変わらぬ就活の危うさ 「寄らば大樹」大企業志向は崩れるか

大企業のほうが「トク」な時代は終わる?

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 2019年春に卒業する学生の就職活動が終盤戦に突入している。学生優位の売り手市場が続く中、少しでも給料が高く安定した“大企業志向”が強まっているとの調査もあるが、その一方でスタートアップ企業を渡り歩きながら将来の独立を目指す若者もいる。同志社大学政策学部教授の太田肇氏が、いまどきの就活事情と今後の課題についてレポートする。


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 来年春に卒業予定の大学生に対する企業の面接が6月1日より解禁になった。しかし、かなりの学生はすでに実質上、内定を得ているらしい。


 学生の就職活動を見ていると相変わらず大企業志向が強く、何をやりたいか、どんな業種で働きたいかより、企業の規模やブランドで選んでいる学生が多い。こうした志向は日本人特有で、海外からの留学生の目には異様に映るという。


 中国・台湾やアメリカなどの若者の多くは、たとえ企業に就職しても最終的な目標は自分の会社を持つことであり、将来の独立・起業に有利かどうかで就職先を決める。実際、有名大学を卒業した学生やMBA(経営学修士)を所得した若者が、創業間もないスタートアップ企業やベンチャー企業に就職していく。企業の現場を訪ねても、社員たちが独立のチャンスを虎視眈々とうかがっている様子が伝わってくる。


 日本でも同じような志をもった若者が少しずつ増えており、私が教えているゼミの学生のなかにも、大企業には目もくれずスタートアップ企業やベンチャー企業に就職する者、あるいは最初から自分で会社を立ち上げる者がいる。


 また最近の傾向として、いったん有名大企業に就職しても、数年後にスタートアップ企業からスカウトされて転職したり、自分で起業したりするケースが珍しくなくなってきた。なかには入社早々に社長の片腕として経営に携わるとか、情報システム構築の会社や農業法人を経営するなどして、大企業に就職した同級生よりはるかに高額の収入を得ている者もいる。


◆スタートアップ企業を目指す学生は「仕事志向」


 彼らは学生時代から平均的な学生に比べると明らかにモチベーションが高く、積極性や行動力、対人関係能力などビジネスパーソンとしての能力も優れていた。


 そして特徴的なのは、やりたい仕事がはっきりしていることだ。日本の大企業では「ゼネラリスト育成」という建前のもと、配属や異動は会社主導で行われるため、かりにやりたい仕事を希望しても叶えられない。それが彼らを大企業から遠ざけたのである。


 もっとも彼らは少数派であり、大多数の学生はやはり大企業志向だ。また、せっかく学生がスタートアップ企業への就職を希望していても、親の反対に遭って夢をあきらめるケースが少なくない。


 理由は単純であり、平均すれば大企業に就職するほうが「トク」だからである。「トク」の中身には雇用の安定性、生涯収入、福利厚生、ネームバリューなどが含まれる。注目したいのは、そのなかに肝心の仕事に関する要素が含まれていないことであり、そこに彼ら自身の将来にとっても、また企業や社会にとっても危ういものを感じる。


◆大企業のほうが「トク」な時代は終わる?


 しかし、ここへきて風向きが少しずつ変化している。大企業のなかにも経営不振で破綻寸前にまで追い込まれる企業が目立つようになり、IT化と超低金利に直面する大手都市銀行は利益の減少で採用を手控えている。無条件に大企業のほうが「トク」だとは言い切れなくなってきたのだ。


 他の主要国と比較したわが国の国際的地位は、1990年代に急落し、その後も回復の兆しが見られない。たとえば労働生産性は1990年の16位から1990年代の終わりにかけて順位が下がり、ずっと22位あたりで推移している(日本生産性本部資料)。


 またイノベーションに関する国際競争力も徐々に低下し、2012年には25位にまで後退している(第2回産業競争力会議資料)。さらに企業の利益率も欧米に比べて著しく低い水準にある。


 こうした低落傾向の一因となっているのが人材面における専門性の低さと、起業家精神の欠如に象徴される突出したモチベーションの不足である。


 学生たちが仕事内容より企業の規模やブランドで就職先を決め、企業も専門を問わずに配属して短期間でローテーションをくり返している以上、専門性は身につかない。各種の調査によると日本人の仕事に対するエンゲージメント(熱意)は国際的にみて最低水準にあるが、それも「仕事」が空洞化している実態と無関係ではなかろう。高度な専門的知識とイノベーションを必要とする時代だけに、こうした現状はとても深刻である。


◆思い切った政策転換を


 けれども大企業にその改革を求めることが困難だとしたら、わが国も将来性のある中小企業への就職や起業の魅力をいっそう高め、優秀な人材をそちらへ誘導していくべきだろう。


 政府は「働き方改革」の一環として、これまで雇用労働者に比べて不利だったフリーランスの立場を改善する制度を取り入れようとしている。またインディペンデント・コントラクター(独立請負人)など、フリーランスの人たちが加入する組織やネットワークも広がってきている。


 それでもアメリカなどに比べると、政策的な支援は十分でないと指摘されている。たとえばアメリカにはSBIRという制度があり、連邦政府の外部委託研究費の一定割合をスモール・ビジネスのために拠出することを法律で義務づけているという(山口栄一『イノベーションはなぜ途絶えたか』筑摩書房、2016年)。


 学生が大企業に入ることばかりを考えて就職活動を行い、かりに入社できても意欲と能力を十分に発揮できていないケースが多いという現状を放置しておけば、企業にとっても社会にとっても明るい未来はない。思い切った政策転換こそ喫緊の課題である。

NEWSポストセブン

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