オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川
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王都に戻ったアインズ様の話
今回から新章、というか帝国が本格的に絡んで来る話になります


第30話 動き出す帝国

 ドワーフの国での交渉を終え、カルネ村にルーン工匠を、ドラゴン達は一時的な処置として第六階層にそれぞれ預けた後、他の者達より一足先に店に帰還したアインズを待ち受けていたものは大量の書類だった。

 店を任せていたセバス達が行った活動やその間の売り上げの報告、契約書の確認など、全ての書類に目を通し終えるまでにほぼ丸一日かかり、最後の書類を確認済みの箱に入れた後、アインズは思い切り深く椅子に腰掛け長く大きな息を吐いた。

 

「ようやく全てに目を通し終えたか。やっと王国の者達に認められたのは良いが、書類が多すぎる。時間がないというのに」

 ナザリックでもこうした書類仕事は多少存在したが、大抵はアルベドが片づけアインズは口頭で皆がどんな仕事をしたか、その成果はどうなったかを確認する程度だったが、今は違う。

 何しろ商売相手は人間だ、ナザリック内の時とは違い取引には正式な契約書が必要になるし経費や在庫の有無に加え、今回ドワーフ達との交易によってより多くの外部とも繋がりが出来たために今までのように配下の者達を信頼し、ろくに理解もせずに大丈夫だろうと判を押していた時とは異なり、正確に読み込む必要が出てきているのだ。

 相手も儲けようとしているのだから隙を見せればこちらを騙し、自分達に有利な契約を結ぼうとするに決まっている。

 そしてそんな者達に騙されて食い物にされるのは、アインズ・ウール・ゴウンの名に傷を付けることになる。

 だからこそ、アインズも必死になって書類を読み込んでいるのだが。

 

(契約書一つを取ってみても、桁が大きすぎて良く分からない。いつの間にこんな大きな額の取引をするようになったんだ)

 多量のゴーレムに装飾品としての武器、防具が並んだ注文書の金額は、庶民であるアインズではもはや理解を超えた額に達している。

 これが国や領地そのものとの契約ではなく、一個人──レエブン候なる貴族らしい──との契約書だと言うのだから驚きだ。

 

(しかしセバス達に店を任せたのは僅かの間だというのに、もうこれほどの成果を上げるとは)

 上流階級である貴族との繋がりに加え、ガゼフと約束した王都周辺の村の位置情報、それらの村との契約準備まで、アインズがドワーフの国に出向いている間にセバス達が成功させた成果がここにはある。

 それらを確認しながら、もう自分はいらないんじゃないかな。という思いが頭を掠める。

 元々店が軌道に乗るまでの間という前提でアインズはこの店にいる。

 軌道に乗ったのだからこの場を離れアインズは設定上の居場所である帝国に帰ったことにする、いやどちらかと言うとパンドラズ・アクターに店を任せてアインズは再びモモンとしての活動を主にする方が気が楽だろうか。

 疲れきったアインズのがらんどうの頭脳が現実を逃避してそんなことを考えてしまう。

 

(ああ、せめて今だけでも奴と仕事を交換したい。出来ないけど!)

 パンドラズ・アクター扮するモモンは、現在アゼルリシア山脈からドラゴン三体分の死体を運搬中だ。

 転移させずにわざわざ運ぶのは漆黒がドラゴン退治を成功させたと国内外に宣伝するためである。

 本来それにアインズも同行している必要があるのだが、とあることに気が付き、先に一人でこの店に戻ってきたのだ。

 

 その理由は現金を集めることだ。

 要するに最初は一体だけを想定していたドラゴンを思いがけず蒼の薔薇の前で三体も倒してしまったせいで、一時的とはいえ組合に報酬として渡す金が足りなくなってしまったのだ。

 ドワーフとの交渉で得られる儲けはまだ入ってきていないが、ドラゴン達がため込んでいた宝はアインズの物になったのでナザリックの資産を使わなくても良いのだが、その黄金を中心とした宝を急いで通貨に換える必要が出てきたのだ。

 とは言えナザリックの支配者がドラゴン三体分の金も用意出来ずに四苦八苦している姿は見せられないということで、隙を見て一人でこっそり換金しようと帰ってきたのだが、その前にセバス達からこれらの書類に目を通して貰えるように頼まれたのだ。

 今は忙しいと言って断ろうかとも思ったのだが胸を張って自らの成果を差し出されてはアインズとしても断りづらい。

 

「いや、いっそこちらの取引を先に済ませれば金が入ってきてちょうどいいんじゃないのか? 俺が転移を使えるのはもう蒼の薔薇にも知られているわけだし、取引に転移を使用してさっさと受け渡しを完了し商談を纏めれば直ぐにも現金が……いやダメか、俺が一人で移動するのと、物品を〈転移門(ゲート)〉で大量移動させるのは全然違うもんなぁ」

 そんなことが出来ると知られればそれこそ、魔獣による輸送便などなんの意味もなくなる。

 折角の儲け手段を一つ潰す必要はないし、それほどの力を持つと知られれば余計な面倒にも巻き込まれるだろう。

 今のところはあくまで膨大な魔力をつぎ込んで数回〈上位転移(グレーターテレポーテーション)〉が可能という程度にしておいた方が良さそうだ。

 頭を休めるための現実逃避の結果、余計な心労をため込んでしまい本末転倒に陥った頭を振って思考を払う。

 

「しかし、とにかく仕事は終わった。明らかに不当な取引も無いようだし、後はセバス達に任せて俺は黄金の換金を……」

 王都ならばその手の店もあるだろう。セバス達では不味いのでツアレあたりに調べさせて、いや扉の外で暇をしているであろうブレインを使っても良いか。

 そんなことを考えながら席から立ち上がろうとした時、アインズの元に〈伝言(メッセージ)〉が届いた。

 相手はアルベドである。

 守護者統括であるアルベドから直接というのも珍しい、何か問題でも起こったのだろうか。

 

「私だ。アルベド、なにかあったか?」

 

『はっ、幾つかご報告したい事がございまして。アインズ様、ナザリックへはいつ頃お戻りになりますか?』

 そう言えば久しくナザリックに戻っていない。

 ドワーフの国に出向いている間は未知の強さを持つドラゴン退治や──結局ドラゴンの強さは肩すかしで終わったが──ドワーフ達との交渉などに時間を割いていたため、ナザリックには一度も帰還しなかった。

 とはいえ、セバス達とは異なり緊急事態の場合はアインズに〈伝言(メッセージ)〉を送るように言っていたので、問題は無いと考えていたが、あまり長い間留守にするとアルベドからの報告が膨大となってしまう。

 それはそれで困る。

 しかし換金も急がねばならない。

 

(換金はやはりブレインに……いや、アイツはあくまでシャルティアの配下だからな、シャルティアに頼むか)

 相手がシャルティアならば理由を聞かれても適当に言いくるめられる気がする。

 いや、最近のシャルティアが成長してきているのは事実だが、それでもまだ何とかなりそうだ。

 

『アインズ様?』

 

「ああ、すまない。別件で考えることがあってな。とりあえずこちらで一つ仕事を終わらせたら一度ナザリックに帰還する。話はその時に聞こう」

 

『畏まりました。それと例の件ですが、姉さんより問題なく繋げることが出来たとの報告が入りました。私も実際に確認しましたが相手に気付かれた様子はございません』

 

「そうか! 忙しい中すまないな。そちらの件も戻ったときに詳しく聞こう」

 

『はい。デミウルゴスもアインズ様の深き知謀とご配慮には感服と感謝するより他にございません。ととても喜んでおりました。ではお帰りを心よりお待ち申し上げております』

 〈伝言(メッセージ)〉を切った後、アインズは首を捻る。

 

(何でデミウルゴスが? 今のは俺が頼んだ帝国の皇帝の執務室を覗けるかどうかって奴だよな? デミウルゴスと何の関係が……また妙な誤解を受けている気がする)

 アインズがアルベドというか、その姉であるニグレドに頼むように伝えていたのは、帝城内での皇帝の様子を相手に気づかれることなく覗くことが出来るかの確認だった。

 と言うのもドワーフの国でゼンベルがアインズのことを陛下と呼んでいたことで、向こう側がアインズのことを一介の商人ではなく、地位のある人間なのだと勘違いしてしまい、アインズが何も言わなかったせいでパンドラズ・アクターもそれらしい偉そうな演技をしてしまったため、今後ドワーフ達の前ではあの態度を常に取らなくてはならなくなり、一度凍結していた偉い立場の人間を観察し、その仕草を学ぶ計画を実行することにしたのだ。

 

(王国の王は現状で国を二分しかけているからカリスマ性とかは無いだろうと思って帝国の皇帝を選んだのだが、またデミウルゴスが深読みしていたらどうしよう。本当の理由を言うわけにもいかないしなぁ)

 元からアインズを絶対的支配者だと思っているナザリックの者達に、王様が普段どんな態度を取っているのか知りたかったなどと言えるはずがない。

 だからこそ、わざわざ私用だと前置きをしてアルベドとニグレドにだけ伝わるように頼んだというのに。

 

(仕方ない。これに関しては話を聞いてからだな。場合によってはデミウルゴスのためじゃなく、魔導王の宝石箱を帝国に出すための下地造りとか言って誤魔化そう。これ以上俺の存在をデカく捉えられては困るからな)

 そうしたアピールをしていこうと決めたはずなのに、ここ最近も流れ上仕方なく自分が全てを見抜く全能者というような態度を取ってしまっていたこともあり、今後こそはと胸に誓ってからアインズは気を取り直し、改めて行動を開始した。

 

 先ずはテーブル上のベルを鳴らしブレインを呼ぶ。現れたブレインにシャルティアを呼ぶように伝えると、ブレインは妙に緊張した顔で了承し、その場を去っていった。

 少し時間が経った後、アインズの元に訪れたシャルティアもまた緊張しているようだった。

 いつかゴーレムのアイデアを出した褒美を与えるためにアインズが呼び出した際と似た気配だ。

 

「お待たせいたしました、アインズ様。シャルティア・ブラッドフォールン、御身の前に」

 

「うむ。よく来たシャルティア、それとブレイン。お前もここに残れ、話がある」

 いつも通り優雅にスカートの裾を摘んで挨拶をするシャルティアと自分の役目は終わったものと無言の内に頭を下げて部屋を後にしようとするブレインに声をかける。

 途端に身を堅くしたブレインは見るからに狼狽しながら、シャルティアの後ろに移動し膝を突いた。

 

「シャルティア。今回のお前たちの働き、見せて貰った。本来ならば三人とも呼んで誉め称えたいところだが、それは後にしよう。今は……」

 

「分かっていんす。申し訳ございませんアインズ様!」

 地面に着きそうなほど頭を下げるシャルティアにアインズは、ん? と首を傾げる。

 何かミスでもしたのだろうか。

 報告書には何も書いていなかった、むしろそれぞれが自分の役割を果たしたと書かれていたが。

 もしアインズにバレないと思って嘘の報告や隠し事をしたというのならば大きな問題だ。アインズに絶対の忠誠を誓うナザリックの者に限ってとは思うが、蜥蜴人(リザードマン)との戦いを得て、NPC達が成長という名の変化を出来ることは理解した。

 であれば良い変化だけではなく、悪い変化をしてもおかしくはない。

 

(やはり監査機関の設立は必要か、いやその前に今はシャルティアだ)

「ふむ。報告書には何も記載されていないが、さて。お前は何を謝罪したのだ? 説明せよ」

 

 いつもなら知ったかぶりをしてみせるところだが、先ほどそうした態度を減らすと決めたということもあるが、今回の件はナザリックの今後を左右する。慎重に確認しなくてはならない。

 

「セバス、ソリュシャンと異なり、私はアインズ様のお役に立てず、成長した姿もお見せ出来ませんでした。人間どもが来たときも余計なことを言わないように笑っていただけで。セバスやソリュシャンはそれで場が和んだと言っておりましたが、こうして私一人だけが呼ばれたということはやはりアインズ様は、そのことをお怒りなのではないかと」

 

「んん? 何かここに書かれていないようなミスをしたということではないのか?」

 

「いえ。少なくともその報告書に書いてある以上のことは何もありんせんでしたが……違うんでありんすかぇ?」

 アインズが頷くとアインズとシャルティアは同時に気が抜けたように息を吐いた。

 アインズと異なりシャルティアは直ぐに自分の態度を無礼だと思ったらしく謝罪を口にする。

 

「よい。気にするな、勘違いさせた私が悪い」

 

「何を仰います! アインズ様に責任などありんせん」

 即座に否定するシャルティア、ここでアインズがいやいや、と言うとまた否定のし合いに繋がるのでアインズは分かったというように一つ大きく頷いた。

 

「そうか。ならば本題に入ろう。お前に一つ別の仕事を頼みたくてな。いや正確にはお前の配下であるそこの男。ブレインにか」

 

「わ、私ですか!?」

 

「おい! お前、アインズ様の許し無く口を利いてんじゃ──」

 

「シャルティア、気にすることはない……とは言えそろそろそいつにも礼儀作法を学ばせても良いかも知れんな。今回の仕事が終わった後、誰かに預けてみるか」

 アインズとしてはあまり気にしないが、やはり組織の中で一人だけ設定でも無いのに礼儀を弁えないのは問題だ。

 セバスもその事を気にしているようでもある。

 ここらでキチンとした礼儀作法を教え込めば、門番以外の使い道も広がるだろう。

 

「こいつも私の配下である前にナザリックに、そしてアインズ様に絶対の忠誠を尽くす下僕、どのようにでも好きにお使い下さい」

 

「ふむ。ブレイン、お前も良いのか? お前はあくまでシャルティアの眷族だ。不服があるなら言うが良い、部下の眷族にまで無理を強いる気はない」

 こうは言っても実際は好き勝手に動かれても困るので出来れば大人しく従ってくれると良いのだが。

 

「はっ! 私はシャルティア様の配下にして絶対なる忠誠を誓っておりますが、そのシャルティア様のご主人様でいらっしゃるアインズ様にもまた、同様に絶対の忠誠を誓っております。どのような命であれ私は従います」

 同様と言うところで、シャルティアの目が赤く輝くのが見えたがアインズはそれを制する。

 

「分かった。お前の忠誠も受け取ろう。ではブレイン、改めて私の命を聞くが良い」

 

「ははぁ!」

 

「お前はこれから、私が手に入れたこの黄金を王国白金貨、あるいは交易共通白金貨に交換してくるのだ」

 

「は、はっ!」

 言葉の最後が疑問になりかけるが、それを途中で無理矢理了承に切り替える。

 気合いを入れたというのに子供の使いのようなことを頼まれて気が抜けたのだろう。

 

「お前は簡単に考えているようだが、交換してくる黄金はこれだ。これだけの量を換金してくるのはそれなりに面倒だぞ? なおかつお前には我々魔導王の宝石箱の名を出さずに行動して貰う」

 空間から黄金が詰まった袋を取り出す。

 白金貨に換えれば、黄金の含有率にもよるがずっと少なくなる筈だ。それでだいたいアインズが依頼したドラゴンの三体分程の金額になるだろう。

 とはいえこれを一度に持っていけば怪しまれるのは確実だ。小分けにして色々なところで換金するか、あるいは多少胡散臭い黄金でも纏めて換金してくれる場所を探すか、それらを考えろという命令である。そしてどのように換金したかの結果は今後似たようなことがあった際に、アインズも密かに利用することになる。

 是非成功させて貰いたいところだ。

 

「畏まりました! 必ずやアインズ様にご満足いただける結果をお見せいたします!」

 

「うむ。ただし相手がお前のことを知っていた場合は嘘をつく必要はない。以前設定したようにセバスの弟子になった旨を伝えよ。後は期間か……そうだな。漆黒、パンドラズ・アクターとナーベラルが戻る前に終わらせよ」

 今適当に思いついたと言う口振りだが、ここが一番肝心だ。

 黄金もこれだけの量ならば換金には時間がかかる可能性がある。しかしドラゴンが来るまでに現金化しなくては意味がない。

 

「畏まりました。お預かりいたします!」

 ズシリと重い袋を放り投げて預けるとブレインはその重さもなんなく受け取る。

 人間であれば多少身じろぎしそうなものだが、吸血鬼化による肉体強化はここにも現れているようだ。

 

「では行け」

 

「ははぁ!」

 深々と頭を下げてブレインがこの場を後にする。残されたのはシャルティアとアインズのみ。

 

「──アインズ様、一つお聞きしたいのでありんすが」

 

「何故私が換金などという仕事を奴に与えたか。か?」

 したり顔で言うものの、それ以外に質問などあるはずがない。

 神妙な顔で頷くシャルティアにアインズは答えた。

 

「……餌だ」

 

「餌、でありんすか?」

 

「うむ。どこから手に入れたか不明な黄金を大量に換金する男が現れれば噂は直ぐに広まる。その時に奴にちょっかいをかけてくる者がいるかどうかを見たい。八本指を我々が押さえている以上奴らであれば問題ない。しかしそれ以外の者達が手を出してくれば、それは八本指が弱体化したと思い新たに台頭しようとする別の組織、あるいは別の国から王国を狙う者達の可能性もある。奴にはそれを引きつける餌になって貰うのだ」

 即席で考えたにしては良い言い訳だと思うが、果たしてシャルティアは何か疑問点を見つけ、聞いてくるだろうか。

 納得してくれるのが一番だが、聞いてくればシャルティアの成長の証とも言えるので、それはそれで意味がある。

 

「なるほど! 流石はアインズ様、その慧眼にはナザリックの誰も敵いんせん。まさに至高の御方と呼ぶに相応しい御方でありんす」

 

「え、ああ。うむ」

 ここまであっさり納得されるのも少し複雑な思いだ。

 

「さて。では私は一度ナザリックに帰還する。アルベドから報告が溜まっていると連絡が入ったのでな」

 そんな肩すかし感がアインズの口を軽くした。

 言う必要のない、いや言ってはならないことを口にしてしまったと気づいたのはそのすぐ後だった。

 

「アルベド?」

 今までアインズのことを誉め称えていた声よりも一段、いや数段低くなった呟きはアインズに向けられたものではなく独り言のようだ。

 

(しまった! シャルティアの前でアルベドの名はまずいか、いや、よく考えれば別に問題は無いはずだ。守護者統括であるアルベドと俺が情報のすり合わせを目的とした報告会を定期的に開いているのはシャルティアも知っているはず。何も問題はない、問題は──)

 

「アインズ様」

 アインズの思考を遮るようにシャルティアが名を呼ぶ。

 先ほどの声は聞き間違いだったのではないかと思えるほど、いつも通りのアインズに尊敬と恋慕を寄せるシャルティアの声だった。

 

「なんだ?」

 

「これからのことでありんすが、後のことはセバスに任せ、この地でのわたしの仕事は一旦終了とさせていただいてよろしいのでありんしょうか?」

 

「ん? ああ、そうだな。確かに後の交渉や契約に関してはシャルティアやソリュシャンではなく、セバスに任せるのが適任だろう」

 思っていたこととは別の質問にアインズは不思議に思いながらも、取りあえず返答する。

 報告書ではシャルティアとソリュシャンは態度は真逆ながら、どちらも経営のことなど分からないお嬢様の演技をしたと書かれていた。

 ならばそれを演技だと悟らせないように契約もセバスに任せた方がいい。

 

「では、わたしもアインズ様の供として一緒にナザリックに帰還したく存じんす」

 

「え? いや」

 

「一応、責任者としてソリュシャンは置いていかないと、貴族が来た時に自分達を侮ったと思われる可能性もありますし、あの人間共は現在何人か王都周辺の村に派遣していんすから、これ以上減れば人手不足になりんしょう、かと言って至高の御方をお一人でご帰還させるなど、以ての外でありんす!」

 

(いや、メイドの誰かを事前に呼んでおけば、と言うかログハウスに誰かいるはず)

「シャルティア、気持ちはありがたいが」

 

「……ダメでありんすかぇ?」

 首をもたげ涙を──どうやって分泌しているのか不明だが──浮かべてシャルティアは言う。

 

(っ! 理詰めで来た後で泣き落としとは。こういう交渉は成長しているじゃないか! やるなシャルティア。あんまり嬉しくはない成長だけど)

「良いだろう。シャルティア、供をせよ」

 

「ありがとうございます! ではアインズ様のお部屋まで供をさせて頂きます!」

 まだ微かに涙が浮かび、声も僅かに詰まっている。嘘泣きではないのが逆に質が悪い。

 

「へ、部屋まで?」

 

「当然でありんす!」

 にこにこと笑うシャルティアにアインズは表情というものが存在しないはずの自分の頬がひきつって行くような、そんな気がした。

 

 

 ・

 

 

(さて、どこから回るか)

 最近ようやく着慣れ始めていた仕立ての良いキッチリとした服から、人間であった頃に愛用していた私服と鎖着(チェイン・シャツ)に着替えたブレインは愛刀とズシリと重い皮袋を肩に担ぐようにして持ちながら、王都の中を歩いていた。

 以前ガゼフと決着をつけるために、奴の自宅を調べた際についでにざっと調べた王都の地形を頭の中に思い浮かべながら道を進む。

 

(ガゼフの奴に会うと面倒だからな。裏道を行くか。そっちの方が怪しまれずに換金出来るだろうしな)

 人間の頃とは肌と目の色が変わってしまった。とは言えどちらも人間に見えない異形の姿ではなく、ブレインの顔を良く知るガゼフ以外ならば見つかっても問題はない。

 そう考えてブレインは大きな通りではなく、家と家の間を走る小さな道に入りそのまま奥へと進んでいく。国に仕える戦士長のガゼフがこんな道を通ることは無いだろう。

 それにお綺麗な表通りの店で大量の黄金を換金すればすぐに噂が広まってしまう。

 裏の店ならばそうしたこともなく──仮に広まっても裏社会の者たちにであり、今の自分ならば相手が人間であれば負ける気がしない──安全に目的を達成出来るだろう。

 しかし、とブレインは小さな皮袋にぎっしりと詰め直して音が鳴らないようにした黄金を担ぎ直しながら考える。

 

(ソリュシャン様が俺を睨んでいたがあれはどういう)

 黄金を小分けにしている最中に、店の中にいた主の同僚であるソリュシャンに何故ここにいるのかと尋ねられた際に事情を説明すると、不満げな顔をしていた。

 何故お前ごときに。とまで言われてしまったが換金など下っ端の仕事、話を聞くにソリュシャンもナザリックという巨大で強大な組織の中でも主を含め数少ない別格の位置にいる者。これはそんな者がするべき仕事では決してないだろう。

 最終的に何か思いついたらしく、納得していたようだがどうにも気になる。

 それともやはり自分は主の配下としてまだまだ相応しく無いと言外に告げられたのだろうか。

 落ち込みそうになる気持ちを振り切り、今は課せられた仕事について考えることにした。

 

 つまり、自分はどちらを優先するべきなのか、ということだ。

 出来るだけ短時間で済ませるべきなのか、それとも換金率の高い店を探し、出来るだけ損無く硬貨を手に入れるべきか。

 聞いておけば良かったと思うが後の祭りだ。

 ブレインが準備をしている間に主とその主は既に居城、ナザリック地下大墳墓へと帰還してしまったという。

 だからと言って新入りの下っ端である自分がその二人に直接連絡など出来ないし、誰に聞けばいいかも分からない。

 

「自分で考えるしかないってことか」

 自分の素晴らしき主人であるシャルティア・ブラッドフォールンはその主であるアインズ・ウール・ゴウンに恋をしており、正妻になるべく幾人もいるライバルたちと鎬を削っていると聞き及んでいる。

 自分のせいで僅かでも主の評価を下げることなどあってはならない。

 刀と荷物を握りしめ、気合いを入れ直す。

 先ずは幾つか換金所を廻り値段を確認しようと決めて、更に奥へ奥へと人通りの少ない方に向かっていく。

 暫く歩いていると、ふと気が付いた。

 誰かが自分の後を付けている。

 人間であった頃の自分ならば気付かなかったくらい離れた位置から誰かが自分と同じ道を同じ速度で移動しているのが分かる。

 

(敵、か? しかし何故? まだ一つも換金していない以上俺が黄金を持っているのは知られていないはず。いや、そんなことよりどう対処するかだ。始末、いや俺と店の関係は知られてはいけないんだ。逃げるか?)

 戦う前から逃げるという選択肢を思い浮かべる自分に苦笑する。

 かつての自分であれば決して選ばなかっただろう。確かに以前から生き残ることを第一に考え、勝てない相手なら逃げることもあったが、戦う前から逃げるようなことは考えなかったはずだ。

 

(いや、一度接触するか。ここなら人目にはつかんだろうし、相手の考えを知れば取れる行動も増える。今の俺なら逃げるだけなら正面切っても余裕だ)

 吸血鬼の身体能力なら人間相手に逃げ出すことは容易だ。

 ブレインは足を止め、相手が近づいてくるのを待つ。

 こちらが止まっていることに気付けば相手も止まるかと思ったが、相手はまるで意に介さず近づいてくる。

 一瞬、気のせいだったか。と思ったが、そうではなかった。

 曲がり角に指がかかり、次いで人影が現れる。

 

 男だ。

 金髪、碧眼、日に焼けた健康的な肌、身長も高くも低くもない、どこにでもいそうな容貌だ。年齢は二十歳になるほどか。

 しかし、ただの市民ではないのは直ぐに分かった。

 腰に下げた二本の剣と服の下に着込んだ鎖着(チェイン・シャツ)。冒険者かと思ったが、彼らであれば見せつけるように付けている首から下げたプレートが無い。

 

(ワーカーか)

 冒険者から脱落した者たちを指す言葉だ。

 仕事としては冒険者に近いが、犯罪や冒険者が禁止されていることでも平気で行う者たち。

 ある意味ではかつての自分と似たようなものか、と考えるが直ぐに頭の中で否定する。流石にあの頃の自分よりは彼らの方がマシだろう。かつての自分は歴とした犯罪者だ。

 世の中の役に立つ仕事もこなすワーカーとは違う。

 

「よう、あんな距離から良く気づいたな。アンタ野伏(レンジャー)か何かか?」

 ヘラヘラとした笑いを浮かべつつも、互いの一撃が届く距離以上は近づかず──吸血鬼であるブレインならば一瞬で潰せる距離ではあるが──その軽薄な笑みからは、どこか自信に満ちた堂々たる態度が透けて見える。

 己の力量に自信があるのだろう。

 どこか昔の自分に重なった。

 

「そう見えるか?」

 

「いや、どう見ても剣士だ。その腰の物も相当な上物だろう?」

 顎でブレインの腰に下がった刀を示す男。

 確かに自分が手に入れた中では最高の物で値段も目が飛び出るほどだったが、魔導王の宝石箱で飾り物として造られた剣と大差ない存在であると知った今となっては皮肉にも思える。

 

「それで。いったいお前は誰で、俺に何の用だ?」

 だから質問には答えずに、こちらから問いかける。

 男はつまらなそうに肩を竦めると表情を引き締めた。

 

「アンタに頼みがある、ブレイン・アングラウス」

 自分の名を知る男にブレインは警戒を一段高める。

 ブレインは男に見覚えがない、知り合いではないと思うが、ブレインとて一度や二度会っただけの者を全員覚えている訳ではない。

 用心棒や傭兵をしていた時の知り合いと言うことも考えられる。

 そしてかつてのブレインの姿を知っているなら今の自分との違いに気づかれるかも知れない。

 

(俺、いや吸血鬼が王都にいると知られる訳にはいかない。殺すか?)

 奴は十分な間合いを取っているつもりだろうが、今の自分にとってこの距離は攻撃範囲内だ。

 吸血鬼となったことで有効範囲が倍になり強化された武技、領域。いや神域も存在する。

 奴が剣を抜くより早く殺すことは容易い。

 

「おっと。待て、待ってくれ。分かった俺の素性を話す、嘘はつかねぇ。ただアンタに頼みごとがあっただけなんだ」

 こちらの殺意に気づいたのか慌てたように両手を上に持ち上げて降伏の意を示す男。

 

「言って見ろ。聞くだけ聞いてやる」

 分かりやすく安堵してみせた男は手を挙げたまま口を開く。

 

「俺は帝国のワーカー、ヘッケランというもんだ。仕事で王国に来ている」

 

「帝国?」

 冒険者やワーカーが国を跨いで仕事をするのは珍しいことではない。しかし正式な手続きを踏んで入国するのが基本の冒険者と違いワーカーは仕事内容が犯罪に繋がることがあるためバカ正直に入国せず、わざわざ素性を明らかにすることもしない。

 それをブレインに伝えたということは、ブレインのことを調べ、ある種仲間意識のようなものを持っているのかも知れない。

 要するにお前もスネに傷があるのだから自分のことを通報したりしないだろう。ということだ。

 となると知り合いの線は薄そうだ。

 ならば話ぐらいは聞いてもいいだろう。

 

「アンタは魔導王の宝石箱と繋がりがあるのか?」

 その名が出て、一瞬自分でも表情が変わったのが理解出来た。しまった、と思ったときにはもう遅い。男、ヘッケランはニヤリと笑みを浮かべた。

 

「やっぱりな。ただの客じゃなく、用心棒か何かなのか? アンタほどの強さならそれも当然だろうな。聞いてるぜ、あの王国最強の偉大なる戦士ガゼフ・ストロノーフと互角の力を持った剣士だってな」

 

「そんなことはどうでも良い。お前の目的は? どうやって俺があの店と繋がっていると分かった?」

 主に捕らえられ、いや捕らえていただいてからブレインはガゼフにセバスの弟子になったと伝えた後、あの店を出たことは無い。

 ずっと扉の前で門番をしていたのだ。店の中を移動することはあっても外に出たのはこれが初めて、例え店から出るのをこの男が見ていたとしても、ただの客としか映らないはずだ。

 となればこの男は何らかの方法で店の中を探っていたことになる。

 あの偉大なる主人達によって探知対策がされているはずの店の中をだ。

 思った以上に危険な存在なのかも知れない。再度逃げ出す選択肢が頭に浮かぶ、一刻も早くこのことを店にそして主に伝えるべきだと考え始めたのだ。

 

「いや、すまねぇ。実のところ俺は朝からずっとあの店を監視していた。それが仕事だったもんでな。しかしアンタは店から出てきたが入ったところは見ちゃいない。つまりは客じゃなく店の関係者であそこで寝泊まりしていると判断した訳だ。んでアンタほどの実力者なら従業員じゃなく用心棒だと推察したわけだが……」

 

(物理的な手段かよ、警戒して損したぜ)

 安堵が悟られないように顔を引き締めるがやはりどうしても、気が抜ける。

 相手には気づかれただろうか。

 先ほどの主達の会話で出てきた礼儀作法など身につけるのは気が重いと思っていたがこれは早急に身につけた方が良さそうだ。

 自分の軽率さが僅かでも主の邪魔にならないためにも。

 

「少し違うな。確かに俺はあの店で寝泊まりしているが用心棒なんかじゃなく、あの店にいるある方に弟子入りしただけさ。今はその使いって訳だ」

 頭を掻きながら、命じられた通りに話す。

 実際は稽古を付けてもらったことなど無いがガゼフにもそう伝えてある以上、ブレインはあの店でそうした立ち位置にいることになっている。

 

「そいつはいったい?」

 目を丸くして驚きを示すヘッケランにブレインは僅かに苛立ちを覚える。

 さっきからこの男の良いようにされている。戦いしか知らなかった自分の未熟のせいだがそれでも良い気はしない。相手が自分より格下の存在だと分かっていればなおさらだ。

 

「お前に言う必要があるのか? 俺はこう言ったな、お前の目的は何だと。聞いているのは俺だ。答える気がないなら実力行使に出させて貰うが?」

 刀の鞘を握り、親指で鍔を持ち上げて刀身を見せる。未だ荷物を離していないので正直体勢は不利だが相手はブレインの力量を知っているらしいので脅しにはなるだろう。

 案の定自分が勝てないことを悟ったのかヘッケランは、目に見えて態度を変えた。

 

「わ、悪かった。すまん、分かった。単刀直入に言う。俺を、いや俺の雇い主を魔導王の宝石箱の主人、アインズ・ウール・ゴウン殿と引き合わせて欲しい」

 真剣な表情で言われた言葉の意味を直ぐには理解出来ず、ブレインは眉を持ち上げた。

 

「はぁ?」

 ブレインは間の抜けた声を上げながらやはり礼儀作法の習得は絶対条件だな、と改めて心に決めた。




次は帝国、フォーサイト側の話になる予定です







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