南海トラフ経済被害1410兆円
南海トラフの巨大地震が発生してから20年間の経済的な被害が、最悪の場合、1410兆円にのぼるおそれがあるという報告書を土木学会が新たにまとめました。
被害を軽減するために、耐震化などの対策を進めるよう国などに提言しています。
南海トラフの巨大地震は、東海から西の太平洋沿岸で過去に繰り返し発生し、政府の地震調査委員会は、今後30年以内にマグニチュード8から9の巨大地震が起きる確率を「70%から80%」と推計しています。
国が5年前までにまとめた被害想定では、地震の揺れや津波によって最悪の場合、▽全国でおよそ32万3000人が死亡、▽発生から1週間の避難者が最大950万人に達し、▽経済的な被害は合わせて220兆3000億円にのぼるとされています。
土木学会の委員会が7日公表した報告書では、地震発生直後の建築物などの直接被害に加え、交通の寸断や生産設備の被害などから波及する長期的な経済への影響も推計し、地震発生から20年間の経済的な被害は最悪の場合、合わせて1410兆円にのぼるとしています。
これは、今年度の国の一般会計予算97兆7000億円余りのおよそ14倍に相当します。
20年間で失われる納税者1人あたりの所得を主な都市ごとに推計すると、▽大阪市で1758万円、▽神戸市で1340万円、▽京都市で1014万円などとなり、阪神・淡路大震災を超える影響が広範囲に及ぶとしています。
報告書では、巨大地震が国民生活を低迷させる「国難」になると指摘する一方、道路や海岸施設の耐震化などを進めることで長期的な被害は4割ほど軽減できるとも試算しています。
そのうえで、地震の発生確率などを考慮して今後15年以内を目標に必要な対策を進めるよう国などに提言しています。
【土木学会会長は】
土木学会の大石久和会長は、「これだけの経済被害が生じるとは予想もしておらず、驚きだ。いまのまま巨大災害が起きたら想像もつかないようなことになる。日本が東アジアにおける小国、最貧国の一つになりかねないと考えている」と強い危機感を抱いていることを明らかにしました。
そのうえで、「被害を軽減するため政府は、国民にオープンにした形で法律に裏付けられた公共インフラの整備計画などを打ちたてるべきだ」と述べました。
【河田委員「一刻の猶予もない」】
土木学会の委員会の委員を務めた、巨大地震の防災対策に詳しい関西大学の河田惠昭特別任命教授は、「会社だと赤字で倒産するが、国の場合は滅亡する。南海トラフ巨大地震のような『国難災害』が起きると、国が成り立たなくなると考えるべきだ。」と指摘しています。
その上で、「いまは、南海トラフ巨大地震も首都直下地震も、30年以内の発生確率が70%から80%ほどになっていて、一刻の猶予も許されない時代に入っている。『想定外』という言葉は東日本大震災で最後にしなければならず、そのためには、新たな対策を進めていかなければならない」と話しています。
【「国難」級の災害とは】
「国難」級の自然災害とは、どのようなものなのか。
報告書は、「国の国力を著しく毀損し、国民生活の水準を長期に低迷させうる力を持った巨大災害」と定義したうえで、過去に世界で起きた複数の巨大災害を例として挙げています。
その1つが、1755年にポルトガルの首都・リスボンを襲った「リスボン大地震」です。
マグニチュード8を超える巨大地震で、報告書によりますと、揺れや津波、火災によって都市の建物の85%が壊滅し、死者は、最大で、当時の人口の3分の1に相当する9万人に達したと推定されています。
被害額は、当時のポルトガルのGDP・国内総生産の1.5倍にのぼったともいわれ、地震による混乱が、国力の衰退を促す要因の1つになったと指摘されているということです。
また、日本での例としては幕末に相次いだ大地震などを挙げています。
▽1854年、南海トラフを震源に相次いで発生した「安政東海地震」と「安政南海地震」はいずれもマグニチュード8.4と推定される巨大地震で、各地に大きな被害をもたらしたほか、▽翌年の1855年には、今の東京の直下で発生したマグニチュード6.9の「安政江戸地震」では、およそ1万人の死者が出ました。
これらの災害で、全国各地の藩は大きな費用負担を迫られ、十分な復興事業が実施できなかったことも幕府への不満を募らせる一因となり、倒幕の流れを加速させたと考えられるとしています。
【報告書のポイントと対策は】
今回の報告書の特徴は、地震や津波による建物などの直接の被害だけでなく、道路の寸断などによる長期的な経済の被害を推計したことです。
国が5年前の平成25年に公表した南海トラフの巨大地震の経済被害の想定では、▽建物や道路といった建築物などの直接被害がおよそ170兆円と推計されています。
今回の土木学会の報告書では、これに加えて道路などの交通インフラが寸断されたり、工場などの生産施設が損害を受けたりすることで国民の所得がどの程度減少するのか、間接的な影響も推計しました。
その結果、▽20年間にわたる影響により、最悪の場合、1240兆円の被害が推計され、▽直接の被害を合わせると1410兆円になるとしています。
推計の期間を20年間としたのは、23年前の阪神・淡路大震災で発生から20年間にわたって震災の影響による被害が出続けたと推定されたためで、被害は合わせて98兆円余りだったと推計されるということです。
南海トラフの巨大地震の被害は、このおよそ14倍となるおそれがあることになります。
20年間で失われる納税者1人あたりの所得も推計していて▽名古屋市で2058万円、▽大阪市で1758万円、▽神戸市で1340万円、▽広島市で1261万円、▽横浜市で1052万円、▽京都市で1014万円、▽熊本市で793万円などと、広い範囲で市民生活に大きな影響が出るとしています。
また、首都直下地震では▽国が推計した直接の被害が47兆円、▽今回、推計した道路の寸断などによる被害が731兆円で、▼あわせると20年間の被害が778兆円になるということです。
これは、同じ直下型の地震で被害が発生した阪神・淡路大震災のおよそ8倍に当たります。
20年で失われる納税者1人あたりの所得は、▽東京23区で2112万円、▽川崎市で1427万円、▽横浜市で1057万円、▽千葉市で865万円などと推計されています。
この経済被害に対し、報告書は、対策として▽道路や港、それに堤防の整備や耐震化、▽古い建物の耐震化、▽それに電線の地中化などを挙げています。
これらの対策を事前に行った場合▽南海トラフ巨大地震では509兆円、▽首都直下地震では247兆円と、経済の長期的な被害を3割から4割程度減らせると推計し、委員会は、15年以内に対策を行うよう提言しています。
ただ、こうした対策を行うには、▽南海トラフ巨大地震で38兆円以上、▽首都直下地震で10兆円以上かかると試算していて、巨額の公共事業を実施するための財源を確保できるかが課題となる見込みです。