元ハリル副官・ボヌベー氏インタビュー
「“緩衝器”の役を果たそうと努めてきた」

マリオ・アルバノ/Mario Albano

アシスタントとしての役目は多様だった

「アシスタントとしての私の役目は多様だった」とボヌベー氏(左端)は語る

「アシスタントとしての私の役目は多様だった」とボヌベー氏(左端)は語る【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

――あなたはコーチとして、どのような形でハリルホジッチ監督を支えてきたか? 具体的に仕事内容を教えてほしい。


 私はヴァイッドのアシスタントであり、われわれが運命を共にするようになってから、ずっと彼をサポートしてきた。私は手にしたすべての情報――チームがうまく機能する助けとなりそうな情報はすべて、彼に渡してきた。


 アシスタントとしての私の役目は多様だった。たとえば、スタジアムに足を運んでJリーグの108試合を観察し、リポートを作成した。また日本に滞在している間にも、ヨーロッパでプレーしている選手たちの試合をビデオで見て、そのプレーぶりをチェックしていた。代表に招集される可能性のある日本人選手のプレーを直に見るため、ドイツ、フランス、スペイン、イタリア、イングランド、ベルギー、オランダ、ブルガリアなどに足を運んだ……。


 また、対戦相手の戦力把握、相手の強み・弱点を、ビデオを見て分析する仕事や、選手たちのためにビデオを使って個人的な特別練習なども行っていた。たとえば酒井宏樹について言えば、彼の向上の助けとなるであろう点、改善点などを指摘しながら、マルセイユでの試合のビデオを本人にたくさん見せたこともある。私はまた、われわれ(日本代表)の試合のビデオを撮り、その分析、分析からくる情報報告のミーティングなどを行った。練習の観察、戦術的な話し合い、また全体的なチーム環境、選手の選択に関する印象を分かち合い、意見を述べることなどもあった。


――手倉森誠コーチとの役割分担はどのようになっていた?


 日本人のアシスタント(コーチ)と、今語った任務を分担して行っていた。


――あなたは当時、技術委員長だった西野朗氏とコミュニケーションを取ることは多かったのか? 西野氏について、どのような役割の人だと認識していたか?


 ああ、彼はわれわれと一緒にいた。私たちは互いに理解し合い、良い関係を築いていた。彼は日本代表のゼネラル・マネージャーの役について、スポーツ面での会長の代理人を務めていた。彼は日本で素晴らしい戦績を誇る人物だ。

すべては計画的に準備されていた

「W杯の間、私は変わらず『SAMURAI BLUE』の忠実なサポーターであり続けるよ」と日本の人々へメッセージ

「W杯の間、私は変わらず『SAMURAI BLUE』の忠実なサポーターであり続けるよ」と日本の人々へメッセージ【Getty Images】

――W杯本大会に向けての情報収集・分析、コンディション対策などはどの程度進んでいたのか?


 すべてはしっかり準備されていたよ。われわれはその点で綿密に働いていた。1年以上前にトレーニングの拠点を選び、親善試合、キャンプに関しても、すべては計画的に準備されていた。相手の分析に関してもだ。私は(3月のインターナショナルマッチウイークで)ル・アーブルでのセネガル対ボスニア・ヘルツェゴビナの試合を視察に行き、ヴァイッドはスタッド・ドゥ・フランスでのフランス対コロンビア戦の視察に出向いていた。


――今回はW杯前に日本代表とのチャレンジはついえてしまったが、日本代表と歩んだ3年間はボヌべーさんにとって、どのような時間だったか?


 総じて見れば、スポーツ面でも、また人間的な意味でも、非常にポジティブなものだった。並外れた人々と共に過ごした、本当に素晴らしい経験だった。私は、日本と、日本の人々をすごく好きになった。私はここ3年というもの、80パーセントの自分の時間を日本で過ごしてきたんだ。W杯の間、私は変わらず「SAMURAI BLUE」の忠実なサポーターであり続けるよ。


(構成・翻訳:木村かや子)

著者名
マリオ・アルバノ/Mario Albano
著者紹介文

マルセイユを含む南仏で最大の売り上げ数と人気を誇る一般紙『ラ・プロバンス』紙で、長くマルセイユ番記者とフランス代表番記者を務める、ベテランのサッカー記者。文章力、分析力を高く評価されており、その人柄ゆえ、選手からの信望も厚い

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