歌姫は今日も「おはよ」とつぶやく
2018年06月15日
《ずーっと愛してるよ! またケラケラ笑おう、現場で》
全国ツアー最終日の前日となる1月19日、大森靖子は病室の「ごっちん」を見舞い、似顔絵入りの色紙を手渡した。
ライブの現場にしょっちゅう顔を出す熱心なファンを、「おまいつ」と呼ぶ。「おまえ、いつもいるな」の略。ごっちんは、大森のおまいつの一人だった。
翌日、中野サンプラザでの本番。車いすで来場したごっちんのすぐ横の席で、寄り添うようにして、リクエスト曲『chu chu プリン』を歌い上げた。
6日後、ごっちんは39歳でこの世を去った。
昨年末、大森はファンを巻き込んであるキャンペーンを行った。「超○○」の「○○」に、好きなこと、なりたいものを書いて送ると、大森直筆の名刺が届くというものだ。
「超生きる」。ごっちんからの応募の手紙には、そうしたためられていた。大森は「超生きる」の名刺を携えて、ごっちんの通夜まで足を運んだ。
ファンとの交流をことさら美談めかして取り上げられることを、きっと大森は嫌がるだろう。
アーティストとファンではなく、人間対人間。彼女にとっては、ごく当たり前のことに過ぎないからだ。
人は一人で生まれ、一人で死んでいく。だけど――。逆説の向こう側に言葉の礫(つぶて)を投げつけ、歌声を届けようともがく。
初の単著となる『超歌手』(毎日新聞出版)には、そんな大森の赤裸の生き様がさらけ出されている。
「みんなが、お互いの孤独を尊重し合える世の中になればいい」
超歌手・大森靖子が語る、「超生きる」ための孤独のススメ。
(取材:BuzzFeed Japan 神庭亮介)
愛媛県の中高一貫の進学校で、金髪の女の子はクラスでも浮いた存在だった。
いじめられていたわけではないが、どうにも集団になじめない。トイレの一番奥の個室で弁当をかき込んだ。
「弁当食べるグループとか面倒くさいなと思って。女子ってグループに入ると順番にハブられたりするんで。トイレさえ行けば逃げられる、みたいな」
学校行事でもなんでも、誰かがつくりあげた「楽しいとされるもの」に乗っかるのが苦手だった。それなら自分がみんなを楽しませる方がいい。
体育祭の応援歌づくりのように、自分発信でできることには、むしろ喜んで取り組んだ。
「なんで孤独が悪いものとされてるのか、わからなかった。みんなといる時より一人の方が楽しかったし」
高校2年生の春、憧れのバンド「銀杏BOYZ」が松山に来た。ライブ中、ボーカルの峯田和伸が自分のメールアドレスを読み上げた。
半信半疑でメールを送ると、届いた。ウソじゃなかったんだ。それから毎日、「大森靖子」というタイトルで峯田宛にメールを送り続けた。
学校でヤンキーと勘違いされて、キャラを演じるのに疲れたとか。バイトの店長に口説かれてウザいとか。ガラケーをポチポチ打って、2千字近い文章を送りつける。
返事は基本、来ない。でもある時、こんな言葉が返ってきた。
《そのままでいてね》
少女は上京し、ミュージシャンになる。今年2月には、念願だった銀杏BOYZとの初共演も果たした。
「そのままでいすぎましたね、本当に」と大森は笑う。
『超歌手』には、こんな風に綴った。
「孤独じゃないよ」「ともに生きよう」...。大森の歌詞は、そうした手垢のついた「J-POPあるある」的な言葉とは無縁だ。
「なんでお前とともに生きなきゃいけないのって思いますね。孤独じゃない人とか、いるんですか?」
7月11日発売のアルバム『クソカワPARTY』に収録する新曲『死神』では、《川は海へ広がる 人は死へと溢れる やり尽くしたか?って西日が責めてくる》と歌う。
「孤独じゃないっていう人は、向き合わずにパーティーしてるだけ。だったら向き合ってパーティーする方が楽しいよねっていう思いで歌ってます。自分のなかでネガティブな曲は一曲もないんですよ」
そのスタンスは、結婚して子どもが生まれてからもまったく変わらない。
「『女から母親という生き物に変わる』とか言われますけど、そんなワケない。母親になる前に何年生きてきたと思ってんだよって」
大森は小学6年生のころ、レイプされたことがある。
5年ほど前にその経験をインタビューで話したところ、「気持ち悪い」「こんなブスとセックスしたいヤツいるの」とバッシングを受けた。
しかし、そうした罵詈雑言以上に怖かったのが「同情」だという。
「『かわいそう』『つらいですよね』とか言ってもらったけど、全部違うって思った。『歌手』よりも『被害者』になっちゃって、自分を見てもらえない感じがしました」
それだけに、昨今の「MeToo」運動にも思うところがある。
「『私もです』っていうハッシュタグだと、みんなが同じ『被害者』みたいになっちゃう。一人ひとりに感情があって、人生があって、どんな事件に遭ったかも違う。そういう些細なニュアンスが大事なはずなのに」
「もちろん、性暴力は絶対ダメです。でもまずはその人の人生が尊重されるべきで、『被害者』ということが人格・名前みたいになったらいけないなって」
そんな大森が「MeToo」に代わって提唱するのが、「InMyCase(私の場合は)」という言葉だ。
「傍目には小さいことに見えても、本人にとっては致命傷になることだってある。『これぐらいで不幸と思っちゃいけないんだ』っていう感覚が一番危険。一人ひとりが『私の場合は...』って言えたら、いい独白の運動になるのでは」
『超歌手』のなかで大森は、「孤独力」の大切さを強調している。
「自分のなかの自分を大事にする。周りに合わせて自分を失ったら、死んだまま生きてるのと一緒だから」
生きていれば誰しも、自分を曲げざるを得ない局面はある。それでも、絶対に譲れない一線だけは守り抜く。
「たとえ世の中の真逆に行ったとしても、『ここだけは』っていうところを持ってないといけない。『孤独力』ってそうやって生き抜く力だと思うんです」
おのおのが孤独を突き詰め、決してわかり合えないことだけをわかり合う。そんな哲学を貫き通すことができれば美しい。
けれど、みんなが大森のように強く生きられるわけじゃない。孤独の重圧に耐えられない人もいるのではないだろうか?
「孤独」と「孤立」は違うと、大森は説く。
「じゃあ一人で生きれば?って突き放しちゃうのはダメ。『孤立』はつらいですから。みんながお互いの『孤独』を尊んで生きていける世の中になればいいなって思います」
孤独と孤独のまま寄り添い合う。大森の理想はそこにある。
フォロワー42万人を超える大森のTwitterには、ファンからのダイレクトメッセージが次々と寄せられる。そう、いつかの峯田のように。
「死にたい」といったヘビーなものから、他愛のない相談、結婚報告まで。その一つひとつに目を通し、できるだけ返信するようにしている。
「『自分の好きな誰かに聞いてほしい』っていう思いの受け入れ先になれたら。なかには亡くなってしまった子もいますけど、とりあえず吐き出す場所があるだけでも違うかなって」
Twitterでは、毎朝のあいさつを欠かさない。
誰もがあしたを楽しみに眠りにつけるわけではない。朝を迎えるのが楽勝じゃない人もいる。
だから今日も、大森はつぶやく。「おはよ」と。
全国ツアー最終日の前日となる1月19日、大森靖子は病室の「ごっちん」を見舞い、似顔絵入りの色紙を手渡した。
ライブの現場にしょっちゅう顔を出す熱心なファンを、「おまいつ」と呼ぶ。「おまえ、いつもいるな」の略。ごっちんは、大森のおまいつの一人だった。
翌日、中野サンプラザでの本番。車いすで来場したごっちんのすぐ横の席で、寄り添うようにして、リクエスト曲『chu chu プリン』を歌い上げた。
6日後、ごっちんは39歳でこの世を去った。
昨年末、大森はファンを巻き込んであるキャンペーンを行った。「超○○」の「○○」に、好きなこと、なりたいものを書いて送ると、大森直筆の名刺が届くというものだ。
「超生きる」。ごっちんからの応募の手紙には、そうしたためられていた。大森は「超生きる」の名刺を携えて、ごっちんの通夜まで足を運んだ。
ファンとの交流をことさら美談めかして取り上げられることを、きっと大森は嫌がるだろう。
アーティストとファンではなく、人間対人間。彼女にとっては、ごく当たり前のことに過ぎないからだ。
人は一人で生まれ、一人で死んでいく。だけど――。逆説の向こう側に言葉の礫(つぶて)を投げつけ、歌声を届けようともがく。
初の単著となる『超歌手』(毎日新聞出版)には、そんな大森の赤裸の生き様がさらけ出されている。
「みんなが、お互いの孤独を尊重し合える世の中になればいい」
超歌手・大森靖子が語る、「超生きる」ための孤独のススメ。
(取材:BuzzFeed Japan 神庭亮介)
トイレで弁当
愛媛県の中高一貫の進学校で、金髪の女の子はクラスでも浮いた存在だった。
いじめられていたわけではないが、どうにも集団になじめない。トイレの一番奥の個室で弁当をかき込んだ。
「弁当食べるグループとか面倒くさいなと思って。女子ってグループに入ると順番にハブられたりするんで。トイレさえ行けば逃げられる、みたいな」
学校行事でもなんでも、誰かがつくりあげた「楽しいとされるもの」に乗っかるのが苦手だった。それなら自分がみんなを楽しませる方がいい。
体育祭の応援歌づくりのように、自分発信でできることには、むしろ喜んで取り組んだ。
「なんで孤独が悪いものとされてるのか、わからなかった。みんなといる時より一人の方が楽しかったし」
「そのままでいてね」
高校2年生の春、憧れのバンド「銀杏BOYZ」が松山に来た。ライブ中、ボーカルの峯田和伸が自分のメールアドレスを読み上げた。
半信半疑でメールを送ると、届いた。ウソじゃなかったんだ。それから毎日、「大森靖子」というタイトルで峯田宛にメールを送り続けた。
学校でヤンキーと勘違いされて、キャラを演じるのに疲れたとか。バイトの店長に口説かれてウザいとか。ガラケーをポチポチ打って、2千字近い文章を送りつける。
返事は基本、来ない。でもある時、こんな言葉が返ってきた。
《そのままでいてね》
少女は上京し、ミュージシャンになる。今年2月には、念願だった銀杏BOYZとの初共演も果たした。
「そのままでいすぎましたね、本当に」と大森は笑う。
孤独は財産
「孤独は財産」くらいに思ってますからね、私は。人は基本、人のことをわかることなんてできないんですよ、当たり前に孤独な生き物だから。
あなたはあなたの孤独を消してくれる人を探しているんじゃなくて、あなたの孤独を愛して抱きしめてくれる人を探しているんじゃないですか?
『超歌手』には、こんな風に綴った。
「孤独じゃないよ」「ともに生きよう」...。大森の歌詞は、そうした手垢のついた「J-POPあるある」的な言葉とは無縁だ。
「なんでお前とともに生きなきゃいけないのって思いますね。孤独じゃない人とか、いるんですか?」
7月11日発売のアルバム『クソカワPARTY』に収録する新曲『死神』では、《川は海へ広がる 人は死へと溢れる やり尽くしたか?って西日が責めてくる》と歌う。
「孤独じゃないっていう人は、向き合わずにパーティーしてるだけ。だったら向き合ってパーティーする方が楽しいよねっていう思いで歌ってます。自分のなかでネガティブな曲は一曲もないんですよ」
そのスタンスは、結婚して子どもが生まれてからもまったく変わらない。
「『女から母親という生き物に変わる』とか言われますけど、そんなワケない。母親になる前に何年生きてきたと思ってんだよって」
InMyCase
大森は小学6年生のころ、レイプされたことがある。
5年ほど前にその経験をインタビューで話したところ、「気持ち悪い」「こんなブスとセックスしたいヤツいるの」とバッシングを受けた。
しかし、そうした罵詈雑言以上に怖かったのが「同情」だという。
「『かわいそう』『つらいですよね』とか言ってもらったけど、全部違うって思った。『歌手』よりも『被害者』になっちゃって、自分を見てもらえない感じがしました」
それだけに、昨今の「MeToo」運動にも思うところがある。
「『私もです』っていうハッシュタグだと、みんなが同じ『被害者』みたいになっちゃう。一人ひとりに感情があって、人生があって、どんな事件に遭ったかも違う。そういう些細なニュアンスが大事なはずなのに」
「もちろん、性暴力は絶対ダメです。でもまずはその人の人生が尊重されるべきで、『被害者』ということが人格・名前みたいになったらいけないなって」
そんな大森が「MeToo」に代わって提唱するのが、「InMyCase(私の場合は)」という言葉だ。
「傍目には小さいことに見えても、本人にとっては致命傷になることだってある。『これぐらいで不幸と思っちゃいけないんだ』っていう感覚が一番危険。一人ひとりが『私の場合は...』って言えたら、いい独白の運動になるのでは」
「孤独」と「孤立」は違う
『超歌手』のなかで大森は、「孤独力」の大切さを強調している。
「自分のなかの自分を大事にする。周りに合わせて自分を失ったら、死んだまま生きてるのと一緒だから」
生きていれば誰しも、自分を曲げざるを得ない局面はある。それでも、絶対に譲れない一線だけは守り抜く。
「たとえ世の中の真逆に行ったとしても、『ここだけは』っていうところを持ってないといけない。『孤独力』ってそうやって生き抜く力だと思うんです」
おのおのが孤独を突き詰め、決してわかり合えないことだけをわかり合う。そんな哲学を貫き通すことができれば美しい。
けれど、みんなが大森のように強く生きられるわけじゃない。孤独の重圧に耐えられない人もいるのではないだろうか?
「孤独」と「孤立」は違うと、大森は説く。
「じゃあ一人で生きれば?って突き放しちゃうのはダメ。『孤立』はつらいですから。みんながお互いの『孤独』を尊んで生きていける世の中になればいいなって思います」
孤独と孤独のまま寄り添い合う。大森の理想はそこにある。
私の孤独ちゃんは、あなたの孤独ちゃんに、とても会いたがっています。
(『超歌手』より)
毎朝「おはよ」
フォロワー42万人を超える大森のTwitterには、ファンからのダイレクトメッセージが次々と寄せられる。そう、いつかの峯田のように。
「死にたい」といったヘビーなものから、他愛のない相談、結婚報告まで。その一つひとつに目を通し、できるだけ返信するようにしている。
「『自分の好きな誰かに聞いてほしい』っていう思いの受け入れ先になれたら。なかには亡くなってしまった子もいますけど、とりあえず吐き出す場所があるだけでも違うかなって」
Twitterでは、毎朝のあいさつを欠かさない。
おはよ うまくやれないイライラの原因を探して見つからないからって自分のせいにせんでいーよ 天気のせいだよ 今日もなんとか!(3月10日)
おはよ 今日もおきたの?え?すごくね?まじ偉業だよ?天才、超偉い、その上まだ学校行ったり働いたり遊んだりすんの?とんでもねーなおい!(5月28日)
誰もがあしたを楽しみに眠りにつけるわけではない。朝を迎えるのが楽勝じゃない人もいる。
だから今日も、大森はつぶやく。「おはよ」と。
〈大森靖子〉 ミュージシャン
1987年、愛媛県生まれ。武蔵野美術大学の在学中に音楽活動を開始。弾き語りライブが話題に。2014年にメジャーデビュー。2015年10月に長男を出産。2018年7月11日にニューアルバム『クソカワPARTY』を発売予定。著書に『超歌手』、最果タヒとの共著『かけがえのないマグマ』(いずれも毎日新聞出版)。