骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ
<< 前の話 次の話 >>

2 / 12
第2話 「困惑魔王」

「草原、だと?」

 

『はい、モモンガ様。骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)恐怖公の眷属(G)などをナザリックの外壁周辺へ放ちましたが、どの個体も外を草原と認識し、脅威となるべき存在と遭遇することはありませんでした』

 

 八体目の“ハンゾウ”を召喚していたモモンガは、アルベドからの伝言(メッセージ)に深く考え込んでしまう。

 NPCが拠点の外へ出られる、という点に関しては確定のようだ。沼地が消え、草原になっているということも間違いがないのであろう。目立つアンデッドの傍に目立たない恐怖公の眷属を配置するアルベドの采配からしても、第三者の幻術が関与しているとは考えにくい。

 

天地改変(ザ・クリエイション)? 毒沼を草原にして突破を図るつもりか? いやしかし、それでもツヴェークを消すことはできないはず。う~む、これは直接見たほうが早いな)

 

 ナザリックの周囲に広がっていた沼地はかなりの難所であり、侵入者を発見したなら群れで襲いかかる巨大蛙の存在を含め、プレイヤーのアイテムやMPを消費させるのに僅かながらも貢献していた天然の防壁である。

 その難所が今や草原で、巨大蛙も居なくなっているという。

 これはナザリック防衛の観点からすると大きなマイナスであり、(しもべ)からの情報だけで判断するには重要過ぎる案件であろう。魔王自身が直接現場を見て、今後の防衛方針を修正する必要がある。

 

「アルベド、第四階層と第八階層を除く各階層守護者を第一階層の入り口付近に集めておけ。シャルティアが展開している最上級の警戒態勢はそのまま維持しろ。私は三十分後にその場へ向かう」

 

『畏まりました、モモンガ様。即座に行動いたします』

 

 伝言(メッセージ)なら背すじが寒くなるような状態に陥らないなぁ、っとアルベドとのやり取りに妙な感想を持ちつつ、モモンガは召喚した八体の“ハンゾウ”、そして最高傑作のNPCを眺める。

 

「いぃかがなさいましたか、モォモンガさまっ!」

 

「いやなに、ナザリックの外がおかしなことになっているそうだ。異変の元凶かもしれん。今から第一階層へ向かい、私が直接見て判断するとしよう。パンドラはハンゾウたちを率いて付いてこい」

 

「はっ」

 

 頭を下げるパンドラに頷き、モモンガはティトゥスへ軽く挨拶を放って大図書館の扉へ向かう。

 このときモモンガ一人、もしくは付き従うのがパンドラのみであったのなら、指輪の力で第一階層まで転移すれば済む話であった。加えて“スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン”を用いた転移門(ゲート)の発動まで考慮すれば、ハンゾウやメイド、近衛兵らも一度に移動が可能であっただろう。

 だがモモンガは三十分後に向かうと伝えていた。

 それはそう、ギルド武器の安全を考えてのことである。表層に近いところまで、または地上にまでギルド武器を持ち出してしまったなら、破壊される危険性が異常なほど高まってしまうのだ。

 ギルド武器の破壊はギルドの崩壊を意味する。ナザリックがいかに難攻不落であろうとも、ギルド武器一つ破壊されてしまえば全てはお終いなのである。

 だからモモンガは大図書館を出て――軍服埴輪男と忍者型モンスターの登場に驚くユリとルプスレギナ、そして過剰な近衛兵とも合流すると、歩いて第九階層へ上がり、セバスやプレアデス四名を見つけては「まぁついでだ」と言って供に加え、そのまま第八階層までのんびりと散歩しては“桜花領域”の守護者にスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを預けたのだ。

 

 その後、第八階層を出たモモンガは「このままでは格好がつかんな」と空間へ手を沈ませ、「レプリカだがな」と先程まで手にしていたものとそっくりな杖をその場へ引っ張り出し、装備する。

 

 興奮したのはパンドラだ。

 第七・第六・第五階層へとモモンガが視察するかのようにゆっくり進んでいる間にも、パンドラの視線はレプリカに釘付であり、本物との差異について質問を飛ばしてくる。

「本物にはそれほど食いつかなかったのに何故だろう?」とモモンガが首を捻るも、「そういえば本物の性能については飽きるほど語っていたような気もするなぁ」と当時のギルドメンバーたちが何かに付け口にしていたことを思い出す。

 恐らくパンドラは、ギルドメンバー同士の会話を聞いていたのだろう。悟も心血を注いで素材集めに邁進していたし、ギルド武器のことをよく話していた。

 ただ、外見と一部の能力確認のために作ったレプリカについては未伝達だったようだ。マジックアイテムフェチにとってはコレクター魂をくすぐる逸品だったのかもしれない。

 

「そろそろ入り口だぞパンドラ。コレクターから領域守護者へ意識を戻しておけ」

 

「はっ、申し訳ありません、モモンガ様」

 

 洗礼された無駄のないパンドラのカッコイイ敬礼に満足しつつ、モモンガは各階層守護者の待つ第一階層入口付近へと歩を進めていた。

 

「モモンガ様。第四、第八階層を除く各階層守護者、御身の前に揃いましてございます(妙な奴が旦那様の隣に?! しかもあの指輪はっ?!!)」

 

 一瞬、パンドラへ見えない力の波動のようなモノが飛んだ気がするが、モモンガは「これが殺気というやつなのだろうか?」なんて魔王らしくない感想を持ちつつ、平伏するアルベドたち――階層守護者の前へ立つ。

 

「面を上げよ」

 

「「「はっ」」」

 

 見れば――

 赤い全身鎧の美少女吸血鬼(ヴァンパイア)『シャルティア』

 豪華な弓を背負い凶悪そうな鞭を腰に備える、少年っぽい少女闇妖精(ダークエルフ)『アウラ』

 黒い杖を両手で抱え持つ、アウラの弟にして少女っぽい少年闇妖精(ダークエルフ)『マーレ』

 四本の腕全てに尋常ならざる武器を持つ蟲王(ヴァーミンロード)『コキュートス』

 スーツを着込んだ天才頭脳の最上位悪魔(アーチデヴィル)『デミウルゴス』

 そして世界の名を冠する短い杖を持つ、異常なまでに美しい妖艶な淫魔(サキュバス)『アルベド』

 ――ナザリック最高戦力たちの勇壮なる姿が視界に映る。

 

「アルベド以外は久しぶりだろうか? まぁ、まずはコイツの紹介からだな。私が創造した(しもべ)、宝物殿領域守護者パンドラズ・アクターだ」

 

「ご紹介にあずかりましたぁパンドラズ・アクターです! どうぞっよろしくお願い致します!」

 

 パンドラを見つめる守護者たちの反応は様々であった。

 アルベドがパンドラの指輪を睨み付けているのはまぁ放っておくとして、興味深そうな視線を向けてくるのはデミウルゴスだ。自分と張り合えるほどの知恵者であろうと察し、色々と――モモンガ様のお役に立てそうな件について――話し合ってみたいと思っていたのだろう。

 コキュートスやアウラは新たな守護者の登場に歓迎の意を示しているようだ。

 マーレはあまり関心が無さそう――に見えるが、パンドラの指輪を無表情で見つめているのは何故だろう?

 そしてシャルティアはマーレの表情とは真逆ともいえる興味津々な笑みを浮かべて、敬礼姿のパンドラへにじり寄っていた。

 

「モモンガ様直属の(しもべ)であるなら、“正妃”となるわらわの“息子”みたいなものでありんすね。よろしくでありんす」

 

「おおぉ、父上にこのような美しいお嬢様が――」

「ちょおぉおっとまてやゴラッ!! 誰が正妃だぁ?!! ブチ殺すぞヤツメウナギ!!」

「ああぁ?! 邪魔すんじゃねぇよ大口ゴリラ!!」

 

 難攻不落のナザリックがあっという間に崩壊しそうな……、そんな殺気の渦中にて睨み合う二人の守護者はシャルティアとアルベドだ。互いに正妃の座を争う二人であるだけに、パンドラの存在をどうにかして取り込みたかったのだろう。

 嫉妬に目が眩んでシャルティアに先を越されてしまったアルベドとしては失態であるのだろうが、それより肝心のモモンガに恐るべき形相を晒しているのは如何なものか?

 

「二人とも、児戯はそれぐらいにしておけ」

 

「「は、はい! 申し訳ありません!」」

 

「女は怖いなぁ」なんて魔王らしくない感想と共に場を整え、モモンガはナザリックの外へと視線を向ける。

 

「モモンガ様」スーツを着用した一人の悪魔が微笑みと共に進み出て「偵察隊を出すのでしたら私に指揮をお任せください」と口にする。

 

「う~む、そうだなぁ。デミウルゴスなら間違いはなさそうだが、今はまだ慎重に行くとしよう」

 

 モモンガは外に居るかもしれないカンストプレイヤーを警戒しつつ、「でもまぁ、まずは軽く見物してみよう」と片手を上げる。

 

 ――中位アンデッド作成、死の騎士(デス・ナイト)――

 

 地の底か闇の淵からか? 空間に突然生み出されたソレは、真っ黒な巨体と波打つ長剣、そして半身を隠さんばかりの大きな盾を持って魔王の前へ顕現していた。

 

「デスナイトなら瞬殺されまい。視覚をリンクしておけば相手の姿ぐらい確認できるだろう。それまでナザリックの外を見物するとしようか」

 

 死の騎士(デス・ナイト)は、どんな攻撃を受けても死の直前――ギリギリで踏み止まる特殊技術(スキル)を持っている。ならばカンストプレイヤーの攻撃を受けたとしても、時間を稼ぐことが出来るはずだ。ちょっと覘く程度ならば十分であろう。

 ただ、相手がカンストプレイヤーならば死の騎士(デス・ナイト)を見た瞬間、連撃による速攻撃破を選択するだろうから稼げる時間もたかが知れている。とはいえモモンガにはそれでも過剰だ。

 魔王たるモモンガは、刹那の時間でも多くの情報を読み取ることが可能なのである。

 

(だけどなぁ、“ぬーぼー”か“弐式”、“フラット”か“パナップ”、もしくは“チグリス”でもいれば情報収集なんかで頭を悩ませることもないんだが……。あと“ぷにっと”もいたら全部任せられるのになぁ)

 

 モモンガは視覚をリンクさせた死の騎士(デス・ナイト)を送り出しながら、この非常事態を全て一人で対処しなければならないという現状へ軽く愚痴を吐いていた。無論、近くにいるアルベドたちが暴走しかねないので、心の中でこっそりと。

 

(あぁ、一人ではないか。パンドラも守護者たちもいるし……、ってなんだこれは?)

 

 死の騎士(デス・ナイト)の視覚を通し、モモンガは広大な草原を、宝石箱のような星空を、魅惑的な月を見つめていた。

 しかし草原にしろ星空にしろ、特に珍しいものでもない。狩場では以前から幾度も見ていたし、感動するような光景ではないはずだ。

 それなのに魔王の心中には「美しい」との想いが宿る。

 

(……ふふ、そうか。そうだな。これは“悟”の想いか。まだ私の中に残っていたのだな。もうすぐ消えてしまうのだろうが)

 

 最後のひとかけらを味わうかのように、モモンガは夜の草原を静かに眺めていた。

 そして黙祷が終わったとばかりに気持ちを切り替えると、リンクしている死の騎士(デス・ナイト)を全力で走らせ、叫ばせる。

 

「オオオオォァァァアアアア!!」

 

 凶悪な化け物の雄叫びは無人の草原を駆け抜け、遥か遠くまで響いたかのよう。

 草むらに潜んでいた小動物らが命の危機を感じ、必死に逃げ出そうとする光景が彼方此方で見られた。

 

(反応無し、か。ヘイトを稼ぐ死の騎士(デス・ナイト)特殊技術(スキル)でも誘い出せないとなると、本当に居ないのか?)

 

 足下の草が魔法による創造物ではないと判断すると、次に重要なのはプレイヤーの所在だ。

 毒沼が草原になっている理由についてはまったく思い当たらないが、なっているものは仕方がない。それより今はナザリックに侵攻してくるであろうプレイヤーへの警戒が大事だ。近くにいるなら見つけなければならない。

 しかし――

 

「居ないなぁ。これも異変の影響なのか? なにがなんだかサッパリわからん」

 

「モモンガ様、問題ガアルナラ私ヲ先鋒ニオ使イクダサイ」

 

「う~む、コキュートスのやる気は嬉しいが、肝心の敵が居ないのだ。どこへ行ったのやら」

 

 プシューっと冷気を吹き出す巨大な蟲の守護者は、完全武装でカンストプレイヤー相手にも引けをとらない凄みを見せてはいるが、どうにもその剣戟を振るう相手が見当たらない。

 モモンガは注目を浴びるよう暴れさせていた死の騎士(デス・ナイト)を霧散させると、周囲探索を次の段階へ移行させていた。

 

「“ハンゾウ”よ、ナザリックの周囲八方位へ偵察に赴け。まずは一キロ地点、次に五キロ、さらに十キロと距離を伸ばし情報を集めよ。各目標地点へ着き次第アルベドへ報告を行え。“念話”の特殊技術(スキル)は使えるな?」

 

「はっ、問題ありません」

 

「よし、では行け。アルベドは情報を集約し、要点を纏めて私に報告しろ」

 

「かしこまりました、モモンガ様(妻にお任せを、あ・な・たっ)」

 

 モモンガは相変わらずの奇妙な圧を背に受けながら、もの凄い速度で外へ向かうハンゾウたちを見送る。

 ハンゾウたち隠密・偵察系のモンスターは、最初から伝言(メッセージ)と同等の特殊技術(スキル)を所持しているので情報収集には大変便利なのだ。加えて情報が途切れたハンゾウの位置を探れば、そこにプレイヤーがいるのだと確定する。

 高レベルの隠密モンスターであるハンゾウから隠れるには、弐式やパナップ並みの変態隠密ビルドが必要なのだから戦闘を避けて隠れ潜むのは不可能に等しい。

 だからこの一手でナザリック周辺の危険性はある程度判明するだろう。

 後は待つだけだ。

 

(それにしても外の草原地帯は記憶にない光景だった。ヘルヘイムでないことは確かだろうなぁ。だとすると今回の異変はナザリック自体が別の場所へ移動した、ということか? いや、そんなことが可能なのか? ん~、世界級(ワールド)アイテムで敵拠点を強制的に移動させる、とかか? 悟に“糞運営”と言われるぐらいの奴らなら、やりかねないのか? う~む、わからん)

 

 小首を傾げるという魔王らしからぬ仕草を見せるモモンガ――その背後では、集まってくる情報を高い知能で分析しているアルベド、守護者に発動時間の長いバフをかけまくるマーレ、特殊技術(スキル)空の目(スカイ・アイ)』を発動させるアウラ、所持武器と戦闘特殊技術(スキル)の確認を始めるコキュートス、そして軍服埴輪と作戦協議を行っているデミウルゴスの姿があった。

 どうやら主であるモモンガの発言から、外に潜んでいる強大な敵との戦闘が間近に迫っている、と判断したようだ。ナザリックの最高戦力を集め、宝物殿の守護者まで引っ張り出してきたのだから生半可な相手ではあるまい。

 守護者は皆、敵の情報を集めているアルベドの、そして号令をかけてくださるであろうモモンガ様の挙動を見つめていた。

 

 

「モモンガ様、御報告いたします(くふー!)」

 

「うむ」

 

「ナザリックの周囲、半径二十キロ圏内に敵影はありません。プレイヤーはもちろん、ナザリックに害をなせるようなモンスターも発見できませんでした。ただ人間の村を複数発見いたしました。脅威度はゼロ、レベル一桁のゴミでございます(くふふふふ)」

 

「レベル一桁の……、人間の村だと?」

 

 NPCの村か? と思いつつも、モモンガはおかしな点に気付く。

 傭兵モンスターである“ハンゾウ”が、NPCのレベルを探査できている――なんて“悟”が聞いたら「何かのバグかな?」と言い出すほどの奇妙な話であるはずだ。

 そもそも村や街にいるNPCのレベル判定なんかプレイヤーですら成功しない。干渉が絶対にできない相手なのだ。それこそ世界級(ワールド)アイテムを必要とするだろう。そんな無茶な領域の現象であり、有り得ない状況であると言える。

 

「これはもしかすると、もしかするかもな」

 

 モモンガは脅威となるべきプレイヤーの不在に安堵し惜しむものの、外で起こっているという異変の真実に、骸骨の身でありながらも冷や汗を流しそうなほど身震いしてしまう。

 そんなことが起こり得るのか? と素直に口にしてしまいそうだ。

 だが今は更なる検証が必要だろう。

 幸い、丁度よいゴミも発見出来たことだし……。

 

「アルベド、発見した人間を全て回収してナザリックの地表部分、霊廟前へ集めろ。私自ら頭を覗いて確認する。人間どもの回収には影の悪魔(シャドウデーモン)八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)を送って速やかに行え」

 

「はっ、御命令のままに(くふー! また私の名をっ! これで何度目?!)」

 

 アルベドの口元に涎が垂れているような気がして二度見してしまうモモンガであったが、どうやら見間違いであったようだ。涎を垂らすような行動の原因に心当たりはないので、まぁ有り得ないだろう。

 だが、何故そんな見間違いを? とモモンガは大量の人間が集められていく最中にも、幾度か首を傾げるのであった。

 








※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。