岡田武史が考える、代表監督に必要な資質
「外国人にこだわる必要はない」

飯尾篤史

試合を「見る目」を教えることが大事

試合を「見る目」を教えるには原則がいる、と岡田氏は指摘する

試合を「見る目」を教えるには原則がいる、と岡田氏は指摘する【スポーツナビ】

――クラブのプレーモデルが日本サッカーのプレーモデルになり、ひいては日本代表のプレーモデルになると。


 あとは、やっぱり育成。例えば、協会のトレセン(ナショナルトレーニングセンター)制度にもう少し力を持たせるとか。フランス代表がW杯やユーロ(欧州選手権)で優勝したころ、メンバーの多くがクレールフォンテーヌ(国立研究所)出身だった。今のトレセンはちょっとマンネリ化している感じがするので、そういうのがあってもいい。


 クラブのアカデミーに関しても、僕はお金をもっと掛けるべきだと思う。今、育成年代の指導者は安い給料で指導しているのが現実。優秀な指導者がアカデミーで指導できるように、お金をしっかり支払う。そこで実績を残した指導者がトップにいく。今後10年で、そうした構図に変わってくれば、日本は強くなると思うけどね。


――では、指導者の養成に関して、感じていらっしゃることはありますか?


 日本は素晴らしい育成システムと指導者養成システムを作ったわけです。世界的に見ても、これだけ急激に伸びた国はない。でも、ここに来て、最初に作った人たちの心みたいなものが抜け落ちてしまって、マニュアル化しているような気がする。再構築してもいい時期なんじゃないかな。


 戦術論を教えて、例えば、こういう場合にはこういうソリューションがある、こういうトレーニングをすればこうなる、コーチングはこうすればいい、とか教えるんだけれど、一番大事な、試合を見る目、分析する目は教えないんだ。要は「何かうまくいっていないな」では監督は務まらない。何がうまくいっていないか分かるから、「よし、こうしよう」と対策できる。


 例えば、1人のポジショニングが悪いからやられているのに、システムを変更して墓穴を掘ったり、システムが相手とマッチングしていないから中央が数的不利になっているのに、メンバー1人だけを交代させてみたり。見ていて「え?」と思うことがよくある。ただ、そういう「見る目」を教えるには、原則がいる。原則がないと、何をどう見ていいのか分からないから。

必要なのは立ち返るべき「プレーモデル」

日本の成績が安定しない要因は「応用力」ではなく、「共通の原則」を持っていないことだと岡田氏は話す

日本の成績が安定しない要因は「応用力」ではなく、「共通の原則」を持っていないことだと岡田氏は話す【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

――今治で作っているのは、まさにそういう原則ということですね。W杯で日本代表はスタイルがコロコロ変わるだけでなく、成績も、グループステージ敗退と突破を繰り返しています。成績が行ったり来たりすることと、スタイルの変化に因果関係はあるのでしょうか?


 それはスタイルというより、本当の地力がないからで、行ったり来たりしながら、少しずつ上がっているところではないでしょうか。ジーコのときも、(2−2で引き分けたW杯直前の)ドイツ戦なんか、めっちゃ強いなと思った。ザック(アルベルト・ザッケローニ)のときだって、良いチームだと思っていた。でも、ひとつ狂うと、何もできなくなってしまう。


 例えば、(香川)真司、柿谷(曜一朗)、清武(弘嗣)を並べて、ポンポンポンってやるとすごいんだけれど、1人つぶされたりすると、途端に何もできなくなってしまう。あるいは、勝負には勝てなかったりする。それは、「応用力の問題」とよく言われるけれど、そうじゃなくて、共通の原則を持っていないからではないかと思っています。


――プレーモデルですね。


 そう。プレーモデルというのは、自分たちの哲学に沿ったプレースタイルのサッカーをやるための原則で、そういう立ち返る場所があれば、ガタガタと崩れないんじゃないかと予想している。だから、守備的に戦うのか、攻撃的に戦うのか、「俺たちのサッカー」をやるのか、「縦に速いサッカー」をやるのか、というのは表面的な議論で、問題はそこではないと僕は思っています。

飯尾篤史

著者名
飯尾篤史
著者紹介文

東京都生まれ。明治大学を卒業後、編集プロダクションを経て、日本スポーツ企画出版社に入社し、「週刊サッカーダイジェスト」編集部に配属。2012年からフリーランスに転身し、国内外のサッカーシーンを取材する。著書に『黄金の1年 一流Jリーガー19人が明かす分岐点』(ソル・メディア)、『残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』(講談社)、構成として岡崎慎司『未到 奇跡の一年』(KKベストセラーズ)などがある。

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