にぎやかな6名様が、財布を取り出し立ちあがるのを見て、私はほっとした。これでようやく、ハヤさんの昔語りを聞けるというものだ。
テーブルの片付けが済んだ頃合いを見計らって、コーヒーのお替りをオーダーする。
「ハヤさん、このあいだ聞かせてもらった雨ノ森のマヨイガの話だけど、あそこで出会った3人は、その後どうなったの?」
「ああ、お千代様と伊作と長太郎のことですね」
名前を知って、昔話の登場人物だった人たちに、血が通いはじめたような気がした。
私は、ハヤさんがコーヒーを淹れるのをながめながら、話の続きを待ちかまえた。
「あの時代、神隠しのような『魔』に出逢ってしまうことは、まさに一大事でした。無事に帰ってきたように見えても、そのあとで病気になって長いあいだ寝込んだり、さらには命を落としたりする危険さえあったのです。そこで、裕福なお千代様の家では、寸一を招いてお祓いの祈祷を行わせました。他の2人も呼び、定期的にね」
「それじゃ、またみんな集まって、心ゆくまで不思議な話ができたのかな」
「ええ、もちろん祈祷もしましたが、本当の目的は親睦会ですよ。だんだんと間遠にはなりましたが、10年近く続いたんじゃないでしょうか。伊作がザシキワラシに会ったという話も、その集まりで聞きました。その時はもう、伊作も若者じゃなかったですけれど──」
△ ▲ △ ▲ △
昨年、老母を亡くした伊作は、ひとりつつましく気楽に暮らしていた。
ある朝のこと、畑に出ようと身支度をしているとき、戸口のところで誰かが伊作を呼んだ。
見ると、桜色の振り袖を着た、ふたりの童女だった。手をつないで、めずらしげに眼を見はり、家の中をのぞきこんでいる。
この村では見かけたことのない姿に首をかしげながら、伊作は挨拶して、優しい声で用向きを尋ねた。
童女たちは顔を見合わせてから、伊作に向き直り、
西の村から来た
これから東の村へ行く
しばらく休ませておくれ
と、澄んだ声で言う。
(これは、話に聞く、ザシキワラシという神様ではないだろうか)
はっとした伊作は、童女を招き入れ、丁重にもてなしながら、東の村へ通じる道をくわしく教えた。
ほどなくして、2人はふと消えた。
伊作が、何の気なしに横を向き、顔を戻すわずかな間に、どこかへ行ってしまったのだ。
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「伊作さんて人は、なんて無欲なの。ザシキワラシは富貴をもたらす福の神ですよね。ちょっと引き留めてみたりとか、すればよかったのに」
というと、ハヤさんは笑いながら答えた。
「とにかくその時は、しっかり観察して、お千代様や長太郎に詳しく報告しようという一心で、他のことを考える余裕はなかったそうです。しかし、この話には続きがあるんですよ──」
しばらくして、伊作に縁談が舞い込んだ。
相手は伊作と同じように、年老いて病気がちの親をずっと支え続けた人だった。
伊作夫婦は子宝には恵まれなかったが、そのかわり、寄る辺のない子供を、次から次へと引き取ったので、家はにぎやかな笑い声がたえなかったという。
「私が寸一だったころ、伊作の家を訪ねると、畑仕事をする夫婦のまわりでは、いつも子供たちが遊んでいました。少し年かさの子は、手分けして家事や幼子の世話をしていましたが、その中にはときどき、桜色の振り袖を着た2人の童女のすがたが、見え隠れしていたのです」
私は思わず、身をのりだした。
「じゃあ、ザシキワラシは伊作さんの家に留まっていたの?」
「そのようですね。どうりで、あれほどたくさんの子供の面倒をみていたのに、お金や食べ物が足りなくならなかったはずですよ」