2006年からスタートした日本最大級の開発コンテスト「Mashup Awards」(マッシュアップアワード、略称MA)は、この世に公開されているさまざまなデバイスやAPI、ハードウェア、技術をマッシュアップ(「混ぜ合わせる」の意)して新しいものを生み出すエンジニアを応援するコンテストです。2017年12月に開催された、13回目となる「MA 2017」では、上は65歳から下は14歳の中学生まで、幅広い年代のエンジニアが参加。出場者はそれぞれのアイデアを形にして発表し、その独創性と作品の素晴らしさを競うと同時に、互いにたたえ合いました。
そんな「Mashup Awards」の運営事務局を2012年〜2016年まで5期にわたって務め、現在は一般社団法人MAの理事としてさまざまなハッカソンの企画・運営にあたっている伴野智樹さんに、ものづくりとしてのエンジニアリングの変遷、これからのテクノロジーについて伺いました。
「つくりたいから、つくる」というエンジニアに魅了されて
── 伴野さんがMashup Awardsに関わるようになったきっかけを教えてください。
伴野 新卒で入社したWeb企業から、リクルートホールディングスへ2011年に転職し、このイベントの運営にアサインされたことがきっかけです。最初の会社は営業で、それまでソフトウェア開発に関わったことはありませんでした。
なので、正直にいうと初めの頃はまったく何も分からなかったのですが、イベントを運営していく中で、エンジニアの方の熱気や思いに魅了されるようになったのです。Mashup Awardsはエンジニア個人の方が自由に参加できるイベントなので、「この作品を開発しなければならない」という絶対的な理由はないんですよ。でも、それだけ熱中して取り組む熱意や、自分がつくりたいものをつくるという気概をそばで見ているうちに、いつしか自分もその魅力に没頭するようになりました。
── Mashup Awardsは、どのような経緯でスタートしたのですか。
伴野 スタート時に掲げられたコンセプトは、「オープンイノベーションの発展」と「参加するエンジニアのEngineer's Lifeの向上」の2つでした。
まずはWebのAPI(Application Programming Interfaceの略)に代表される、オープンにすることで発展していくオープンイノベーションを、今後も発展させ続けるという目的がありました。さらにこのイベントを通じ、エンジニアに「チャレンジする機会」や「楽しむ場」を提供し、より充実したエンジニアライフに貢献したいという思いがあったのです。
当初はサンマイクロシステムズとリクルートが共同で運営を行っており、昨年までは任意団体という形で運営委員会を設立して、幹事をリクルートホールディングスが務めていました。そして今年(2018年)2月、運営母体として一般社団法人MAが設立され、14回目となる「MA 2018」からこの社団法人が運営することになりました。
Mashup Awards応募作品から見る、2006年〜2018年のソフトウェア技術の変遷
── 最近の応募作品の傾向や、参加するエンジニアの属性はどのようなものでしょうか。
伴野 もともとはマッシュアップという言葉通り、WebのAPIを活用した開発コンテストでしたが、最近はWeb APIに限らず、第三者利用が可能なクラウドサービスのAPI、そしてオープンハードウェアなどのデバイスも対象にした作品が増えてきました。
参加者の属性は、学生が年々増えていますね。直近の数字では、学生が35%、フリーランスエンジニアの方の参加は20%ほど、それ以外は企業に所属するエンジニアの方です。ユニークな傾向としては、かつてはWebサービス企業に属するエンジニアの参加が多かったのですが、最近では大手メーカーやハードウェアベンダー、自動車会社のエンジニアなどの割合が増えてきています。もちろん開始当初からある「ギークな雰囲気」はいまでも健在ですが、トラディショナルな重厚長大産業の方の参加も増えていますね。
技術的な傾向は、大まかに3つの時期に分けて説明ができます。
初期の頃は、人の移動データとPoI(Point of Information:位置情報)を結び付けた作品群がたくさんありました。当時は位置情報と地図情報を結び付けた新しいサービスが次々に誕生し、エンジニアもそれに興味津々だったのです。ビジネス的にはO2O(Online to Offline)という観点で注目されていました。
その後、2011年から2012年ごろまで、スマートフォンアプリの時期が続きます。FacebookやTwitterのAPIが公開され、これらのAPIと、かつて流行った地図や位置情報と連携させたサービスが多数登場した時期です。当時は「ロケタッチ」*1や「Foursquare」*2などが人気だったので、「自分もこういうものをつくりたい」と考えるエンジニアも多かったのでしょう。
この時期から、エンジニアの方々に「APIを使えば、大きな資本力を持った大企業と似たようなことができる」という感覚が芽生えていったのではないかと思います。Mashup Awardsを通じてそういう体験をしたエンジニアが多数誕生しました。
その後に来たのが、IoTやハードウェアのムーブメントです。まだ出始めだったオープンソースハードウェア の 「Arduino」とそれにつないだセンサーなどを活用し、取得できたデータにJavaScriptからアクセスするなど、いわゆるスマートフォンやWebブラウザの“外”に出るようになりました。ビジネス界でもIoT分野への興味・関心が高まり、トレンドに乗る流れでIoT関連作品が増えています。最近だと、4割近くの応募作品がIoTやハードウェア関連ですね。
ビジネストレンドとテクノロジーは同期している
── 世の中の動きと、エンジニアが興味関心を持つテクノロジーが同期している状況は面白いですね。
伴野 そうですね。世の中の動きとテクノロジーはリンクしている部分が大きいと思います。若干テクノロジーの方が先かもしれません。なぜなら、トレンドとなる技術は、言い方は悪いかもしれませんが、必ずしも最新テクノロジーではないからです。技術分野のビジネスでは、誰かがある技術をサービス化し、マジョリティをつくるやり方が主流で、そういうものが後にAPIとして公開されるようになります。こうしてコモディティ化、スタンダード化しものを、自分のアイデアでいかに面白くするかが、このMashup Awardsの楽しみ方なんですね。
ビジネス界も同じです。アーリーアダプターまたはイノベーターと呼ばれる人たちがすでにビジネス化して、それで世間が盛り上がるというプロセスです。テクノロジーとビジネスは、こんな形で同期しているのではないでしょうか。直近のトレンドでいうと、ディープラーニングや機械学習などのデータ解析技術と、IoTのセンサーデータを絡めた作品が増えています。
── 具体的に、どんな作品があるのでしょうか。
伴野 ハードと組み合わせた作品でいえば、2013年に新たに設立された「ハードウェア部門」で部門賞を獲得した、「テンペスコープ」という作品があります。これはWebの天気予報APIを取得し、明日の天気をこのハードウェアの中で再現するというもので、デザイン性に優れた作品です。この当時から、早い人はハードウェアを使って、Webブラウザやスマホではない作品を発表していたわけです。
この年の最優秀賞は、同じ開発者の方がつくった「1クリック飲み」というスマホアプリでした。これは音声合成技術を組み合わせ、1クリックで飲み会を予約できるサービスです。これもコモディティ化した技術を、アイデアでうまく表現するという代表例ですね。
センサーデータを活用したものでいえば、2016年の優秀賞に輝いた「トイレの神様」が面白いです。これは便器の座る部分にセンサーを付け、荷重の特徴を機械学習で覚えさせ、人を識別する仕組みなんです。6〜7人なら識別できるとのことでした。面白いのは、便器に座ると今日の運勢を教えてくれるなど、神様っぽいサービスや、光で癒やしてくれるなど、楽しいエンジニア発想のアイデアが盛りだくさんなんですよ。これはビジネスサイドからはなかなか出てこないでしょうね。
他にも、マイコンにマイクを付けておいしいスイカを叩いた音を分析し、熟したスイカを識別する「Water Melon Sound」という作品があり、昨年の優秀賞を受賞しました。これもコモディティ化した技術を使い、自分で面白いと思ったものを開発した好例です。
ソフトウェアのものづくりに起きている変化
── 最近の注目技術は何でしょうか。
伴野 難しい質問ですが、当面は、機械学習やIoTの流れがこのまま続くと思います。もちろん、センサーデータや個人情報の取り扱い、所有権など整理すべき課題はありますが、それらが少しずつ解決していくと、エンジニアが自由な発想で活用できるデータがたくさん出てくるのではないでしょうか。
開発スタイルでいえば、今後はさらに簡略化され、ノンコーディングでいろいろなアイデアが実現できる世の中になると考えています。2016年に部門賞を受賞した「どこでもMステ」という作品は、ソニーの「MESH」のセンサーを付けて、自宅でもどこでも音楽番組「ミュージックステーション(Mステ)」の臨場感を実現できる作品ですが、これはiPadを使えば数時間で開発できるものです。アイデアひとつで、ノンコーディングで楽しめる作品がつくれてしまうわけですね。
VRも期待できますね。いまは視覚や体感を再現するものが多いですが、触覚の再現や、身体拡張ではなく身体フィードバックを実現する技術など、ちょっとSFっぽくて面白い。こういった領域も大いに発展すると思います。
── その一方で、一時代を築いたFacebookやTwitterがAPIをクローズする流れもありますが、オープンイノベーションはこれからどうなっていくとお考えですか。
伴野 企業戦略という視点で考えると、オープンにしてエコシステム構築を目指す技術が生まれる一方で、閉じていく技術が出てくるのは当然だと思います。いまは過渡期なので、これも1つの技術トレンドなのでしょう。
いまの状態も、長い目で見れば「一時期の学習時期」かもしれません。もともとソフトウェアやWebの成り立ち自体、オープン化のなかで進んできたこともあるので、完全にクローズすることは不可能だと思います。将来的には、制度やカルチャーが整うことでよりオープンが広がっていく社会になるでしょうし、そうあってほしいと思いますね。今言えることは、そうした選択肢の中から好きなものを選び、自分が本当につくりたいもの、形にしたいものを実現していただきたい、これだけです。
アワードは、キャリアややりたいことを見つめ直すきっかけになる
── Mashup Awardsをはじめとするさまざまなハッカソンイベントは、エンジニアのモチベーションにどのように貢献していますか。
伴野 新しい技術にチャレンジする機会であり、それを楽しむ場であり、また同じ志を持つエンジニアのなかで、自分の技術レベルやポジションを確認するチャンスであったり、そういうさまざまなニーズに応えられる場だと思っています。
会社に所属して仕事をしているエンジニアの方は、どうしても「上から降ってくる仕事」に従わざるを得ないことがあると思います。新しい、興味深いテクノロジーは次々に登場しているけれど、仕事のなかでそれを活用するチャンスがなかったり、または「本当につくりたいものをつくれない」というジレンマを抱えていたり、そういうもどかしさを感じることもあるでしょう。
伴野 私たちはそういうジレンマを抱えるエンジニアに対し、チャレンジしたり、スキルアップに努めたり、または自分が本当にやりたいこと、つくりたいものを開発する機会や環境を提供したいんです。実際、アンケートを取ると、参加した動機としては「スキルアップ」と「交流」を挙げる方がほとんどです。このアワードへの参加や受賞がきっかけになり、転職したり起業・独立したりする方も割といらっしゃいます。
面白いことに、一度こうしたイベントで好きなものをつくって発表し、それで共感や評価が得られると、次は実際に試してもらいたい、サービスをつくりたい、ユーザーを見つけたいと考える方が多いんですよ。日常の仕事ではなかなか実感しにくいかもしれませんが、自分が望めば、自由なアイデアでサービスをつくり、それを世に広めていくというキャリアもある。もし、何か自分のキャリアやスキルで見直したいことがあるのならば、ぜひMashup Awardsのようなイベントに参加していただければと思います。
「技術の民主化」で開発者がリスペクトされる時代へ
── 冒頭で、参加者の属性が変化し、トラディショナルな企業に属するビジネスマンも増えてきたとのことですが、そうした変化は技術面でどのような影響をもたらしていますか?
伴野 個人的な意見ですが、産業の垣根がなくなり、「技術の民主化」が起こっていると感じています。
かつては「エンジニアが活躍できるソフトウェア産業=IT業界」という“村”があり、外の業界の方がその“村”に仕事を発注していました。ところがいまは、たとえば金融業界でAI開発が行われたり、自動車メーカーでソフトウェア開発が進んでいるように、“村”からエンジニアが外に出て、各産業に入るようになっています。世の中の流れとしても、働き方改革やオープンイノベーションが推奨されているように、閉じこもらずに外へ出ていく雰囲気が強くなっていますよね。
こうした背景があり、技術的なコモディティ化が進み、かつてIT業界の外の人が「難しい」と思っていたことも、アイデアで簡単に実現できるようになってきた。ノンコーディングで実現できる分野が増えていることから、そうした民主化のトレンドを感じることができます。
だから、一言でいえば「カオス」ですね。ここからさらに、エンジニアリングの民主化や普遍化が進んでいって、垣根がどんどん取り払われていくのかもしれません。
そうした社会の流れにおいて、一般社団法人MAで目指しているのは、「みんながエンジニアになる時代が来る、ものづくりをできる人がリスペクトされる社会になる」ということ。この世界は、エンジニアの方にとってさらに楽しめるものになると思います。今後、さらにテクノロジーの民主化が進めば、よりクリエイティビティを発揮できる機会が増えますから。そして私たちも、そういうきっかけをたくさんつくっていきたいと思っています。
── 最後に、エンジニアの方へのメッセージをお願いします。
伴野 以前のMashup Awardsで製作したポスターに、「あなたのなかのエンジニア、元気にしていますか?」というコピーがあります。私が語るのもおこがましいかもしれませんが、「本当に好きなことをして、充実した人生を送れていますか?」と声を掛けたい。せっかくスキルがあっても、「なぜか元気がない」と感じるのであれば、やはりそれはエンジニアとして何かしらのフラストレーションを抱えているせいかもしれません。おそらく、そうした中で新しい技術にチャレンジしたり、自分が面白いと思うものをつくったりする経験は、これからのエンジニア人生のキャリアにおいて役立つと思うんですよ。迷いがあれば、ぜひ何か機会を見つけ、いろいろなことにチャレンジしていただきたいです。
伴野 智樹(ばんの・ともき)一般社団法人MA 理事
日本最大級のアプリ開発コンテスト「Mashup Awards」を、2016年まで5年間事務局長として統括。毎年数々のアイデアソン、ハッカソンなどのイベント運営を行い、テクノロジードリブンのオープンイノベーション活動・共創活動を支援している。
(取材・構成:岩崎史絵)