Die Zeit heilt alle Wunden《完結》   作:ダイコクコガネ
<< 前の話 次の話 >>

26 / 30
幕間 Interview with the Overlord 其之三

 

「う、うぅ…………」

 泣いている亜人の子を前に、モモンガは途方に暮れる。

 それは、ぱらのいあの死から更に十年が経過した、異世界に来てから五十年の月日が経過した頃。ツアーに「旅に出るからしばらく帰らない」と告げて、ツアーとの接触さえ十年も断ったある日のことだ。

 その頃のモモンガは、ひたすらに、幽鬼のような足取りで旅を続けていた。その姿はまさにアンデッド。

 そうしたある日、大陸中央より更に向こうの、海沿いに小さな人間の村を見つけたのだ。

 切っ掛けは、その人間の村へ向かう狩人たちを亜人種たちから助けたことだと思う。狩人たちはモモンガに感謝し、村へ案内して村人たちはモモンガに感謝を告げた。

 それは、秋の終わり頃の季節。冬へなろうかという、貯蓄が死活問題になる頃の狩猟だった。故に、モモンガは狩人たちに、村人たちに感謝を告げられたのだ。

 彼らは細々と、日々を耐えながら暮らしていた。人間のいる国までは遠過ぎる。だからここで、耐え忍びながら生活するしかない。家畜としての生だって、耐えられないならそうするしか無い。

 モモンガは人間としての心というモノを理解するために、思い出すためにその頃はひたすら人間種の味方をしていた。ぱらのいあが言っていた、人間性を捨てたくないという思い。それはモモンガには理解出来ない思考だったが、彼が気づいてモモンガが気づけなかった論理破綻の原因は、そこにある気がしていたのだ。

 だから、人間性を思い出すために、ひたすらに人間種の味方をした。評議国から離れていたことも、都合が良かった。ここではどれほど暴れても、評議国にはその噂は届かない。

 故に、モモンガは乞われるままに村人たちの願いを聞いた。この冬を越すために、あの亜人たちの集落を潰して欲しいという願いを。

 結果は、至ってスマート。漆黒の戦士の姿をしたモモンガは、呆気なく亜人種たちを討伐してのけた。

 彼らの抵抗は、モモンガにとっては微々たるものに過ぎない。あまりに、レベル差があり過ぎる。装備で埋められるレベル差は精々が十レベルだ。それ以上のレベル差は、どうやっても覆せない。

 まして、モモンガの身に着ける装備品は全てこの異世界では破格の、レアアイテム。当然ながら、元々のレベル差が更に絶望的な壁となって、亜人種たちを追い詰める。

 だから、あまりに簡単に全て滅ぼした。村人たちは、これで冬を安全に越せるだろう。

 モモンガの心は凪いだまま。何の感慨も浮かばずに。人間性なんて今も分からず。モモンガは作業のように全てを終えた。

 そして、最後の一人。亜人種ではあるが、何故かその集落では浮いている、全く別の亜人種の子の首を狩る時に、子供は泣きながら呟いたのだ。

「う、羨ましい…………」

「…………」

「ぼくにも、そんな力があれば……みんなの仇を討てたのに」

「――――は?」

 そう、泣きながら告げたトロールの子に、モモンガは呆然と視線をやる。首を狩ろうとしていた大剣は、止まった。

 訊けば、子供はこの集落の者たちに村を襲撃され、子供は全て食料のために飼われていたのだと言う。そして、この子供はその最後の生き残り。自分の番が来るその日に、モモンガが殲滅したために食べられずに済んだのだと。

 喰われることは、確かに恐ろしい。しかし、弱肉強食は世の常だ。自分が弱いのが悪いんだと、子供は悟っている。ただ、弱くて友達の仇が討てないことが辛いんだと。

 だが、全ての仇はより強大な力で、呆気なく潰された。仇はいない。なら、もう未練は無い。ただ、モモンガに対する羨ましさだけが存在する。

 だから自分も、皆と同じところへ送って欲しい。そう告げて、子供はモモンガに首を差し出した。

「…………」

 その子供の首を、刈り取る。だが、先程までは感じなかった、後味の悪さが身に染みた。

 居心地が悪い。なんだか、むずむずする。何か、致命的なモノを見つめてしまったような、後悔。

 モモンガは、ひたすらに考えた。考えて、考えて、考えて――ある結論に到達する。

 同じだ。亜人種も、人間種も、異形種も変わらない。誰かを思いやる心があって、誰かのために生きていける優しさを持っている。先程のトロールの子供。ぱらのいあ。ツアー。皆、他人を思いやれる心があって、誰かのために生きていた。

 そこに違いはない。平等だ。その他人を想う気持ちは、間違いなく等価値だ。違いは無い。有るなんて、絶対に言わせない。

 なら、自分は一体何なんだ。モモンガは、一体何なのだ。どうして自分は、破綻していたのだろうか。

 決まっている。

「あぁ…………」

 何のことは無い。単純に、自分は。

「……俺、自分が一番好きなだけの、人間だったんだ……」

 自分が一番大好きで、他人は二の次。だから自分に都合のいい状況しか認めない。

 元の世界に未練が無いのは当然だ。この異世界の方が、どう考えても居心地がいい。還りたいとは、絶対に思わない。

 友人たちに会いたくて、この異世界にいないかと願うのも当然だ。元の世界に還りたくないのなら、この異世界に呼び寄せるしかない。

 単純で、当たり前の結論だけがそこに存在している。破綻なんてしていない。最初から、自分は破綻などしていなかった。人間性を失ってなどいなかった。

 何よりも、誰よりも、モモンガは。

「俺……自分が一番、可愛かったんだ…………」

 それを悟った時、モモンガの中で、自分に対する愛想が尽きた。

 心を占めるのは、ひたすらに諦観。自分はこういう人間だという悟り。故に、友人に会いたいという願いは尽き果てた。その感情は未だ燻るが、しかし今までほどの情熱は抱けない。情けない自分の本音に、ひたすら侮蔑が向けられる。

 この諦観。鏡を見ればきっとすぐに気づく。今の自分は、あの時のぱらのいあと同じ表情をしているのだろう。

 ……そう。これから自分はどうあっても苦しむのだ。自分が一番可愛くても、友人たちを大切だと想う心に嘘偽りは存在しないから。

 目を背けていた事実に、無意識に避けていた自己に。モモンガは見切りをつけた。

 十分だ。自分は、どうあっても苦しむ。これから、異形になって狂った精神を抱えたまま、情けない自分の人間性を見つめて生きていくのだろう。

 かつて出会った、あの、プレイヤー(ぱらのいあ)のように。

 モモンガはそう悟って、静かに、友人と自分探しの旅を終わらせた。

 

        

 

 旅を終わらせて帰って来たモモンガを、ツアーはいつものように暖かく出迎えた。

「やあ、おかえりモモンガ。今度の旅はどうだったかい?」

 いつものように、気軽に訊ねるツアーへモモンガは自嘲と共に吐き出した。

「そうさな……自分探しの旅って奴をやってみたんだが、それをやる奴は、頭がおかしいってことが分かった」

「なんだい、それ?」

 笑うツアーに、モモンガは苦笑を向ける。自分なんか、探したって碌なことはない。あんなのは、やめておけば良かったのだ。さっさと、この国に帰って来るべきだった。

 だからこそモモンガは自嘲と共に、その自分探しの旅の結末をツアーへと語った。

「ふぅん……」

 全てを聞き終えたツアーは、そう呟くと、再び頭を床につけて寝そべる。

「つまんない話だね。今まで君から聞いた冒険譚の中で、一番つまらない話だ」

「そうか? ……そうだな、俺もそう思う。あまりに得る物が無さ過ぎて、正直頭がおかしくなりそうだ」

 そう、得られる物は何も無い。ただ、自分に愛想が尽きただけの、つまらない旅だった。

「うん。だから……」

 ツアーは寝そべりながら、いつもと同じ調子でモモンガに告げる。

「今度から、自分探しの旅なんてやめるといい。いつもと同じように、未知を探す冒険譚を綴ればいいよ。私も、その方がずっと楽しい」

 そう告げたツアーに、モモンガは微笑みかける。声は震えていた。もし自分が泣けるのなら、泣いていたかもしれない。

「ああ……そうだな」

 自分に対する愛想は尽きた。元の世界に未練は無い。友人たちは、きっとこれからもダラダラと適当に探し続ける。けれど心を占めるのは諦観で、もう情熱は抱けない。

 だから、せめて。

 この異世界で出来た友人を大切にしよう。今、同じ世界に生きるツアーのことを、一番に考えて行動しよう。

 だって、自分に対する愛想は尽きたのだ。自分を大切に出来ないなら、他人を大切にするしかない。今は、ツアーが一番大切だから。この友人を、生きているかぎり大切にしていこう。

 

 ……鈴木悟という人間の物語は、これで終わりだ。三十と五十年の年月をかけて、モモンガはひっそりと鈴木悟という人間の人生に終止符を打った。

 後に残るのは、評議国のアダマンタイト級冒険者にして、ツアーの友人であるモモンガというアンデッドだけ。これからは、ツアーのために生きていく。壊れた人間性を抱えながら。情けない、自分の本質をチラチラと横目で確認しながら。

 それが、モモンガの新しい人生だ。

 

        

 

「――以上が、私のつまらない話です」

 モモンガはそう締め括り、彼を見つめる。彼は、何とも言えない表情でモモンガを見つめた。

「その……何と言うか……」

「ああ、はっきりどうぞ。超越者の気配なんて欠片もない、ひたすらに惨めで情けない人間がいただけでしょう? プレイヤーなんて、もしかすると基本はどいつもこいつもこんなものかも知れませんよ。所詮、元々は人間だったんですから」

 モモンガの言う通り、その人生は超越者のものじゃない。ただ、情けない人間が二人いただけだ。八つ当たりをして、人生に疲れ切った男と。そして目の前の、自分に愛想が尽きてしまった男が二人。

「それが(ぷれいやー)の正体だと言うのなら、なんとも……」

 その先は、言葉に出来ない。ただひたすらに、後味の悪い思いが浮かぶだけだ。

「まあ、持っている力は残念ながら本物なので、超越者では無い分タチが悪いかも知れませんね」

 その結果が、八欲王なのだろう。あそこまで欲望のまま、思いのままに行動していたぷれいやーは伝説でもそうはいない。彼らの欲望の伝説の前では、人類を救った六大神以外は霞むだろう。

「さて、他に何か聞きたいことはありますか?」

 モモンガの問いに、首を横に振る。自分にだって、浪漫を大切にしたい心はある。こんな神の情けない裏話なんて、ひたすらに聞きたくなかった。

「そうですか。では――――」

 モモンガがそう呟いたその瞬間、彼は跳ね上がるようにして椅子から飛び退いた。その動きはまさに一級の戦士。ユグドラシルでも通用する身体能力だ。

 そして、彼が先程まで座っていた場所が真っ二つに裂けた。ある魔法で完全に不可知と化していたアンデッドの姿が、その一撃で現れる。

「〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウンアブル)〉で完全に隠していたんだが、よく気づいたな。随分と勘がいい。そして身体能力もユグドラシルレベル……中々の実力じゃないか、若いのに」

「アンデッドの、ドラゴン……」

 ドラゴンロードとさえ思えるほどの、凄まじい魔力に満ちた、腐った皮膚と骨を曝け出すドラゴンのアンデッド。スケリトル・ドラゴンというアンデッドがこの世には存在するが、明らかにそれと比べれば猫と虎ほど違いがある。

 どうやったのか、狭い室内の天井に張り付くように存在したアンデッドのドラゴンは、彼の姿をじっと見つめていた。

「さて、怪物役としてはここで君に襲いかかり、君を殺してしまうのが話のオチなのだろうが――」

 モモンガは片手を軽く振り、アンデッドのドラゴンの姿が天井から消滅する。

「俺が与えるのは、先程の一撃だけだ。避けた以上は、何もしない。大人しく国に帰るがいい」

「…………それは」

「ツアーへの義理立てだよ。ツアーが法国と敵対するかぎり、俺も法国と敵対する。だが、今回だけはプレイヤーへの義理立ても兼ねて一撃だけで見逃そう」

 モモンガはそう言うと、席を立った。漆黒の戦士は酒場の個室を出ていく。

「スルシャーナたちのNPCに、よろしくな」

 最後にそう囁いて、モモンガは彼の前から去って行った。

 

 

「――以上が、彼に対する報告ですよ」

「ふぅん」

 カチャカチャと、六大神が広めた玩具ルビクキューで遊びながら、漆黒聖典の番外席次“絶死絶命”は彼の報告を聞いていた。

 先程まで、彼は上層部にモモンガと遭遇したことと、そのモモンガが語った話を伝えていた。モモンガの身の上話はともかく、モモンガの扱いに上層部は頭を抱えることだろう。

 モモンガは、完全にツアー寄りだ。ツアーと敵対関係に入ってしまえば、最強のドラゴンロードとぷれいやーの二人を相手取ることになる。そうなれば、果たして自分たちに勝ち目はあるのか。あの白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)だけでもキツいと言うのに。更にそのドラゴンロード級のぷれいやーと戦わなくてはならないのだ。

「残念。敗北を知りたかったのに。……そのぷれいやーさんじゃあ、私に勝っても私を孕ませることは出来ないわね」

 彼女の言葉に苦笑する。それはそうだ。何せ、モモンガはアンデッド。他人を孕ませられるわけがない。

 しかし、モモンガの話は全く意味が無かったかと問われれば断じて違う。ぷれいやーというモノに対して、法国としても行動指針が明確に決まり始めていた。

 モモンガの告げる、ぷれいやーなんて所詮は力があるだけの、情けない人間に過ぎないという事実。六大神と、八欲王の異世界に対する対応の違い。当たり前だ。長年の答えがようやく出た。ぷれいやーの真実は、自分たちと同じちっぽけな人間に過ぎない。

 だからこそ、対応が慎重にならざるを得なかった。それはつまり、ちょっとしたことで容易にぷれいやーは悪魔に変わるという証明でもあるのだから。

 超越者ならば、まだ余裕があった。超越者というものは、総じて気が長いものだ。自分が圧倒的に格上だと知っているものだから、度が外れたことでもないかぎり怒らない。ツアーなど、最たるものと言えるだろう。八欲王との戦争に参加しなかったドラゴンロードたちも、そうした超越者の心で暢気に構えていたに違いない。

 だが、ぷれいやーは違う。六大神のような、人間を救おうと考える者は稀に過ぎない。大抵は、自らの欲望を満たすことを優先する。八欲王は、その最たるものだ。

 そう……だから。あのエルフの王の行動にも、なんとなく納得がいった。所詮は神なぞではなく、人間の手で欲望のままに生み出されたモノ。アレには、何かを期待すること自体が間違っているのだろう。

「今のところ、評議国と戦争の予定は無いのよねぇ……ねえ?」

「駄目ですよ、動いては」

 興味深そうな表情を作った彼女に、苦笑いしながら釘を刺す。彼女は頬を膨らませた。彼女には使命がある。六大神の遺した遺産を守るという、重大な使命が。

「そのモモンガって奴、どれくらい強いか興味あるのに。あなたの不意を平然とついたんでしょう?」

 そう、神人である彼の不意を、モモンガは平然とついた。あのアンデッドのドラゴンの攻撃は、本当に寸前まで気が付かなかった。何時からいたのか。ずっと何をしていのか。彼にはさっぱり分からなかったのだ。

「モモンガ様は、〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウンアブル)〉で隠したと言っていました。おそらく、第八位階以上の魔法なのでしょう」

「第八位階……私たちじゃあ、さっぱり分からないわね」

「ええ」

 自分も、彼女も魔法は使わない。かと言って、他の者達もそこまで高位の魔法は使えない。一応、信仰系なら裏技で使えなくもないが、それでも知識はそこまで深くない。

「戦争になったら、会えるかしら?」

 そう微笑みかける彼女に、彼は心の底から呆れた声を出した。

「勘弁してください」

 彼女は自分より強い者を探している。

「だって、それほどの魔法の使い手なら、アンデッドでも子供の作り方くらい心得ているかもよ? 気にならない?」

 気にならない、と言えば嘘になる。確かに、高位の魔法の知識は貴重だ。是非とも何が出来るのか知っておきたかった。しかし――

「評議国との戦争は、上層部が避けるでしょう。それに――そろそろ、一〇〇年の嵐が近づいています」

「ああ……もう、そんな時間」

 彼女も、彼の言葉にモモンガのことを諦める。モモンガは、評議国にいる基本は無害なぷれいやーだ。評議国をどうこうしなければ、モモンガは何もしないだろう。

 だが、ぷれいやーは一〇〇年周期で出現する。その時期が、そろそろ近づいてきていた。つまり、自分たちが警戒しなければならない時期がやって来たのだ。

 願わくば。どうか。モモンガやぱらのいあのような、口だけの賢者のような。十三英雄のような。そんな人間種にそれほど敵対的ではないぷれいやーが良い。

 彼はそう、無言で天へ祈りを捧げたのだった。

 

 

 








※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。