだ間に合う。そして死体と魂を消した、と思っている人形遣いの度肝を抜いてやるぞ。ペストーニャ! この地一帯に、範囲を拡大した最上級の蘇生魔法を撃ち放て!」

 

 最上級の蘇生魔法を範囲拡大で発動させることが出来るのは、ナザリックでもペストーニャかパンドラしか居ないであろう。普通に考えて、範囲の中にいる全ての死者を蘇生させるのだから、MP消費も莫大なものになるはずだ。

 だが、もしそんなことが可能であれば、効果範囲の中に死体の塵一粒――魂のひとかけらしか残っていないとしても、蘇生可能となる。

 そして死亡現場から死者の痕跡を完全に吹き飛ばすことなど、現実的に不可能だ。燃えカスにしろ、血痕にしろ、魂の残滓にしろ、何かしら残る。

 故にそう、人形遣いの自爆は無駄となるのだ。

 

 〈魔法効果範囲拡大(ワイデンマジック)真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)

 

 自身のMPを半分以上費やして、ペスは燃費最悪の蘇生魔法を繰り出す。とはいえ、ペスとしても初めての経験だったのだ。

 “餡ころもっちもち”に高レベル神官として創られはしたものの、ナザリックでは第九階層で掃除に勤しむばかりであり、戦闘経験はない。それがユグドラシルでも珍しい広範囲多人数蘇生だ。気合が入り過ぎたとしても仕方がないだろう。

 

「――おおぉ? なんだ? これはっ」

「私ハ、死ンダハズデハ?」

「……?」

 

 消し炭の欠片から再構築されたのは、デミウルゴスの壁となって散っていった二体の魔将と、隠密忍者のハンゾウが一体。

 そして――

 

「な、なんじゃ? なにがどうなっておる? わ、わしは?」

 

 目に見えぬほどの塵から人間が再生されていく様は、生命の神秘を垣間見ているようで興味深くもあるが、モモンガからすれば虫の解剖を見ているだけに過ぎない。

 加えてむき出しの大地に横たわる全裸の老婆など、どう表現すればよいのやら。

 

「ま、まぁ、装備品までは再構築されないからな。しかし上手くいったようだ(ん~、つい最近どこかで見たような老婆だが……、はて?)」

 

 混乱している全裸の老婆を一瞥した後、モモンガは小さな疑問を振り払って次の段階へ移行する。

 

「デミウルゴスは蘇生した魔将とハンゾウ、そして老婆を連れて、ペスと共にナザリックへ戻れ。ペスはデミウルゴスの治療を行った後、今回蘇生した者たちの経過観察を行うように」

 

 異世界に来てからの蘇生は初めてであるが故に、問題が無いかどうかの経過観察は必要だ。モモンガはそう言い含めると、最高の頭脳を持つ眼鏡悪魔へ厳命する。

 

「デミウルゴスよ、人形遣いが自爆を選択してまで隠蔽しようとした老婆だ。その者が持つ情報は貴重だろう。余すことなく引き出すのだ」

 

「はっ、御勅命賜りました! 二度と失態は犯しません!」

 

 止めようがない敵の自爆――を失態と呼ぶかどうかはモモンガも首を捻るところだが、デミウルゴスの鬼気迫る迫力にはアルベドやコキュートスも口を挟めない。

 それより今は、簀巻きにされて運ばれていく老婆の記憶が気になるところだ。

『仲間殺し』を選んでまで隠そうとした情報。人形遣いの思惑を打ち砕いてまで手に入れたのだから、大切に利用しなければならない。守護者の一人に手傷を負わせた件についても、それ相応の報いを受けてもらおう。

 

「アウラ、マーレ。周囲の警戒は任せるぞ」

 

「はい!」

「は、はい!」

 

 デミウルゴスから引き継いだ数百の悪魔と自身の配下魔獣を展開させるアウラ、そして二体の(ドラゴン)と共に上空へ向かうマーレを見送り、モモンガは「では黒山羊のところへ戻るとするか」とアルベドら三名に〈全体飛行(マス・フライ)〉をかける。

 

「モモンガ様、スレイン法国は黒山羊に対し攻撃を仕掛けなかったのでしょうか? 我らがその場を離れたのですから、絶好の機会かと思うのですが」

 

 アルベドの雑談に近い問い掛けに、モモンガはリンクしている黒山羊の様子を伝える。

 

「黒山羊たちはのんびりしたものだな。中央神殿にいるらしい高レベルプレイヤーなどとも戦闘になっていない。実につまらん、臆病な奴らだ」

 

「まことでありんす。山羊相手に引き籠りんすとは、愚かでありんしょう」

「槍ノ小僧ハ見込ミガアリマシタガ、他ノ者ハ期待デキソウニアリマセンナ」

 

 黒山羊はレベル90を超える頑強なモンスターだ。そんな化け物が五体もいるのだから、孤立している間に排除しておきたいと思うだろう。PvPで乱入されたら、厄介なことこの上ない手駒なのだから。

 故に援軍と合流されるまで手を出さないなんて、ユグドラシルでは有り得ない。

 

(ふむ、一応誘い出す餌のつもりでブラブラと待機させていたんだが……。我らの姿も目視できているだろうから、ヤルなら絶好の機会だったはず。もしや看破されたのか? それとも本当に憶病なだけか? まぁ、暴れさせたら嫌でも出てくることになるだろうがな)

 

 闇深きクレーターの縁へふわりと舞い戻った大魔王は、アルベドとシャルティア、コキュートスを脇へ控えさせ、警護の任に就いている四体のハンゾウを視界の端で確認すると、「よし、やるか」と黒山羊へ指示を飛ばす。

 

「仔山羊たちよ! 二体は外縁都市を踏み潰せ! 残りの三体は中央に立ち並ぶ神殿を全て破壊しろ! 邪魔者は皆殺しだ!!」

 

「「メエエエエエエエエェェェェエエエ!!!」」

 

 鳴き声ならぬ黒山羊の大咆哮に満足げな表情を浮かべつつ、モモンガは騒がしくなってきた中央大神殿を注視する。

 どうやら、自分たちが標的になっているのだと自覚したのだろう。

「今頃何をやっているのか?」とため息を吐きたくなる愚鈍さではあるが、そもそも天へそびえ立つ闇よりもドス黒い触手だらけの化け物なんて、どのように対処して良いのか判らなかったのかもしれない。

 となると、居るはずのプレイヤーは何をしているのか? そこが気になる。

 

「さぁ、カンストプレイヤーが止めに入らねば、国が滅んでしまうぞ」

 

 物見遊山なモモンガが軽く呟いた――そんな台詞に呼応するかのように、〈伝言(メッセージ)〉の繋がりが大魔王の意識をノックする。

 

『モモンガ様、中央神殿のレベル90台が動きました。迎撃へ出るようです』

 

「ふ、ようやくか。パンドラはそのまま相手の能力探査を行え」

 

『はっ』

 

 PvPで最も重要なのは相手の情報である。だからこそ、情報収集に最高傑作のNPCを配置しているのだ。

 黒山羊を突撃させて戦闘を観察。所持武器や使用特殊技術(スキル)を把握し、ステータス構成まで読み解く。

 平均型か特化型か? それとも変態か?

 その結果に合わせて、習得している七百以上の魔法の中から組み立てるのだ。勝利への方程式を。

 

「では、どんな奴か見せてもらうとしよう」

 

 モモンガの期待に応えるかのように、その者は大神殿の崩れた壁穴から飛び出してきた。

 手に持つは十字槍にも似た戦鎌(ウォーサイズ)、全身に纏うは魔力沸き立つ神々の武装。ティアラを載せた髪は半分が白く、もう半分は黒い。身長はやや低く、少女のように見えなくもない。

 

「あはははは!! もう限界でしょ?! 構わないでしょ?! このままじゃ国が無くなっちゃうのよ? 宝物殿を護っている場合じゃないでしょ!?」

 

 挨拶代わりと言わんばかりに黒山羊の触手を一本斬り刎ね、笑顔のままで大神殿のてっぺんへ身を置く。その様子からすると、白黒少女は巨大な黒い化け物三匹に囲まれながらも、自身の敗北をまったく想定していないようだ。

 モモンガから見て、黒山羊と白黒少女との間に左程のレベル差は無いように感じられる。アウラやパンドラが使う特殊技術(スキル)による査定ではないので不確かであろうが、積み重ねてきたPvPの経験からして、どちらかが圧倒的に強いとは思えない。

 

「ふむ、武装の差か? 全身神器級(ゴッズ)とは大したものだが、統一性に欠けるな。自分の専用装備ではないのか? 借り物か、略奪品をそのまま流用しているのか。まぁ、どちらにせよ、黒山羊が手も足も出ないというほどでもないな」

 

 モモンガはパチリと骨の指を鳴らし、リンクしている黒山羊へ集中攻撃を命ずる。標的はもちろん白黒少女だ。三匹による一斉攻撃であれば、僅かなレベル差も武装の差もひっくり返すことが可能であろう。

 

「「「ッメエエエエエエ!!」」」

「ははっ、私を楽しませてよ!!」

 

 はっきり言って迷惑な戦いだ。

 叩きつけられる数十本の触手は地面を抉り、神殿を砕き、人間を羽虫の如くバラバラにする。斬り飛ばされたドでかい触手は、本体から分離した後でも激しく暴れ、周囲の人や物を踏み潰しながら元の場所へ還っていく。

 やめてくれ――と大神殿のレベル60台、最高神官長は懇願しただろう。

 もうだめだ――と漆黒聖典の“一人師団”は呟いただろう。

 魔神と思しき“巨大な触手の化け物”と“神人”との戦い。まさに神代の、人が立ち入れぬ戦いだ。

 “六大神”が、“八欲王”が、“十三英雄”が巻き起こした大陸戦争とは、このような光景だったのだろうか?

 中央神殿の羽虫たちは、頭上へ迫ってきた黒い触手を見つめながら、「人類は……、もうおしまいだ」と神に祈ることも忘れて呆然とするばかりであった。

 

「こんのぉ!! 斬っても生えてくるなんてズルくない?!」

「メエエエ! メエエエエェェェ!!」

 

 樹齢千年の巨木並みに太い触手を斬り飛ばすこと三十五回。それでも黒山羊たちは無数の触手を構えて襲い掛かる。疲労を示唆するような仕草はない。痛みに悶えている様子もない。HPが減ったような、そんな気配なんかまるでない。

 カンストプレイヤーでも音を上げるような耐久性――それこそが黒山羊の特性であり、最大の武器だと言えよう。

 振り回す触手は簡単に避けられてしまうが、そもそも攻撃を当てるつもりなどないのだ。巨大な壁として立ちはだかり、攻撃を一身に引き受ける。触手による攻撃は相手に回避を強いるだけであり、当れば儲けもの程度の意味合いしかない。

 無論、当ればそれなりに痛いので無視する訳にもいかないが……。

 黒山羊は楽しそうに鳴き喚きながら、白黒少女とじゃれあうのであった。

 

「さて、アルベド。どうみる?」

 

「はい、攻撃力偏重のアタッカーであると判断致します。ただ動きが単調で、攻撃パターンにも面白味がありません。身体能力と武具の力に頼っており、技量としては精々達人クラスかと」

 

 どこかの“漆黒の英雄”が聞いたら「達人クラスでも駄目なのかよ!」と文句を言ってくるだろうが、アルベドら守護者――シャルティアは除く――にとっては『神の領域』に至ってこそ、初めて本気で戦える相手となるのだ。

 格下ばかり相手にしてきて、『自分より強い相手に対し工夫して勝利を掴もう』だなんて考えたこともない――シャルティアみたいな――小娘には、当然ながら厳しい評価がくだる。

 ちなみに、守護者たちには絶対に敵わない強者として“至高の四十一人”がいるので、己の実力を過大評価することはない。シャルティアみたいに『そうあれ』と創造されていない限りは……。

 

「ふむ、しかし何か妙な感じがするな。身に付けている武具やアクセサリーの数に対して、強化や耐性の反応が多過ぎる。バランスもメチャクチャだ。どう思う? パンドラ」

 

『はっ、こちらでも探査しておりましたが……。モモンガ様、面白いことが分かりました』

 

 この場に居ない宝物殿守護者に会話が移ってしまったことで、守護者統括の表情が残念なことになってしまったが、それはそれ。

 モモンガはパンドラからの報告に意識を向ける。

 

『少女の体内から神器級(ゴッズ)の反応があります。アクセサリーの類でしょうが、十個ほど体の中に取り込んでいるものと思われます』

 

「体の中に、神器級(ゴッズ)の、アクセサリーだと?」

 

 魔化されたアクセサリーは、戦士(ファイター)魔法詠唱者(マジック・キャスター)を問わず戦いに身を置く全ての者が装備し、『身体能力強化』及び『属性防御』を図ろうとする戦闘補助具だ。

 しかし、戦いの最中に壊れることもあるだろう。手や腕を切り落とされたら効果を失う場合もあるだろうし、盗まれる可能性だってある。強力なアクセサリーは常に身に付けておきたい反面、誰の目にも映らないよう隠しておきたい気持ちもあるのだ。

 だがそんなアクセサリーを体内に取り込むことが出来たなら、自分の身と融合させることが出来たなら、それはとても効果的で喜ばしいことに違いない。

 

「そんなことが可能なのか? 少なくともユグドラシルでは聞いたこともないが」

 

「宜しいでしょうか? モモンガ様」

 

 会話に横から割り込んできたのはアルベドだ。

 謙虚な姿勢と言葉使いではあるが、パンドラから旦那様を取り戻そうとしているのは間違いない。

 

「なんだ? アルベド」

 

「はい。察しますところ、生まれながらの異能(タレント)とやらが関係しているのではないでしょうか?」

 

 モモンガが零した少ない言葉から全てを読み解き、この世界の情報とすり合わせる。そしてアルベドが導き出した答え、それはこの世界特有の特殊な能力――“生まれながらの異能(タレント)”だ。

 

「あぁ、どこかの村に通っていた魔法詠唱者(マジック・キャスター)の少年が持っているという能力だな。ふむ、ゴミのようなものから破格なものまで多種多様とパンドラは言っていたが、これはちょっと予想していなかったぞ」

 

 珍獣でも観察するようなモモンガの視線の先には、いまだ黒山羊と戯れている白黒少女の姿があった。

 一進一退の攻防と言えば聞こえはいいが、実際は泥沼状態だ。

 相手を打ち倒すほどのダメージは与えられず、それでも反撃を受けることはないので、ただひたすら同じことの繰り返し。神の武具がもたらす効果により疲れを感じることはない――故に、いつかは勝利を掴むことが出来るのだろうが、それは一体いつなのか?

「やっと敗北を知れると思ったのに!」白黒少女は縦横無尽に振り回される巨大な触手を軽く避けながら、魔王にも理解できない妙な不満を漏らすのであった。

 








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