筋トレによって効果的に筋肥大を生じさせるためにはどうすれば良いでしょうか?
この問に現代のスポーツ医学や運動生理学はこう答えています。
「トレーニングの総負荷量を増やすように筋トレをデザインしよう」
筋肥大は重量、回数、セット数からなる総負荷量を高めることによって生じます。そのため、これらの変数とともに総負荷量に寄与するセット間の休憩時間や週単位の頻度をデザインすることがポイントになるのです。
『筋トレの効果を最大にするセット数について知っておこう(2017年7月版)』
『筋トレの効果を最大にするセット間の休憩時間について知っておこう(2017年9月版)』
『筋トレの効果を最大にするトレーニング頻度について知っておこう』
しかし、これは筋肥大を生じさせるためのポイントです。
では、筋力を効果的にアップさせるためにはどうしたら良いのでしょうか?
この問に現代の脳科学はこう答えています。
「筋肥大とともに、神経活動を高めて適応させよう」
筋トレに脳科学?神経?と懐疑的に思われるでしょうが、筋力を高めるためには筋肥大だけではなく、神経活動を高め、適応させていく必要性が示唆されているのです。
今回は、筋力を簡単にアップさせる方法から、筋力と神経活動の関係について考察していきましょう。
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◆ 右手の筋トレをして左手の筋力をアップさせよう!
では、右手に重めのダンベルをもって、アームカールを疲労困憊まで行いましょう。
これで、あなたの左手の筋力は10%ほど増強されます。
1894年、イェール大学の心理学者であるScriptureらは、運動の学習についての実験を行っていました。被験者は板の穴に棒を通す課題を繰り返し行うように指示されました。穴の大きさに比べて、棒の太さはやや細くなっています。穴の縁にはセンサーが付いており、棒がぶつかるとエラーが表示され、その回数(エラー数)が計測されました。
図:運動学習課題(Scripture EW, 1894より引用改変)
被験者は右手で棒を持ち、なるべく穴の縁に当たらないように繰り返し棒を通しましたが、最初は棒が穴の縁にぶつかってしまい、エラー数が多くなりました。しかし、回数を重ねるごとに穴の縁に触れることなく、棒を通せるようになりました。
Scriptureらは、このような運動学習の効果についての実験をしていたのですが、ここであることを発見したのです。
棒を上手に通せるようになった被験者が、左手に棒を持ち替えて、同じように課題を行ったところ、驚くことに、右手よりも少ないエラー数で、スムーズに棒を通せるようになったのです。
Scriptureらは、この現象を実験で確かめ、片側の手で運動を学習すると、反対側の手にもその学習が教育(education)されることを明らかにしました。そしてこれを「Cross education」と名付けたのです。
Scriptureらの発見はこれで終わりません。
今度は、水銀計につながっているゴムボールを被験者に握るように指示し、左右の握力を計測しました。次に右手でゴムボールを何度も握るトレーニングを行わせました。すると、トレーニングをしていない左手の握力の増強を認めたのです。
この実験から、ScriptureらはCross educationは運動の学習だけでなく「筋力」にも生じることを明らかにしました(Scripture EW, 1894)。
その後もCross educationによる筋力の増強効果は追認され、2017年、サッサリ大学のMancaらは、これまでに報告された31の研究結果(785名)をまとめたメタアナリシスの結果をこう報告しています。
*メタアナリシスとは、これまでの研究結果を統計的手法により全体としてどのような傾向があるかを解析するエビデンスレベルがもっとも高い研究デザイン。
「片側のトレーニングは、反対側の筋力を11.9%(腕9.4%、脚16.4%)増強させる」
この結果は、2004年に報告されたメタアナリシス(Munn J, 2004)の結果を支持するものであり、片側の腕や脚のトレーニングが反対側の腕や脚の筋力を増強させるCross educationのエビデンスになっています。
それでは、なぜこのような現象が生じるのでしょうか?
脳科学はこのように答えています。
「片側のトレーニングが脳の神経活動を高めるため」
僕たちの運動は、脳の大脳皮質にある左右の運動野によってコントロールされます。右手でアームカールを行うとき、ダンベルを持つ手と反対の左の運動野から「肘を曲げろ!」という神経活動が上腕二頭筋に伝達され、アームカールが行われます。
このように、右の運動野は左手の運動を、左の運動野は右手の運動を制御しています。これは脚でも同じです。脳卒中などで片側の脳がダメージを受けると反対側の手足の運動麻痺が生じるのはこのためです。
そして、近年の脳科学は、Cross educationによる筋力増強は「同側」の運動野の神経活動が高まることに起因しているといいます。
これまで、右手でアームカールを行う場合、左の運動野の神経活動が高まり、同側である右の運動野の神経活動は変わらない(抑制されている)とされてきました。しかし、実は右の運動野の神経活動も高まっていることが最新のメタアナリシスにより示唆されています。右手でアームカールを行うと、同側(右)の運動野の神経活動も高まることによって左手の筋力がアップするのです。
これが、Cross educationによる筋力増強のメカニズムです。
2018年に報告されたメタアナリシスでは、筋力のCross educationの神経生理学的なメカニズムとして短潜時皮質内抑制(SICI)やサイレントピリオド(cSP)の寄与が明らかにされていますが、その詳細は原著に譲ります(Manca A, 2018)。
腕相撲で勝ちたいときは、事前に左手で腕相撲を何回か行っておくと、左の運動野の神経活動が高まり、右手の筋力を増強することができるかもしれませんね。
◆ トレーニングをイメージして筋力をアップさせよう!
では、これから行うトレーニングをイメージしてみましょう。
これで、あなたの筋力は10%ほど増強されます。
1991年、アメリカ・ルイジアナ州立大学医学センターのCornwallらは、被験者に30分間のイメージトレーニングを行うよう指示しました。イメージトレーニングは4日間行われ、その前後で大腿四頭筋の筋力(膝関節伸展の等尺性筋力)を計測してみると、イメージトレーニングを行った被験者は、12.6%の筋力増強が認められたのです(Cornwall MW, 1991)。
Fig.1:Cornwall MW, 1991より筆者作成
その後も多くの研究によりイメージトレーニングによる筋力の増強効果が示されてきました。そして、次の段階として、そのメカニズムの検証が行われました。
2017年、フランス・ブルゴーニュ大学のGrosprêtreらは、イメージトレーニングを7日間、毎日行った結果、下腿三頭筋の筋力(等尺性筋力)が9.46%の増強を示しました。また、イメージトレーニングを行った被験者の脊髄の神経活動が増加することを神経生理学的評価によって明らかにしました(Grosprêtre S, 2017)。
Fig.2:Grosprêtre S, 2017より筆者作成
さらに2017年、ブルゴーニュ大学のRuffinoらは、これまでに報告されたイメージトレーニングによる筋力増強のメカニズムを検証した研究結果をレビューし、脊髄とともに大脳皮質の運動野の神経活動が増加することを示唆しています。
これらの報告から、イメージトレーニングは大脳皮質の運動野や脊髄の神経活動を高めることによって、筋力を増強させることがわかってきたのです。
『イメージトレーニングが筋トレの効果を高める〜その科学的根拠を知っておこう』
Cross educationやイメージトレーニングによって、一時的ではありますが筋力をアップさせることができるのです。しかし、ここで言いたいことはこれだけではありません。脳科学の知見は、Cross educationやイメージトレーニングによる筋力増強のメカニズムから大事なことを教えてくれます。
「筋力は神経活動の影響を強く受ける」
Cross educationやイメージトレーニングによる筋力の増強は、大脳皮質の運動野や脊髄の神経活動の増加に起因しています。つまり、僕たちの筋力は神経活動の影響を強く受けているのです。
ここに、筋トレによって筋力を高めるためのヒントがあります。
現代のスポーツ医学や運動生理学では、筋力を増強させるための方法論には筋肥大とともに神経活動を高め、適応させる必要性を説いており、その因子として運動単位の動員や同期、レートコーディング、神経筋抑制などが挙げられています。
これらの神経学的因子にもとづいて筋トレの方法論をデザインすることが筋力を効果的に高めるポイントになるのです。
機会がありましたら、筋トレによって効果的に筋力を高める方法論についても考察していきましょう。
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シリーズ②:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取量を知っておこう
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シリーズ⑦:筋トレの効果を最大にする運動強度(負荷)について知っておこう
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シリーズ⑩:筋トレの効果を最大にするセット間の休憩時間について知っておこう
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シリーズ65:そもそもプロテインの摂取は筋トレの効果を高めるのか?
シリーズ66:筋力を簡単にアップさせる方法~筋力と神経の関係を知っておこう
References
Scripture EW, et al. On the education of muscular control and power. Stud. Yale Psycol. Lab. 1894: 114–119.
Manca A, et al. Cross-education of muscular strength following unilateral resistance training: a meta-analysis. Eur J Appl Physiol. 2017 Nov;117(11):2335-2354.
Munn J, et al. Contralateral effects of unilateral resistance training: a meta-analysis. J Appl Physiol (1985). 2004 May;96(5):1861-6.
Manca A, et al. Neurophysiological adaptations in the untrained side in conjunction with cross-education of muscle strength: a systematic review and meta-analysis. J Appl Physiol (1985). 2018 Feb 15.
Cornwall MW, et al. Effect of mental practice on isometric muscular strength. J Orthop Sports Phys Ther. 1991;13(5):231-4.
Grosprêtre S, et al. Neural mechanisms of strength increase after one-week motor imagery training. Eur J Sport Sci. 2017 Dec 17:1-10.
Ruffino C, et al. Neural plasticity during motor learning with motor imagery practice: Review and perspectives. Neuroscience. 2017 Jan 26;341:61-78.