死にたくなったときの孤独な心を変える読書

アメリカで相次いで有名人の自殺がありました。自殺報道によって一般人の自殺が増えるのを懸念するアメリカ在住の作家・渡辺由佳里さん。
自身の「うつ」体験を踏まえつつ、孤独な心を癒す、「うつ」に対する読書の効用を紹介します。

相次いだアメリカの有名人の自殺

先週アメリカで有名人が相次いで自殺した。

6月5日にファッションデザイナーのケイト・スペードが、3日後の6月8日に異色グルメ番組で有名なシェフのアンソニー・ボーデインが自ら命を絶った。庶民に手が届きやすいケイト・スペードのハンドバッグを持っている女性は多いし、世界中を飛び回って屋台や奇妙な食べものに挑戦するボーデインの番組のファンは多い。アメリカ人の日常に入り込んでいた2人だからこそ、衝撃は大きかった。ほんの数日前にニューヨークのブックエキスポで着ていたケイト・スペードのドレスを20人くらいに褒められて悦に入っていた私もそのひとりだ。

スペードとボーデインが命を絶った理由は誰にもわからない。直接行動に出る「ひきがね」はあったかもしれないが、それが「原因」ではなく、長年「うつ」などの心理的障害と戦ってきたと見られている。

彼らの生前の達成を称える記事や亡くなった原因を探る記事がメディアに溢れているが、それに警告を与える記事も多く目にする。私も後者と同じ懸念を抱いている。なぜなら、有名人が自殺すると、それをきっかけに一般人の自殺が増えるからだ。マリリン・モンローが亡くなった後には12%、コメディアンで俳優のロビン・ウィリアムズが自殺した後は10%近く自殺が増えたという記録もある。日本語では「後追い自殺」、英語ではcopycat suicide(模倣自殺), suicide contagion(自殺の伝染)と呼ばれる現象だ。

「うつ」になったら、してほしいこと

自殺報道によって自殺が増える社会現象はWerther Effect(ウェルテル効果)とも呼ばれている。社会学者のディヴィッド・フィリップスがゲーテの『若きウェルテルの悩み』にちなんで1974年の論文で命名したものだ。1774年に刊行されたこの小説では、悩み抜いた主人公のウェルテルが銃で自殺する。当時、これを読んで同じ方法で自殺する若者が増え、社会問題になったのだ。

自殺を考えたことがある人、その寸前まで追い詰められたことのある人たちは、ウェルテル効果のパワーを知っている。だが同時に、この暗闇をくぐり抜けることさえできれば、ちゃんと生き続けることができるし、幸せにもなれることも知っている。だから、ともかく踏みとどまってほしいと呼びかけている。

死ぬことを考えるほどの「うつ」を体験した人、現在そのさなかにいる人は、実際にはとても多い。『どうせなら、楽しく生きよう』(飛鳥新社)にも書いたが、私もそのひとりだ。彼らの体験談に共通するのが、強い孤独感だ。たくさんの人に囲まれていても、にこやかに会話を交わしていても、誰とも感情的につながっていないと感じる。私は、自分だけが光が届かない深い海の底に沈んでいて、他の人は光が届く水面で楽しそうにしているように感じた。「自分は重要な存在ではない」、「消えてしまったほうが楽だ」という気持ちは、「うつ」が心に語りかける「嘘」なのだが、その嘘を否定できる強さがなくなっている状態が「うつ」だ。

それをひとりで切り抜けることは難しい。だから「うつ」や「自殺念慮」をなんとかややりすごした体験者は、かつての自分と同じ立場にある人に、精神心理の専門家に相談することを強く薦める。でも、「うつ」のさなかには、専門家を探す気力もない。だから、まずは誰かに打ち明けてほしい。アメリカでは24時間いつでも電話やテキストメッセージができる全米共通のライフラインなど多くのヘルプがあるし、日本でも自殺やこころの健康の相談窓口がある。

ほかにも精神医学の専門家や体験者が薦めるのが「エクササイズ」だ。私は後で知ったのだが、毎日のジョギングが心を救ってくれた。体を動かして汗をかいているときには心と体がつながっている実感を得られたし、「走る」ことができた自分を肯定的にとらえることもできた。

「うつ」の処方箋としての「読書」

もうひとつ体験者としてお薦めしたいのが、孤独で麻痺している心をリセットしてくれる読書だ。イギリスでの2015年の調査でも、読書の効果が報告されている。

25歳のときに死を考えたことがあるというSF作家のマット・ヘイグを救ったのも読書だったという。文字を読むのも辛いときだったので、「読みやすいもの」という基準で15歳のときに夢中になったS.E.ヒントンの『The Outsiders(アウトサイダー)』を読んだという。

なぜ読書は「うつ」に効果があるのだろうか?

ヘイグはこう説明する。
「本は我々と命をつなぐ臍帯(へその緒)だ。本はもっと深くて意味があるかたちで私たちを世界とつなげる。自分から逃げるのではなく、自分を広げてくれ、自分の中にある生き残るために必要なツールを見つけてくれる。スティーブン・キングが言ったように読書は『他にはない携帯的な魔法』であり、それは癒やしの魔法である」

イギリスでは「うつ」の処方箋として読書を薦める医師もいるという。

私自身が、いじめにあっていた子供時代から心が暗い海の底に沈んでいた40歳前後、そして現在に至るまで読書の魔法に何度も救われた。どんなに辛いときでも、本の世界に入れば友達やメンターがいて、生き延びる方法を教えてくれた。そして、何よりも、「一生懸命生きていれば、いつか自分のことをわかってくれる人たちと出会え、幸せになれる」という希望を見せてくれた。それが読書の魔法だった。

現在こうして文章を書き、洋書のレビューをすることに生きる喜びを感じることができるのは、すべて読書のおかげだ。

先日、アメリカで最大のブックフェアである「ブックエキスポ・アメリカ(BEA)」に参加したとき、大手出版社のマクミランが「(あなたの人生を変えた本をシェアしよう)Share The Book That Changed Your Life」という巨大な白板を作って参加者にカラフルなマジックペンを渡していた。

「人生を変えた本」となると、少し格好をつけたくなってしまう。特にこのフェアに参加しているのは図書館員や書店のバイヤーという本のプロだ。だが、全体主義の恐ろしさを伝えるSFのクラシックである『1984年』や『アンネ・フランクの日記』もあるなかで、意外と多かったのが児童書ファンタジーの『ハリー・ポッター』や英国リージェンシー時代のロマンス小説である『高慢と偏見(Pride and Prejudice)』なのだ。プロだからこそ、他人の目を気にせず正直に書いたのだろう。ほかにも、アメリカ人の子供が必ず読む児童書の『ボックスカー・チルドレン』も目立った。

私が書き入れたのもフランシス・ホジソン・バーネットの『The Secret Garden(秘密の花園)』だった。なぜなら、5歳のときにこの本を読んだときから、「いつかこの世界を離れて、イギリスに行く」夢を見ることで辛いことや息苦しさを乗り越えたからだ。

うつやパニック障害への対策として自己啓発本を薦めるサイトは多いが、私にとって効果があったのはフィクションだった。幼い頃、学校でいじめにあっていた私を救ってくれたのは『秘密の花園』と『小公女』だったし、『赤毛のアン』、『若草物語』、『高慢と偏見』は心を癒やしたくなったときに必ず読み直す本だ。今ではそれらの本は原書を読むが、それを目指すのも子供時代の「生きる理由」のひとつだった。

「うつ」のときに避けたほうがいい本

だが、「うつ」のときに読む本は注意して選ばなければならない。

冒頭で紹介した『若きウェルテルの悩み』のように、読むことで感化され、死に惹かれてしまうような本は絶対に避けなければならない。古典なら『ロメオとジュリエット』、30歳で自殺したピューリッツァー賞受賞詩人シルヴィア・プラスの自伝的小説『ベル・ジャー(The Bell Jar)』、ネットフリックスでドラマ化している『13の理由(Thirteen Reasons Why)』など、自殺や悲劇を美化する本、暗い気持ちになる本もそうだ。

『13の理由』は、自殺した少女ハナが録音した7つのテープを13人の同級生に残すというものだ。テープを受け取った者は、それを聞いて順番に次の人物に渡さなければならない。最後の者まで届かなかった場合には同じ内容のテープが公開される手続きになっているという警告つきだ。

小説だけでなく、ドラマも大ヒットしているのだが、それについて専門家は「ウェルテル効果」を心配している。なぜなら、ハナの自殺の原因になった加害者や傍観者たちが自分のやったことに気づいて変わっていくという筋書きは、自殺を考えている若者にとって魅力的なものだからだ。自分が自殺すれば、それまで自分をいじめた者や無視してきた者がきっと嘆き、苦しみ、反省するだろうと想像し、その「ファンタジー」に惹かれてしまう。

そう感じる人に知ってもらいたいのは、「加害者や無関心な傍観者にとって、あなたはそんなに大切な存在ではない。彼らはあなたのことをすぐに忘れてけっこう幸せな人生を送る」ということだ。そんな人達のために自分を殺すなんて、悔しいから絶対にやめよう。

#私を救ってくれた本

同じ「ファンタジー」を信じるなら、人間関係や幸せを信じられる「ハッピーエンド」の小説をお薦めする。暗く孤独になっている心を明るくリセットしてくれるのに役立つからだ。『小公女』や『赤毛のアン』では、善意の人たちが主人公の独自の良さを認めてくれ、辛い時には手を差し伸べてくれる。主人公に感情移入することで、ヘイグが言うように、小説が自分と世界を深い意味でつなげてくれる。

「ロマンス小説」に救われたという人も多い。「ロマンス小説」では、逆境にあるヒロインを理解するヒーローが現れ、最後には幸せを得るというお決まりのパターンがある。そのパターンが、「実際には自分は重要な存在ではない」、「消えてしまったほうが楽だ」という「うつ」が自分の心に語りかける「嘘」を忘れさせてくれ、心をリセットすることに役立つのだ。

男性の場合にはスーパーヒーローが活躍するアメリカンコミックスに救われたという人もいる。主人公が魔法を使って悪を克服する『ハリー・ポッター』のようなファンタジーもポジティブな心のリセットに役立つ。

残酷シーンがまったくなくて、登場人物のやり取りを楽しめる「コージーミステリ」も、心を暗いところから引き出してくれる。

でも、心が暗くなっているときにそれをリセットしてくれる本は、人により異なるだろう。

そこで、読者の皆さんにお願いがある。

「私の人生を変えた本」の白板の代わりに、「 #私を救ってくれた本」をツイッターやフェイスブックでシェアしていただけないだろうか?

そうすれば、苦しんでいるのが自分だけではないということや、誰ひとり孤独ではなく人や世界とつながっているということもわかってもらえる。そして、心をリセットするきっかけになるかもしれないから。

この連載について

初回を読む
アメリカはいつも夢見ている

渡辺由佳里

「アメリカンドリーム」という言葉、最近聞かなくなったと感じる人も多いのではないでしょうか。本連載では、アメリカ在住で幅広い分野で活動されている渡辺由佳里さんが、そんなアメリカンドリームが現在どんなかたちで実現しているのか、を始めとした...もっと読む

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コメント

lite2shine 「はてしない物語」「わしらは怪しい探険隊」「岳物語」#私を救った本   7分前 replyretweetfavorite

kinakosocks そういうときは、なるべく何も考えずに読める小説か漫画。あと認知行動療法本を読んでる。 29分前 replyretweetfavorite

su_3 うーん、私の時は本を読む気力がなくて、マンガ読んでたな。 34分前 replyretweetfavorite

kaynish #私を救ってくれた本 倉田百三『出家とその弟子』は迷いに満ちていた20代初めに読んで、迷いつつも生きていく気持ちになった本です。 ————— https://t.co/Yte4V8IIkV 37分前 replyretweetfavorite