第10話 閑話休題、酷評レビュアーの末路。

 閑話休題、酷評レビュアーの末路。

 1~2年くらい前になりますか…。

 アマゾンkindle(電子書籍)に2人の酷評レビュアーが話題になった。


 1人は、匿名の2太郎を名乗っていて、暴虐無人、個人のWEB作家をターゲットに、同じ作家に3つも4つも酷評レビューを繰り返していた。


 匿名であるはずの2太郎ですが、ある時、バレるはずがないと思っていた、ペンネームを、こちらも匿名のプニッシュマンという人物に、ネット上ですが電撃暴露されてしまった。


 彼は、うつ病を患っていたそうで、当時は、オーバードースを繰り返していて、精神的に不安定で、酷評レビューを繰り返して欲求不満のけ口にするはずが、いつしか自分が、2ちゃんねるの格好のターゲットとなってしまった。


 うつ病の人がどうして他人に対して攻撃的になるのか、そのメカニズムが、当時はよくわかりませんでしたが、彼は自分の弱さを認めたくなかったのでしょう。


 他人に対して攻撃的に振舞うことで、自らのストレスを昇華し、ターゲットをおもちゃにすることで自分の強さを誇示したかったのだと今は理解している。


 その後、彼がどうなったかといえば、彼は、生業のペンネームを2ちゃんねるにさらされ、電子書籍界隈に居場所をなくし、出版する本を1つ残らず、アマゾンkindleで出版停止する羽目になり、アマゾンkindleから撤退した。当然、生業のペンネームも放棄する事態に発展し、2ちゃんを賑わせた。


 彼もまた、違った意味で、使うエネルギーの方向性、ベクトルを間違えた結果なのかなと思う。もしも、エネルギーの使い方が正しければ、彼は彼なりに市場で珍重される運命を辿ったと思われるし、それから少しの時を置いて、第二の2太郎が現れた。


 匿名のレビュアーが身バレすると、事後処理が大変である。後ろめたいレビュアーは特に注意が必要だ。


 レイシスト、ヘイト・スピーチ。

 これらは匿名だから許されているようなもので、仮に身バレした場合、何十倍にもなって、自分の身に不幸が降りかかることを肝に銘じなくてはならない。


 身バレして困るようなことを、なぜ匿名だからという理由で書き込むのか、その心理がよくわかりませんが、そこには自分の身分を公表していないから許されるだろうという、甘え、ずるさ、卑怯な思想、他人の不幸を願う気持ちが垣間見れるような気もします。


 身バレして困るようなこと、匿名だからという理由で、書き込むのもどうかしてると思いますが、彼らは自分のストレスを昇華するのに常に仮想敵国を心のどこかに必要としていて、ターゲット(おもちゃ)は、身近にあるものなら何でもいいのではないかという気がしてならない。


 「二度目の人生を異世界で」…こちらの作品は、つい先日、アニメ化が決定した有名な作品ですが、作者が数年前に書き込んだ中国、韓国への度重なるヘイトスピーチが、改めてネットに取り上げられ、声優4人が続々と降板する事態に発展し、アニメの放送中止が決定した。


 この作品は、小説家になろうで、累計1億8900万PVを叩き出した、マンモス売れ線の作品だそうで、作家が、陰に隠れて、ヘイトスピーチなどしなければ、アニメ化が決まっていたでしょうし、順風満帆な作家ライフが保証されていたと思うと、どこかやるせない思いがします。


 やはり匿名だから何を言っても許されるだろうとか、名を名乗っていないから言動に責任を持たないというのは、当たり前ですが卑怯な思想が根底にあるわけで、読者からの支持を受けられないし、破綻を意味するものなのだということに改めて気づく。


 もう1人の酷評レビュアーに話を戻しますが、こちらももちろん匿名で、WEB作家の作品をけちょんけちょんに、こきおろすことから、彼はのちに、モンスタークレイマー、毛玉と恐れられた。


 このモンスタークレイマー氏に、私は、20個くらいの★1レビューを書き込まれ、もう1人、気鋭の作家も、モンスタークレイマー氏に★1レビューを15個くらい、書き込まれた。


 彼も匿名をいいことに、同業作家を誹謗中傷することで知られ、アマゾンkindleで、1つアカウントが垢バンされ、カクヨムでも、3つのアカウントが垢バンされ、今は別のペンネームで、カクヨムに転生している。


 彼を間近に観察すると、固定されたツイートを表示しても誰からもRTされず、カクヨムにもレビューが1つも付かない寂しい作家生活をしていることがうかがえる。


 アマゾンkindleにも、アダルト本を13冊、出版しているが、やはりレビューが1つも付かず、誰からも相手にされていないばかりか、誰からも必要とされていない。彼も、生業のペンネームを晒された、非常に運の悪い男の1人だ。


 やはり人は見ている。

 見ていないようで、逐一、観察されているのが作家ライフでもある。


 私利私欲、悪行を重ね、言うこともやることも言行一致せず、ダブルスタンダード(二重構造)となれば、もはや誰からも相手にされないだろう。


 同業作家に、いやがらせの酷評レビューを繰り返し、自分が酷評レビューをされれば、レビューの訂正を求めたり、出版しなおす卑怯な性格に、読者も、同業わなびも、うんざりするのも当然だろう。


 私は彼に対し、もはや何の感情もありませんが、可哀相に思えて仕方ない。

 誰からも相手にされず、誰からも受け入れられず、誰にも共感されない。

 作家業として、もはや詰んでいるといっていい。


 自分は才があると信じ、天才だと思い込み、人から称賛されて当たり前だと思っていながら、しかし現状は誰からも受け入れられず、同業作家から総スカンを食っている。


 やっぱり、人にすれば、やがて自分の身に還ってくるんだという思いを強くしました。人を受け入れられない人、他人の失敗ばかりが目に付く人は、やはり周囲の誰からも許容されませんし、同様に受け入れられないんですよね。


 だってそうでしょ。自分のあやまちは許せるけど、他人を許せない人。誰がどうしたって、そんな偏屈みたいな人、受け入れないでしょ。


 改めて作家は夢を売る商売だってこと、思い知らせれました。彼らがもしも、読者に夢や希望を与える作家でありえたなら、読者からも同業作家からも拒絶される運命は辿らなかったでしょうし、今頃は、そこそこ固定ファンが付いていたと思う。


 彼らは、他人の成功や幸せが許せなかった。他人を許せないから、だから自分も受け入れてもらえなかった。その結果が、13作品も小説を上梓して、レビューが1つも付かない悲劇を生んだ。


 自分に評価が付かないから、他人がたくさん評価されることに不信感を抱き、ねたみの思想で不正だと勝手に思い込み、攻撃の対象を定めた。


 俺の本にレビューが1つも付かないのに、あいつの本にレビューがたくさん付くのはおかしい。あいつは不正をしている。見事なまでに、オメデタイ脳内思考を巡らせた結果、ねたみ、ひがみ根性へと転生した。


 もう1度、言います。

 作家は、読者に夢や希望を与えるのが本懐です。


 読者を不幸にしたり、批判めいたことばかり呟いたり、同業作家を攻撃したり、人を不快にするだけの作家が、世の中に認められることは万に1つもないことだということに、気づいてください。


 酷評レビュアーの末路は寂しいものでした。

 誰からも認められず、誰からも必要とされない自分に、いつか反省する時が訪れるのでしょうが、時既ときすでに遅し、気付いたときには周りに人がいないことに愕然とするでしょう。


 追記、レビューというものは、やはり人々の幸せにつながるものでなくてはいけないと思う。


 だから、もし作者に苦言の1つ、2つを贅言ぜいげんとして告げたいなら、3~4つ作品の良い部分を褒め、あなたの作品は、ここがいいですね、ここもいい。でも、ここを直したら、もっと作品の質が上がりますよ。そういうレビューをするべきだ。


 これもダメだ、あれもダメだ。

 おまえの本は、鼻をかんで捨てたティッシュのゴミと同じだとか、そういう投げやりな言葉を投げてはいけないと思う。


 レビュアーは、作品を読み、なにかしら作家に爪痕を残したいと思うのでしょうが、それが苦言である場合は、よほど慎重に言葉を選ばないと、作者との心の交流はできない。


 あなたは酷評レビューすることにより、何を得たいのですか?

 作者と喧嘩したいのですか? 作者と交流したいのですか?

 作者と少なくとも交流したいのなら、やはり言葉を選ぶべきでしょう。


 どうしても苦言を呈したいなら、3つ4つ、作品の良いところを指摘したうえで、そのうえで、こういうところを直したら、もっと作品の質が向上しますよみたいに、作品のアラを柔らかく指摘すべきだと思う。


 作家も人の子です。

 やはり言葉の暴力で傷つくこともありますし、レビューを受け取った側が、レビューを攻撃的に感じてしまうこともある。


 大事なのは、やはり、心と心。心を通わせることなので、人を傷つける言葉、遠慮のない、視野の浅い言葉は控えるべきだと思う。

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