4
「麗華お嬢様、お帰りなさいませ」
学院には吉祥院家の運転手さんが送り迎えしてくれる。
誘拐等の防犯対策と、車に勉強道具やお稽古道具を載せて、いったん帰らずにそのまま習い事へ通う為だ。
お嬢様の生活というのは忙しい。
放課後はほとんど習い事でびっしり埋まっている。
近所の公立小学校に通っている子供達と違って、生徒達の家はみんなバラバラだから、ランドセルを置いてそのまま集まって遊ぶような事は出来ないんだけど、それでもほとんどの子達が習い事で忙しいから、放課後はそのまま「ごきげんよう」。
さて、今日のお稽古は華道とピアノだ。
「ただいま戻りました」
あー、疲れた。やっぱり習い事の掛け持ちは大変。
ピアノはそれなりに楽しいんだけど、華道がなぁ…。
あれはセンスが問われるから。
今日も、どうにもとっちらかった、パッとしない出来栄えの物になってしまった。
先生はこれが完成形だとは思わなかったらしく、この先どう生けるのか聞かれたけど、もう私の貧しい芸術センスからは、何も出ませんよ?
結局、先生が私の生けたあしらいを「こちらのほうがよろしいんじゃないかしら?」と、ザクザク抜いて生け直し、最後はほぼ私の味がゼロの作品が出来上がって、終了。
出来の悪い生徒ですみません、先生。
制服を着替えてリビングに行ったら、ちょうどお兄様が帰宅したところだった。
「お帰りなさいませ、お兄様!」
「ただいま、麗華」
そう。知らなかったけど、吉祥院麗華には兄がいたのですよ。
元々、吉祥院麗華というのは悪役として登場するだけだから、主人公や皇帝のようにその家庭環境や内面を深く掘り下げるような描写はなかった。
婚約関連でちょこっと両親が登場したくらいだ。
読者だって麗華の事なんて知りたくもなかったしね。
あっ、涙が…。
「お兄様、今日は部活動でしたの?」
「うん、そうだよ」
兄の
弓道部に在籍していて、週に何回か活動している。
この貴輝お兄様という人が、
「今日は夕食の後、家庭教師の先生がお見えになるんでしょう? だったら夕食までの間の時間は、私のお話相手をしてくださる?」
私はお兄様が大好きだ。
前世(?もう確定でもいいか。面倒だから)では妹しかいなかったので、甘えられる兄という存在が嬉しくってしょうがない。
「いいよ。何を話そうか。麗華は今日はどんな事があった?」
そう言いながら、トントンと自分の座っているソファの横を叩いたので、ご主人様に飛びつくワンコの如く、素早くお兄様のお隣に座りましたよ。
「今日はピアノとお華のお稽古があってね」
私は楽しかったピアノとちょっと失敗してしまった華道の話を嬉々として話した。
お兄様は部活動の弓道で、少し調子が悪かったという話をしたので、
「この扇を射落としてごらんなさ~い」
と、テーブルにあった雑誌を扇に見立ててひらひらと振ったら、
「那須与一? 麗華は小さいのに、難しい事を知っているんだなぁ」
と少し驚かれてしまった。
あれ? 小学1年生の知識の常識がわからない。
家族で夕食を頂いた後、お兄様は家庭教師の先生と一緒に、自室に戻って勉強を始めてしまったので、私は両親とリビングに移動して団欒した。
「学校はどうだい、麗華」
「はい、楽しいです」
「麗華さん、ピヴォワーヌはどう?」
「皆様、素敵な方々ばかりで、とても参考になりますわ」
小学生になってから、お母様の私の呼び方が「ちゃん」から「さん」に変わった。
別に実の娘なんだから、呼び捨てでいいと思うんだけど、上流階級とはそういうものらしい。
お母様は京都の出で瑞鸞には通っていないので、瑞鸞、特にピヴォワーヌには並々ならぬ思いがあるようだ。
自分の娘が瑞鸞生で、しかもピヴォワーヌメンバーという事が自慢でしかたがないらしい。
ピヴォワーヌの話をすると、今みたいにそれはもう嬉しそうな顔をする。
「ピヴォワーヌといえば、鏑木家の雅哉君とは親しくなったかね?」
「えっ」
お父様は期待した目でこちらを見てくる。
「いえ、特には。あの方は特定のご友人としか親しくなさいませんから」
そう言うと、お父様はあからさまにがっかりした。
お父様、麗華を使って鏑木家と懇意になりたいと画策してるな。
君ドルの中で、麗華が何度冷たく拒絶されても諦めずに皇帝を追いかけていたのは、子供の頃から父親に影響されてたのかもしれないな。
持って生まれた麗華の資質も、もちろんあっただろうけど。
しかし、父よ! 過ぎたる野心は身を滅ぼすのだぞ!!
いや、本当に滅ぼされるから。
お父様、とりあえず不正な経営はやめてくれ。