専門家が証明! ベーコンは静かに身体を蝕む“殺人鬼”だった|あなたはそれでも、食べ続けますか?
前出のフランス人ジャーナリストのギヨーム・クドレが私にメールで説明してくれたが、このニトロソアミンは「微量でも発がん性がある」とのことだ。人がベーコンやハムなどの加工肉を食べるとき、腸にこのニトロソアミンが入り、大腸の細胞や内部を傷つけ、がんの原因となることがあるのだ。
60年以上前から、研究者はニトロソアミンに発がん性があることを知っていた。1956年、ピーター・マギーとジョン・バーンズという英国人研究者の2人組が、「ラットにジメチルニトロソアミンを与えると、悪性の肝がんが発症する」ことを発見していたのである。
70年代頃には、動物に微量のニトロソアミンとニトロソアミドを定期的に与えると(まさに人が毎朝、ベーコンを食べるのと同じ状況だ)、肝臓、胃、食道、腸、膀胱、脳、肺、腎臓にがんが発生することも確認された。
もちろんラットなどの哺乳類で発がん性が確認されたからといって、それがヒトにとっても発がん性を持つのかどうかはわからない。だが、がん研究者のウィリアム・リジンスキーは、1976年からベーコンなどの肉に含まれるN-ニトロソ化合物について「ヒトにも発がん性があると想定するのが妥当だ」と論じてきた。
その後の研究でも、この想定が妥当に思えるエビデンスが大量に集まっている。ニトロソアミンとがんについての研究論文は数百本ある。
1994年に米国人の疫学の研究者2人組が発表した論文によれば、ホットドッグを週に1回以上食べていると、小児脳腫瘍の罹患率が高くなっていたという。とくに食生活でビタミンが不足しがちな子供が小児脳腫瘍に罹患しやすかった。
硝酸塩を使わなくとも
1993年には、イタリアのパルマハム(プロシュット・ディ・パルマ)の生産者全体が、自分たちの製品には硝酸塩を使わず、塩だけを使う昔ながらの製法に戻ることを決めた。それから25年、パルマハムの生産には硝酸塩も亜硝酸塩も一切使われていない。
それでもパルマハムはバラのような深いピンク色を保っている。つまり、パルマハムのピンク色は無害であり、18ヵ月熟成の過程で起きる酵素の反応の結果なのだ。
大衆向けの食肉製品で、硝酸塩を使わない製法を導入することは可能なのだろうか。食品科学の専門家であるハロルド・マギーによれば「ホットドッグを作るのに18ヵ月かけるというのは悠長だ」とのこと。
だが、硝酸塩を使わずに、塩とハーブだけでベーコンを作る方法はある。英国の塩漬け肉の製造業者に助言している豚肉生産者「クワイエット・ウォーターズ」のジョン・ガワーも、硝酸塩はベーコンを作るのに必須の材料ではないと言う。
ガワーに言わせると、ベーコンの生産者が硝酸塩の使用にこだわるのは「文化的」なものだという。硝酸塩や亜硝酸塩を使わない昔ながらの製法で作るベーコンは「あの何ともいえない独特の風味、どこか金属的なうまみ」が欠ける。硝酸塩を使わないベーコンは、単なる「塩漬けの豚肉」になってしまうのだ。
しかし、健康に悪いとわかっていても、なかなか好きなものをやめられないのが私たち人間である。ベーコンは、その証拠である。
それにしても「ニトロミート」の有害性が以前からわかっていたのなら、なぜ私たちをその害から守る施策が打たれてこなかったのか。
WHOの発表で始まったベーコン騒動において最も驚くべきことは、保健当局が加工肉に対して厳しい勧告を出すのに、長い時間がかかったことだ。WHOは40年前に発表をしていても不思議ではなかったはずである。
ロンドン大学シティ校で食糧政策を専門とするコリナ・ホークス教授は何年も前から、加工肉こそ「砂糖のように政府の規制を受けることになる食品」だと指摘している。
近い将来、がんと加工肉の関係について消費者たちが、「どうして誰もそのことを教えてくれなかったのか」と声をあげるはずだと続ける。
70年代米国食肉業界のでっちあげ
加工肉業界ががけっぷちに立たされていた1970年代、米国では、いわゆる「硝酸塩に対する戦争」が繰り広げられていた。消費者運動が盛り上がり、有害なベーコンから消費者を守る気運が高まっていたのだ。
73年には、米食品医薬品局(FDA)の毒性学者のトップを務めるレオ・フリードマンがニューヨーク・タイムズ紙の取材に応じ、「ニトロソアミンはヒトに対しても発がん性がある」と認めた。
米国の食肉業界は、これにすぐに反撃した。「発がん性」を指摘する研究者の話は大げさだと指摘し、それらの研究をもの笑いの種にしたのだ。
その記事には、「通常の体重の男性ががんに罹患するリスクにさらされるためには毎日、11t以上のベーコンを食べていなければならない」ということが書かれていた。無論、これはあってはならない数字のでっちあげだった。
ドイツのブルーフケーベルにあるブラートヴルストの製造工場
Photo: Martin Leissl / Bloomberg / Getty Images
もっとも食肉業界のロビー団体は、その後、もっと巧妙な作戦を展開するようになった。米国食肉協会が、「硝酸塩は使うのは消費者の安全を守るため」だと言いはじめたのだ。
つまり硝酸塩を使わないと食品の保存状態が悪くなり、ボツリヌス症で消費者が命の危険にさらされることになる、と論じるようになったわけだ。
米国食肉協会の研究責任者は、コップ1杯のボツリヌス菌で、地球上の全人類を消滅させることができると発言した。まるでベーコンは、人の健康を害す食品ではなく、むしろ人類を救う食品であるというかのような口ぶりだ。
77年、米食品医薬品局と米農務省は、食肉業界に対し、3ヵ月の猶予期間内にベーコンに含まれる硝酸塩と亜硝酸塩が有害でないことを証明するように命じた。前出のフランス人ジャーナリストのギヨーム・クドレはこう書いている。
「満足できる回答がなければ、これらの添加物は36ヵ月後に使用禁止となり、発がん性のない製法に切り替えなければならないことになっていた」
食肉業界はニトロソアミンに発がん性がないことを証明できなかった。当然だ。この頃にはニトロソアミンに発がん性があることがはっきりしていたからだ。
その代わりに、食肉業界は、硝酸塩と亜硝酸塩はベーコンの生産に欠かせないと論じたのである。
78年、米国食肉協会の代表リチャード・リンは、米食品医薬品局に対し、加工肉にとっての硝酸塩は「パンにとってのイースト」のようなものなのだと説明したのだった。