京都大学の山極寿一総長 ゴリラの群れを追ってジャングルを駆け回ってきたゴリラ研究の第一人者が、京都大学の総長に就任してまもなく4年。山極寿一総長が理想のリーダー像を見出すのはやはりゴリラだ。「ジャングルとそっくり」という大学を、自身はどんなリーダーシップで率いているのか。
■ゴリラ社会のリーダーとサル社会のボスは違う
――ゴリラのリーダーとはどんな存在なのでしょうか。
「前提として、ゴリラの社会は並列社会なんです。ニホンザルをはじめとするサルの社会は、勝ち負けが明白な階層社会。餌を前にしても、最初から弱い者は強い者に遠慮して手を出さない。そうやってトラブルを未然に防いでいます。それに対してゴリラの社会は、勝ち負けを決めません。群れの中では体が小さい奴も威張っているし、子どもも負けてはいない。その中でリーダーとなるのは、一番体が大きくて、成熟の証しである白い毛を背中に持つ『シルバーバック』と呼ばれるオスです」
「彼らは、力を誇示することで君臨するサル社会のボスと違って、メンバーの信任の上に成り立つリーダーです。メスから自分の子どもを預ける対象として信頼されなければならないし、子どもたちからも自分を守ってくれる保護者として信頼されなければならない。二重の信頼を得てはじめてリーダーとして認められるのです」
「ゴリラは縄張りを持たないので、空間的にすみ分けることができません。ですから、森の中で他のグループと出会ってしまったときは、お互いのリーダーが出てきてディスプレー合戦をします。それには『近づくな』という警告を発する意味もあるし、相手の群れのメスを誘引する目的もあります。相手側のメスには来てほしいけど、こちら側のメスには出ていかれては嫌だというアンビバレントな状態なんですね(笑)。時間が長引くと、メスを獲得するチャンスも増える一方で引き抜かれるリスクも増す。だからディスプレー合戦は短い時間で、極めて潔くスッキリと演出されます。そこがすごくかっこいい」
――ディスプレー合戦ではどんなことをするのですか。
「ディスプレーには、体を揺すって特別な音を出し、草をちぎって投げて、胸を叩いて突進して、地面を叩くなど9つの動作があるんですが、これが相撲の仕切りとそっくりなんですよ。力士が塩を投げるのに対し、ゴリラは草を投げる。土俵の両側に立ち、胸を広げてかしわ手を打つのは、ゴリラが胸を叩くドラミングと似ている。相撲では仕切り線に拳をつけて、にらみ合います。ゴリラも拳で地面を突くナックルウォーキングをします。並列社会においてオス、男のかっこよさを極めていった結果、非常によく似たものになったということでしょう」
ゴリラとともに(2008年、アフリカのルワンダにある火山国立公園にて)=山極氏提供 「重要なのは、そこで勝ち負けを決めるわけではないということ。ゴリラのリーダーに求められるのは『負けない心』なんです。攻撃し合わずに張り合って、周囲も自分も納得して引き分ける。いま人間の社会では、負けないことと勝つことが混同して語られていますが、実は人間も『負けない』という姿勢によって並列社会を作ってきたのだと思います。勝とうとする精神は、相手を屈服させ排除しようとするので、自分はだんだん孤独になっていく。でも負けまいという姿勢は、相手を対等に見るので、友達を失わずに済む。だから仲間ができる。そうやって人間の集団もつくられていったのでしょう。ゴリラと人間の社会の底流に流れているものは極めて近いと思います」
■えこひいきをしない 泰然自若としたリーダーシップが理想
――他にゴリラのリーダーシップの特徴はありますか。
「公平であることです。リーダーは、メス同士や子ども同士の間に起こったトラブルを仲裁しますが、決してえこひいきはしない。えこひいきをすると、されなかったほうは恨みを抱き、離れていこうとしますから。リーダーは、どちらかに加担することなく、トラブルそのものを瞬時に止める。そこから信頼感が芽生えます」
「ゴリラは言葉を話しませんから、態度が非常に重要です。まさに『背中で語る』です。ゴリラのリーダーは、メスに対しては決して後ろを振り返りません。君らがついてくるのは振り返らなくてもわかっているよ、という威厳を見せないといけないからです。でも子どもがついてくるときは、振り返る。ちゃんと気遣っているよ、というのを態度で示すのです。リーダーは子どもに頭を叩かれても毛を引っ張られても動じません。200キログラムもある体を安易に動かすと、子どもを踏み潰してしまう危険もあるからでしょうが、その泰然自若ぶりは見事です」
――2014年に総長に就任した時、ゴリラのリーダーを意識しましたか。
「総長になったのはまったく予想外の出来事だったので、記者に取り囲まれて会見したときは、頭が真っ白になっていました。最後に『山極さん、座右の銘は何ですか』と聞かれた時、ふっとゴリラが頭に浮かんで『泰然自若です』と答えました。それを言ってしまったあとに、じゃあ、そうなろうかと思ったんです。物事に動じないのがリーダーのリーダーたるゆえんかなと。まあなかなかなれませんが、右往左往しない、あたふたしないというのは重要だと思います」
■「大学は多様な生態系でなければならない」 総長は調整役と旗振り役
――よく「大学はジャングルだ」と話していますね。
「自分は調整型のリーダー。みんながやりやすい環境を整える」と話す 「ジャングルは、常に新しい種が生まれる、陸上生態系で最も多様性が高い場所です。大学も、学生や研究者が常に入れ替わり、学問分野も多種多様。そしてジャングルも大学も、中に生きている多様な生物同士はお互いをよく知らずとも、一つのまとまった生態系として機能している。ジャングルが、太陽からの豊富な光や雨という『外部』との関わりなしには存続しえないのと同様に、大学も外の資金や社会との関係なしには生きていけない。そこに着目すると、おのずと大学経営もできるのではと思っています」
「僕はずっとフィールドワークをしてきた経験から、まずは観察者として、学内に生息する『猛獣たち』や組織のあり方を見てみることにしました。その上で、猛獣たちが能力を最大限発揮できるように調整役を果たす。それが総長の第一義の役割だと考えました。大学は、階層社会ではなく並列社会であるべきだと思っているので、みんなを従わせるのではなく、みんながやりやすいよう環境を整える調整型リーダーシップです」
「ただ、学内では調整役に徹するとしても、学外では大学を代表してものを言わなくてはなりません。そして、大学の構成員が理解し、共感できるような目標を掲げ、実現に向けて旗を振らなくてはなりません。まあ旗を振るまではいかなくても、少なくとも全体をまとめているような顔をしてなくてはいけません(笑)。そこで泰然自若としたゴリラの態度が参考になるわけです」
――総長に就任以降、社会や世界に開く窓の意味を込めた「WINDOW構想」を掲げ、国際研究拠点の新設など大学の競争力向上に努めてきました。改めて京大らしさとは何でしょう。
「よく東大と比べられますが、権威をつけないところでしょう。教授も『さん』づけ。僕も学生に山極先生とは呼ばせない。先生と呼んじゃうと、どうしても従う姿勢になってしまいますから。東大から来た人は最初は戸惑うみたいですけどね。上下ではなく対等な関係があるからこそ『先生とは違うことをやってやろう』という気持ち、創造性が生まれる。そういう伝統を大事にしたいですね」
山極 寿一
1952年東京都生まれ。京都大学大学院理学研究科博士課程単位取得退学、理学博士。日本モンキーセンターリサーチフェロー、京都大学霊長類研究所助手、同大理学研究科助教授、教授、研究科長・理学部長を経て14年から現職。国立大学協会会長、日本学術会議会長、モンキーセンター博物館長なども兼任。専門は人類学、霊長類学。
(ライター 石臥薫子)
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