SERIESINSIDE Facebook・4

第4章
メディア王の脅迫

マーク・ザッカーバーグは2016年、“ジャーナリスト”たちに翻弄される夏を過ごしていた。メディア王として知られるルパート・マードックからは別荘で脅しを受け、その機嫌を取らざるを得ない状況に追い詰められた。一方、社内ではトレンディング・トピックス部門のスタッフの解雇に踏み切った。この決断が引き起こす惨事にはまだ気づいていなかった。そして同じころ、期待のニュース配信サーヴィス「インスタント記事」がトロイの木馬のようにフェイスブックを蝕み始めていた(本連載は毎週3回、月・水・金曜日の夜18時に公開します)。

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ILLUSTRATION BY AMARENDRA ADHIKARI

フェイスブックのニュースフィード部長を務めるアダム・モセリが、ニュースフィードの意義についてマニフェストを発表してから少し経ったころ、ザッカーバーグはアイダホ州サンヴァレーへと旅立った。投資銀行アレン&カンパニーを経営する億万長者、ハーブ・アレンが毎年、主催するカンファレンスに出席するためだ。会場では、大物たちが半袖にサングラス姿でゲラゲラ笑いながら、互いの会社を買い取る相談をしているはずだった。

カンファレンスはルパート・マードックの別荘で開かれた。マードックはメディア・コングロマリットであるニューズ・コーポレーションや21世紀フォックスの会長などを務め、メディア王として知られる。だが、ホストであるマードックが雰囲気をぶち壊した。

多くの証言によれば、マードックとニューズ・コーポレーションで最高経営責任者(CEO)を務めるロバート・トムソンがザッカーバーグに、フェイスブックとグーグルにはずっと不愉快な思いをさせられていると言い出したのだという。テック業界の巨人であるこの2社はウェブ広告市場のほぼすべてを手中に収め、正統派のジャーナリズムを存亡の危機に追い詰めていた。

同席した人物の話では、ニューズ・コーポレーションのトップ2人はザッカーバーグの気まぐれのせいで大打撃を被っているとして、フェイスブックを責め立てたという。「メディア・パートナー企業に十分な相談もせず、根幹となるアルゴリズムを大幅に変更した」というのが、その根拠だった。

フェイスブックが報道機関にもっとましな取引条件を提示しなければ、ニューズ・コーポレーション上層部は公的な手段で非難の意を表明し、ロビー活動をさらに強化するから覚悟しておけ──。トムソンとマードックは冷ややかに言い放ったという。

この2人はすでに、ヨーロッパでグーグルに対し、厳しい措置を講じていた。米国でフェイスブックに同様の手段を取る可能性があった。

ルパート・マードックの裏の顔

フェイスブック側はニューズ・コーポレーションの脅しから、ふたつの事態を想定した。ひとつは彼らが政府を動かして独占禁止法に違反していないかを監査させること。もうひとつは中立性のあるプラットフォームとしての義務を免除される価値のある企業なのか、調査されることだ。

フェイスブックの社内では、首脳陣たちがマードックの思惑について、傘下の新聞社やTV局を使ってフェイスブックへの批判を加速させるつもりかもしれないと考えていた。

ニューズ・コーポレーション側は、上記のような事実は一切ないと述べている。つまり、幹部たちを送り込んで脅し文句こそ発したが、自社のジャーナリストたちにフェイスブックの批判記事を書かせてはいないということだ。

フェイスブックの元幹部によると、ザッカーバーグにはその会合での出来事を重く受け止めなければならない理由があったという。なにしろマードックの裏社会での力を目の当たりにし、思い知っているからだ。

フェイスブックは2007年、未成年のユーザーを性犯罪者や不適切なコンテンツから保護する手立てを取っていないとして、49州の司法長官から非難を浴びた。この問題を重く見た保護者たちはコネチカット州の司法長官だったリチャード・ブルーメンソールと『ニューヨーク・タイムズ』に陳情書を送った。ブルーメンソールは調査を開始し、『ニューヨーク・タイムズ』は記事を掲載した。

サンタモニカのアップルストア

だが、フェイスブックの元幹部で内情を知る立場にあった人間に聞くと、フェイスブックでは陳述書の内容について信憑性が薄いと考えていたという。不適切なコンテンツを発信するアカウントや性犯罪行為などの存在は捏造だとみなされていた。

こうした事実に反した情報の出所については、ニューズ・コーポレーションに雇われた弁護士や、マードックの手の内にある組織だろうと考えられていた。なぜなら、マードックはフェイスブックにとって最大の競合となるSNSサイト「MySpace」のオーナーでもあったからだ。元幹部は言う。

「われわれはIPアドレスをたどり、(不適切なコンテンツを流している)Facebookアカウントの登録元を特定しようとしました。すると、サンタモニカにあるMySpaceのオフィスから、1ブロックのところにあるアップルストアに行きついたのです。それらのアカウントがニューズ・コーポレーションの弁護士ともやり取りをしていることも分かりました。マードックは以前から、フェイスブックが相手となると手段を選ばないのですよ」

ニューズ・コーポレーションおよび、その子会社である21世紀フォックスはコメントを避けた。

ザッカーバーグはサンヴァレーから戻ると、従業員に抜本的な改革を行うと告げた。フェイスブックはまだ報道機関ではなかったが、いずれ報道機関に「ならなければならない」ことは明らかだった。また、報道各社とのコミュニケーションの方法も改善する必要があった。

フェイスブックを襲った「トロイの木馬」

その任務に当たったひとりが、プロダクトマネジャーのアンドリュー・アンカーだった。ジャーナリズムの世界でキャリアを積み、2015年にフェイスブックに入社した人物だ。1990年代には長く『WIRED』US版の編集部に在籍していたこともある。

彼に与えられた仕事のひとつは、報道機関がFacebookというプラットフォームを使って収益を上げる方法を考え、フェイスブックに報告することだった。アンカーはサンヴァレーから戻って来たばかりのザッカーバーグをつかまえ、新たに60人を雇って報道機関との提携を進めるよう頼み込んだ。アンカーの要望はその場で通った。

だが、報道機関に対応するスタッフが増えたところで、事態が好転するわけではなかった。マードックが突き付けた経済的な問題を解決するのは、並大抵のことではないと再認識しただけだった。報道機関は数百万ドルを費やして記事をつくっているのに、フェイスブックはその利益を横取りしたうえ、ほとんど見返りをよこさない──。それが彼らの言い分だった。

特に、Facebook上でニュースを配信するサーヴィス「インスタント記事」は、まるでトロイの木馬のようにフェイスブックを襲った。報道機関はインスタント記事に出稿するより、自社のモバイルサイトに記事を掲載したほうが利益になると不満を募らせていた。

[編註:インスタント記事とは、報道機関がモバイル用Facebookアプリのニュースフィードに記事の全文を配信できる機能で、読者にとっては各社のサイトに行かなくてもニュースを読めるメリットがある。同時に記事内に広告を掲載でき、その広告収入は100%、記事を配信した報道機関の収入となる仕組み。]

報道機関は自社サイトでは読者の目にほとんど触れない広告をこっそり取り下げるなどして、短期間で広告主が代わったかのように見せかけ、利益を上げることがよくあった。しかし、フェイスブックのインスタント記事機能では広告を差し替える権利は与えられておらず、こうした“ごまかし行為”ができなかった。

“ジャーナリスト”たちの解雇

どうしても埋められない溝がもうひとつあった。マードックが所有している『ウォール・ストリート・ジャーナル』のような報道機関の公式サイトは、購読料の支払を求めるペイウォールを設定し、有料会員からの利益を見込んでいる。

しかし、インスタント記事では課金を認めていなかった。ザッカーバーグは情報の有料化に反対していたからだ。ザッカーバーグは口癖のようにこう言っていた。

「だいたい、ペイウォールや会員限定のコンテンツを増やして、『これは有料、あれも有料、お金を払わなければ読めません』などとしてしまったら、オープンでコネクテッドな世界なんか実現できると思うか?」

フェイスブックと報道機関との話し合いは、しばしば暗礁に乗り上げた。だが、フェイスブックは以前より態度をやや軟化させ、ジャーナリストたちの懸念を気遣う様子すら見せた。

しかし、そうした思いやりは自社のジャーナリストたち、すなわちトレンディング・トピックス部門のスタッフに向けられることはなかった。2016年8月末、トレンディング・トピックス部門の全員が、「契約を終了する」と告知を受けた。同時に、アルゴリズムに関する権限はシアトルのエンジニアチームに移った。

あっという間に、トレンディング・トピックスのフィードにはフェイクニュースや捏造記事が現れるようになった。数日後に出たフェイクニュースの見出しは、「FOXニュース、自社キャスターのメーガン・ケリーの“裏切り”を暴露、ヒラリーを支持しているとして解雇」というものだった[編註:FOXニュースは保守系ニュース局として知られ、トランプを批判したケリーを右派がネット上で“隠れリベラル”として非難する風潮があった]。

[2018年6月11日 19:50 本文中のインスタント記事に関する記述を修正しました。]
※次回は6月13日(水)18時に公開予定。

ニコラス・トンプソンNICHOLAS THOMPSON
『WIRED』US版編集長。スタンフォード大学卒。シニア・エディター、『NewYorker』エディターを経て2017年より現職。『The Hawk and the Dove』など政治やテクノロジー、法律分野の著書多数。米外交問題評議会のメンバーも務める。
フレッド・ボーゲルスタインFRED VOGELSTEIN
『WIRED』US版のほか、『フォーチュン』誌などで活躍するジャーナリスト。著書に『Dogfight』、邦訳本『アップルvs.グーグル: どちらが世界を支配するのか』(依田卓巳訳、新潮社)などがある。



本シリーズについて

「WIRED.jp」で毎週3回、月・水・金曜日の夜18時に掲載し、13回にわたってお届けする。出典は『WIRED』US版の特集『INSIDE THE TWO YEARS THAT SHOOK FACEBOOK—AND THE WORLD』で、US版ウェブサイトでは2018年2月、同本誌では2018年5月号に掲載された。

INSIDE THE TWO YEARS THAT SHOOK FACEBOOK—AND THE WORLD

TITLE PHOTO-ILLUSTRATION BY JAKE ROWLAND/ESTO.
PHOTO-ILLUSTRATION COMPOSED OF PHOTOGRAPHS FROM DAVID RAMOS/GETTY IMAGS(HEAD) AND PLUSH STUDIOS/GETTY IMAGES(MOUTH)

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