がんは本当に血液1滴から検出できる? 米企業が示した「有望な結果」の実現度

たった1滴の血液から、がんを早期発見するとして注目される検査技術「リキッドバイオプシー」を手がける米企業が、初の臨床試験で「有望な結果」を発表した。元データの公開や相互評価などを経ていないため正確性に疑問の余地もあるが、その実効性をいかに証明し、「あらゆるがんを検出する」という壮大な目標を実現させようとしているのか。

TEXT BY MEGAN MOLTENI
TRANSLATION BY TOMOYUKI MATOBA/GALILEO

WIRED(US)

liquid biopsy

IMAGE BY EMILY WAITE

1滴の血液からさまざまな種類のがんを発症前に発見する検査技術リキッドバイオプシー[日本語版記事]への期待は高まる一方だ。シリコンヴァレーのユニコーン企業(評価額が10億ドル以上で非上場のヴェンチャー企業)であるGrailは2018年5月、がんの早期発見を可能にする血液検査の開発に関し、第3ラウンドの資金調達を終え、16年以降に総額15億ドル(約1648億円)を獲得した。これにより同社は、米国内の民間バイオテクノロジー企業のなかで、三指に入る潤沢な資金を得たのだ。

このリスキーなヴェンチャーに対して投資家は強気だが、多くの腫瘍科医はGrailの技術に懐疑的だった。DNAシークエンシング最大手のイルミナ(Illumina)からスピンアウトした同社が目指すのは、「がんを発症前に発見すること」だ。体内に潜んでいる腫瘍からはがれ落ち、血中に流れ込む遺伝物質を「高感度」なシークエンシングで検出するとしている。

Grailはこのアイディアを実証するために大金をつぎ込む計画だ。予算の大半は、長期にわたる2回の大規模臨床試験に投じられる。Grailは6月初旬に片方の臨床試験の暫定データを示し、懐疑派をある程度は納得させたようだ。

種類により検出精度は80パーセントに

シカゴで開催された、世界最大級のがん研究者の年次集会である米国臨床腫瘍学会(ASCO)のカンファレンスで、Grailは循環セルフリー・ゲノム・アトラス(Circulating Cell-free Genome Atlas)研究の暫定結果を発表した。この研究にはこれまでのところ、ミネソタ州のメイヨー・クリニックやニューヨークのスローン・ケタリング記念がんセンターなど最先端の研究機関を通じ約12,000人が参加している。Grailによる高感度シークエンシング検査のプロトタイプの性能を示す、初めての機会だ。

Grailは、下位研究として3つの検査法のテストを行った。約1,600人の被験者のうち、およそ半数は、10種類の腫瘍においていずれかの診断を最近受けた患者である。残りは、がん患者ではない対照群だ。

最初のテストでは、約500種のがん関連遺伝子の変化に着目した。2つ目は、全ゲノムシークエンシングにより、がんの増殖につながるより大規模なゲノム再構成部位の特定を試みた。3つ目は、がんの原因遺伝子のスイッチをオンにするようなDNAの変異を解析した。

Grailはこれらの検査結果を、3つの対象群の間で比較できるようなかたちで示した。結果を総合すると、血液検査は、卵巣がんと肝がんの患者を80パーセントの精度で判別できた。リンパ腫と骨髄腫については、やや精度が落ちた。発見率が最も低かったのは乳がんで、25パーセント未満だった。

Grailの結果は、リキッドバイオプシー開発を行うほかのスタートアップに所属する研究者が『Science』誌などで発表したもの[日本語版記事]と同等だ。ただし、米国臨床腫瘍学会での発表はピアレヴュー(専門家同士が行う相互評価)を経たものではなく、元データの公開も義務づけられてはいない。

このため、Grailの結果の正確性には疑問の余地がある。同社は、査読つき科学誌で論文化する予定があるかどうか明かしていない。

Grailの臨床開発部門責任者であるアン=レネー・ハートマンは、「これは探索的研究であり、わたしたちは異なる種類のがんに対して検査がどれだけ機能するかを知りたいのです」と語った。「今後は検査法の効果検証の段階に進み、まだ診断されていない被験者のがんをどれだけ発見できるかを明らかにしていきます」

だが、リキッドバイオプシーで確実にがんを発見できると証明するのは、最初の一歩にすぎない。実用化にあたっては、がんが体内のどこに存在するのかある程度の情報を示し、誤診を減らす必要がある。

今年中に香港で初の実用化も

また、「定期健康診断でがん全般のスクリーニングが実施される未来」を思い描くバイオテクノロジー企業にとっては、機能を高めて費用効率を上げるのも重要だ。この点に関し、Grailは少なくとも東アジアにおいては、順調に歩みを進めている。

Grailが16年に創業されたとき、初代の最高経営責任者(CEO)ジェイ・フラットレーは、「19年までに最初のリキッドバイオプシーを実用化する」と宣言した。つい最近まで、「この公約が実現する見込みは薄い」とみられていた。

そんななか、Grailは17年、香港に拠点をおくスクリーニング分野のスタートアップであるCirinaと提携した。同社は、中国南部に多いがんの一種である上咽頭がんを発見する血液検査の特許を保有している。

この検査では、上咽頭がんとの関連が知られるエプスタイン=バー・ウイルス(EBウイルス)の検出が鍵になる。上咽頭がん細胞は、すべてこのウイルスのDNA断片をもつため、シークエンシングで容易に発見できるのだ。

Grailはこの検査を18年中に香港で開始する予定だ。これは、がん早期発見を目的として実用化される「初のリキッドバイオプシー検査」となる。

1回の検査で、人体を蝕む「あらゆるがんを検出する」という壮大な目標を掲げる企業にしては、つつましやかなスタートではある。とはいえ、ついにスタート地点に立つのだ。

RELATED

SHARE