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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 私には前世の記憶がある────。



 …はい、電波ではありません。絶対誰にも恥ずかしくて言えないけど、本当なんです。


 気が付いたのは小学校のお受験前の頃。

 自分の名前、「吉祥院麗華(きっしょういんれいか)」という字面に、なんかどっかで見たことあるんだよな~と、ずっともやもやしてたんだけど、ある日お母様に「麗華ちゃんも来年はこの学院に通うのよ」と、煉瓦造りの塀に囲まれた建物の前に連れてこられた時。

 その大きな門の横に掲げられていた「瑞鸞(ずいらん)学院 初等科」の「瑞鸞学院」の文字に、脳が弾けた。



 「瑞鸞学院」「吉祥院麗華」、これって『君は僕のdolce』に出てくる学校と登場人物の名前だー!!



 あの、長年のもやもや(と言っても生まれてまだ数年ですが)が解消された時の快感ときたら、なかったね。

 そっかそっか、君ドルねー。いやぁ、すっきりしたよ。なるほどねー。なんて浮かれてた次の瞬間、自分の現在置かれてる状況に顔面蒼白になった。



 『君は僕のdolce』。


 これは前世で大人気だった少女マンガだ。完結した後は人気アイドル使ってドラマ化もされていた。

 内容は良家の子女が通う私立瑞鸞学院高等科に、庶民で特待生の主人公が入学するところから始まる。

 何もかもが桁外れにお金持ちの生徒達に、庶民の主人公はなじめない。それでもなんとか数少ない庶民の子達と友達になり、趣味のお菓子作りに精を出す毎日。

 そんなある日、学院の通称皇帝と出会い、恋に落ちる。しかし取り巻き達は庶民の主人公が皇帝に近づく事が許せず、主人公への執拗な嫌がらせが行われる。


 まぁ、その嫌がらせの主犯格が吉祥院麗華、つまり私なんだよねぇ。


 結局最後は数々の苦難を乗り越えて、二人は結ばれてめでたし、めでたし。なんだけど、最後の最後まで二人を妨害し、主人公を苛め抜き苦しめた吉祥院麗華は、親の力を使って皇帝との婚約まで漕ぎ着けて、さぁいざ婚約披露パーティーだって時に、完膚なきまでに叩きのめされるのだ。

 皇帝に大勢の招待客の前で、主人公との婚約を電撃発表され、大恥をかかされたあげく、今までの報復とこれから先邪魔させない為に、吉祥院の会社の株を買い占めて乗っ取られ、麗華の父親の不正を暴かれて、家ごと潰されるのだ。

 選民意識が高く、庶民を見下して生きてきた麗華が、上流階級から追放され、庶民に墜ちる。

 自慢の巻き髪を振り乱し、狂ったように叫ぶ麗華に、これまでの悪逆非道っぷりを思い返し、読者は「ざまーみろ!」とすっきりした。前世の私も、「よっしゃーっ!」と叫んだ。


 しかし、これが今世の自分の末路となったら、話は違う。絶対嫌だ、あんなの嫌だ。

 なんでよりによって、私が王道悪役キャラ、吉祥院麗華になってるんだよー!!


 お願い、夢なら今すぐ覚めてくれ。







 ────残念ながら、夢は覚めなかった。


 齢5歳の体にはショックが大きすぎて、そのままぶっ倒れ、知恵熱を出して寝込んだ。

 破滅が約束されてる将来に、熱にうなされながら恐怖で泣いた。



 そもそも前世の私はド庶民だった。

 小学校から高校までずっと公立で、高校時代は携帯代稼ぐ為にバイトもしてた。

 ごく普通のサラリーマン家庭に生まれた、中肉中背、平凡顔の本当にどこにでもいる女の子だった。


 覚えているのは短大卒業して就職したあたりまで。それ以降の記憶が思い出せない。結婚して子供産んで、老後迎えてっていう記憶が一切がない。

 もしかして20歳そこそこで死んじゃったのかなぁ。記憶がないってそういう事だよね。

 それとも事故か何かで植物状態になってて、元気だった頃に好きだったマンガの夢をずっと見続けているとか。


 マンガの中に転生説より、植物状態で見てる夢説のほうがありえそうだけど。


 ただ熱を出せば苦しいし、転べば痛いし、食べ物はおいしいし。感覚があまりにリアルだ。

 このリアルな感覚を知る限り、「どうせ夢なんだからへっちゃら~」と割り切る事はとてもじゃないけど出来ない。

 転生でも夢でもいいけど、憑依するなら誰でもいいから麗華以外でお願いしたかった。切実に思うよ。



 知恵熱から復活した私がまず最初に考えた事は、お受験失敗して瑞鸞学院に入学しなければいいんじゃないか? って事。


 瑞鸞学院はお金持ち学校の最高峰。あの学院に通っているのが何よりのステータスになる。

 わが吉祥院家は元華族の血を引き、関連会社をいくつも経営している名家。両親は、この親にしてこの子ありと納得する、選民意識の塊。

 なので0歳から幼児教室に通い、瑞鸞学院お受験対策を叩き込まれてきた。幼稚園も瑞鸞合格率の高い、名門ブランド幼稚園だったしね。

 このままいけば、血筋、家柄、財力を持つ私は瑞鸞に受かると思う。でも学院に通えば、待っているのは悲惨な末路だ。


 主人公達に関わらず、別の人生を歩めば、もしかしたら破滅を回避できるかもしれない。

 瑞鸞だけがお金持ち学校じゃないさ。名門お嬢様学校はいくらでもあるじゃないか。

 そうだ、そうしよう!


 という決意も、両親の顔を見た瞬間に揺らぎました。

 選民意識の塊の両親は、「瑞鸞学院に落ちた」娘を、吉祥院家の落ちこぼれとみなして、見限るのではないかと。

 一応前世(?)の大人の記憶があるとはいえ、まだ5歳の子供がこれから先、親から冷たい目で見られ続けるというのは、きつい。 


 それに瑞鸞の初等科受験に失敗しても、中等科受験って手があるからなぁ。

 まぁあの学院には“あれ”があるから、初等科から入学してこその瑞鸞で、中等科から入学しても多分両親は手放しで納得はしないだろうけど。


 お母様はすでに受かったも同然とばかりの態度だし(合格前に初等科の前で、「麗華ちゃんの通う学院」って言っちゃってるしね)、血縁者はほぼ全員瑞鸞在学生、卒業生だ。

 そんな中で、瑞鸞受験失敗を故意にする勇気は、元ド庶民の記憶を思い出してしまった小心者の私には、とてもじゃないけど出来そうになかった。



 しょうがない、腹括って瑞鸞には行こう。


 でもマンガの筋書き通りに悪役キャラになるのは全力で回避したい。嫌われ者になるのってつらいしね。

 そしてもし回避できなかったとしても、破滅させられた後にも自分の力で生きていけるように、今から出来る限りの対策を取っておきたい。


 1.和を以って尊しとなす。無駄に敵を作らない。

 2.散財しない。もらったお小遣いはコツコツ貯金。没落後の学費に充てる。

 3.皇帝に関わらない。もちろん高等科から入学してくる主人公にも関わらない。

 4.二人の恋路には興味ありませんよ、若しくは微笑ましく見てますよアピールを

  うっすらする。「うっすら」が重要。ここで存在感を出してはいけない。

 5.仮に没落しても自分の力で稼げるように、一生食いっぱぐれない職に就く。

  目指すは公務員。


 よし。とりあえずはこんなところだろう。



 不本意ながらも悪役ポジション吉祥院麗華、平穏無事な一生を送る為にも精一杯頑張ります!





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