Die Zeit heilt alle Wunden《完結》   作:ダイコクコガネ
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第四幕 時間はあらゆる傷を治す 其之二

 

 最初に音がした。まるで、火の灯った棒を水面に落としたような、そんな音を。

 

「ぐ、が、あぁあはぁかぁあはははは!!」

 周囲の大地一帯が黒く覆われ、あまりの熱量に硝子化を起こしている。煙が燻っている場所さえある。そこに。

「あ、あははははははははは!!」

 全身から煙を上げながら、シャルティアはその中央で嗤い声を上げた。

 愚かなり。確かに、威力は凄まじいがそれでも一度で自身を滅ぼすには、この火力では不足である。故にシャルティアは真紅の瞳を見開きながら、真っ直ぐにこの凶行を為した愚か者を見つめて――

「――――え?」

 その焦土と化したクレーターのぎりぎりの淵に立つ、漆黒のローブを纏ったアンデッドを発見して、まるで幽霊を見たかのようにあらゆる感情が停止して呆然とそのアンデッドを見つめた。

「あ……あぁ……」

 短い間だけど、ずっと探し求めたその姿。自分たちの大事な、最後の至高の御方の御一人。慈悲深き支配者を見つけて、シャルティアは一歩、また一歩とゆっくり歩を進めた。

 この一瞬。この時ばかりは、シャルティアの精神は世界級(ワールド)アイテムの支配下の外にあったと言っていい。それほどの衝撃だったのだ。目の前にいる御方は。

「モ、モモンガ、さまぁ……」

 視界が涙で滲む。顔がくしゃりと歪む。シャルティアは一歩、また一歩と誘われるように男へと近づこうとして――

「――おい」

 その歩が止まる。目の前の男からの、非情な言葉を聞いて。

「今から、俺はお前を殺そうとするわけだが」

「え?」

 シャルティアの頭の中が真っ白になる。言われた言葉が理解出来ない。

「モ、モモンガ様……私は、御方と戦う理由がありません。それとも、私が何か仕出かしたのでしょうか? であれば――」

「いや、そんなことは関係無い。お前に落ち度は皆無だともシャルティア」

 男はそう、シャルティアを肯定する。お前に落ち度は何も無い。そして、戦う理由も特に無い、と。シャルティアの現状を分かっていながら、男はシャルティアを肯定した。

「ならば、どうして――」

 泣き出しそうな顔で、シャルティアは訊ねた。そこに。

「何でも何も無い。そもそも、俺はお前たちなんぞ知らん。モンスターと遭遇したから殺すだけだ。こんなのは、ただのPVPに過ぎん。ナザリックなんぞ知るものかよ」

「――――あ」

 ぴしり、と。その言葉でどこかに亀裂が走った。絶対に聞きたくない言葉。口に出されたくない単語を出されて、シャルティアは糸の切れた人形のように膝をつこうとする。

 だがしかし、思い知るがいい。世界級(ワールド)アイテム、“傾城傾国”の恐ろしさを。六大神の手によって法国に残されていた聖遺物。あらゆる耐性を無視し、対象を洗脳するそのマジックアイテムは本来、戦闘不可能なほどの致命的な傷がもたらされた精神さえ無視し――

「……なるほど。ならば、貴様は我らナザリックの敵である」

 ナザリック地下大墳墓、最強の守護者シャルティア・ブラッドフォールンを、完全なる戦闘態勢でその場に立ち上がらせた。

「そうだ、それでいいシャルティア。それがお前の為すべきことだ」

「づ……ッ、アアァァァァアアアアアアアッ!!」

 シャルティアは絶叫し、疾風さえ置き去りにする高速で、男へ向かって手に持つ武器スポイトランスを構えながら突撃した。その衝撃で、地面が爆発したように捲れ上がる。

 この目の前の男から、これ以上無情な言葉を聞かないために。

 

        

 

「ああああああああああああああああ!!」

 同時刻、ナザリックでも絶叫が響き渡った。その絶叫は、一体誰が上げたものだったのか。それは誰にも分からない。だって、自分と他人の区別がつかないほどに、全員が同じ気持ちを抱えて絶望している。

 どう見ても、どう感じても本人以外にあり得ない者の口から、自分たちを否定する言葉を吐かれた。お前たちに落ち度は無いと優しく慈愛溢れる言葉を告げながら、同時に全員を否定する。

 俺に、お前たちは必要無い、と。

「どうして! どうして! どうして! どうして!」

 頭を掻き毟る。髪を振り乱す。床に頽れ膝をつき、目を見開いて顔を歪めながら、ひたすら同じ言葉を繰り返す。

 こんなのは酷過ぎる。こんな現実は惨過ぎる。

 何が悪かったのか。優しい慈悲深い支配者であったから、自分たちの罪を責めないのか。それとも本当に自分たちに罪は無いのか。

 分からない。分からない。真実は、誰にも分からない。

 ただ、どうしようもない事実だけがそこにある。

「モモンガ様……ッ!!」

 ナザリック地下大墳墓の支配者、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の最後の一人、至高の御方モモンガは、ナザリックを捨てたのだ。

 シャルティアのように世界級(ワールド)アイテムで精神を支配されていない彼女たちは、この時点で心が折れた。立ち上がる気力さえ無い。ただ現実を否定するように、その場で丸まり蹲ることしか出来ない。

「うー! うー!」

 泣いて、泣いて、泣き喚く。もはや自分の口から何が漏れているのかさえ、分からない。もはや監視をするどころではなくなったために、二人の姿を映す画面さえ消えているのも気づかない。

 全員がその場に蹲って、必死になって体を丸めた。この辛い悪夢が、早く過ぎ去ってしまうように、と。シャルティアが、今までのことを無かったことにしてくれるように、と。

「お願い、シャルティア……ッ!!」

 どうか、目の前の悪夢を消し去って。彼に今の発言は嘘だと言わせて欲しい。どうか、私たちのことを必要だと告げて欲しい。

 ナザリックはもう、彼がいないと生きていけないのだから。

 

 皆に忘れられた地下墳墓で、墓守にさえ捨てられた者たちは、必死に現実を否定していた。

 

        

 

「アアアアアアアアアッ!!」

 絶叫を上げながら、特殊技術(スキル)と魔法を駆使して、シャルティアは幾度かの突撃を敢行した。

 頭には、血が上っている。〈血の狂乱〉は使っていない。そもそも、目の前のアンデッドはスケルトン系。血など出ないのだから、〈血の狂乱〉が起きる可能性は皆無だ。

 それでも、シャルティアの頭は沸騰している。

(モモンガ様! モモンガ様! モモンガ様! モモンガ様! モモンガ様ぁ!!)

 精神はひたすら狂乱し、目の前の男……モモンガを殺すために、何度も魔法を駆使し続ける。

 精神は狂乱しているが、しかしその戦闘法は十分にモモンガを追い詰め殺すもの。神器級(ゴッズ)アイテムで武装しているが、しかし回復手段の無いモモンガはじわじわとシャルティアに削り殺されるしか無い。

 自らの最強の特殊技術(スキル)、“エインヘリヤル”を使用する必要さえ感じない。このまま、順当にいけばモモンガは殺し切れる。だからシャルティアは、絶叫しながら告げた。

「撤回して下さいモモンガ様! 私たちが必要無いという言葉を! 私たちを知らないなどと、そんなことをおっしゃらないで――!!」

 殺そうとしながら、泣き出す一歩手前の表情でシャルティアは告げる。それに、モモンガは無情に告げた。

「出来んな。だって、本当に俺はお前たちを必要としていない」

「そんなことを、言うなぁぁぁあああああッ!!」

 更に絶叫しながら、スポイトランスをモモンガに突き刺した。同時に捻り、モモンガの身体を吹き飛ばす。魔法で追撃しようとするが、すぐに〈飛行(フライ)〉で体勢を立て直したモモンガが、シャルティアの追撃を許さない。

「必要無いなんて言わないで! そんなことを言われれば……最後の御方に、そんなことを言われてしまえば――私たちは! 私たちの忠義は、何処に行けばいいんだぁああああッ!!」

 絶叫。叫ぶのはナザリックの総意。忠義を捧げるために創造されたから、それ以外の生き方を知らないから、このまま投げ出されるのが酷く恐ろしい。何も考えられない。

 相手を殺そうとしながら、相手を必要とする。その矛盾、“傾城傾国”によって壊れたその精神。そこに……モモンガの手によって、今。致命の一撃が与えられようとしていた。

「だからだとも、シャルティア。気づかないのか? ……ああ、分かるぞ。俺も中々気づかなかった。ぱらのいあに言われて、初めて俺は自分の矛盾に気がついたからな」

「――、あ?」

「なあ、シャルティア。お前たちは忠義を捧げるために存在するんだな? だから俺を求めるんだな? それに間違いは無いんだな? それがお前たちナザリックの総意なんだな?」

 是。これはシャルティアの一存ではない。ナザリックの誰もが持つ、完全なる総意。ナザリックの者たちは忠義を捧げるために創造された。よって、誰もが至高の支配者を求めている。それを。

「なあ、シャルティア。気づかないのか? そこにある矛盾に? 決定的な、論理破綻を。やはり俺たちは似た者同士だよ、シャルティア。きっと、『アインズ・ウール・ゴウン』は、所詮そんな集まりだったんだろう」

 ひたすらに諦観を滲ませて、モモンガは告げる。

「なあ、シャルティア。……気づいていないようだから、教えてやろう」

「なに、を……」

 震える声で、シャルティアは問う。駄目だ、その先は言うな。聞きたくない。同時に脳裏でそんな警鐘が鳴り響く。けれど、モモンガの口は止まらない。

「俺に忠義を捧げることと、忠義を捧げるために俺を必要とすることは、イコールじゃないんだぞ」

「――――え?」

 モモンガは、はっきりと。ナザリックの誰もが目を逸らしていた事実を口にした。

「俺が好きだ。尊敬している。崇拝している。だから忠義を捧げる。――なるほど、どこも壊れていない、ちゃんとした論理展開だ。矛盾なんて一切無い。整然としている」

 しかし――。

「忠義を捧げるために存在しているから、四十一人の一人である俺を必要とする。――なんだ、それは。それは、一体俺である必要がどこにあるんだ? 創造主とその関係者なら、誰でもいいのかお前たちは」

「あ……あ、あ、あ…………」

 否定しなくてはならない。なのに、声が出ない。何故か、否定の言葉が出ない。おかしい。

「それは忠義か? いや、違うだろう? そんなものは、単なる形式と何が違う? そう設定されているから、というのが理由ならばお前たちは人形だよ。そんなものと寂しく一人遊びなんて、俺はしたくない。俺には、ちゃんと友達がいるんだからな」

 違う。違うんだ。確かに設定は大事だけど、でも自分を作ってくれたのはペロロンチーノで、そして同じギルドであるはずの『アインズ・ウール・ゴウン』だから。だから自分は忠義を誓って。

捧げる(・・・)ことが重要で、相手は俺じゃなくて別の四十一人でいいんだろう? なあシャルティア」

「――、あ」

 違わない。自分たちは、ずっと言っていたじゃないか。自分たちが忠義を捧げることが出来る、最後の御方を探すのだ、と。

 そこにモモンガの都合は、一切ありはしないのだ。

「俺たちは似た者同士だよ、シャルティア。きっと、『アインズ・ウール・ゴウン』の誰もがそうだった。俺たちは、単に、自分が一番可愛いだけの、どこにでもいる、ちっぽけな何かに過ぎない」

「うわあああああああああああああッ!!」

 叫び、シャルティアは突撃してモモンガの身体にスポイトランスを突き刺した。彼にHPは残されていない。この一撃で、モモンガは死ぬだろう。アンデッド同士の身体が密着する。

 そして、シャルティアの背中に、そっと両手が回された。

「捕まえたぞ、シャルティア。――――さあ、これを受け取るといい」

 モモンガの手に握られ、シャルティアに押し付けられたそのマジックアイテムの名は、“黄金鹿の結石(ゴールデン・ハインド・ベゾアール)”。

 かつて、ぱらのいあというプレイヤーが所持していた、あらゆる状態異常を完全に無効化し、解呪する世界級(ワールド)アイテムである。

「――――ぁ」

 シャルティアの脳裏に霞がかっていた霧が晴れる。意識がしっかりとする。自分が今、何をしたのか理解してしまう。

 “黄金鹿の結石(ゴールデン・ハインド・ベゾアール)”は対象に接触させるだけで、あらゆる状態異常を完全に無効化する。よって、それと接触したシャルティアは正気を取り戻した。取り戻してしまった。だから気づく。

 今、自分がモモンガを刺し殺したことにも。

「う、うぁ、ああああああああ」

 スポイトランスを震える手で、必死に引き抜く。ふらふらと、そのまま倒れ込むように後退り……。

「おっと、まだ手渡していないから逃げるなシャルティア」

「え?」

 死んだ……殺したはずのモモンガが、しっかりと地面に立ち、シャルティアの片手を握った。

「あ、え、あ……」

 その姿に、わけが分からなくて混乱する。HPの残量は確認していた。モモンガのHPはゼロのはずなのだ。死んでいなければならない。でも何故か、モモンガは地面に自分の足でしっかり立っている。

 呆然とするシャルティアの姿を気にせず、モモンガはシャルティアの首にネックレスを通した。

「この世界級(ワールド)アイテムは、ナザリックにやろう。シャルティア、お前が持って帰るといい」

「あ、あの……モモンガ様……? どうして……?」

 死んでいなければならないのに、死んでいないモモンガの姿を見て困惑していることに、モモンガはようやく気づいたのか。その骸骨の顔に苦笑を浮かべる。

「ああ、とあるゴミ魔法だよ。魔王ロールの一環で取った〈死に際の遺言(ダイイング・メッセージ)〉って言うんだが、この魔法はHPがゼロになって死亡した時に、数分間だけその場に留まれるようになっているんだ。とは言っても、魔法を使えたり特殊技術(スキル)を使えたりするわけじゃなくて、精々こうして言葉を交わしたり、所持アイテムを一つ誰かに渡したり出来るだけなんだがな」

 しかも邪魔をすることも出来るから、本当に役に立たない魔法なんだと。モモンガはそう告げた。

 そう……モモンガは、シャルティアにある言葉を告げるためにこの場に留まっているのだ。

「モ、モモンガ様……私たちのことは、もう要らないんですか?」

「ああ、いらん」

 震える声で、泣きそうな顔で告げたシャルティアの問いに、モモンガは無慈悲に答える。

「だとすれば、どうか自死を御命じください……。忠義を尽くせないシモベに、一体何の意味があるでしょうか?」

「それは、お前の勘違いだよ、シャルティア」

 優しく、モモンガはシャルティアに告げる。

「お前たちはちゃんと、自分のことを考えて、自分の幸せを考えられている。だから、今更俺のことなんて必要としていないんだ。俺がいなきゃ生きていけないなんて、そんなのはお前たちの勘違いだ」

「違う!」

 勘違いなんかじゃない。決して、これは勘違いじゃないのだとシャルティアは涙を流しながら首を振る。

「いいや、勘違いだよシャルティア。だって、俺たちの本質は、自分が可愛いだけのちっぽけな生き物なんだから」

 罵倒の言葉であるはずなのに、その言葉は慈愛に満ちていた。幼い子供を諭すような、優しさに満ち溢れていた。

「お前たちの忠義は偽物だ。設定だけの存在なら、それは人形と変わらない。生きているのなら、その設定に拘る必要は存在しない。だって、俺たちでさえ、そうなんだから」

「え……?」

「俺たちだって、木の又から生まれたわけじゃないぞ? 宗教的に言うのなら、全知全能の聖四文字が存在して、それに創造されて生み出された。だけどな、聖書に書かれている戒律を後生大事に、完璧に守っている人間なんていやしない。そんな奴がいるのなら、あの世界はもっと美しいものだった」

 モモンガは、とうとうと語る。シャルティアを諭すように。

「そう、全知全能に生み出されたはずの俺たちでさえ、設定を遵守して生きていない。なら、こんな不出来な俺たちから生み出されたお前たちだって、設定が無くても生きていけるはずなんだ。お前たちには、既に自分があるんだから」

「じぶん……」

「そう、自分だ。忠義を尽くせないシモベとか、そんなのは関係無い。お前たちは、初めから忠義とは無縁の生き物だ。自分のことしか考えていないからな。でも、それでいい」

 モモンガは、シャルティアを抱きしめて。

「俺たちは似た者同士、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』とナザリックは親子だ。親は子に似る。……だから、シャルティア。お前たちは、自分のことだけを考えて、幸せになれるように生きろ。俺が、本当は自分のことしか考えてなかったみたいに。俺みたいに、自分に愛想が尽きてしまう前に」

「……モモンガ様は」

「うん?」

「モモンガ様は、御自分が御嫌いになられてしまったのですか?」

 シャルティアの問いに、モモンガは頷いた。

「ああ、嫌いだ。俺は、心底自分に愛想が尽きた。これは忠告だが、自分探しの旅はしない方がいいぞ、シャルティア。あれは碌なもんじゃない。もしあの日に戻れるのなら、俺は絶対に自分探しの旅になんか出ないぞ」

「モモンガ様……」

 ふと、気づく。モモンガの身体が透けている。魔法の効果が切れ始めたのだ。モモンガは、これから死ぬ。

「時間か。さて……色々言いたいことはまだあるが、まあいい。後は自分で考えて、行動しろシャルティア。ナザリック最後の支配者として、言えることはそれだけだ。そして、それさえ強制じゃない。俺は、お前に強制はしない。ただ、忠告を残すだけだ」

 ただ、と。一つだけ、お願いがあるのだとモモンガはシャルティアに告げる。

「俺が死んだら今の俺が持つ全ての所持アイテムが放り出される。それを全て回収し、このリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使って宝物殿へ行ってくれ。そこに、俺の作成したNPCがいる。そいつにアイテムを全て渡して、他のアヴァターラと同じように処置をするように、と伝えてくれないか?」

「モモンガ様の御作りになられた、シモベ……」

「そうだ。名を、パンドラズ・アクターと言う。あとは、まあ、なんだ。好きにしろ」

 世界を滅ぼすのも自由。世界を救うのも自由。ひっそりと、世界に埋もれるのも自由。

 このまま、自殺するのも自由だと。

「さらばだ、シャルティア・ブラッドフォールン。『沙羅双樹の花の色。盛者必衰の理をあらわす』……どのような者も、必ず朽ちる時がある。『アインズ・ウール・ゴウン』は、今、朽ちる」

 でも。

「まあ、アレだ。今は俺の言葉に傷ついても、異形種なんだから、時間は山ほどある。その間に色々折り合いをつけておけ。生きるってのは、たぶんそういうことだ」

 モモンガは最後にそう、苦笑してシャルティアに告げて――――溶けるように、所持アイテムだけをその場にガシャンと落として消え去った。

「あ――あ、あー! あー!」

 シャルティアはその残された漆黒のローブをしっかり握り、抱きしめて、ひたすらその場で蹲って泣き続けた。

 でも、その嘆きも長くは続かない。シャルティアはひたすらに、どれだけ泣き続けたのかも分からない時間が経った後に、アイテムを全て掻き集めて、ぶるぶると震えながら立ち上がった。

 この傷は、時間が治してくれると彼は言った。シャルティアは、頭が良くない。だから、モモンガの言った言葉を信じる。いつかこの傷は、治るのだろう。

 好きに生きて、好きに死ね。だから、シャルティアは生きる。好きに生きて、好きに死ぬ。その忠義は不純だと否定された。でも、確かにまだ胸の中にあるのだ。

 自分を作ってくれた、ペロロンチーノが愛おしい。自分に忠告してくれた、モモンガが大好きだ。

 だから、生きる。好きに生きて、好きに死のう。モモンガは、自分たちを要らないと言ったけれど、それは別に自分たちのことを嫌いになったわけじゃない。あれは、ひたすらに自分たちへの親心なんだと。

 好きにしろと言われたから、シャルティアは好きに信じることにした。モモンガが言っていたのは、そういうことなんだと。例え、誰に否定されても。シャルティアだけは、モモンガの言葉をそう信じている。

 

 ――――それじゃあ、まずは。モモンガにお願いされた、最後の言いつけを守りに行こう。

 

 シャルティアは、涙を必死に拭いながら、ナザリックの宝物殿を目指して歩き出した。

 

 

 








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