日本人とは何か

TOBIU CAMPから戻って考えたこと

 今年も北海道の白老(シラオイ)で行われたTOBIU CAMPに出演した。

 北海道にはアイヌ語由来の地名がとてもたくさんあるのだけれど、ここ白老はアイヌ語で「アブの多いところ」という意味らしい。ちなみに札幌は「乾燥した広いところ」というような意味があるとのこと。北海道だけでなく、本州にもアイヌ語が由来と思われる地名がたくさんあって、興味深い。

 白老という地名についての由来を聞いたときには驚いて、アブに刺されたらどうしようと虫除けスプレーを買い込むなどして参加したけれど、初出演から4回目のこの日も、アブに刺されることはなかった。というか、アブを見かけたことがない。

 TOBIU CAMPは地元のアートコミュニティの人たちが、廃校となった小学校と付近の森を少しずつ切りひらき、整備しながら、じわじわと根を張るように広がっているアートフェスティバルだ。ステージの位置を毎年変えながら、どんどん素敵なフェスになっていて、「ここが変わった!」というところを見つけるのがとても楽しい。

 前回演奏したメインステージは跡形もなく、今年は校庭跡の広場に建てられたビニールハウスで、Turntable Filmsの井上くんと一緒に演奏した。温かい観客たちに囲まれた、とても楽しい時間だった。

 俺がこのフェスに出演させてもらうようになったのは、マレウレウというコーラスグループとの関わりがきっかけだった。アイヌの音楽家である安東ウメコさんの「ウポポ サンケ」という素晴らしい作品についてのツイートに、マレウレウのマユンさんが反応してくれたところから、彼女たちとの交流がはじまった。

 自分が作ったり演奏したりしているのはいわゆる大衆音楽なのだけれど、「自分たちの音楽がどういう文脈からやってきているのか」ということについて考えるようになったのは、2000年代が終わりかけた頃だった。

 例えば、小泉文夫さんの『音楽の根源にあるもの』などの一連の著書、西洋や日本の音楽史の本、あるいは世界中の民族音楽を収めたレコード、そういったものに触れ続けているうちに、自分の音楽が「根無し草」なのではないかという疑念が芽生えてしまったのだった。そもそも、当たり前に使っているドレミファソラシド(十二平均律)自体が、長い日本列島の歴史から見ればごく最近に導入されたものなのだという事実も、そういった気分を後押しした。

 そして、ポップミュージックの中で「邦楽」と呼ばれているものが、実は伝統的な意味での「邦楽」を表しておらず、むしろ伝統的な「古来の邦楽」とは縁遠いということを知れば知るほど、いわゆる「日本」的な芸能から、音楽的にはずんずんと遠のいているのかもしれない、ということを思い知って、なんとも言えない気持ちになるのだった。

 そういった日々の思索のなかで、文楽や能などの伝統芸能や、あるいは仏教、庶民が詠んだ歌、教科書には詳しく載っていない日本史=民俗史に関心を持つようになった。縄文時代の土器や土偶にも興味が沸いた。

 そうこうしているうちに出会ったのがアイヌの文化だった。


 マレウレウのみんなやトンコリ奏者のOKIさんにはここ数年かなり仲良くしてもらっていて、いろいろなところを案内してもらったり、一緒にご飯を食べたり、もちろん素晴らしい演奏を聴かせてもらっている。マレウレウの「ウコウク」やOKIさんのトンコリの倍音には、なんとも呼びようのない、宇宙の深遠にいるかのような恍惚感がある。とても不思議な響きに包み込まれて、陶酔してしまう。

 彼らとの交流や様々な経験のなかで、アイヌ文化や民族のこともいろいろ知ることができた。そして「日本」について、別の視座からも考えるようになった。

 2度目のTOBIU CAMPに出演したとき、俺はその別の視座から湧き上がったいろいろな考えや思いでグチャグチャに絡まってしまって、崩壊寸前だった。

 アイヌの歴史に対する本を読めば、「大和」の人たちがアイヌの人たちに酷い仕打ちをしてきたことが記されている。北海道の開拓時に行った搾取などがその例だ。俺はそういった書物を読むにつけ、なんだか申し訳ない気持ちになってしまったのだ。

 ところが、自分がどこからやってきたのか、実はよくわからないところもある。朝鮮半島からやってきた人、あるいは中国やロシアから、沖縄だけでなくポリネシアまで広がる南島系の人たち、北海道や樺太のアイヌの人たち、もっと古い時代に列島に住み着いた土着の人たち、そういった様々な民族が混じり合い続けて構成されているのが、この「日本」に住む人たちだろう。自分にルーツがあるのだとしたら、それはこのうちのどれだろうか。俺は知らない。

 ただ、大きく分ければ、おそらく俺は「大和」の側、ながらく本州に住んできた人たちの末裔かもしれない。そう考えると、どういう顔をしてトピウやシラウオイといったアイヌの地で演奏すればいいのか、よくわからない。自分が「大和」の側であるならば、過去の酷い仕打ちを詫びたい。けれども、繋がりをずばりと表すことのできない「大和」の側に勝手に立って、当事者のように話すのは不自然な感じがするし、このフェスで唐突に俺が「歴史的な申し訳なさ」を打ち明けたとして、参加しているアイヌをルーツに持つ人たちはどう思うのだろうかという問いもあった。薄ら寒い正義感とか、ヒロイズムの腐敗片みたいなものかもしれない。

 とにかく、いろいろな思いが交錯して混乱していた。それをそのままMCで打ち明けて、会場が微妙な空気になったところ、偶然に遠くを走っていたダンプカーのクラクションがけたたましく響いた。俺は「いいから早く歌えってことかなぁ」とひとりごちて、それをマイク越しに聞いた観客が少し笑って、俺はやっと演奏に戻ることができた。

 その年の俺の演奏はあまり褒められた出来ではなかったと思う。


 つくづく、「日本」という言葉を捉えるのは難しい。「この島に住んでいる」ということ以外に、自分の中に「日本」をずばりと見つけ出すことは難しい(だって、俺はミュージシャンなのに伝統的な邦楽とも繋がってないじゃないか)。強いて言えば、「日本語」が母語であることが、俺にとってもっとも信頼性の高い「日本」なのかもしれない。

 その点、国籍というのは事務的に「日本」規定してくれるので便利ではある。どうあれ日本国籍を持っていれば、等しく日本人だ。

 でも、考え方としての「日本」は、上記のようにとても難しい。少なくとも俺にとっては。そして、この思想としての「日本」が時として、人を差別するための物差しになったりもする。だから「日本」について考えるのは、自分にとってとても大事なことだけれども、とても危ないことのひとつでもある。誰かを排除するためにそういった「日本」を捏造するくらいなら、愛するものは静岡だとか、志田地区だとか、島田市だとか、六合だとか、そういった細かい郷土だけで十分だと思う。あのへんの生まれなの?くらいのもので。

 そもそも「国家」というのも不思議な考え方だ。

 たとえば、生まれた場所が戦地だったり、生活している場所で戦争が起こったりして、その地で生活できなくなる人たちが、国境という考え方のせいでどこへも避難できないというのは、とても理不尽だと思うし、非人道的だと思う。誰だって、住んでいる場所で戦争が起きたり、ましてや生まれた地がすでに戦場だったとしたら、そこから逃れたいだろう。運命だから受け容れろというのは酷だ。

 一方で、ジョン・レノンの「イマジン」のヴァースの歌詞のように宗教も民族も天国も戦争も一緒にではなく、国境だけがある日に突然なくなってしまったときに起こるだろう混乱について想像すると、ある種のボーダーが守っていることや、その役割についても考えずにはいられない。とても難しい問題だと思う。「国境なんて非人道的だ」と偉そうなことを書いた側から、引き裂かれてしまう。

 それでも、音楽にとって、物理的な防音壁だとか、音が届かないような距離だとかははっきりと「隔たり」だけれども、国境や県境や町と町の境界線なんかは、なんの隔たりでもない。そんなものは実在せず、いわゆるフィクションなのだということを、音楽は俺に教えてくれる。38度線やベルリンの壁では音楽を遮ることができないのだ。むしろ、言語や文化のほうが壁として立ちはだかったりもする。


 話は変わるけれど、民進党の蓮舫議員の国籍の問題がニュースになっている。いろいろな人が彼女を非難している。また、法制度そのものの不備を問う記事もたくさんポストされている。

 最近ではいろいろなツールを持つミュージシャンやスポーツ選手が増えてきた。グローバルだなんて言葉が広まって久しいのだから、なんら不自然なことではないと思う。これからもどんどん増えて行くのだと思う。

 蓮舫議員のタレント時代の発言と比べて、釈明が二転三転していると、鬼の首でも取ったかのように責め立てる声がある。同じ党の議員たちにも批判的な人がいる。でも、俺はそこまで批判的な気持ちを持つことができない。誤りを認めて、手続きを済ませたのだから、それでいいではないかと思う。

 振り返れば、ダブルではなくハーフという言葉が一般的だった俺の子供の頃(昭和)、外国人にルーツを持つ人たちはある種の排他的な空気と常に対峙していたのではないかと思う。田舎となればことさらで、日本の保守的な風土は、彼らにどこか所在のなさを感じさせてしまったのでないかと、俺もその一部だったんじゃないかという自戒がある。

 そういう場合、「ルーツを拠りどころにする」以外に、その所在なさを埋める方法はあるのだろうかと、俺は想像する。「私はそれを誇りに思っている」というような発言があったとして、それにひっかかるところは俺にはどこにもない。そうでも言わなきゃやってられないような差別的な体験のひとつやふたつ、当時はあったんじゃないかと想像する。あるいは今でも。

 蓮舫議員は、そういったルーツに向けての差別や、ミソジニー(女嫌い)のような差別意識に抗うように、かなりマッチョな政治発言を繰り返しているように感じる。同じように、時折外国人のタレントがマッチョなコメントをするのも、そうした圧に対する忖度なんじゃないかと想像することがある。自民党の女性議員の何人かからも、そういった雰囲気を感じる。彼女たちは後進的な社会や組織の空気を無意識に読んでしまっているのかもしれないし、それは閉じた社会をサヴァイブするための本能的な作法なのかもしれない。もちろん、すべて俺の妄想かもしれない。

 ただ、俺はそのマッチョな感じがとても苦手だ。

 でも、何度書くが、俺はそういった反動的なマッチョさを担保している空気の一部なのかもしれない。無意識に、差別や時代遅れな男根主義の一部なのかもしれない。排他的な被膜の一枚かもしれない。「自分はどうなんだ」という問いを、どこかに放り投げるわけにはいかない。


 改めて、日本人とはどういうことなのだろうか。

 俺はまたしてもグズグズに崩壊して、グワグワになって、空中を漂っているような気分だ。音楽を思えば、俺の片足は「J」にあるけれど、もう一方の足は「邦楽」を、古えの「日本」を踏みしめられないでいる。

 俺は「日本」のどこにいるのだろう。