美味しい締めサバ、安心して食べたいよね?
野食材を食べることのリスクは少なからずあり、野食は基本的には「自己責任」というやつになります。
しかし、自分で採ってきた野食材ではなく、流通している天然食材を購入して食べる場合であっても、リスクがないというわけではありません。
- 道の駅や直売所で売られていたキノコが実は毒キノコだった
- 購入した二枚貝が貝毒を持っていた
- 生食用ジビエで肝炎を発症した
- アユの塩焼きを頼んだらゲオスミン臭かった
などなど、消費者側ではなかなか対応の難しい問題は存在します。
ただこれらのリスクも、ある程度の知識があれば、回避することは可能です。
ぼくもかつて、千葉県の某有名朝市で「コゴミ」という名で全く別のシダ植物(可食かすら明らかでない)を販売しているのを見つけたことがありますが、コゴミの特徴をしっかり理解していたため、食卓に上げずに済みました。(なおその後、興味本位で購入・試食ししっかりひどい目に遭いました)
左が近所のスーパーで売られていたコゴミ(クサソテツ)、右が偽コゴミ。クッソまずい
大事なのはリスクを知ること。コゴミほどのメジャーな野食材でも誤販売が起こることを考えると、購入したものだからと言って安全だとは限りません。無知だったがために、購入したもので「もらい事故」に遭ってしまった……ということも起こり得るわけです。
“野食リスクの代名詞”アニサキス
さて、そんな「もらい事故のリスク」が高い食材のひとつに「生魚」があります。
わが国では淡水から海水に至るまで様々な生食レシピがあるわけですが、それぞれ何かしらのリスクを持っています。
近年特に目立つのが「海水魚の刺身を食べて発症する寄生虫症」です。そう、話題のアニサキス症ですね。
いらすとやさんよりお借りしました
アニサキスはイルカ・クジラなどの海獣類を終宿主とする寄生虫で、さまざまな種類の魚介類を中間宿主とします。
宿主の内臓表面に棲息しているのですが、宿主が死ぬなどして環境が変化すると、筋肉中に移行するものがいます。刺身などを喫食時にこれが人体に入ってしまうことがあるわけですね。
多くの場合はそのまま死にますが、ときに苦しんで暴れまわり、消化管の壁に穴をあけて外に出ようとします。この時に激烈な痛みと嘔吐が起こるのがアニサキス症(胃アニサキス症)です。
治療は内視鏡によるアニサキスの除去が基本で、痛みと嘔吐はすぐに治まりますが、体質によってはアニサキスの分泌物やアニサキス自体がアレルゲンとなってしまうことがあります。こうなると、アニサキスの死骸を摂取しただけでもアレルギー症状が発生してしまいます。
刺身や寿司など生魚を好んで食べるわが国では、もともとアニサキス症の発生は少なくなく、平成26年には79件の発生が報告されています。
ただ、一昨年ごろから有名人の発症事例がしばしばニュースとなり、それによって知名度が一気に上がりました。
ぼくのブログでもアニサキスをネタにした記事があり、アニサキスがニュースになるたびにアクセスがドカンと増えます。とくに昨年の渡辺直美さん、庄司智春さんの連続発症時にはサーバーが落ちるほどのアクセスが発生しました。
でもこれは決して笑いごとで済ませる事態ではなく、上記のニュースが流れた後に、全国各地の魚屋における刺身の売り上げは一時的に激減してしまったといいます。
マスコミの取り上げ方が「アニサキス症は超怖い! めっちゃ痛い! 刺身は危険!」という何とも中途半端で無駄にセンセーショナルなものが多く、「風評被害をもたらすのでは……」と見ていて不安になったのですが、果たしてそうなってしまいました。
また、その予防や対策について、正しいとは言えない情報が出回っているのも確認しています。
今後の発症者を一人でも少なくするべく、ぼくが実際に食した体験をもとに得られた知見を、ここでも改めてお伝えしていきたいと思います。
誤解だらけのアニサキス症
アニサキスについて、ぼくが実際に耳にしたことがある誤解はいくつもありますが、その中で最も多かったのは意外にも
「アニサキスって目に見えないんでしょ?」
というものでした。
「寄生虫」という言葉のイメージから、小さいものだと想像してしまう人が多いのでしょうか。実際は大きなものでは長さ2㎝を超え、太さも1㎜近くある個体もいます。
アニサキスと親指
寄生時は直径3~5㎜のとぐろ状に丸まって内臓にへばりついていることが多いですが、宿主が死ぬと、内臓から筋肉に移行します。死後時間がたち、鮮度が落ちてくると筋肉に移行したアニサキスが増えるため、アニサキス症の発症リスクが上がります。
これだけの大きさがあるので、注意していれば調理時に目視で確認・切除することが可能です。刺身に切る際に一切れずつ確認するのがいいでしょう。
一部の飲食店では、魚の刺身を造る際に、色つきのまな板の上で行うことを義務付けているそうです。こうすると、刺身の中にアニサキスが潜り込んでいた場合、そこだけ色が透けなくなるのでより確実に見つけだすことができます。
次いで多かった誤解が
「アニサキスって、生サバ食べてあたるやつでしょ?」
というものです。
東京湾産の刺身用マサバ
確かにサバに寄生していることは多いですが、他の魚と比べてとびぬけて多いという印象はありません。ぼくがこれまで捌いてきた魚の中で、もっともたくさんのアニサキスが寄生していたのは、スーパーで購入したスケソウダラでした。
アニサキス地獄!!
ご覧のとおり、肝臓を中心に恐ろしい数のアニサキスが寄生しています。
当然、みんな大好きなタラコの上も闊歩していました。
俊敏(当社比)に動き回る
足がないので「闊歩」と言えるかは知らないですが。
それ以外にも、サワラのような魚食性の強い青魚や、サケ・ホッケのような北方系の回遊魚で、多くのアニサキスに寄生された個体を見ることが多いです。
そもそもアニサキスはオキアミなどの甲殻類を最初の宿主とするため、オキアミを食するすべての魚が中間宿主になる可能性があります。またそれを食べた魚類やイカにも寄生します。
ぼく自身、カタクチイワシやサッパのような食物連鎖の土台となる小魚を捌いていてアニサキスを見つけたことがあります。また一方で、ものすごい水圧のかかる深海1000mから釣れあがってきたソコダラを捌いていてコンニチハされたこともあります。
こんな異形の魚たちのお腹にも、アニサキスがいる
びっくりするほど、どこにでもいるのです。
その一方で、九州の日本海側に棲息するサバに寄生するアニサキスについては、宿主が死んだ後も内臓から筋肉に移行する確率が少ない(≒アニサキス症になりにくい)という研究結果が発表されています。九州地方でサバの生食が一般的なのはこのためです。
まとめると「アニサキスはサバに限らず様々な魚に寄生している」「アニサキスが多いからといってアニサキス症になりやすいわけではない」ということになります。
なおいわゆる「サバにあたる」というのは多くの場合、流通時に温度が上がることでサバに付着した細菌の働きが活発になり、サバ筋肉中のヒスチジンという物質が分解されて、アレルギー原因物質のヒスタミンに変化してしまうことで起こるヒスタミン中毒です。嘔吐のほか下痢やじんましんなどを併発するため、症状が嘔吐のみの胃アニサキス症とは容易に判別することができます。(もちろん併発する場合もあるので油断は禁物よ)
そして、最近最も多い誤解が
「よく噛んで食べたらアニサキスが死ぬから、大丈夫なんでしょ?」
というもの。
これね、いろんなテレビとかメディアとかで言われていて、信じてる人たいへん多いですけど、残念ながら真っ赤な嘘ですよ。
なぜここまで自信たっぷりに言えるかというと、実際に噛んで実験したからです。
こう見えて弾力すごい
上に写真を載せたスケソウダラの肝臓に付着していたアニサキスのうち、もっとも活発に動き回っていたものをとらえ、片方をピンセットでつまみ、もう片方を口にくわえ、前歯で思い切り噛んでみました。
すると死ぬどころか、傷すらつけることができませんでした。もちろん口から取り出した後も元気にうねうねと動いており、ダメージなど受けていない様子。直噛みでもダメなのだから、刺身を咀嚼しながらピンポイントでアニサキスを噛み殺せるわけがないです。
そもそもアニサキスって結構弾力がありまして、爪とかでもなかなか切れません。ちょっとでも傷がつくとすぐに弱って死ぬそうですが、人体の部位で傷をつけるのはなかなか困難なのではないかと思われます。
このことからも「仮にアニサキスを口に入れちゃっても、よく噛めば大丈夫」という考え方は極めて危険だ、ということがご理解いただけると思います。必ず目視確認を行うか、もしくは薄めにスライスして殺虫する(さすがに包丁の刃にはかなわないので)ことを心がけましょう。ちなみにイカを刺身にする際に表面に切れ目を入れる(松笠造り)のは、醤油の絡みをよくするほか、アニサキスを殺虫する役割もあります。
なお、アニサキスやその分泌物に対してアレルギーをお持ちの方(またはその恐れがある方)は、危険なのでアニサキスを齧るのはご遠慮ください。
あと、齧る際には間違えて飲み込まないように気を付けてください(やりかけた)。
アニサキスは怖くないので今後も生魚を食べよう
というわけで、アニサキスにまつわるおもな誤解についてまとめてみましたが、大事なのはまず、魚の鮮度をしっかりと保持すること。そして魚を生食用に料理する際には、常に「アニサキスがいるのではないか」と疑い、しっかり目視確認をすること。この2点をしっかり守っていれば、アニサキス症になってしまう恐れは極めて少なくなるでしょう。
普段から料理をする人にとってはいずれも、別段難しくないことかと思います。
アニサキスは怖い寄生虫ですが、だからと言って「生魚は危険だ!」と排除してしまうのはとても愚かな話です。
寄生虫なんて魚に限らず、自然界の生物には当たり前の存在。最低限の注意を怠らずに、知恵の力でリスクを排除し、その先にある美味を味わう……それこそが真のグルメのふるまいといえるのではないでしょうか。