テッド・チャンの「あなたの人生の物語」は、物理認識が人間とまるで異なる宇宙人とのファースト・コンタクトを描いたSFである。我々が物理を各時刻に起きる相互作用として微分的に認識しているのに対し、本作に出てくるヘプタポッドなる生物は変分原理をベースとして積分的に(と言うべきだろうか)世界を認識している。
- 作者: テッド・チャン,公手成幸,浅倉久志,古沢嘉通,嶋田洋一
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2003/09/30
- メディア: 文庫
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(ちなみに映画化もされたが、こっちは物理認識のエッセンスが出てこないのでこの話とは関係ない。)
というわけで僕も数学認識が人類とまったく違う生物を描いたSFを書いてみたいと思う。二番煎じもはなはだしいが、二番煎じでも十分に味があるのがテッド・チャンだ。
さしあたって思いついたのは、整数の認識が人類とまったく異なる生物についてのSFである。
たぶん我々人類はが最初の数として発見したのは整数である。棍棒持ってウホウホやっている原始人が「おれ、おまえ、みんな」くらいのプリミティブな認識を持ち、そこから「ひとつ、ふたつ、たくさん」という対象によらない抽象的な整数の概念を獲得する。
さらに、拾い集めた5個のリンゴを2人で分けるといった状況が生じて、分数と有理数を発見する。正方形や円形の建物を作ろうとして、平方根や円周率などの無理数を獲得する。ここまでは紀元前のうちに終わっていたらしい。
このあとインド人やアラビア人がゼロや負の数の概念を発見するわけだが、このあたりになってくると、「目の前にあるものの量を描写するためもの」というコンセプトが失われて抽象の世界に入ってくる。負の数はもともと負債を記述するために導入されたというが、負債という概念が既にかなり高度な抽象思考を必要とする。さらに代数方程式の解として虚数が導入されるわけだが、もはや名前からして虚構という感触が強い。
しかし、このような数の構築手順はどうも、われわれの住む地球の、もっと言えば地上世界の物理的な形態に依存しているような気がする。
たとえば深海の熱水噴出口で硫黄臭いガスがボコボコ出ている中で、それを酸化してエネルギーを得ている細菌たちが寄り集まって、群知能的なものを形成したとしてみよう。人間の脳も細胞の集まりなので似たようなものであるが、彼らは「個」の概念が人類よりもずっと曖昧で、勝手に融合したり分離したりする不定形な知性である。
彼らには数を数えるためのリンゴが存在しない。細菌なのでいちおう個数はあるのだが、群体のサイズに比べて個体が小さすぎて認識できない。人間が自分の細胞を数えられないのと同じだ。したがって相手のことを「何人」ではなく「何グラム」で認識する。こうして整数よりも先に実数が生まれる。
彼らには個数の概念が存在しないため、足し算や割り算のような二項演算を知らない。なにしろ「二項」の意味がわからないのだ。したがって、実数を変換する関数をベースにして数の認識を拡張していくと思われる。たとえば我々の考える足し算 を彼らの言語に翻訳すると、「実数 を関数 に対応付ける操作」といった、かなりめんどくさい形状になる。
そんな彼らが、周期的運動を考える段になって、つまりフーリエ変換的なものを使って、いよいよ虚構的存在としての整数を認識する。というストーリーを考えているわけだが今日は一旦ここまで。