Jリーグの村井満チェアマン 法人改革などでJリーグを変革してきた村井満チェアマンはデジタル戦略にも力を入れる。英パフォームグループのスポーツ動画配信サービス「DAZN(ダ・ゾーン)」との契約に踏み切り、2100億円の放映権料を獲得した。外部の力も借り、監督や経営人材の育成にも注力する。
■デジタル化するJリーグ
――チェアマンに就任後、デジタル戦略を加速し、2017年シーズンから始まったDAZNとの契約が話題になりました。どういう狙いだったのですか。
「なぜDAZNでの配信が重要かと言うと、とてもシンプルな話で、スポーツは結果を知ってから見るのは面白くないからです。大事な試合になればなるほど、私も家で録画して耳をふさぎながら仕事をしていた記憶があります(笑)。サッカーはライブのスポーツ。今はスマートフォンが普及し、テレビやアンテナがなくてもいつでもどこでも手のひらで試合が見られる。まだ世界の主要リーグで配信サービスをやっている国はなかったのですが、必ずこれは主流になっていくだろうと思っていました」
DAZNのラシュトンCEO(右)と 「2100億円という放映権の金額が話題になりましたが、実は我々にとって大きな意味を持つのは、制作をすべてJリーグが担い、著作権を持つということです。DAZNに販売したのは配信する権利であって、サッカー1000試合を初めてJリーグが制作したんです」
「カメラ台数や試合前後のインタビューの段取りなどをJリーグが定めて、どんな試合でもパッと見てJリーグの試合だとわかるような見せ方にしました。この1年間、映像そのものをJリーグがブランディングしていったわけです。サッカーはどれだけ多くの人の目に触れるかが大事。制作、著作について我々が責任、覚悟を持つことがすごく大きかった。自分たちで制作して初めて、背番号が見にくいなど見せ方についてサポーターの目で考えるきっかけにもなりましたね。こうした知見はクラブにも還元できます」
――15年には年間入場者数が初めて1000万人を突破しました。Jリーグとしてクラブとはどんな関係を築いてきましたか。
「Jリーグとクラブの関係は、クラブに不祥事があると制裁したり懲罰したり、ライセンスを満たさないと剥奪したり、管理する側とされる側というふうに思いがちです。もちろんそういう要素も残っていますが、個々のクラブがやったら重複投資になることを束ねて代わりにやるようにしました」
「例えば、クラブごとにホームページをつくってもセキュリティーが脆弱になりがちですし、グッズの通販サイトもクラブが在庫を管理するのは大変です。デジタルプラットフォームをリーグ側で開発し、後はクラブ側でページを更新していくような仕組みをつくりました。クラブは競技に集中してもらい、デジタル投資はこっちでやる。選手の動きを『見える化』するため、軍事技術を転用した追尾システムをスタジアムに導入する試みも進めています」
――一方で、Jリーグから各クラブへの配分金を傾斜させ、護送船団方式から脱皮し、クラブ間の競争を生み出そうとしていますね。
クラブ同士の競争がJリーグの成長に必要だと説く 「Jリーグは各クラブに均等に配分金を支給してきましたが、入場者数や成績などに応じて少しずつ傾斜配分するようにしてきました。さらに17年からはJ1の1位から4位を対象にした『理念強化配分金』も新設しました。各クラブの合意を得る過程で、『反対意見の場合、評論、批判ではなく対案を提示してほしい』など、議論の枠組みを提示してから情報をオープンにして話し合うようにしました」
「内なる競争が最終的には結果を生み出す。ビジネスもそうですよね。競合商品が参入してきたり、海外から競合他社がやってきたり、常に競争にさらされている業態ほどイノベーションを生み出します。逆に規制やルールに守られた独占市場の業態は、相対的に世界との競争に遅れていきます。競争はJリーグ全体の成長に必要なことです」
■指導者人材の必要性を痛感
――立命館大学と共同でサッカービジネスの経営を担う人材を教育するプログラムも始めました。監督やクラブ経営者ではどんな人材が求められていますか。
「クラブ経営で相手にするのは生身の人間です。監督が代わったらチームが息を吹き返すこともあれば、何連覇もした監督でも歯車が合わなくて失速するということもある。いわゆる再現性が低い事業です。ビジネスではベストプラクティスなどと言いますが、同じことを別のところでも再現するようなアプローチはサッカーでは全く通用しない。右脳、左脳のみならず、自分をさらけ出す胆力が必要だと思います」
「また、クラブは小なりといえども、地域の公共財として、数千~数万人の移動を生んだり、子供に夢を与えたり、高齢者の健康に貢献したり、国際交流や産業振興も生み出すことがあります。実は日本の地域社会が抱えている行政の大きな課題を克服するポテンシャルを秘めています。社会的な使命感がある人でなければできません」
――監督についてはいかがでしょう。最近はスポーツの世界で指導者と選手の関係を巡る問題が相次いでいます。
「サッカーを教えるだけでなく、人間力を高めていくアプローチが必要です。サッカーは360度どこからボールが来るかわからず、ネットがあって敵味方が分かれているわけでもない。試合中に監督がタイムをとって止められないので、選手が常に自分たちで判断を求められます。しかもサポーターに囲まれ、ときに容赦ないバッシングもある。自立した人間でないと戦えない競技です。こうした人間形成ができるような指導者を育てていく必要があります」
「Jリーグの選手は毎年100人入ったら100人引退する。定員制ビジネスですので、もともと選手間ではものすごく競争しているのですが、指導者レベルではまだまだ競争原理が働いているとは言いがたい。経営者も、指導者も、選手も競い合うような熾烈(しれつ)な競争環境をつくることが世界で戦うために必要なことです」
「選手は年齢に関係なく、実力だけで戦っていくわけですから、我々も一定の管理職以上でプロになったと自任するなら、そのポジションは何の保証もない、という形にしました。等級や報酬を業績に連動させる人事制度を導入し、その結果、降格もあり得るという仕組みにしました」
――6月14日から始まるロシアでのワールドカップを目前に控え、日本代表監督が急に交代となりました。一連の出来事をどう思いましたか。
54のクラブがそれぞれの哲学を持ってほしいと話す 「今回は、日本サッカー協会が非常に難易度の高い判断をしました。Jリーグの立場から見ると、日本代表新監督の西野朗さんはガンバ大阪などを支えた経験のある監督ですし、コーチ陣もJリーグを支えてきた方々。いま一度、Jリーグはしっかりとした土台になることの必要性を痛感しました」
「サッカーって、長さ約100メートルのとても広いピッチでやっているような感覚があります。でも突き詰めていくと、コンマ1秒先にディフェンダーが触れれば、ボールをクリアできるし、コンマ1センチ先にフォワードの足が伸びてボールに触ればシュートになる。実はサッカーの本質はぎりぎりの、ミクロの世界の戦いです。その瞬間の判断で勝敗が決まる世界では、選手間だけでなく指導者とのコミュニケーションも大きな意味を持ちます。もう一回原点に立って考えると、母国語でコミュニケーションすることの優位性はやはりあると思います。Jリーグは常に母国語で話すことができる監督を輩出していく必要性を感じています」
■勝った負けたで変動しないファン作り
――今後やっていきたいことは。
「全54クラブがどういうサッカーをファンに約束するかというフィロソフィー(哲学)を言語化する作業をしていきたいと思っています。クラブの社長や監督が代わっても、変わらないクラブの哲学です。クラブは38都道府県にあり、それぞれの地域の土地柄に合うような特色を持つチームがあってもいい」
「湘南ベルマーレは『縦の美学』という本も出していて、後ろを抜かれてもいい、とにかく縦に早くパスを入れてノンストップで攻めるというポリシーを掲げています。どういうサッカーを地域に約束するのか。勝った負けたでお客さんの数が変動するんじゃなくて、そのクラブならではのサッカーを見たいと思わせることがとても大事。指導者の選び方やコーチングメソッド、あるいは社員がいつもアグレッシブに提案しているでもいい。どこを切っても哲学が出てくるようなクラブがたくさんあれば、試合を見るのは楽しみになりますよね」
村井 満
1959年、埼玉県生まれ。県立浦和高校ではサッカー部に所属。早稲田大学法学部卒業後、83年に日本リクルートセンター(現リクルートホールディングス)に入社。2004年、リクルートエイブリックス(現リクルートキャリア)社長。08年、Jリーグ理事(非常勤)。11年、リクルートのアジア事業を統括するRGF香港の社長。14年に現職。
(安田亜紀代)
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