第228回 微分係数ジグソーパズル(後編)

「微分係数で関数が作れるということ、納得できません……」というテトラちゃん。いったいどうしたの?「関数を組み立てよう」シーズン第4章後編。

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。

テトラちゃんは《平均値の定理》の一般化についておしゃべりをしている。

「つまりね、《平均値の定理》の一般化っていうのは、次のものを使って関数f(x)を表せないか……という話なんだ」

  • f(n)(a)
  • (xa)n

テトラ「はあ……」

f(x)f(n)(a)(xa)nで表すっていうのは、テトラちゃんお気に入りのテイラー展開だよね!」

テトラ「あっ!!」

f(x)f(n)(a)(xa)nで表すとしたら、いったいどうなるか……を考えていこう」

テトラ「はいっ!!」

「テトラちゃんはテイラー展開が好きだよね」

テトラ「そうです。先輩からsinxの冪級数展開を教えていただきました(『数学ガール』第9章参照)」

sinx=+x11!x33!+x55!x77!+

「そうだったね。うん、あのときはsinxという関数を、

sinx=a0x0+a1x1+a2x2+
という冪級数展開(べききゅうすうてんかい)で表せるとしたら、係数anはどういう形になるかを調べたんだよね」

テトラ「はい、そうでした。あのときには《平均値の定理》と関係があるなんてわかりませんでした。そもそも《平均値の定理》も知りませんでしたし、冪級数展開も知りませんでしたし……」

「でも、一次関数や二次関数は知ってたよね」

テトラ「はい? え、ええ。一次関数も二次関数も知っています。たとえば……」

f(x)=ax+b一次関数f(x)=ax2+bx+c二次関数

「そうそう、そういうものだよね。xに関する一次関数といったら、二つの定数a,bを使ってax+bという式で表される。一次関数だからxがなくならないようにするためにa0とするけど、ともかくax+bという式」

テトラ「はい。同じように二次関数だったらax2+bx+cで、a0になります。これはよく知っています」

a,b,cという形だと一般化しにくいから、定数項はa0にして、x1の係数はa1にして、x2の係数はa2にする。ああ、それからx0はいつも1をあらわすことにすると、 一次関数や二次関数はこう書いても構わないことになる」

f(x)=a0x0+a1x1一次関数f(x)=a0x0+a1x1+a2x2二次関数

テトラ「はいはい、わかります。先輩やミルカさんとのお話で、こういう場面はよく出てきますから」

「こういう場面って?」

テトラ「あたしは、a,b,cのように、つい個別の文字を使いたくなるんです。これがaだな、あれがbだな、と顔が見えた方がわかりやすいからです」

「文字の顔ね……なるほど」

テトラ「でも、先輩はa,b,cのような文字を、a0,a1,a2のようにするっと置き換えるんですよ」

「うん、そうだね。さっきの二次関数の例だとaa2に、ba1に、ca0に置き換えたね」

テトラ「え……あ、そうですね。逆順でした。それで、a0,a1,a2のようにすると急に一人一人の顔が見えなくなるんですが、 その代わりに、この人たちは《同じチーム》ってわかるんですよ!」

「同じチーム?」

テトラ「そうです。a0,a1,a2というのはみんなanという一つのチームです。同じチームで同じユニフォームを着ていて、背番号が違うだけ」

「なるほどね!確かに背番号だ。a0,a1,a20,1,2という添字が背番号になっている」

テトラ「そういう場面がよく出てくる……とあたしは思うんです」

a,b,cだとまとめて扱いにくいけど、a0,a1,a2だと、anのようにまとめて扱えるからだね」

テトラ「あっと、すみません。話の腰を折ってしまいました」

「いやいや、いまのテトラちゃんの話はおもしろいと思ったよ。実際、背番号に注目することになる」

f(x)=a0x0+a1x1一次関数f(x)=a0x0+a1x1+a2x2二次関数

テトラ「?」

a0,a1,a2のように係数を表すと、一次関数や二次関数というくくりを越えて、一般化できるからね。 n次関数はこんなふうに書けるし」

f(x)=a0x0+a1x1+a2x2++akxk++anxn

テトラ「はい。そしてan0ですね」

「そういうこと。そして、背番号の変化……つまり、添字の変化に注目すると、シグマを使ってこんなふうに書ける」

f(x)=a0x0+a1x1+a2x2++akxk++anxn=k=0nakxk

テトラ「は、はい。大丈夫です。シグマが出てきても焦りません」

n次関数をシグマで表すと、和の本体になる部分にスポットライトがあたるから、どんな和を求めているのかがわかりやすいよ」

テトラ「和の本体というのは、k=0nakxkでいうと、

akxk
の部分ですね?」

「そうそう、その部分」

f(x)=k=0nakxk本体

テトラ「それで、ええと、n次関数はシグマを使って書き表せる……と」

「うん。一次関数でも二次関数でも、一般にn次関数は、a0,a1,a2,,anという係数が決まれば関数も決まることになるよね」

テトラ「係数が決まれば決まります。そ、それは、当たり前のことですよね?」

「うん、そうなんだけど、じゃ、n次関数における係数とはいったい何だろう、という話になる」

テトラn次関数における係数とはいったい何かといいますと、n次関数を決めているもの……でしょうか。 n次関数を決めている数列……といいますか」

「そうだね。そこで、その係数はx=0における微分係数とどんな関係があるだろうかというのがポイントなんだ」

テトラ「ははあ……それでテイラー展開になる?」

「うん、テイラー展開につながっていくことになる。そのまえに、僕たちがよく知っている一次関数や二次関数における係数について考えてみよう」

テトラ「たとえば、2x+3という一次関数があったとき、2は何なのか、3は何なのか……という意味ですね?」

「そういう意味。ちょうどいいからその例を使ってみるよ。《例示は理解の試金石》だから、具体例で考えるのがいいよね。 f(x)=2x+3と置いたとき、関数fは何度でも微分できる」

テトラ「はい。すぐできます!」

f(x)=2x+3f(x)=2f(x)=0

「そうだね。これで、係数は……」

テトラ「はいはい。x=0にして考えれば、2x+3の定数項3f(0)ですし、xの係数2f(0)になります」

「そうそう、sinxを冪級数展開したときも同じように考えたよね」

テトラ「はい。ですから、f(x)=2x+3は、こんなふうに書けます」

f(x)=2x+3 =f(0)x1+f(0)x0

「そういうこと。この式をよく観察すると、xの係数はf(0)になっている。 y=2x+3のグラフは直線になるけど、 xの係数はその直線の傾きで、その値はf(0)になるのはよくわかる」

テトラ「なるほどです。x=0での接線の傾きは直線の傾きそのもの……ということですね。 x=0以外でも同じですけれど」

「そうそう。もちろん、いまの話はテトラちゃんが作ってくれた2x+3という一次関数だけにいえることじゃなくて、5x4でも123x+456でも同じ。一般的に……」

テトラ「はい、一般的にf(x)=a1x1+a0x0としたら、a1=f(0)で、a0=f(0)が成り立ちます」

f(x)=a1x1+a0x0=f(0)x1+f(0)x0

「一般化するために、項の順番は逆にしておくよ」

f(x)=a0x0+a1x1=f(0)x0+f(0)x1

テトラ「そうでした、そうでした」

「何をやっているかはわかるよね?」

テトラ「はい、わかります。n次関数f(x)が与えられたとき、そのf(x)の係数a0,a1,,anを、 関数ff(0),f(0),f(0),,f(n)(0)で表すお話です」

「じゃ、二次関数でやってみよう」

テトラ「あたしがやります!二次関数f(x)を次のように表します。

f(x)=a0x0+a1x1+a2x2
それから、微分していきます。
f(x)=a0x0+a1x1+a2x2f(x)=a1x0+2a2x1f(x)=2a2x0
ここでx=0にすると、
f(0)=a0f(0)=a1f(0)=2a2
になりますよね!あたし、f(0)=2a22を忘れませんでしたよ!」

「いやいや、根気強く計算するテトラちゃんがそこでミスするとは思ってなかったよ」

テトラ「ですから、f(x)が二次関数の場合には、こんな式が成り立ちます」

f(x)=f(0)x0+f(0)x1+f(0)2x2

「うん、それでいいよね。じゃ、いよいよn次関数。つまり、

f(x)=a0x0+a1x1+a2x2++anxn
からスタート」

テトラ「はいはい。これは何度もやりました。akxkxで微分したらkakxk1になるというのを使うと、ずれていくんです」

f(x)=a0x0+a1x1+a2x2++anxnf(x)=1a1x0+2a2x1+3a3x2++nanxn1f(x)=21a2x0+32a3x1+43a4x2++n(n1)anxn2

「うん、シグマを使うとこうなるね」

f(x)=k=0nakxkf(x)=k=1nkakxk1f(x)=k=2nk(k1)akxk2f(x)=k=3nk(k1)(k2)akxk3f(j)(x)=k=jnk(k1)(k2)(kj+1)akxkjf(n)(x)=k=nnk(k1)(k2)(kn+1)akxkn

テトラ「はい。これで、x=0を代入しますと、定数項以外がぜんぶ消えます!」

f(0)=a0f(0)=1a1f(0)=21a2f(0)=321a3f(j)(0)=j(j1)1ajf(n)(0)=n(n1)1an

「そうだね。あとは階乗n!=n(n1)(n2)1を使えば、簡単に書ける」

f(0)=0!a0f(0)=1!a1f(0)=2!a2f(0)=3!a3f(j)(0)=j!ajf(n)(0)=n!an

テトラ「はい、これで、a0,a1,,anが求められました」

a0=f(0)0!a1=f(0)1!a2=f(0)2!a3=f(0)3!aj=f(j)(0)j!an=f(n)(0)n!

n次関数は係数が決まれば決まる。ということは、n次関数はx=0における微分係数を使ってこんなふうに表せるということがわかった」

f(x)=a0x0+a1x1++anxn=k=0nakxk=k=0nf(k)(0)k!xk

テトラ「……」

「つまり、n次関数のxkの係数akというのは、微分係数で表せるということになる」

ak=f(k)(0)k!(k=0,1,2,,n)

テトラ「……」

「分子はk階導関数でx=0を代入したもの、分母はkの階乗、どちらもk回の繰り返しが出てきてる。以前ミルカさんが言ってた微分演算子のDと、下降階乗冪nk_=n(n1)(n2)(nk+1)を使うと、

Dkfkk_(0)(k=0,1,2,,n)
みたいに書けて楽しいな」

テトラ「……」

「どうしたの?」

テトラ「ちょっと……いろんなことを考えていました」

「いろんなこと」

テトラ「あのですね。あたしはsinxの冪級数展開を教えていただいたとき、 すごい!と思っていました。sinxという関数をx0,x1,x2,で表すということをすごいと思ったからです。 そしてその係数に微分係数が出てくるということも」

「……」

テトラ「いま、先輩のお話を聞いていて、それから微分をしていて思ったことがあります。それは、 sinxのような関数に限らず、 一次関数や二次関数の係数がそもそも微分係数で表せるということです」

「そうだね」

テトラ「言われてみれば当たり前ですが、いままでそれを意識したことはあんまりなかったと思います。 微分という計算をするときには、 まず関数があって、それを微分するものだと思っていました。 何というか、微分したものというのは計算結果、みたいな」

「なるほど。微分は、関数から導かれる導関数を求めているわけだしね」

テトラ「はい。"a derived function" です。微分したものが計算結果だと思っていたのですが、 先ほどの《係数を微分係数で求める》というのを考えると、 その計算結果を使って逆に、もとになったn次関数を組み立てられる! そんなふうに感じたんです。うまくいえませんけれど」

「いやいや、テトラちゃんの気持ちはわかるよ。だって」

テトラ「お待ちください。n次関数は係数で決まります。その係数はn次関数を何回も微分してn階導関数を作って、 x=0にしてあげればわかります。 n階導関数はもともとn次関数から導いたもの、deriveしたものですから、 それは、当たり前に見えます……でも」

「でも?」

テトラ「でも、あたしには不思議に感じることがあるんです」

「不思議に感じること……それは?」

テトラ「うまく言えないんです。ちょっとお待ちください。考えます」

テトラちゃんは真剣な顔で、思考の海に潜っていった。

自分の《不思議な感じ》を表す言葉を求めて。

はそれを静かに待つ。

「……」

テトラ「わかりました。何がわからないか、わかりました」

「うん、どうぞ」

テトラn次関数f(x)は、どんな実数tについてもf(t)という値が決まりますよね」

「そうだね」

テトラy=f(x)のグラフを描いたら、関数f(x)に応じてそのグラフはいろんな形になります。 直線になったり、放物線になったり、nが大きかったら、 もっと複雑なうねうねっとしたグラフかもしれません」

「その通りだね」

テトラ「関数って、そのように大きな広がりを持っているもの、複雑な変化を表せるものなのに、 どうしてx=0という一点で関数全体が決まるんでしょうか?

「一点?」

テトラ「はい。先ほど、n次関数の係数を求めました。途中の計算で微分をくりかえしましたけど、 最後に係数を求めるときには、 x0を代入しましたよね。 ということは、係数に影響を与えているのは、 x=0だけのように思えるんです。 代入しちゃいましたから、n階導関数は消えてしまって、 x=0のときの値しか使ってません!」

「なるほど……だから《一点》で決まるって?」

テトラ「そうです。それがすごく不思議に感じるんです。x=0の一点しか見ていないのに、 広がりを持ったn次関数を組み立てられる。 それって、不思議なことじゃありませんか? まるで、 生まれたばかりの赤ちゃんの生涯を予言するみたいに感じるからです。 あっ、いまのは比喩です」

「なるほどねえ。僕の考えを話してもいい?」

テトラ「もちろんです。先輩はどう思われますか」

「確かにx=0の一点を見ているわけだけど、その値を使っているのはn階導関数だよね。 f(x),f(x),f(x),f(x),という 関数だ。 だから、微分という計算を繰り返すことで、 その関数の情報は十分掘り起こしていると思うんだよ。 感覚的な話だけど」

テトラ「あたしもそう思ったんです。でも、それでもおかしいです。だってその微分という計算の定義を考えてください」

「微分の定義?」

テトラ「はい。x=0での微分係数を求めているとき、x=0の《近く》しか見ていないですよね? 《近く》というか《すぐそば》というか……あたしが不思議だと思っているのはそこなんです。 微分という計算を何回繰り返しても、 結局見ているのは0の《そば》だけのはずです。 それなのに、関数全体を組み立てられるというところ、 そこが不思議なんですっ!」

「……なるほど。テトラちゃんがさっき言った、 《生まれたばかりの赤ちゃんの生涯を予言するみたい》 という意味がわかったような気がする。 まさにそこに対してテトラちゃんは疑問を抱いているんだね」

テトラ「は、はい……数学的な疑問というよりも、感覚的な疑問ですみません。 先ほどの計算は数学的にはわかります。 微分して、係数を求める。 でも、関数という広がりを持ったものが、 どうして一点で決められるのか、そこが不思議なんです!」

「うーん……ちょっと考えさせて」

思考の海に潜るのは、今度はの番だ。

《不思議な感じ》への答えを求めて。

テトラちゃんはそれを静かに待つ。

テトラ「……」

「……うーん、テトラちゃんの《不思議な感じ》への答えになるかどうかわからないけど、僕なりの理解を話してみるよ」

テトラ「はい、ぜひ!」

「テトラちゃんはn次関数のような広がりがあるものが、x=0という一点で決まる、 x=0の近くで決まる微分係数というもので決まることに疑問を持っていた。 でも、実はn次関数の広がりというか、可能性はそんなにないんじゃないかということ」

テトラ「そんなにない?」

「言い方が変だね。制約といったほうがいいのかな。実数全体から実数全体への関数というともちろん無数にあるわけだけど、 《n次関数》という制約を入れたとたん、 それはものすごく強い、とてつもなく強い制約なんだよ。 連続だし、微分可能だし、そもそも数式で表せるし、 しかも、n+1個の係数とxの冪乗という形の数式で表せる。 ここまで強い制約が掛かっている」

テトラ「ははあ……」

「それがどのくらい強い制約かというと、x=0近辺のようすを調べるだけで、 任意の実数tに対する値f(t)が正確に決定できるほど強い制約なんだ」

テトラ「なるほど……」

「強い制約が掛かっているから、扱いやすい。調べやすい。係数の数列にすべての情報が詰まっている。 n次関数というのはそういう関数だということ」

テトラ「少しわかってきました」

「もちろん、こういう話はイメージに過ぎないんだけど」

テトラ「あ、でも、あたしの《不思議な感じ》もイメージです」

「テトラちゃんが言ってた《生まれたばかりの赤ちゃん》の比喩は、だから逆の言い方をすれば、 赤ちゃんの生涯はn次関数のような単純なものでは表せないということだね」

テトラ「なるほどです」

「それに、人の生涯ってそもそも関数なのかどうかもわからないし」

(第228回終わり。第229回へ続く)

ケイクス

この連載について

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数学ガールの秘密ノート

結城浩

数学青春物語「数学ガール」の女子高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わってください。本シリーズはすでに何冊も書籍化されている人気連載です。 (毎週金曜日更新)

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m_yas1028 赤ちゃんのときは同じように見えるけど、成長するに従って、元々持っていた性質が現れてその人の個性になっていくイメージかな?(ΦωΦ) 約3時間前 replyretweetfavorite

inaba_darkfox うん、正則関数とかある点とそこに収束していく数列の上で一致しさえすれば全平面で一致しちゃうからほんとに不思議だと思う。凄い性質。 約4時間前 replyretweetfavorite

MQ_null これ、逆写像定理見たときも思った x=0の近くではどんな値?どんな増減具合?どんな凹凸具合… https://t.co/YwKFSGyMf6 約6時間前 replyretweetfavorite