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サマーパーティーの会場には、すでに人がかなり集まっていた。
「ふわぁ~」
感動で思わず間抜けな声をもらしてしまった。
お姉様方の色とりどりのドレスが会場中に溢れ、ふわふわと揺れて、それが、あちこちに飾られている鮮やかな大輪の花々と相まって、まるで花の海にいるよう。
フォーマルを着たお兄様方も、もちろんお姉様方には及ばないけど華やかで素敵です。
はー、これが憧れのピヴォワーヌのサマーパーティー。
すべてがキラキラと輝いて見えます!
そもそもゲストのほとんどが瑞鸞在学生だから、空気が若々しいのだ。
今まで、吉祥院家の娘として時々パーティーには出たことがあるけど、あれはメインが上流階級のおじ様、おば様のパーティーだから、気疲ればかりしてまるで楽しくなかった。
私はまだ子供だという事で、なるべく辞退するようにしている。
両親は連れて行きたいようだけど。
「麗華?大丈夫?」
あら、やだ。口が開いてましたか。
剥がれそうになっていた化けの皮を慌てて装着し直す。
「大丈夫です、お兄様。でもちゃんとそばにいて下さいね」
本当は相手の腕に軽く乗せるだけの手に、がっしり力を込める。
ジャケットの袖がシワになったらごめんね。
でも油断したら、目移りしてる間に迷子になる自信があるの。
「見てください、お兄様。すべてがキラキラとして眩しいです」
「ただのシャンデリアの反射じゃない?計算されたライティングのおかげ」
乙女の夢に水を差さないでください。
パーティーが始まり、皆様が飲み物のグラスを片手にそれぞれ談笑し始めたので、私は早速お兄様に薔薇のアーチを見に行こうと誘った。
「ぜひ、日が落ちる前に見たいんです!お兄様のお薦めでしょ?」
「はいはい」
お兄様にエスコートされてテラスを出ると、小さな白い噴水やテーブルセットのある洋風庭園の奥に、ありました、薔薇のアーチ!
思った以上に可愛い!
赤い薔薇で作られたアーチには、白いシフォンのリボンが結ばれ、それが風に揺られてウエディングベールみたい。
そしててっぺんにはベルが!
鳴らしたい!
「お兄様!もしやこのベルには、鳴らすと幸せになるというジンクスが?!」
「さぁ、聞いたことないけど。──鳴らしたいの?」
「うっ」
こんな可愛いベルがあったら、誰だって鳴らしたくなるでしょう!
ダメかな。周りに人多いし。
おのぼりさんみたい?
「おいで」
お兄様が私の手を引いてアーチの前まで連れて行ってくれた。
「すみません。妹が鐘を鳴らしたいそうなのですが、いいですか?」
お兄様がアーチの一番近くにいた先輩に話しかけた。
先輩は快く場所を譲ってくれ、お兄様は私に「さぁどうぞ」というように促した。が、この注目されてる状況で、鳴らすのって勇気いるーっ!
お兄様、度胸あるなー。
でもせっかくの機会なんだし、皆様のご好意に甘えて鳴らしちゃおうかな。
一人じゃ恥ずかしいのでお兄様もご一緒に。
お兄様は微妙な顔をしていたけど、気にしない。
二人でカランカランとベルを鳴らしたら、「あら、結婚式の新郎新婦みたい」なんて言われて、お兄様が更に微妙な顔をした。気にしない。
私が浮かれてベルを鳴らしているのを、初等科の女の子達が見ていたようで、自分達も鳴らしたいと集まってきた。
そうでしょう、そうでしょう。
本当はみんな、鳴らしたかったに違いない。私が先陣切って恥をかいたおかげだね。
いい仕事したわ。
薔薇のアーチを堪能し、室内に戻ると、そこでは中央でワルツを踊る人々が!
パーティー! ワルツ!
「お兄様」
何かを察したお兄様は、私から顔を逸らしてビュッフェコーナーに行こうとしている。
しかしお兄様の腕をつかんでいる私は動かない。
「お兄様、ワルツですよ」
「嫌だよ」
即答ですか。
私は上流階級のたしなみとして、社交ダンスも習わされている。
お兄様も今は通っていないようだけど、もちろん過去に習っていた。
せっかく習っているんだから、活用する機会が欲しいじゃない。でなきゃ何のために習っているのさ。
薔薇のアーチのベルを鳴らして、私は妙にハイになっているようだ。
普段なら、恥ずかしくて自分から踊りにいこうなんて思わないはずなのに。
「お兄様、1曲だけです。ね、ね」
可愛い妹の思い出づくりの為に、うんと言ってください。
「はぁ…」
お兄様は大きなため息をつくと、がっくりと頭を落とした。
「1曲だけだよ」
やったー!
ホールには楽団の奏でるワルツが流れる。
いち、に、さん、いち、に、さん。
背筋を伸ばしてー、腕を下げなーい、はい!いち、に、さん、いち、に、さん。
先生のレッスンを思い出しながら、くるん、くるんと回る。
天井のシャンデリアがキラキラと輝く。
お気に入りのドレスの裾が広がる。
あぁ、夢のように楽しい。