世界はフェイクニュースにどう立ち向かうか――諸外国のメディアリテラシー教育から学ぶ

「メディアリテラシー」は、フェイクニュースに対抗する武器になるのか。根拠のないうわさや誤情報がソーシャルメディアに蔓延する中、海外では、ネットのうそにだまされないスキルを学校で教えようという機運が高まっている。日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)が立ち上げた「フェイクニュース研究会」の活動などを通じてこの問題に取り組む筆者が、各国の取り組みを紹介する。

 

 

1.試行錯誤の対策

 

フェイクニュースに対処するため、世界各国でさまざまな対策が行われている。中でも「ファクトチェック」(事実検証)の取り組みは、ここ数年で飛躍的に増加した。「Duke Reporters’ Lab」によると、ファクトチェック団体は世界53カ国で149あり、4年前の約3倍だ。

 

デマ拡散の温床と批判されているソーシャルメディアの運営企業も、フェイクニュース排除を進めている。フェイスブックは、外部のメディア団体と連携してファクトチェックを行ってきた。

 

だが、こうした取り組みがどの程度読者に届いているかについては、専門家などから疑問が呈されてきた。ファクトチェック結果を示すと、逆にフェイクニュースの信頼性を上げてしまう「バックファイアー効果」を指摘する研究結果もある。

 

フェイスブックは、ユーザーにフェイクニュースを知らせるための「警告マーク」を表示していたが、強いデザインや言葉遣いが「バックファイアー効果」につながったと認め、昨年末に表示を取りやめる事態となった。対策の方針はなかなか定まらず、「特効薬」のような解決法は生まれていない。

 

 

2.私たちはフェイクニュースを見抜けるか?

 

では、フェイクニュースに踊らされないためにはどうすれば良いのだろう?「自分に限って、簡単にはだまされない」と思うだろうか。これまでに行われたいくつかの研究は、私たちがネット上のうそと事実を見分ける能力は、それほど高くないことを示唆している。

 

若いうちからネットに親しむ「デジタルネイティブ」世代を対象にした、米スタンフォード大の調査がある。研究チームは、計約7,800人の中高生に関して、正しい情報と偽情報を区別する能力を調べた。福島第一原発事故の影響で植物に異常が見られたことを示唆するようなキャプション付きの写真(実際にネットに投稿されたもの)を生徒に見せたところ、40%が「原発周辺の状況を示す強い証拠だ」と回答。情報の出所などについては何の記述もないことを指摘した生徒は20%未満だった。

 

 

(1)調査に使われた写真

 

 

4分の1の生徒は「強い証拠とは言えない」と回答したものの、その理由として挙げられたのは「放射能の影響を受けたと思われるほかの動植物が写っていないから」といったものだったという。

 

研究チームは、日常的にソーシャルメディアを使う若い世代でさえも、ネット上の情報について理論的に考える力は「弱い(bleak)」と指摘。事実ではない情報を簡単に信じてしまう傾向があると警告している。

 

同じくスタンフォード大の、大人を対象にした研究も興味深い。博士号を持つ10人の歴史学者、25人のスタンフォード大学部生、10人のファクトチェッカーが、ネットの情報をどう評価するかを比較したところ、事実検証の「プロ」であるファクトチェッカーたちは、偽のウェブサイトをきちんと判別することができた。一方、歴史学者と学生は、公式に見せかけたうそのロゴやドメインを見分けることができなかった。学歴などには関係なく、大人もたやすくだまされてしまう可能性があると言えるだろう。

 

 

3.広まるメディアリテラシー教育

 

こうした状況の中、改めて注目を浴びているのが「メディアリテラシー教育」だ。情報を批判的に読み解くための教育自体は新しいものではないが、欧米ではフェイクニュースの見分け方を具体的に学ぶ方法に注力したプログラムが登場している。ネット時代の課題を反映したデジタルツールも普及し始めている。

 

まず、アメリカから見ていこう。元ロサンゼルス・タイムズの記者が設立した「ニュース・リテラシー・プロジェクト」(NLP)は、約10年前からメディアリテラシー教育に取り組む非営利団体だ。AP通信やCNN、ABCニュースなどの主要メディアと連携し、ボランティアのジャーナリストたちが中高生に授業を行っている。

 

フェイクニュースが社会問題として認識されはじめた2016年からは、「checkology」というEラーニングプログラムを提供している。「バーチャル教室」とも言えるこのプログラムでは、情報の分類方法、ネット上のうわさが本当かどうかを見抜くスキル、アルゴリズムの仕組みなどについて学ぶことができる。

 

例えば、偽情報に簡単にだまされない方法を教えるレッスンでは、ネットで広く拡散する情報の多くには、怒り・好奇心・恐怖といった感情を強く引き起こす要素があることや、偽コンテンツはどんな理由で作成されるのかをクイズ形式で学び、普段からこうした点を意識するよう呼びかけている。NLPによれば、2018年2月の時点で約1万2千人の教員がこのツールに登録し、全米の学校で約178万人もの生徒が学んでいるという。

 

アメリカでは、学校のカリキュラムにメディアリテラシー教育を組み込もうと、法整備で後押しする州もある。モデル法案を提案している団体「メディア・リテラシー・ナウ」(Media Literacy Now)によれば、昨年は5つの州で関連法案が成立。ワシントン州では、リテラシー教育を推進し、現在どんな授業が行われているかの調査を学校に求める法律が導入された。

 

コネティカット州には、教員をはじめ、図書館司書やPTAなども参加する「メディアリテラシー評議会」を設置する法律がある。評議会は、リテラシーを教えるための効果的な取り組みや知見についてアドバイスを行う役割を担う。フェイクニュースによって人々の政治的分断が深まっていると指摘されるアメリカだが、こうした法整備の動きは超党派で進められている。【次ページへつづく】

 

 

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