「安倍政権の今後を占う」「原発再稼働の是非を問う」……様々なキャッチコピーが付けられた新潟県知事選は1、自民党と公明党が支援する元副知事の花角英世氏(60)が接戦を制した。約2年前まで3年余、新潟で暮らした私は、接戦で盛り上がる現地をリポートしようと、選挙戦最終盤に旧知の人びとを訪ねた。熱い言葉を期待していたが、返ってきた答えは予想を裏切って、戸惑い、不安、不信に満ちた言葉ばかりだった。
接戦の軌跡を振り返っておきたい。
米山隆一前知事が女性問題で辞職したのが4月27日。5月24日の告示へ向けて、各党は急ピッチで選挙態勢づくりを始めた。米山氏が野党系候補だったこともあり、「辞め方からして、今回の知事選は自民が有利だろう」という見方が一般的だった。
5月中旬。新潟県政界に詳しい野党系国会議員は、東京・赤坂の焼き鳥屋で、スーツの内ポケットから折り畳んでいた紙束を取り出し、私に見せた。知事選の選挙戦略を考えるうえで、事前に県民に実施した世論調査の結果なのだという。
定番の政党支持率などを説明したあと、その国会議員は「ここが注目すべきところなんだよ」と言って、A4判4~5枚の紙を広げ、最終ページを指差した。
「あなたは柏崎刈羽原発の再稼働をどう思いますか」という問いに対し、賛成約10%、反対は7割を超えていた。その国会議員はこう続けた。
「原発再稼働反対を強く打ち出して、野党が結束して安倍政権批判をすれば、この選挙は勝てるはずだ」
野党系の動きは、県選出の国会議員同士の仲の悪さが災いして紆余曲折こそあったものの、この国会議員の予言どおりに動いた。野党5党がかついだのは、原発のお膝元である柏崎市選出の県議・池田千賀子氏(57)で、「今回の選挙の争点はなんといっても、原発の再稼働問題だ」と街頭で訴えた。
花角氏も、街頭演説で「県民が納得しない限りは再稼働はしない」と言い、最終的には再稼働の是非について県民投票をするつもりであることまで言及して対抗した。
一方、野党側は花角氏が二階俊博・自民党幹事長の秘書官だったことに触れて、「原発再稼働を進めている安倍政権の言いなりになるのは明らかだ」と反論し、「再稼働反対の池田氏vs.再稼働曖昧の花角氏」という構図になったが、選挙戦は花角氏がリードしているという見方は変わっていなかった。
だが終盤、メディアの世論調査で、2氏が競り合っていることがわかると、一気に自民が焦りだした。
投票日の4日前、花角氏を支援する活動をしていた男性運動員のスマホが鳴った。「03」から始まる見知らぬ番号。誰かと思って出ると、聞こえてきた声は「麻生です」。テレビで聞き慣れたあの声だった。
なんでこの番号を知っているんだ? イタズラかと思ったが、声、話し方……麻生太郎副総理本人に間違いない。その声が言う。
「この選挙で負けると、安倍も大変になる。頼みます」
この男性運動員は「はい」と答えた。手汗に濡れる左手を見ながら、選挙戦の激しさを、身をもって知った瞬間だった。