オーバーロード ~経済戦争ルート~ 作:日ノ川
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元々11巻と似た部分も多いのであまり長引かせず今回でドワーフの国編は終了です
「では私たちはこれから、他にドラゴンが残っていないかの捜索とここにある死体の運搬を手配しますので、皆さんは先に戻って下さい」
「はい。モモンさんほどのお方でしたら問題はないと思いますがお気をつけて」
蒼の薔薇のリーダー、ラキュースが苦笑しながらそう言い──多少打ち解けたと見るべきか呼び方が殿からさん付けに変わっていた──イビルアイの元に近づいていく。
ここに蒼の薔薇がいられてはこれからの計画に支障を来すため、イビルアイとティアの怪我を理由に蒼の薔薇には早々に王都に帰還するようにアインズから提案し彼女たちはそれを受け入れた。
結局ラキュースの復活魔法を見る機会は失ってしまったが仕方ない。ここにあるドラゴンたちがため込んだ黄金を使用させて魔法を使わせようかとも考えたが、単純に勿体ないというのと、現在アインズがモモンの姿をしているため決定権がなく──依頼の中で入手した物は全て魔導王の宝石箱のものになる契約内容になっている──ここでは使用出来ず、かといってまさかアインズ達が戻るまでガガーラン達の死体を生き返らせずに放置してくれとは言えない。
そう言ったアインズに、何故かラキュースはやはりとでも言いたげな納得顔を見せていたがその理由は不明である。
しかし王都に戻った後、復活魔法について詳しく話を聞く機会も作れるだろうからそれで良しとしておこう。
「ではモモン様、王都に戻った際は必ず私たちの宿に来てくれ。歓迎するぞ」
こちらは未だに様付けの割に話し方は妙に馴れ馴れしいイビルアイに無言で頷いて返事とする。
「感謝する。ナーベも歓迎するから私の部屋にいつでも来てほしい」
「……」
残る一人、忍であるティアはどうもナーベラルに対して深い興味を示しているらしく、先ほどからなんとかコンタクト取ろうと試みているが、ナーベラルは言葉はおろか目線すら動かさずアインズの代わりに、この玉座の間の隅で小さくなっているドラゴンを目で威嚇していた。
何か言った方がいいのかも知れないが、そもそもティアの目的が分からないのでアインズも特にフォローはしない。
「では、また王都でお会いしましょう」
最後にラキュースがそう告げて、イビルアイが手に持った
あの
なぜならば。
「さて。一気に三体もドラゴンが手に入るとは。素晴らしいな」
体のあらゆる部分が最高級の素材として使用出来るドラゴンの死体がここに三つ。
そしてこの王城には全部で十九体のドラゴンが居るというのだから、
ドラゴンハイドを使った
「おい。そこのドラゴン。ここに来い」
「ははぁ! 偉大なりし御方。失礼致します」
飛ぶのではなく、急ぎ足で駆けアインズの元に馳せ参じるドラゴン。
ナーベラルはそんなドラゴンから目を離すことなく、アインズの斜め後ろ──いつもメイド達が立つ位置──に移動した。
「さて。お前はヘジンマールの母親で間違いないな?」
「ははぁ! その通りでございます。ヘジンマールの母は私です!」
ドワーフの王都に繋がる洞窟で出会い、その瞬間アインズに服従を誓った為に生かしておくことにしたフロスト・ドラゴンのヘジンマール、奴からこの地に住むドラゴンの強さや使用魔法を聞いて大したことがないと分かっていたからこそ、アインズは魔法が使えない〈
そしてその話の最中、ゴンドの忠言でせめてヘジンマールの母親ぐらいは生かしてもいいのでは。と言われたため、この一匹だけ生かしておいた。
特徴は聞いていたが、ドワーフよりは多少外見と大きさで見分けがつくとしても他種族の見分けに自信のなかったがどうやら当たりだったようだ。
話しかけようとしたアインズをナーベラルがジッと見つめている。なにを言いたいのが何となく察しがついた。
アインズは目線でナーベラルに合図を送ると彼女は静かに一礼し未だ地面に頭を付けているドラゴンに声をかけた。
「ドラゴン、頭を上げ拝謁することを許す」
その場でローブを翻してナーベラルの姿が変わる。冒険者ナーベではなく、ナザリック地下大墳墓の戦闘メイド、ナーベラルの姿である。
「ははぁ! 失礼致します」
その巨体故体を起こすとアインズを見下ろす様になってしまうがこれは仕方ない。
取りあえず名前を確認しておくかとアインズはナーベラルに名前を聞く様に命じた、ついでにモモンではなくアインズの名を教えることにする。
面倒だがいい加減この対応にも慣れ始めていた。
「ナザリック地下大墳墓の絶対的支配者、アインズ・ウール・ゴウン様が名を名乗ることをお許し下さいました」
ナーベラルの言葉に僅かにドラゴンが反応する。モモンではなくアインズと名乗ったのが気になったのかも知れない。
「ははっ! 私はこの地の前支配者、オラサーダルクの妃の一匹キーリストラン=デンシュシュアにございます」
聞いていた名前とも一致する、間違いないだろう。納得したアインズはナーベラルに後はアインズ自身が聞くと手で合図を出した後、気になっていたことを尋ねることにした。
「ふむ。オラサーダルクとはあの一番大きなドラゴンで間違いないな」
「ははぁ! その通りでございます。この地におけるフロスト・ドラゴンの王、
「お前もヘジンマール同様、私に服従するというのだな?」
一応息子も服従したことを伝えておく。
「はは! 偉大なりし御方にお許しいただけるのであれば」
話し方や対応がヘジンマールに似ているのは流石は親子と言ったところだろうか。
「良かろう。我が配下に加わることを許す」
「ありがたき幸せ。全霊をかけてお仕えし、絶対なる忠誠を尽くします!」
正直に言うとドラゴンの死体は何体あっても足りないため、あまり積極的に配下に加えたくはないのだが、ドラゴン同士に仲間意識がなく、中には
もちろん全てはこの後ここに来ることになっているコキュートス達次第なのだが。
「……偉大なりし御方。一つよろしいでしょうか?」
「良い。許そう」
「私の息子、ヘジンマールは今どちらにいるのでしょうか?」
やはり息子のことが気になるのか。ドラゴン同士は繋がりが希薄と聞いていたが、母子ともなれば違うのだろう。
「奴には仕事を申しつけた。お前達以外のドラゴンの元に案内させている。因みにこの城の中にいるドラゴンは全部で十九匹と聞いているが他にもお前の子は居るのか?」
「はっ! ヘジンマールの他に三匹の子がおります」
「そうか。しかし命があるかはそいつらの態度次第だ。ヘジンマールには我が忠臣の一人を付けて送り出した。出会ったドラゴン全員に私の配下になるように伝えさせるためだ。ヘジンマールや貴様の様に一言目から服従を誓えばよし。そうでなければ全員そこに転がっている者達と同じ末路を辿ることになる」
アインズの言葉にドラゴン、キーリストランはブルリと体を震わせた後、口を開く。
「偉大なりし御方に服従を誓えぬような、愚かな者は例え我が子であろうと生きる価値などございません」
声も僅かに震えている、それが本心とは思えない。結局はこいつもアインズの力に恐怖しているだけだろう。
しかし今はそれで良い。
「そうか」
後は何匹生き残るか知らないが、そいつ等を誰に預けるかだ。住む場所も考えなくては。
とは言えわざわざ一匹ずつ説明するように命令したのは恐らくコキュートスの力を知らなければ服従ではなく戦いを挑んで来るだろうと言う計算からだ。
生き残るドラゴンの数は少なくて良い。
「ああ、そうだ。ここに宝物庫があるはずだがどこだ? 中身は開けられていないだろうな?」
「はっ! 扉はドワーフのルーン技術によって閉ざされており開けられておりません。ご案内いたします」
きびきび動き出すキーリストランを前に、アインズはナーベラルに目を向ける。
「ナーベラル。お前はシャルティアに頼んで、ここにあるドラゴンの死体を一旦第五階層に運ばせ腐らせないようにしておけ。コキュートスがここに来たら逆らって死んだ者達も同様にするように。その後生き残った者を含めてこの中には入れず外に待機させよ。ああ、ゴンドだけは中に入れて宝物庫に来るように伝えておけ」
「畏まりました」
アインズの多数の命令にも特に動じた様子もなく了承の返事をするナーベラルに対し満足げに頷いてから、アインズはキーリストランの後を追った。
ルーン技術に関する物があるかも知れないとドワーフの国に対する忠誠などどこかに投げ捨て宝物庫を漁ったゴンドと共にアインズも宝物庫からいくつかの選んだアイテムを運び出した後、玉座の間から外に出た。
そこにはコキュートスとアインズの格好をしているパンドラズ・アクター。そしてその背後にずらりと並ぶ全六匹のドラゴンの姿があった、キーリストランとヘジンマール以外は皆小さな子供のドラゴンのようだ。
(六匹ということは死体は十三体、まあ十分か。生きているのもこれぐらい居れば配達便には足りるだろう)
「オ待チ致シテオリマシタ。アインズ様」
「コキュートス、選別は終わったようだな。どうだ、先の
アインズには良く分からない感覚だが、かつて
その後コキュートスが実にスムーズに村を統治している所をみると、生き返らせたのは正解だった様なので今回も聞いてみる。
あまり数がいると困るのだが、とアインズが思っているとコキュートスはカチカチと口を鳴らしながら首を横に振った。
「イイエ。ドラゴン共ハ己ヲ強者トシテ疑ワズニ戦イヲ挑ミ、コチラガ強イト見ルヤ命乞イヲシテ参リマシタ。強者ニモ怯エズ、戦イヲ挑ンダ奴ラトハ、比ベ者ニナリマセン」
どうやらドラゴンたちの有りように憤慨しているらしいコキュートスに、後ろにいるドラゴンたちが微かに怯えているのが見えた。
しかし良かった。とアインズはほっと安堵の息を出す。
既にドラゴンたちの死体で出来る実験や取れる素材の数量を計算していたからだ。
「ならば仕方ないな。臆病者を我が配下に加えるつもりはない。ではドラゴン共、最初の命令だ」
「ハッ! ゴウン様、何なりと御命じ下さい」
「ヘジンマール。お前が手に入れたというドワーフの書物を全てここに持ってこい。お前の部屋以外にある本も全て探し出せ。ゴンドはそれらの本をざっと調べ持ち出してマズイ物があるか調べてくれ」
「ははっ! 畏まりました」
「了解じゃ。陛下」
ドラゴンたちとゴンドが同時に動き出す。
足の速さの問題でヘジンマールがゴンドを背に乗せて後は全員が一気に散り散りになった。
これでここにいるのはナザリックの者達だけだ。
「パンドラズ・アクター。そちらの首尾はどうだ?」
アインズの格好を取ったパンドラズ・アクターにはクアゴアの間引きを行わせていた。
「はっ。問題はございません。ご命令通り、クアゴアの氏族王を名乗る者は殺し、他の者達も広範囲魔法で数を減らしておきました」
「うむ。どの程度減らした?」
クアゴアの全氏族合計は八万だという、流石にそれだけの数を養えるはずもなく、また特に養って意味がある種族だとも思えなかったので、服従させるのではなく別の使い方をすることにし──考えたのはパンドラズ・アクターなのだが──その対処を行わせていた。
「ハッ! 数は凡そ二万、各氏族二千から三千程度残るように致しました。一つの氏族を纏めて残すと団結する可能性が有りますので」
「二万か。その程度ならば危機感が残って丁度良いか。死体は全て回収しろ、アンデッド作成に使用する」
パンドラズ・アクターが了承の返事をした後、これまで二人の会話を黙って聞いていたナーベラルが口を開いた。
「……アインズ様、一つよろしいでしょうか?」
無言で促すと一礼した後話し出す。
「未だ愚かな我が身に教えていただきたいのですが、そのクアゴアなる弱小種族、何故全滅させずにわざと生かしているのでしょう? 上手い具合にほぼ全匹が集まっていたのですから逃げられないようにすれば簡単に全滅出来たはずでは?」
ナーベラルは思い浮かんだ疑問をよく口にする。
成長意欲が有るのは良いことだが、時々アインズにも思いつかないことをサラリと口にするため少々気が抜けないのだが、今回は問題ない。
「ドワーフ達に危機感を覚えさせるためだ」
「危機感、ですか?」
ピンと来ていないようなので、重ねて説明をする。
「うむ。仮にここでクアゴアを全滅させ、ドラゴン達もいなくなれば、ドワーフ達は喜々としてこの地に戻って来るだろう。初めは我々のことも恩人として崇めるだろうが、それだけだ。いつかは感謝も忘れるだろう、そして大地の裂け目と吊り橋のおかげで人手を必要とせず防衛力を最低限しか持たなかった、フェオ・ジュラの二の舞になる」
「なるほど。つまりは敵対種族を残すことで、防衛にも力を入れることになると」
「そう言うことだ。今回のことで奴らはかつての王都であるフェオ・ベルカナに加え、一時的に放棄したフェオ・ライゾも奪還に成功したわけだ。ならばかつての住処に戻りたいと思うのは必定、しかし防衛力を初めとして人手や食料などを含め、国力が足りない。ではどうするか」
考えたのはパンドラズ・アクターなので、アインズが得意げに語るのもどうかと思うが、奴に説明させると精神的な疲労が増しそうなので今回は譲ってもらおう。
「ナザリック、いえ。魔導王の宝石箱に頼る他に無いと」
ナーベラルの言葉に正解と言わんばかりに大きく頷く。
「まあ他国に防衛を依存することの危険性は奴らも知っているようだが、奴らには他に頼る相手がいない。帝国とも国交はあるらしいが、人間達にこの山脈の移動は難しく極少量の取り引きしか出来ていない。その点我々ならば魔獣やゴーレムを使用すれば安全に取り引き出来る。王国前の良いテストケースになるだろう」
「なるほど。そこまでお考えだったとは、流石は至高の御方、感服いたします」
「まあ、今回は全てパンドラズ・アクターの発案だがな。全てお前の計画通りに事が進んだ。良くやったパンドラズ・アクターよ」
流石に発案の手柄までアインズが奪うわけにはいかない。
アインズの言葉にパンドラズ・アクターは恭しく礼を取る。
今回最も大きな働きをしたのは言うまでもなくパンドラズ・アクターである。
本来ならば何か褒美を取らせるところなのだが、パンドラズ・アクターが相手だと、アルベドやシャルティアとは別の意味で何でも良いとは言いがたい。
そもそも何を言ってくるのか想像もつかない。自分で設定したはずなのに、一番行動が読めないとは不思議なものだ。
「……よし。では三人とも我が前に集まれ」
一応まだフェオ・ジュラに戻って報告と改めて今後どのような交易を行うのか話をする仕事が残っているが、やるべき事はほぼ終了している。
アインズの言葉に、コキュートス、ナーベラル、パンドラズ・アクターの三人が──ちなみにゼンベルはクアゴアとの戦闘に巻き込む事を恐れて一時的に〈
「まだ最後の仕上げは残っているが、今回の作戦お前達が成すべき事は全て完了した。数多くの目的がありながらその全てを、更にはそれ以上の成果を上げることが出来たのは正しくお前達の力によるものだ。信賞必罰は世の常、お前達にも相応の報償を授けよう。先ずはコキュートス、何を望む?」
いつもならばナザリックに帰還後、自室や玉座の間にて聞く報償式だが今回この場所で言ったのは理由がある。
ナザリックに戻ってからでは全員の仕事の関係で三人同時に呼ぶのは難しく、場合によっては一人ずつ呼ぶ必要が出てくる。
そうなるとパンドラズ・アクターがどう出てくるのか読めないからだ。この場で先にコキュートスとナーベラルという欲の薄い者達に報償を決めさせることで、あまり無茶な頼みは出来ないようにさせたいのだ。
「イ、イエ。アインズ様ニオ仕エスル事以上ノ褒美ハ必要アリマセン」
欲が無いとは思っていたがそれ以上の返答に、これもまた困った。
その後、何度か押し問答を行った後、命令として欲しい物品を挙げるように言うとコキュートスは完全にフリーズしてしまったため、一週間以内に決めるように改めて命令し次に移ることにした。
「ではナーベラル。お前は何を望む」
「……本来ならば、アインズ様にお仕えする事以上の報償など望むべきではないと思うのですが、ご命令とあらば──」
「うむ。命令だ」
コキュートスとのやり取りを見ていた為か、多少スムーズに事が運ぶ。
「では……その……」
スムーズに進むと思ったら、ナーベラルは顔を赤くしなにやらモジモジと身を捩らせながら口籠もる。
「どうした?」
「こ、今後もアインズ様と冒険者としての活動を続けさせていただければ。と」
アインズが先を促したことによって意を決したという様子でナーベラルが言う。
「んん? それだけで良いのか?」
元からその予定だったのはずだ、そもそもアインズとパンドラズ・アクターの二人で商会の主とモモンを交代で演じるのが元々の予定だ。
これは難しい局面に出くわした時に、最悪パンドラズ・アクターに任せて自分は逃げることが出来るようにするためでもあり、実際今回はそうしてパンドラズ・アクターにドワーフとの交渉を任せたのだから。
それはフェオ・ジュラに入る前にナーベラルに話したので知っているはずだがどうしてこのような褒美を求めたのか、見当もつかない。
「元よりそのつもりだと言ったはずだ。それでは褒美にならん。何か欲しい物などはないのか?」
アルベドやシャルティアにはとてもいえない台詞だが、ナーベラルなら問題はないだろう。
しかしここでもまたナーベラルは押し黙ってしまう。
やはり物品の褒美というのは考え辛いのだろうか。だとしても今後もこの手の報償を与える機会もあるだろうし、前例を作っておく必要がある。コキュートスには一週間の猶予を与えたが、ナーベラルも同じ事を許してしまうと、では自分もとパンドラズ・アクターも同様の返事をしかねない。
それではわざわざここで報償を選ばせる意味がないので敢えてこの場で決めさせる。
しばらくの間、眉間にしわを寄せ深く考え込んでいたが、やがて思いついたように顔を持ち上げる。
「では、恐れながらナーベとしての活動中でも持つ事の出来る武器を一つ頂きたく存じます」
「武器?」
「ハッ。私は以前エ・ランテルの墓地であの
ンフィーレアを救出するためにズーラーノーンなる組織と交戦した時の事だろう。
第六位階までの魔法を無効化する
今後同じような場面に遭遇する事を考えれば──現地の者が側に居る可能性もある──確かにもっと強力な武装は必要だろう。
それに魔導王の宝石箱から渡された武器ということにすれば宣伝にもなる。
「良かろう。では剣などの斬撃武器ではなく、打撃系の武器が良いな」
「ハッ」
どんな武器が良いだろうか。と考えていたところである物を思いつく、思い出したと言っても良い。
「では、これをやろう」
空間に穴を広げ手を差し込むと中から一本の杖を取り出した。
それを目にしたナーベラルは顔には出さないがどうして杖を。と考えているのが分かる。
確かに杖は物理攻撃にも使用出来るが本質的には当然魔法の威力強化に用いるものだ。
わざわざ杖にせずとも、棍棒やハンマー、モーニングスターなど、打撃系の武器はいくらでもある。
それなのに何故。という無言の疑問にアインズは答える。
「これは物理攻撃に特化した杖でな。かつて私が自分用に作り上げたものだ」
その言葉を聞いた瞬間、ナーベラルだけではなく、コキュートス、パンドラズ・アクターも同時に反応を示した。
「あ、アインズ様、自らがお作りになった武器、そのような至宝を頂くわけには」
「構わん。作ったは良いが滅多に使用しなかった物だ。何よりかなり昔に作ったものであるため、大した強さはない。しかしこの世界ではかなり上位の強さになるだろう。魔法職であるお前ならば使いこなせるはずだ。受け取るが良い」
「いえ、ですが……」
まだナーベラルは受け取ろうとしない。アインズの持つアイテムならば幾人かに報償として与えたことがあるが、それは余っていた物だったり、かつての仲間たちから貰った物であり、自分が作り上げた武器は渡した事がなかったかもしれない。
だからこそナーベラルは恐れ多いと辞退しようとしているようだが、これもまた良い前例となる。
本当なら自らの創造主──ナーベラルならば弐式炎雷──が作った物の方が良いのだろうが、アインズの物でも普通のアイテムや装備よりは有り難がって貰えるだろう。
それにもう一つ別の目的もある。
「私が良いと言っているのだ。それとも不服か?」
この言い方は卑怯だなと思いつつ口にする。あまり時間をかけてドラゴンやゴンドが戻ってきても面倒だ。
「いえ、そのようなことがあるはずがございません! 有り難く頂戴致します」
案の定、慌てたようにその場で膝を突き、恭しく杖を受け取るナーベラル。
「それにこの武器は炎を纏わせることも可能な物だ。
ようやく物品を報償として与えられたことに対する安堵感から、つい調子に乗って説明を始めそうになる自分を律しアインズはやっと最後の一人、パンドラズ・アクターに目を向けた。
「さて。最後はお前だ、パンドラズ・アクター、今回のお前の働きによる功績は大きい、望みを言うが良い」
これがナーベラルにアインズ製の武器を渡した理由である。自分の創造主であるアインズの作った武器は他の者たち以上にパンドラズ・アクターにとって貴重な物だろう。
だからこういう報償もありですよ。と言外に告げることによってパンドラズ・アクターにもそうした物を欲しがるようにし向けたのだ。
「はっ。有り難き幸せ! このパンドラズ・アクター。我が創造主たるアインズ様にお仕えすることこそ望み。でありますれば──」
「そういうの良いから早く言え」
やはりパンドラズ・アクターには冷たくなってしまう。アインズとしても皆と同じ扱いをしたいのだが、まだ平常心で接するのには時間がかかりそうだ。
「はぁ。では恐れながら、アインズ様!」
「う、うむ」
「私にマジックアイテムと触れ合う時間を! 頂きたく存じます」
「む? どういう意味だ?」
思ってもいなかった言葉に一瞬、脳が理解するのを拒否し、そのままパンドラズ・アクターに問い返す。
物ではなく時間、それもマジックアイテムと触れ合うための時間を求めるというのは意味が分からない。
「実はですね!」
その言葉をきっかけに溢れ出す思いの数々。曰くかつてのアインズの仲間たちが作ったマジックアイテムを磨いていない、データクリスタルの仕分けも途中で止まっている。等々。
要するにそれはアインズがパンドラズ・アクターにつけた設定、マジックアイテムの管理が好きというような設定をつけており、その気持ちから来ている言葉だったようだ。
全てを聴き終え、精神的な疲れを感じながらアインズは頷いて言う。
「そうか……良かろう、では空いた時間で宝物殿に戻る許可を出そう。指輪は……もう渡してあるか、では他には何かあるか? その程度では報償とは言いがたい」
いくら好きなことをするためだとはいえ、結局は仕事である。それを報償にする事を許したら他の者たちも自分たちの趣味に応じた仕事を報償として要求して来かねない。
「……ではもう一つ、少しよろしいでしょうか?」
ちらりとパンドラズ・アクターが二人に目を向ける。
何か気を使っているような気配を感じ、アインズはハッと気がついた。
(そうか。自分の創造主がいない二人の前で、創造主が作った物を強請るのは気が引けるのか。確かにその通りだ)
「ん? ドラゴン共が戻ったか、コキュートス、ナーベラル、済まないが奴らの元に行き、待っているように伝えてくれ」
ちょうど良く遠くから足音が聞こえてきたので、これ幸いとアインズは二人に命じて人払いを行う。
「畏マリマシタ」
「畏まりました!」
コキュートスとナーベラルが同時に返事をしてその場を離れていく。
コキュートスはいつも通りだが、ナーベラルは声がいつもより高く、胸にアインズが渡した杖をしっかりと抱きかかえている。
喜んで貰えているようでなによりだ。
「さて。では改めて問おうか。パンドラズ・アクター、何を望む」
「では……呼び方を、変えさせて頂きたく存じます」
「んん? 何の呼び方だ?」
今度こそ、アインズの持ち物を欲しがるだろうと思っていたアインズの思惑はまたも外れることになった。
感情の読めない埴輪顔がアインズに向けられ、なにやら小刻みに震え出す。
それが先ほどナーベラルがしていた恥じらいで身を捩らせているものと同様だと気づくが、無表情な埴輪顔にされても何も感じない。
むしろ若干怖いとすら感じてしまう。
「アインズ様の呼び方を、私の考えた別の呼び名で呼ばせて頂きたいのです!」
「む、むぅ。それが褒美になるのか?」
「勿論でございます! これに勝る報償はございませんとも!」
力説するパンドラズ・アクターに対しアインズは考える。
呼び名を変えるとはどういう意味なのだろうか。アインズではなくかつての名前──モモンガと呼びたいというようなことなら断りたいところだ。
少なくともかつての仲間たちの誰かが見つかるまではモモンガに戻るつもりはないのだから。
しかしここで考えていても仕方ないと思い直し、アインズは一つ頷くとパンドラズ・アクターに対して言う。
「先ずは聞かせてみよ、私をなんと呼びたいのだ」
「はっ。では恐れながら……父上と」
「は?」
「父上と呼ばせて頂きたいと存じます!」
(いや、それは聞こえたんだけど。父上……なるほどそう言えばいつだったか、ソリュシャンが俺のことをお父様と呼んだときにはこいつ妙に反応してたな。確かにパンドラズ・アクターは俺が作った息子と言えなくもないが──)
他のNPC達をかつての仲間達の子供として扱っている以上、パンドラズ・アクターは自分が創った子供として見るのは正しいことだ。
それにこれもまた成長と呼べなくもない。
アインズがそうしろと命じたわけでもないのに、自分で考え報償という形とはいえアインズに頼んできたのだ。
その気持ちに応えるのはやぶさかではない。
「……よし。良いだろう、パンドラズ・アクターよ、確かにお前は我が子も同然、そのお前がそう望むのであれば許可しよう」
「おお! アインズ様、いや父上!」
「うん。いや、うむ」
(予想以上にキツイなこれは。しかし今更やっぱり無しとは言えない)
「しかし、それはあくまで周囲に他の者がいない時だけだ。お前だけが特別だと知られれば軋轢を生みかねないからな」
これだけは言っておかなくてはならない。
一人だけアインズを別の呼び方で呼ばせているなどと知られれば、パンドラズ・アクターがアインズの創り出した存在ということもあって特別扱いをしていると取られてしまう。
そんな事態は避けたい。
「無論でございます! 父上!」
(本当に大丈夫かな? ナーベラルみたいに口を滑らせないだろうな)
何度言っても様付けをやめられないナーベラルという前例があるだけに不安だが、こればかりは信じるしかない。
「よし。では行くぞパンドラズ・アクター。お前には最後の仕上げとしてフェオ・ジュラに戻った後、ドワーフとの今後の交易に関する取り決めを任せよう。浮かれてミスなどしないとは思うが、心してかかれ」
「我が神、否。我が父のお望みのままに!」
「──では、凱旋だ!」
痛々しさに、父親呼びが加わって更なる口撃力を発揮したパンドラズ・アクターにより一瞬にして精神鎮静化が起こる中、アインズは考えることを放棄しマントをはためかせた。
次は帝国とかラナー辺りの現状を入れるか、それとも留守番中のセバス達の話にするか、どちらも書くつもりなので思いついた方から書きます