オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川
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アインズ様が頑張って絶対的支配者像を修正しようとする話です


第32話 虚像の修正

 シャルティアとナザリックに帰還したアインズを待っていたのは、ログハウスの入り口前に転移で現れたアルベドの笑顔だった。

 帰還するとは言っていたものの今から戻るとは告げずに来たというのに、やはりアルベドはなんらかの方法でアインズの帰還を知り得ているらしい。

 驚きのあまり叫び声をあげそうになったが、精神抑制に助けられ、無様な姿を見せずに済んだ。

 そこでもアルベドが感極まって抱きついてきたり、それを見たシャルティアが暴れ出したりと色々あったが、どうにか宥めて部屋に戻りアルベドの報告を聞くことになった。

 

 

「──以上が現在のナザリック内の状況です。問題はなく、安定しているかと」

 

「ふむ。流石はアルベドだ。お前がナザリックを管理していてくれている限り、私も安心して外に出ることが出来るというものだ」

 

「勿体なきお言葉! 良き妻として夫の留守を守るのは至極当然のこと。では引き続き報告会という名の愛の──」

 

「誰が妻でありんすか、この大口ゴリラ! 本当の妻は単身赴任ではなく、夫に着いて行くのが当然でありんす。つまりアインズ様の妻はこのわたし」

 何故か部屋に着いたというのに出ていくことなく、そのまま報告会に参加しているシャルティアがアルベドの軽口を見逃すことなく、すかさず横槍を入れる。

 

「シャルティア。私とアインズ様は大事な報告会をしているの。もう供も必要ないでしよう? 邪魔をするなら出て行きなさい」

 

(お前が余計なことを言ったせいだと思うが、それは言わないでおこう)

 これ以上場が混乱しても困る。

 アインズは特に何も言わずシャルティアを見る。

 先ほどのように罵り合いに発展したら止めることにしよう。

 

「ぬ、く、ううっ! も、申し訳ありんせんアインズ様。大切なお時間を奪うような真似をして。ですが、わたしも自身の成長のため、報告会に参加したくぞんじんす」

 アルベドに対し一度悔しそうに唇を噛みしめた後、アインズに向かって頭を下げるシャルティア。

 

(驚いた。あのシャルティアが……本当に成長してるんだなぁ)

「よい。店を管理してきたお前の視点も必要だ。ここで確認したことを後ほどセバスたちにも伝えよ。アルベドも良いな?」

 

「はっ」

 アルベドもそれ以上口を挟むことなく納得し、報告会を再開する。

 

 

「──私からの報告は以上だ。特にドワーフとの交易は、現在店にいる者以外の力を借りることも出てくるだろう。各員に伝えておけ。後は……アルベド、他にも何か報告があると言っていたな?」

 先にシャルティアとアインズがそれぞれ王都の店とドワーフの国でこれまでに得た成果を報告した後、思い出したようにアインズが口を開く。

 本当はずっと気になっていたのだが、話を聞いてこの場で答えが出せそうになければ、報告会を強引に終わらせてその話は後日。とするつもりだった。

 その為、他の報告を先に終わらせておいたのだ。

 

「はっ。一つ目は先ほど<伝言(メッセージ)>でお伝えしたとおり、帝城の執務室を監視することが出来ました。やはり国の中枢と言うこともあり、いくつかの対情報系魔法に加え、銅板を執務室全体に埋め込んでの防御を図っており、通常の手段では中の様子を監視出来ませんでしたので、姉さんが幾つか高位の魔法を使用し相手の魔法を解除、認識を改竄し相手に気づかれることなく監視することが可能となりました。ご使用の際には姉さんが魔法を発動させた後なら、遠隔視の鏡で覗くことが可能です。相手に感づかれた様子もございません」

 

「素晴らしい。私用で面倒をかけて済まないな」

 <伝言(メッセージ)>の口振りだと別の勘違いをしていると思うが一応、当初の予定通り私用だと言ってみる。これで向こうが勝手に納得してくれれば一番楽なのだが。

 

「ご謙遜を。これがデミウルゴスの計画を滞り無く進めさせるための心遣いであることは私も、計画を立てたデミウルゴスも既に存じております。そのような……」

 

(ここだ! ここで言うんだ)

 いつもならここで知ったかぶりをしてしまい、結果として守護者たちの中で完璧な支配者というアインズの虚像が作られていくのだ。

 ここできっぱりとそんな計画は知らない。あくまで帝国で次の店を出すための準備だったと告げれば良い。

 幸いシャルティアもここにいるので、この話が店の者にも伝わり、アインズが全てを見抜くわけではないと分かって貰えれば今後ずいぶん楽になる。

 

「いや。アルベドよ、その話だが。今回私が監視を頼んだのはあくまで私の次の一手に使用するため、デミウルゴスの計画とは関係が無い。そもそもどういった計画なのだ?」

 いつも通りの態度で接したつもりだが、鳴るはずのない心臓の音が聞こえてくるようだ。

 これでアインズがあらゆることを見抜く全能者だという考えは無くなるはずだが、しかし何も分からないというのは無能だと思われるので内容を聞いた上で出来る上司のアピールをしなくてはならない。

 案の定、アルベドとシャルティアも驚いたというように目を見開きこちらを凝視している。

 これだけでどれほど皆の中でアインズの存在が大きくなっているのか分かるというものだ。

 転移したての時はここまででは無かったはずだ。こちらに来てから運も手伝いアインズの適当な采配が功を奏し続けたためにこうなってしまったのだ。

 

「アインズ様。帝国内で新たに店を出す計画だったのでは?」

 

「え? いや、そうだが。それがデミウルゴスの計画なのか?」

 

「はい。貴族を初めとして王国上層部から接触があると聞き及んでおりますので、爵位を受ける等の立場をつくられ動きが取りづらくなる前に帝国にも支店を出す必要があると」

 アルベドの説明に、アインズは頭痛を感じた。

 どうやらデミウルゴスの計画はまたもアインズが適当にでっち上げた計画と被ってしまったらしい。

 ここで否定してしまうと、今度はまた別の理由を考えなければならず、アインズとしてはそれは避けたい。

 

「そうなんでありんすか? てっきり暫くは王国の経営に専念するものかと」

 

(俺もそのつもりだったが、アルベドが言うように王国内で立場をつくられてしまったら別の国に支店を出すのは面倒になる、のか? 良くわからんがここは乗るしかないか──しかしせめて)

「理由は今アルベドが言ったとおりだ。しかし流石はデミウルゴスと言ったところか。直接運営に関わっていないながら、そこまで読むとはな」

 今度は自分ではなくデミウルゴスが凄いんですよ。とアピールを試みる。

 実際他にも多数の仕事を抱えているのに、魔導王の宝石箱のことまで考えているとは流石としか言いようがない。

 しかし帝国に支店を出す。それがデミウルゴスの計画の全てだとも思えない。そこから更に先、あるいは今デミウルゴスに任せている案件の何かに役立つ計画を立てているのだろう。

 それをアインズが先読みしたように思われた訳だ。ではここから先を改めて知らない振りをすればまだアインズの作戦は続けられるということになる。

 

「それで、デミウルゴスの計画の全容とは何だ? これで終わりではあるまい。魔導王の宝石箱の帝国支店を開き、帝城の執務室を覗く。それらを使用して別の計画を立てているのだろう?」

 

「別の計画、でありんすか?」

 目を見開いたままアインズを見つめるシャルティア。

 連れてきたのは正解だったかも知れない。

 シャルティアが気づかなかったことをアインズが理解していると思われれば最低限の体裁は保てるだろう。

 

「わざわざデミウルゴスが提案してくるのだ。それだけということもあるまい」

 

「はい。仰るとおりです。デミウルゴスが現在聖王国内で進めている案件、その実験を試みると同時に多量の物資を手に入れ、その分の穴埋めを魔導王の宝石箱が帝国に出した支店が行えば、良い宣伝にもなるかと」

 

「なるほど。読めてきたぞ」

 一度言葉を切りこちらを伺うような態度を見せるアルベドに、アインズは思わず口走る。

 

「わ、わたしは何が何やら。アインズ様! 教えてくんなまし」

 

「うむ……アルベド、続けよ。シャルティアもアルベドの説明をよく聞いておけ」

(危ない危ない。また知ったかぶりをしてしまった。癖になっているのか? 気を付けなくては)

 悔しそうにアルベドを見るシャルティアに僅かに笑みを深めた後アルベドは続けて説明を再開する。

 

 

「──以上がデミウルゴスの計画です」

 

「うむ、そうだな。確かに理に適っている。良かろう、デミウルゴスに計画を進める許可を出そう。しかしまた一から店を立ち上げるとなればそれなりに時間もかかるが、計画実行はいつ頃になる予定だ?」

 全ての説明を聞き終えたアインズは内心でデミウルゴスの計画に驚愕を抱きながら努めて冷静に問う。

 少なくともアインズでは思いつくことの出来ないアイデアだ。同時にそんな計画を完璧に見抜かれていたと思いこんでいるデミウルゴスのアインズに対する勘違いぶりには頭が痛い。

 どれほどアインズのことを高く見ているのだろうか。今回のことで少しでもその勘違いが解消されると良いのだが。

 

「はい。帝城を監視していたところによると軍が集結するまでに後二ヶ月は掛かるかと。その前に始める必要がございます」

 

「では店を構えるところまでは難しいな。少数で帝国に出向き、帝国の商人あたりと取引をする形にするか」

 

「それがよろしいかと」

 うむ。と頷きアインズは早速頭の中で今後の予定を立て直す。

 今まではパンドラズ・アクターがドラゴンを持って王都に戻った後は自身は少し休むというか、店をセバス達とパンドラズ・アクターに任せてモモンとして冒険者をやりたいところだったが、その時間も無さそうだ。

 

「ではアインズ様、帝国に連れていく人選ですが……」

 

「ああ、そうだな。王都をセバス達に任せる以上帝国には新たに別の者を……」

 

「はい! ここはわたし、シャルティア・ブラッドフォールンにお任せを」

 アインズが言葉を終える前に、シャルティアが手を挙げる。

 

「いや、シャルティア。お前には王都での仕事が……」

 

「いえ、アインズ様。わたしはアインズ様のお側で学び、成長することこそ使命。今回のことで未だわたしが成長出来ていないと分かった以上アインズ様に着いていき、より近くでより深くアインズ様のご采配を見届けることが必要があるかと存じんす」

 熱っぽく語るシャルティアに、そうした名目で魔導王の宝石箱に配置したことを思い出す。

 確かに悪くはない。今回も連れてきたのは正解だったようだし、後はもう一人か二人別の誰かを連れていけば──

 

「却下」

 アインズが口を開く前にアルベドが切って捨てる。

 

「アルベドには聞いておりんせん。わたしはアインズ様に……」

 

「黙りなさい。何度も何度も、今回は、今回こそは私がご一緒します」

 

「いや、しかしアルベドお前にはナザリックの……」

 

「いいえアインズ様! 例のあの者、私とアインズ様の愛の結晶とも呼ぶべき者にも、そろそろ一人で運営が可能かどうか見極める必要がございます。これは絶好の機会かと!」

 

(さっきから俺の言葉遮られてばっかりじゃないか!? というか愛の結晶って。俺結局何も教えてないけど)

 いつかアルベドが言っていたナザリックの運営を任せることが出来る新たなシモベである。

 あの後、アインズが新たにエルダーリッチを創り出し、それなりの武具やアイテムを持たせてこの世界ではそこそこの強さに調整しアルベドに預けていた。

 その後どうなったかは聞いていなかったが、ずっとナザリックの運営を学ばせていたのだろう。

 そうなれば確かにアルベドを常にナザリックに残しておく必要はなくなる。

 他の者達が外に出ているというのに一人だけ常にナザリックの中にいたのでは息も詰まるだろう。

 あまり根を詰めすぎて暴走されでもしたら、困るのはアインズだ。

 そういう意味で息抜きを兼ねてアルベドを連れていくのも悪くはないが。

 シャルティアを見ると、アルベドを睨みつけた後アインズに縋るような眼差しを向けていた。

 

(うーむ。二人共連れていく、というのは……難しいか、事あるごとに喧嘩しそうだ。やはりどちらかを──)

 帝国、連れていく人選、と頭の中で考えていると不意に記憶が蘇った。

 

(しまった! アウラとマーレとも約束をしていたんだ。別の国に店を出す時は連れていくと)

 確か、店が完成しその中を案内して貰った時に約束した。一考するという言い方ではあったものの二人は確実にそのことを覚えているだろう。

 

「あの、アインズ様?」

 

「ん? ああ、すまないな。アルベドお前を連れていくというのも悪くはない」

 

「でしたら!」

 花が咲いたようなという表現がピッタリくる笑顔を浮かべるアルベドと対照的にシャルティアの表情が曇る。

 

「また、シャルティアの言うことも一理ある」

 

「アインズ様!!」

 嬉しそうなシャルティアの声。

 本当にアインズの一言で一喜一憂する様は見ていて色々な意味で気が重くなる。

 

「しかし、だ。アウラとマーレにも以前別の国に行く際は連れていくという話もしている」

 

「あの二人も、でありんすかぇ?」

 

「うむ。そこでだ。今挙げた四人の中から一人か二人、お前達が選別をせよ。方法は任せる」

 だからこそアインズが選んだのは皆に丸投げという名の逃げ、であった。

 これなら誰が選ばれても他の者達は納得はしないまでも、文句は出ないだろう。

 

「畏まりました。アインズ様のお望みのままに」

 やはりアルベドはアインズが決定を下したことに表立って文句は言わない。シャルティアもまた後ろで同じように頷いている。

 

「うむ。他に何かあるか?」

 その様子に満足げに頷いてからアインズは問いかける。

 

「いえ、私からは何も。従者に関しては速やかに決定し、アインズ様にご報告いたします」

 

「わかった、任せよう」

 これで取りあえず当面の仕事が決定した。

 今回はデミウルゴス主催の作戦なのでアインズとしては多少気が楽だ。

 デミウルゴスに全て任せると言ってどんな行動を取ればいいかも決めて貰えばいいのだから。

 

「あ、あのう……」

 そんな風に考えて気を抜きかけた時、小さな声が部屋に響いた。

 扉の前で待機していた本日のアインズ当番──最近アインズが外に出ているせいでこの当番制も形骸化しつつあるが──デクリメントが口を開く。

 誰か来たのかと思ったが扉がノックされるような音も気配も無かった。

 はて、と思いつつ発言を許すと彼女は一礼した後、口を開いた。

 

「アインズ様、恐れながら。別の国に出向かれるのでしたら、私どもメイドを幾人か侍女として連れて行かれるのがよろしいかと」

 

「む? いやしかし」

 突然の申し出にアインズは顎先に手を持っていき、思案する。

 

「王国ではあの人間達を侍女として使用しているとのこと。しかし現在あれらを王国から離すことが出来ず、別の手駒も存在しない以上、ここは私どもを、是非に!」

 強い決意に満ちた瞳がアインズに向けられ、困ったアインズはちらりとアルベドに目を向ける。

 

「古来より上に立つ者は身の回りのことをする者を連れていくのは当然のこと。帝国との交渉を有利に進める意味でも、こちらの力の一端として完璧な仕事の出来るメイドを連れているというのは一つのステータスになるかと」

 つまりは賛成ということだ。

 だがアインズとしては二つ返事で了承はしづらい。

 王国に店を出す時も同じような事を懇願されたが、一般の人間達と大差ない強さしか持たないホムンクルスである彼女たちを連れていくのはやはり気が重い、せめて安全が確保された王国に一般メイドを送り、王国にいる人間達を連れていく方がマシだ。

 だがそんなことをすればアインズがデクリメント達より人間達を取ったと思われかねない。

 それも困る。

 

「デクリメントよ。お前の気持ちは嬉しいが、帝国側がどう動くか分からない以上、か弱きお前たちの安全を考慮すると不安の方が大きい」

 

「多少の危険は覚悟の上です!」

 これもまた以前の通り──以前はまた別のメイドだったが──の台詞を口にするデクリメントにアインズは唸る。

 完全なる未知の土地であるドワーフの国に行くのならば、メイドたちが何を言おうと決定として連れていけないと言えるのだが。

 帝国の動向は鏡を通してある程度読めるし、人間の国であれば危険も小さいのは分かっている。だが絶対ではないというのがアインズに決断を鈍らせる。

 無言のまま悩んでいたアインズの態度に思うところがあったのか、再びデクリメントが口を開いた。

 

「でしたらアインズ様。せめて戦闘メイドの方々をお連れ下さい」

 

「プレアデス、か。確かに幾人かこれといった仕事を与えていない者達もいるが、デクリメントよ、お前達は良いのか?」

 思いがけない提案にアインズは問う。

 確かに戦闘メイドもメイドだが、本分は戦闘、あくまでメイドも出来る戦闘要員という立ち位置である以上、メイドとしての技量や立ち場は一般メイドが上──それはそれとして一般メイドからはアイドルのような扱いを受けているらしいが──と聞いた覚えがある。

 本来であれば自分たちこそがやるべき仕事をプレアデス相手とはいえ取られることに不満はないのかと聞いているのだ。

 

「勿論です。戦闘メイドの皆様は、同じく至高の御方に創造された方々。メイドとしての仕事をお任せ出来ると信頼しております。何の不満もございません」

 ピンと背筋を伸ばして告げるデクリメントにアインズは鷹揚に頷いた。

 

「分かった。お前の進言を聞き入れよう。そしてデクリメントよ。今後帝国や他の国にも支店を出すことになれば、私も一つの場所だけではなく様々な店を行き来する事になる。その際は今まで同様私の側仕えとして着いてきて貰うことになるだろう、それまで今しばらく待っていて欲しい」

 

「も、もったいなきお言葉、私ごときの進言を受け入れて下さり、ありがとうございます! その日まで今まで通り、いいえ。今まで以上にアインズ様の御側仕えとしてご満足頂けるように精進させていただきます!」

 拳を握りやる気を見せている様は、活発そうな彼女に良く似合っている。

 微笑ましさからうむうむ。と何度か頷いた後、アインズとデクリメントの会話を邪魔しないようにか、一歩下がった位置で待機していたアルベドとシャルティアを見て告げる。

 

「聞いていたとおりだ。命令は変更、お前達とアウラ、マーレの中から一人と、戦闘メイドたちの中から手空きの者……考えてみると現状ではユリとエントマしか動かせないか。この二人の内どちらかを選出せよ」

 王都の店を任せているソリュシャン、冒険者ナーベとして活動しているナーベラル。カルネ村の監視や手伝いをさせているルプスレギナ、そしてナザリックのギミックを完全に把握しているシズも、完璧な安全が確保出来ない状況では出したくない。

 

「畏まりました。アインズ様のご命令通りに。ではシャルティア」

 

「はっ」

 仕事として命じたのが効いたのか完全に仕事モードに切り替わったアルベドとそれに引かれるようにシャルティアもアルベドを自分の上司である守護者統括として見ているのだろう、敬意を見せている。

 何となく新鮮な光景だが、あるいはアインズがいないところではこうした光景も珍しくないのかも知れない。

 興味が沸き、アインズは余計な口を挟むことなく守護者統括としてのアルベドの采配を観察することにした。

 

「先ほどアインズ様が仰られた人員に通達を。そう……『第一回ナザリック地下大墳墓 好き好きアインズ様 従者選抜オーディション』の開催を告知なさい!」

 

「ハ! はぁ」

 勢い良く返事をしようしたシャルティアの声が途中で失速する。

 

「何か?」

 

「いえ。何でもありんせん。承知しんした」

 

(いや、そこは突っ込んで良いと思うぞ! なんだその名前は!? 俺がネーミングセンスにあれこれ言えない立場なのは自覚してるけども。これは酷いだろう。いくらナザリックの者とはいえ)

 アインズたち至高の四十一人こそを絶対と崇めるNPCたちとはいえその名前を良いとは思わないだろう。

 しかしメイドたちの服を選ぶセンスもアインズとは大きくズレているし、ハムスケを可愛らしいではなく力を感じさせる瞳をしていると評したナーベラルの例もある。ひょっとしてこれも自分がおかしいと思うだけなのかもしれない。

 そう考えてちらりとアインズがデクリメントを見ると彼女はうわぁとでも言いだけな眼差しをアルベドに向けており、やはり今回ばかりは自分の感性が間違っていないことを知る。

 

(アルベドにネーミングセンスが悪いみたいな設定があったのだろうか)

 あの長い設定文のどこかにはそれらしい文言があったのかも知れない。

 だが、そうでないのならば。

 

(俺か? 俺が設定を書き換えたせいで、ネーミングセンスが移ったのか? だとしたら俺はなんて罪深いことを)

 かつての仲間であるアルベドの創造主、タブラ・スマラグディナに心の中で詫びを入れながら、自信満々の表情で胸を張っているアルベドを前に、アインズは驚きや恥辱ではなく、自己嫌悪による落ち込みすら飲み込む精神抑圧の波に身を委ねた。

 

 

 ・

 

 

『ご指示の通りに伝えました』

 

「そう。ではそのままアインズ様が御命じになられた仕事を行いなさい」

 

『はっ!』

 シャルティアの眷族であるブレインなる男への巻物(スクロール)を使用した<伝言(メッセージ)>を切り、ソリュシャンは自分の遠視によって外の様子を確認する。

 まだヘッケランとかいう男とは合流していないため、エルフと神官らしき男は店の監視を続けている。

 しかしソリュシャンの遠視に気づいていないところを見るとそこまで有能でも無さそうだ。

 これなら後のことは自分では無く監視に気づき知らせてきた、常に店舗外を監視している影の悪魔(シャドウ・デーモン)に任せても良いだろう。

 最後にもう一度顔を確認した後、ソリュシャンは片目に当てていた手を外し遠視を解除した。

 

「どうなりました?」

 ソリュシャンが<伝言(メッセージ)>を使用中に部屋に入って来ていたセバスが遠視を解除したことを確認して声をかけてくる。

 

「はい。伝えることは伝えさせ、その後は直ぐに離れさせました、ボロが出るといけないので」

 

「やはりあの者にもそろそろ、一通りの礼儀は教え込んでおくべきでしょうね。シャルティアの眷族ということで見逃して来ましたが」

 

「そうですね。今回のことでガゼフなる男以外にもアレがこの店の関係者だと知られることになりましたから。アインズ様、あるいはシャルティア様にお伝えしておくべきかと」

 

「お二人は現在ナザリックに戻っているのでしたね。ではこの後私から報告しましょう、今の話もお伝えしなくてはなりませんし」

 ブレインに接触してきた帝国の人間の話だろう。

 

「それにしても国内の貴族も接触を試みてきたばかりだというのに、離れた帝国が二番目とは。王国に見る目が無いのか、帝国がそれなりに使えるのかどちらなのでしょう?」

 

「あるいは、その両方かも知れませんね」

 セバスの言葉に同意し、ソリュシャンはふと思いついた疑問を口にする。

 

「アレに仕事を御命じになったのはアインズ様と伺っておりますが、今回の件も全てはアインズ様の計画の内なのでしょうか?」

 ブレインが主から黄金を白金貨に両替してくるように勅命を受けた話を聞いた際、ソリュシャンの胸中に宿ったのは何故という思いだった。

 確かにそれはセバスやシャルティア、ソリュシャンといったナザリック内でも特別な地位にある至高の御方らによって創造された者達がするような仕事ではなく──無論命じられれば喜んで実行するが──下働きの仕事であるのは分かる。

 しかし今まで主の部屋の門番をして周囲と接触を持たせなかった者に何故突然と思ったのだ。

 

 深謀知略に優れた主が意味の無いことをするはずが無い。何か意図があるに違いないとソリュシャンは自ら遠視を行いブレインを遠くから監視していた。

 元々ここ最近店を監視している者の存在は報告を受けていたが、目的が不明のため向こうから動きを見せるまで放置することにしていた。その者達が店にでは無く、店から出たブレインと接触した。

 これらもやはり全て主の手のひらの上のことなのだろうか。という疑問が沸いたのだ。

 

「恐らくはそうでしょう。アインズ様は我々が提出した報告書を読んでいる最中、シャルティアを呼び出しました。私は報告書に関することかと思いましたが、恐らくはそれを読んだ時に気づかれたのです。そろそろ帝国が接触を試みてくることを。あるいは外の監視にもアインズ様は先に気づかれていたのかもしれません。しかし中に入ってこない、そこで餌としてブレインに適当な仕事を任せた、本人に伝えなかったのは彼が演技を出来ず相手に警戒されることを恐れてのことでしょう。そしてまんまと相手は引っかかった」

 

「……以前から思っていたのですが、アインズ様はどのようにして人間達の行動を読んでいるのでしょう?」

 今回だけでなく、これまでも主はまるで見てきたように相手の行動を読み、事前に最適な一手を打ってきた。

 初めは至高の御方なのだからそれも当然と思っていたが、人間達に紛れて生活し多少なりとも接触したことでソリュシャンはその難しさに初めて気がついた。

 自分達は人間が起こすだろう行動を幾つも予測し、それに対応する方法を考え、全てに対処する形でミスを無くそうとしているが、主はこれしかないと思った対応ただ一つだけを取り、そして相手は操られるかのようにその通りの行動を取る。

 そんなことは自分達はおろか、守護者最高の知能を持つデミウルゴスですら不可能ではないかと思えてくる。

 先の貴族との交渉を成功させたことによって主のテストに合格出来たと浮かれていた気持ちが消え、不安が再び芽吹いてきた。

 主がこの地を離れた後、自分たちだけでも店を運営していけるのかという不安が。

 

「私もそれについては以前より考えておりました。今回のことで私なりの推論を立ててみましたが、確証はありませんよ?」

 

「構いません! 教えてください、セバス様」

 セバスは少しの間ソリュシャンと上、恐らくは天井の先にある主の部屋を見つめてから話し出した。

 

「恐らくアインズ様は人間というものを深く理解しているからだと思います」

 

「人間、ですか?」

 

「個人ではなく種族としての人間を良く知り、どう動けば相手に伝わるか、それまでにかかる時間、情報が伝達の中で歪むか否か、そしてそれらを受け取った人間がどのような行動に出るかを良くご存じなのでしょう。恐らくそれはナザリックを出てモモン様として活動している時に学んだもの、初めはアインズ様が直接動かれるのは私たちの不甲斐なさ故だと思っておりましたが、アインズ様がツアレにこう仰ったそうです。自分がどれほど私たちを頼りにしているのか伝わっていないようだ。と」

 

「アインズ様が! そのような──」

 言葉を失うとはこの事だ。

 主がそのようなことを考えていたとは。きっとあの優しい主は自分たちを気遣って言葉に出さないだけで、本当は自分たちを不甲斐ないと考えているのではと思っていた。

 いや、あるいはその言葉自体が自分たちを気遣う方便なのかもしれない。

 そんなことを考えたソリュシャンの思考を読んだのだろう、セバスが小さく頷く。

 

「私も初めはアインズ様の優しさから出た言葉だと思っていました。しかし、今までのご様子からアインズ様の行動は人間を深く学ぼうとしていたのだと思えたのです」

 

「人間のような下等生物を?」

 何故と問うソリュシャンに対し、セバスはほんの少しだけ不満そうに眉を持ち上げてから続けた。

 

「だからこそです。我々ナザリックの者であれば行動を読むことはある意味容易です。何しろ我々の行動は全て主であるアインズ様に捧げるためのものなのですから。しかし人間は違います。同じ状況、同じ人物でもその時々の感情で全く別の行動を取ることもあります。そうした未熟故の複雑さをアインズ様は学ぼうとしてモモン様として行動した。そして今はそれらを完璧に理解し手を打つことが出来るようになられたのでしょう」

 至高の御方が初めから全能なのではなく、更なる高みを目指して行動した結果が冒険者モモンとしての行動だったと言いたいのだろうか。

 そのために主が自ら動いたと。

 

「残念ながら私たちはアインズ様には遠く及ばず、例えアインズ様と同じ時間人と接していたとしてもあれほどまでに完璧に人の心理を読むことは不可能でしょう」

 確かに。と口には出さずに納得する。

 主とほぼ同じ時間を共有し人間社会で生活していたはずの姉妹の顔を思い出した。

 あれは彼女自身がそれを学ぶつもりがなかった為かも知れないが、例え積極的に学ぼうとしても主と同じ領域に立てるとは思えない。

 だがそれは何もナーベラルに限ったことではない。

 例えば自分が主の供として冒険者をしていたとして、今回のように少ない情報から人間たちの行動を読むことが出来るのかと問われれば首を横に振らざるを得ない。

 

「ならばこそ、我々は一層の精進をしなくてはならないのです。いつまでもアインズ様に頼り切らずに、盲目的に従うのではなくアインズ様が口には出さない行動や計画の意図を読む、その努力を欠かしてはならないと、私は考えています」

 

「確かに。ですがその為に私たちは何をするべきなのでしょうか」

 それを考えることも努力の一環なのかも知れないが今は時間が無い。帝国が接触してきた以上、遠からず帝国にも支店を出すことになるだろう。

 そうなったら主はそちらに力を注ぐはず。いや、そうなって貰わなくては。

 自分たちが未熟なせいで主に面倒をかけ続けるわけにはいかないのだ。もう王国は自分たちに任せられると判断していただくこと。

 それが今の自分たちの使命。

 その為に必要なことは最短距離で進まなくては。

 ソリュシャンの目をじっと見ていたセバスはやがて、納得したように頷くと口を開く。

 

「私も未だアインズ様には遠く及びませんが、それでもソリュシャンやシャルティアに比べれば人というものを見てきた自負があります。もっともそのせいで迷惑をかけてしまいましたので偉そうに言えることではありませんがね」

 珍しく自嘲気味に言った後、セバスは一つ咳払いをして続けた。

 

「その経験上、必要なのは観察でしょうね」

 

「観察、ですか?」

 それならばここにいる間はよくしている。客を見る時もあれば、店員として使っている人間たちがこの店、ひいては主に相応しく無い態度を取ることがないように監視をしているのだ。

 セバスもそのことは知っているはずだ。

 もっと長くしろと言うことだろうか。

 

「考えていることはわかります。ですが観察と言っても問題は見方です。恐らく貴女は客を見る時はそれらがこの店の役に立つ相手かどうか、そして店員の皆を見る時は彼女たちがナザリックに相応しくない態度を取らないかを中心に見ているのでしょう」

 その通りだったので無言で頷く。

 

「もちろんそれらも重要で必要なことです。ですが、人間の行動や心理を学ぶには、何故そのような行動を取ったのかも同時に考えるべきなのです。例えば──そうですね。掃除をする際、時間はごく短く済みますが僅かに汚れが残る方法と、その数倍の時間が掛かっても汚れ一つ無い完璧な方法、貴女ならばどちらを選びますか?」

 

「当然完璧な方を。私たちが掃除をするのならばそれはナザリック内、僅かな汚れでも手を抜くことなど許されません。そしてその後は完璧な方法で時間を短くする方法を模索する。それが最良かと」

 ソリュシャンに限らず、ナザリック内を清掃しているメイド全員が共通で認識している当然のことだ。

 

「その通りです。ですが、人間はそうではない。もちろんそうした者もいますが、そうではなく多少の違いなら時間を短い方を選択する。何故ならばその方が効率的だと考えるからです」

 

「……それを学べと?」

 最良の手段があるのに、それをせずただ効率を求める。

 そんなものはナザリックでは許されない。時間が足りなければ努力をし、それでも足りなければ自分の時間を削ればいい。

 

「まさか。ナザリックでそのようなことをする者がいれば私が処罰します。まあ、至高の方々に創られた者達がそのようなことをするはずがありませんが。私が言いたいのは、どんな人間が楽をしようとするのか、どんな人間なら楽をせず己の仕事をこなすのか、それを見極めることが人間の行動を理解することに繋がるのではということです」

 セバスの説明に、ソリュシャンは納得して頷く。

 

「なるほど……わかりました、そうしてみます。ですが、だからと言って、あの女たちが手を抜くことを容認するつもりはありませんので、セバス様からも注意をされた方が良いかと。最近、少し気が抜けています」

 今まで監視をしてきて思っていたことを口にする、初めはもっと緊張感があったが、ここ最近そこに緩みが出始めている。

 仕事自体には未だ問題ないが、あの様子では時間の問題だろう。

 

「留意しましょう──少し時間を掛けてしまいましたね。私は報告後店に戻ります。影の悪魔(シャドウ・デーモン)から連絡が入りましたら私にも教えて下さい」

 

「畏まりました」

 店内に戻るセバスを見送ってから、ソリュシャンは自分用──というよりはワガママお嬢様を演じるため──に造られた部屋の椅子に腰を下ろし、先ほど中断させた遠視を再開することにした。

 当然セバスに言われたことを実地で実行する意味も含めて。

 

「このお話、シャルティア様にもお伝えしないといけないわね。今はアインズ様のお供でナザリックに帰還されていたはず」

 レエブンの一件で役に立たなかったことを叱咤されるのだと、暗い顔で主の元に向かった時とは打って変わって妙に機嫌良く報告してきたこと思い出す。

 

(供でしたらメイドである私がいますのに)

 主が決めたことに不満を漏らすなど、あってはならないことだと分かってはいるが、そう思ってしまう。

 もっともナザリックの者であれば例え心の中でそう考えていたとしても、仕事を任されれば疑問の余地はなく全力を以って事に当たる。

 これが人間だとそうではないということなのだろうか。

 だとすればなるほど、人間の複雑さの理由が少しは分かるというものだ。

 そんなことを考えながらソリュシャンは遠視を発動させ、今までとは違った目線で観察を開始した。




アインズ様が頑張って自己評価を下げようとしても、別の場所では上がり続けているという話でした
次の話では『第一回ナザリック地下大墳墓 好き好きアインズ様 従者選抜オーディション』の模様を。ではなく、その辺りは飛ばしてメンバーが決まった後の話になります







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