こんにちは。
現在ツイッター上では、ピクシブ文芸とかいうサイトの「山形小説家・ライター講座」における、指ぬきグローブこと、京極夏彦氏による作品講評、その中の一部の発言が話題になっています。
中身を簡単に言うと、
というものになります。
通常は「ライトノベル」の略称でしかないと認識されている「ラノベ」に別の意味を与えるこの指ぬきグローブの発言にツイッターでは、素直に賛同し歓迎するような反応が目立ちます。
大変なはしゃぎようですね。
が、しかし。果たして指ぬきグローブは本当に、彼らの言うような意味で「『ライトノベル』『ラノベ』別物論」を唱えているのでしょうか。そして、指ぬきグローブの「ララ別論(『ライトノベル』『ラノベ』別物論の略です)」には、どの程度の妥当性があるのでしょうか。今日はこれを解説します。
まずは、指ぬきグローブによる「ライトノベル」「ラノベ」の定義を改めて確認してみることにしましょう。少し長いですが、該当箇所の全文を引用します。
いわゆる、ライトノベルに近い書きぶりですね。
ライトノベルの定義は非常に曖昧ですが、現在ラノベと呼ばれているジャンルとは違うものと考えたほうがいいです。ラノベはライトノベルの略ではあるので、混同されている方も多いでしょうけど、ラノベは、今やラノベです。「ラノベって若い人が読むものでしょうに」と考えているお年寄りの方もいらっしゃるかもしれませんが、そんなことはないです。ラノベ読者は、今やほぼ親爺です。固定読者は齢を取りますから。「可愛らしい萌え絵がついてるのがラノベだろうが」という人もいますけど、もうそんなこともないですね。一般文芸にもその手の装幀は侵食してきてますし、既に「萌え」も死語になりつつありますしね。いずれにしろラノベは一時期隆盛を極めましたが、既にだいぶ青息吐息になっています。つらいことですけど、仕方ないですね。これは作品の出来不出来のせいではなくて、制作システムの問題ですね。構造的に長くもつスタイルではないし、それは最初からわかっていたことなのに、そこに目をつぶって縮小再生産を繰り返したあげくの現状ですから、これは編集側の責任だと思います。
一方でライトノベルというのは、もっと大きな枠組みです。90年代の造語ですが、それに相当するジャンルはそれ以前からずっとあるし、それらはいまだに読み継がれています。多分これからもあるでしょう。むしろ多様化していく可能性もあります。定義は曖昧ですが、大雑把にいえばジュブナイルよりは上の、若い層に向けて書かれた小説ということになるでしょうか。ラノベのシステムとはまったく違う形で書かれたライトノベルは山のようにありますし、それらはラノベと違ってどんどん新しい読者を獲得していっていますから、これがなくなることはありません。
ふむふむ……?
まずは「ラノベ」の方から見ていきましょう。
「ラノベ読者は、今やほぼ親爺」とか、「一時期隆盛を極め」たが「既にだいぶ青息吐息」とか、「構造的に長くもつスタイルではない」とか、「縮小再生産を繰り返したあげくの現状」とか、どこかで聞いたような「ラノベ」をめぐる(ネガティブな)現状分析こそたくさんありますが、肝心の「ラノベ」が一体なんなのか、という説明は一切ありません。せめて具体的な作品名のひとつも例として挙げてくれれば分かりやすいのですが。
では次に、「ライトノベル」について。
90年代の造語ですが、それに相当するジャンルはそれ以前からずっとある
ううん?
大雑把にいえばジュブナイルよりは上の、若い層に向けて書かれた小説
……?
わたしのブログを読んでいるような人々には今さらの話ですが、ここで、「ライトノベル」という用語の誕生までの過程を簡単に説明します。
70年代末から80年代にかけて、第何次だかのアニメブームと呼応するかのように?アニメのノベライズなどを含めた、アニメ・漫画・ゲーム的な感覚と親和性の高い若者向け小説作品群が半ば同時多発的に現れました。それらの多くは特定のレーベルからの文庫書き下ろしで提供され、また、多くは表紙や挿絵に「アニメ・漫画的な」イラストが用いられていました。
これらの小説はその登場当初、海外における「ジュブナイル(小説)」や「ヤングアダルト」(いずれも主に対象年齢を基準としたジャンル名)に相当する作品とみなされ、輸入されたそれらの用語で呼ばれることがありました(「ジュニア小説」など他にも呼び名はあった)
が、1990年にパソコン通信サービスの一つ、ニフティサーブのSFファンタジー・フォーラム(よく分かりませんが古代魔法文明語か何かでしょう)から、それらの作品を専門に扱う会議室を独立させる際に、改めてその総称が検討され、システムオペレーターの神北恵太氏が「ライトノベル」と名付けた、というのが一般に知られている経緯です。
(参考)
名付け親だぞ: 神北情報局
さて、これと、指ぬきグローブの語る「ライトノベル」定義を比較してみましょう。
「90年代の造語」というのは良いとして、「それに相当するジャンルはそれ以前からずっとある」というのはどうでしょう。用語としての「ライトノベル」成立以前にそれに相当する作品群があったのはたしか、というか言葉の前に指示対象が存在するのは普通ですが、70年代末から90年までを「ずっと」と言えるかどうか。指ぬきグローブはもっと長い年月を想定しているようにも見えます。
また、「それらはいまだに読み継がれています」。これも気になるところです。用語としての「ライトノベル」成立前後のライトノベル(ややこしいな……)で今も読み継がれている(再版されている)と言えそうなものというと、せいぜい『妖精作戦』『銀河英雄伝説』あたり?どうもしっくり来ません。
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そして、「大雑把にいえばジュブナイルよりは上の、若い層に向けて書かれた小説」。大雑把に言ってるからというのもあるでしょうけど、(90年にニフティで成立した)「ライトノベル」をただ「若い層に向けて書かれた小説」と表現するのは、実状からかけはなれた物言いと言わざるを得ません。単に「若い層に向けた小説」という以上の意味合いを持っていたからこそ、「ジュブナイル」「ヤングアダルト」といった舶来の既存の用語ではなく、「ライトノベル」が必要となったのです。
これらを見るに、指ぬきグローブの言う「ライトノベル」は実際のところ、本来の用法における「ヤングアダルト」「YA」全般に相当するのではないか、というのがわたしの解釈です。
ヤングアダルト、というのは、ちょっとググってみると具体的な数字にはバラつきがあって困るのですが、ざっくり言って「若い大人」くらいの意味になる言葉だそうです。子供と大人の中間の時期、というイメージですね、たぶん。文学におけるヤングアダルトも同様で、児童書と一般書の中間にあたるカテゴリーとなります。
主に対象年齢によって定義されるヤングアダルトは当然、(普通の意味の)ライトノベルより広い範囲をカバーする概念です。下のリンク先に、『若草物語』『ハックルベリー・フィンの冒険』『赤毛のアン』『指輪物語』『ナルニア国物語』といった作品が含まれているのを見てもらえば、その射程がなんとなく分かってもらえるかと思います(わたしは全て未読です)
指ぬきグローブの言う、90年代「以前からずっと」存在し「読み継がれ」る「若い層に向けて書かれた小説」としての「ライトノベル」に当てはまるのは、ニフティ版「ライトノベル」よりも、やはりこちらの「ヤングアダルト」の方でしょう。
指ぬきグローブがなぜわざわざ「ヤングアダルト」を「ライトノベル」に言い換えたのか。たまたま血のめぐりが悪くて「ヤングアダルト」「YA」という語が思い浮かばなかっただけなのか、それとも受講者たちに「ヤングアダルト」という用語では伝わらないと思ったのか、理由は分かりません。それは別にいい。指ぬきグローブに直接問いただせる人が確かめておいてください。
問題は、指ぬき版「ライトノベル」が要は「ヤングアダルト」だったとすると、指ぬき版「ラノベ」はいったい何になるのか?ということです。
指ぬき「ライトノベル」=「YA」を前提にして、「ラノベ」に関する記述(特に「制作システム」云々)を見直して見ると、これは恐らく、いわゆる、普通の意味での、ソノラマやファンタジアやスニーカーやスーパーファンタジーや電撃から出ている(出ていた)ような、「ライトノベル」のほぼ全般を指しているものと思われます。
つまり、つまりですよ。
指ぬきグローブにとっては、
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『スレイヤーズ』も、
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恐らく、恐らくは全て、「ラノベ」であって「ライトノベル」ではないのです。
指ぬきグローブという権威からお墨付きを得たと思い込んで、自分の好きな作品を現在の「ラノベ」から切断処理しようと躍起になっていた方々、ご愁傷さまです(-人-)ナムナム
であり、
指ぬき版「ラノベ」=(一般的な意味での)「ライトノベル」「ラノベ」(全般)
とすると、指ぬきグローブのララ別論は実際のところ、
という主張になります。ラノベは(本来の意味での)ヤングアダルトの一種とも言える、少なくとも重複する部分はあるので、これでもまだ「別物」という表現は強すぎますが、逆にヤングアダルトの全てがラノベだと主張する人もあまりいないでしょうし、「ライトノベル」と「ラノベ」のような普通は完全に同一の意味とされる言葉を別物扱いするトンデモ説と比較すれば、まあ、理解可能というか普通の話にはなりました。
指ぬきグローブの言っている意味とは違うけどやはりかつての(自分が読んでいた・好きな)「ライトノベル」と現在の「ラノベ」は全くの別ジャンル!論者の方もいるかとは思いますが、それはどうぞご自由に主張なさってください。全力で叩き潰しますけど(^^)
今回の件では、講師という立場で自信たっぷりに無駄に混乱を呼ぶデタラメな用語の使いかたをした指ぬきグローブはもちろん悪い。しかし、たとえ指ぬきグローブのような博覧強記の作家であってもラノベに関しては明らかに門外漢の人物の尻馬に乗って、自分自身の醜悪なジャンル蔑視を剥き出しにして踊り狂った人々もやはり悪い。こうした方々にはどうか、本当の意味で自分の頭で考え、付和雷同することなく事実を冷静に見極める力を養ってもらいたいと思っています。
それができなければ、あなた達はいつまで経っても「ヒト」ではあっても「人間」にはなれませんよ!(^^)