Die Zeit heilt alle Wunden《完結》 作:ダイコクコガネ
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「ふーむ。なるほどなぁ」
それぞれ自己紹介が終わり、ゼンベル達が地上へ出て調査していることの説明をすると、モモンガは神妙に頷いた。
「縄張りの変動か……まあ、心当たりがある」
「あん? やっぱりモモンガが原因なのか?」
モモンガの言葉に、原因がモモンガだと多少疑っていたためゼンベルは訊ねる。しかし、モモンガは首を横に振った。
「いいや、
ゼンベルにはまるで覚えのない名前だ。ドワーフ達も首を横に振っている。
「そうか、知らないか……。ラッパスレア山にいるエインシャント・フレイム・ドラゴンのことなんだが」
「む。それなら知っておるぞ。そういう名前じゃったのかアヤツ」
ゼンベルは知らないが、そんなゼンベルのためにドワーフ達が説明をする。曰く、ラッパスレア山にいる三大支配者の内の一体なのだとか。確かにドラゴンならば、一つの山を支配するに相応しい存在だと思うが。
「そのオリヴェルなんだがな。実は数ヶ月前に縄張りを放棄したのだよ」
「なんじゃとぉ!?」
モモンガの言葉に、ドワーフ達が驚きのあまり叫び、立ち上がる。それをモモンガが落ち着けと言わんばかりに「座れ」と地面を差した。しかし、誰も座らない。
「これが落ち着いていられるか! あの炎竜が縄張りを放棄したなど!」
「そうじゃ! 炎竜ほどの強大な支配者がいなくなってしまえば、この山の地上は大混乱じゃぞ!」
「道理でモンスター共が色んな場所で見つかるはずじゃ!」
慌てる三人に、モモンガは溜息をつく。その溜息をつくモモンガの横で、慌てるドワーフ三人を見ながらゼンベルはモモンガに話しかけた。
「なあ、
「ああ。かなりな。おそらくだが、良くも悪くもオリヴェルは圧倒的な強さを誇る支配者だった。……まあ、一応同格がいるにはいるんだが。これは支配部分が綺麗に分かれて激突しないから、今は放っておこう。それで話は戻るが、オリヴェルはこの山の地上部分を支配していた。何せ、エインシャント級のフレイム・ドラゴンだ。誰もおいそれと逆らえない」
モモンガの説明に、ゼンベルは頷く。長く生きたドラゴンはそれだけで災害だ。誰も逆らおうとは思わないだろう。
「ところが、このオリヴェルが自分の縄張りを放り出して出て行ってしまった。先程も言った通り、オリヴェルは良くも悪くも、圧倒的な強さを持つ誰も逆らえない支配者だ。これが出て行ってしまうと、必然、次の地上の支配者という立場を巡る縄張り争いが起こる」
「おう」
「オリヴェルを倒すような後釜がいれば話は別なんだが、そんな後釜はいない。そうなると今までオリヴェル以下だった連中が、自らの縄張りを広げようと活性化するわけだが……ここでオリヴェルの存在感が問題になる。何せ、オリヴェルは強い。誰も逆らえない。そんな奴がいなくなったんだ。次の後釜は生半可な強さでは務まらん。前任者と比べられるからな。少しでも手が届きそうな相手なら、対抗心剥き出しになるだろうよ」
「あー……なんとなく分かったぜ」
「そういうことだ、ゼンベル。大なり小なり、組織というものは絶対的な頂点がいなくなると、瓦解する。なにせ勝てない相手ならばともかく、頑張れば勝てそうな相手なんだ。どいつもこいつもな。自分が一番美味い汁を吸いたいと思うのは当然だろう」
だから、オリヴェルは良くも悪くも強過ぎたと言われるのだろう。絶対的強者のいなくなった縄張りで起こるのは、群雄割拠の世界だ。大混乱もやむなしである。
ただ……少しだけ不思議なのは、そのドラゴンが縄張りを放棄した理由だった。そのドラゴンは、どうして縄張りを放棄したのだろうか。自分の縄張りよりも大事なものでもあったのか。
「さて――そういうわけで、しばらくはこの山はかなり荒れるだろうな。いや、アゼルリシア山脈全体が、か。まあ、私にはどうでもいいことだが」
モモンガはそう、慌てるドワーフ達を横目に呟く。ゼンベルとしては、戻る予定のある故郷……トブの大森林にまで影響は出ないだろうかと不安になるが、さすがにこれは解決出来ない。大人しく嵐が過ぎ去るのを待つしかないのだろう。ドワーフ達もゼンベルと同じくそう結論付けるしかなかったのか、落ち着いた後に溜息をついていた。
「見張りは私がしておこう。朝陽が昇る頃に起こせばいいかな?」
「ああ、頼む」
「すまんの。明日フェオ・ライゾに連れて行ってやるわい」
モモンガに見張りを任せ、眠る。モンスターの出没数が増えた原因は判明したので、予定外に早く帰還することになった。モモンガの案内も追加だ。四人は種族的特性で夜目の効くモモンガを残し、目を瞑った。
――次の日、朝陽が昇った頃に起こされた四人は、モモンガを連れてフェオ・ライゾに帰還する。フェオ・ライゾに帰還した後は、まずゼンベルとドドムが総司令官に報告しにいくことになっており、残り二人がモモンガの案内をすることになっていた。
「じゃあ、ちょっと行ってくるわ」
「ああ、私は私の用事を済ませてくる。また縁があれば会おうゼンベル」
ゼンベルはモモンガと別れ、ドドムと共に総司令官のいる会議所へ向かった。ゼンベル達の報告を待つために、フェオ・ジュラから出張して来ているのだ。
総司令官に会い、ゼンベルとドドムはモモンガのことやモモンガから聞いたドラゴンのことなどを話す。全てを聞き終えた総司令官は、やはり難しい顔をして悩み始めた。
「そうか……これは……非常に厄介なことになっているな」
総司令官はそう呟くと、この話を吟味するのかゼンベルとドドムに「帰ってよろしい」と許可を出す。ゼンベルには、後で礼を弾むそうだ。
「――そうだ。後でそのモモンガ殿に、詳しい話を聞くことになるかも知れん。数日間滞在して欲しいのだが」
「そりゃ大丈夫じゃないですかい? 鍛冶仕事を頼みに来てるっつってたから、しばらくはいると思いますぜ」
「ならよかった。ドドム、モモンガ殿に後で兵が向かうと伝えておいて欲しい」
「かしこまりました、総司令官」
総司令官は幾人かの護衛の部下達とともに、フェオ・ジュラへと帰っていく。今回の件を摂政会で報告するためだろう。暇になったゼンベルとドドムは、顔を見合わせた。
「……んじゃ、さっそくモモンガにでも会いに行くか。アイツどこ行ったんだろうな?」
ゼンベルが頭を掻きながら呟くと、ドドムがニヤリと笑って語る。
「鍛冶の依頼じゃろ? あの見た目じゃから生半可な腕じゃ満足できまいよ。フェオ・ライゾ一番の鍛冶職人のもとに決まっとる」
●
「はぁ…………」
ゴンド・ファイアビアドは溜息をつきながら、とぼとぼと歩く。そのささくれた姿を見て、声をかける人物がいた。
「どうしたんじゃ、ゴン坊」
ゴンドが視線を向けると、そこには頬を赤らめた知り合いのドワーフが立っていた。酒場で飲んでいた帰りなのだろう。
「なんでもないんじゃ。なんでも……」
「……もしや、まだ研究しておるのか?」
言葉と共にゴンドに向けられる視線に、憐れみが混じる。その視線にゴンドはカッとなるが、すぐにその気持ちも萎んだ。それが被害妄想で、その視線の意味が憐れみではないことを知っていたからだ。
何故なら、このドワーフもまたゴンドと同じ、既に未来の無い技術に固執していた職人だったのだから。
……ドワーフの国には、ルーン技術と呼ばれるものがある。普通の武器や防具にルーン文字を刻み、追加効果を得るための技術だ。似たような技術に魔化と呼ばれるものがある。
この魔化は二〇〇年前に王都が魔神に襲撃され、ドワーフの王が討伐するために国を出た際に外から持ち込まれた技術だ。ルーンは材料費がかからないが、しかし――魔化はそれ以上に製作時間がそれほどかからず、更にルーン技術よりも適正を持つ者が大勢いた。そのため、ルーン技術は廃れてしまったのだ。
ゴンドはルーン技術開発家を名乗っている。ゴンドの父も祖父も、優れたルーン工匠であり、その技術を終わらせたくないと願っているためだ。
ただ、悲しいことにゴンドには才能が無かった。
しかし才能があろうと、どうしようもないことはある。今隣にいるドワーフはまさにそうだ。彼は優れたルーン工匠だが、それでも未来に希望が持てない。
もう、どうしようも無いと分かっているのだ。あるいは才能があるからこそ、はっきりと行き止まりが見えてしまっているのか。自分達の技術には、もう希望が無い、と。
「おや? ゴン坊……知らない奴が歩いておるぞ」
「うん?」
ゴンドが視線を向けると、そこにはドワーフ二人と共に歩いている漆黒の戦士がいた。肌がまったく見えないが、見た目の身体的特徴を見るにおそらく人間だろうと思われる。
「おーい!」
隣のドワーフが声をかけると、三人は立ち止まり、ゴンド達へ視線を向けた。
「そやつは誰じゃ? 何しとるんじゃ?」
隣のドワーフが疑問を投げかけると、二人は揚々と答える。
「こやつは評議国で冒険者をしておるモモンガっつう奴じゃ。なんでも、わしらに作ってもらいたい物があるとかで、わしらの国を探しておったらしいぞ」
「それで、今わしらがおすすめの工房まで案内しておるっちゅうわけじゃ」
「モモンガと言います。しばらくお世話になりますね」
漆黒の戦士は礼儀正しく、握手を求める。隣のドワーフと同じくゴンドもついでに握手をした。
「しかし、どんなものがお望みなんじゃ? 欲しい武器によっては別の工房の方がいいこともあるぞ」
隣のドワーフが訊ねると、漆黒の戦士――モモンガは口を開く。
「評議国では加工出来ない金属を加工してもらいたく思ってまして。うちでは加工技術が追いつかず。一応、研究自体はしているんですがね。……ドワーフの加工技術なら可能かも知れないと思って、アゼルリシア山脈を探索するついでに探していたんですよ」
「まあ、わしらの加工技術は普通の国より優れておると自負しておるがのぅ」
「あと……」
この後モモンガの口から放たれた言葉に、ゴンドも隣のドワーフも仰天した。いや、他の二人もだ。それほどまでに、意外だったのだ。モモンガから語られた言葉は。
「
「――――」
ゴンドは言葉も出なかった。いや、ゴンドだけではない。ゴンドと共にいたドワーフ……ストーンネイル工房のルーン工匠もまた、言葉も出ない様子で
今、二人はモモンガと共にストーンネイル工房にいる(他のドワーフは他にも用事があるためゴンド達に案内を任せて帰った)。ルーン技術についての話ということで、ルーン工匠がモモンガから話を聞くために自分の工房へ案内したのだ。
そして、ゴンド達はモモンガの出した剣に魅入っていた。ありえない物を目にした時、人とはこうも何も見えなくなるものなのだ。
「――で、話の続きを語ってもかまいませんかね?」
黙って二人の様子を見ていたモモンガが、指先で机を叩く。椅子に座って熱心にその剣を見ていたゴンド達はその声にはっとし、急いで佇まいを直した。
しかし、視線はすぐに剣へと吸い込まれる。その様子を見てモモンガは二人に見せていた剣を回収すると、マジックアイテムの袋の中にしまって二人の視線を遮った。二人の口から、つい「あ……」と名残惜しそうな呟きが漏れる。
「――評議国ではルーン工匠がいないものでね。知り合いに訊ねるとドワーフの国ならルーン工匠がいるはずだと聞いたもので、こういうものを作って欲しいと思って来たんですよ」
まあ、無駄足の予感がしてますが。そうモモンガが語った言葉に、ゴンド達は縮こまることしか出来ない。確かに、今のところモモンガは無駄足になっているからだ。
モモンガが語ったことによると、ルーンについてはちょっとした知的好奇心だったらしい。ルーンは手間がかかるために評議国でも別件より本格的な研究はしていないらしく、少し話が聞ければいいな程度の気持ちでいたらしかった。
そうしてモモンガが再現可能なのか否か訊ねるために持ち出した剣――それは、あまりに常識から外れていた。
ルーン文字は精々、三つや四つ刻むのが限界だ。かつていた王のハンマーには更に刻まれていたようだが、それも一桁。――決して、二桁には到達しない。
だが、どうだ。先程モモンガが見せたあのルーンの刻まれた黒い刀身の剣。あれは、ありえない。あれには二〇ものルーンが刻まれていたのだ。
かつて存在した工匠の神業を見せつけられ、ゴンドは勿論……もっとも力のあるこのストーンネイル工房のルーン工匠でさえ黙るしかない。
「……頼む! あの剣をもっとよく見せてくれ! 何か分かるかも知れん! お願いじゃ!」
ルーン工匠は土下座せんばかりに、机に手と頭を打ち付けた。しかし、それに対するモモンガの返答はつれないものだった。
「ですが、再現不可能なのでしょう? 貴方々のその態度を見ていれば分かりますよ。ちょっとした知的好奇心程度の気持ちですし、こちらとしては何が何でも再現して欲しいわけではないので」
「…………」
ルーンは廃れていく技術だ。魔化の方が材料費がかかるが、しかし生産力が違う。魔化の三倍はかかる製作時間と、そもそものルーン技術に対する適正の少なさ。これらを考えた時、多少の材料費は必要経費として受け入れられてしまう。
「じゃが、それが再現出来れば更なる可能性が広がる! 素材を新たに用意しなくとも、お主の持つ武器や防具を強化出来る可能性が……!」
「そちらの件なのですが、実はそっちも行き詰まってましてね……」
ルーン工匠が更に言葉を重ねると、今度はモモンガから溜息でもつくような言葉が告げられた。ゴンドは口を開く。
「どういうことじゃ?」
「どうもこうも。ルーンと同じですよ。評議国の加工技術じゃ、この金属が加工出来なくて困っている――先程も言ったでしょう」
モモンガはそう言うと、ゴトリと見たこともない金属を机の上に転がした。興味を持ち、ゴンドは手に取る。
「これは?」
ゴンドの質問に返されたモモンガの言葉に、またもや二人は仰天した。
「アダマンタイトより硬い金属。名前は確か――」
モモンガが語る言葉を聞きながら、ゴンドは手の中のインゴットを見つめる。あれほどのルーンの剣を持つ戦士だ。おそらく、この金属もモモンガの言う通りアダマンタイトよりも硬い金属なのだろう。
「――ところで、ここではアダマンタイトより硬い金属は……なさそうですね」
ゴンドとルーン工匠の顔色を見たモモンガが、少し落胆したような声を出す。アダマンタイトより硬い金属が無い……つまり、モモンガの出したこの金属を加工する技術は、ドワーフにも無いということだった。勿論、実際にやってみると案外出来るかもしれないが、可能性は低いだろう。
「うーむ。となると、ドワーフの国における目的の大部分を消費してしまったな。研究だけなら評議国でも出来る――ん?」
モモンガは独り言のようにそう呟くが、言葉を途中で切り席を立った。
「失礼。友人から〈
モモンガは二人に断ってから工房の外へ出る。会話を聞かれないためだろう。だが、ゴンドの手には先程のインゴットが残されたままだ。ルーン工匠が頼み込むのでゴンドはそれを手渡し、目をぎらつかせてインゴットを凝視しているルーン工匠の隣で、ゴンドは耳を澄ませた。失礼だとは思ったが、話の内容が気になったのだ。
「――で――迷子――俺に――くらい――」
モモンガの呆れたような声が小さく聞こえてくる。その口調から、気心の知れた友人なのだろうことが窺えたが、ゴンドとしてはよく〈
(もしや、それくらい急な用事なのかのう)
だが評議国からよくここまで届かせることが出来るものだ。確か、聞いた話では〈
ゴンドがそう考える内に、モモンガとその友人の通話は終わったようだ。ゴンドは帰って来たモモンガに思わず背筋を伸ばす。モモンガはゴンドのことを気にする様子もなく、二人に告げた。
「失礼。少し友人から頼まれごとが出来たので、私はこれから外に出ます」
「なんと。急ぎか?」
「ええ。ちょっと迷子が出たらしくて。……まったく、俺に迷子の捜索なんてさせるのはツアーくらいだぞ」
最後は何か愚痴を言ったようだが、小声であったためによく聞き取れなかった。ゴンドに聞かせる気も無いのだろう。
「迷子? このアゼルリシア山脈でか?」
「そのようです。評議国の冒険者チームが一つ行方不明でして……最後の依頼でラッパスレア山に向かったのだとか。ちょうどよく私がいたので、ついでに捜索を頼まれたんですよ」
「大変じゃのう……」
ゴンドとモモンガの会話に、ルーン工匠が割って入るように叫ぶ。
「その! ……頼みがあるのじゃが?」
「はい?」
インゴットを持ったまま、ルーン工匠は椅子から立ち上がり、モモンガに土下座を行った。
「頼む! その捜索が終わる間だけでいい! ……先程の剣とこのインゴットを預からせてくれんか! この通りじゃ!」
ルーン工匠の気持ちが、ゴンドには痛いほどに分かった。目の前に自分達が想像もしない頂きが見えるのだ。それを研究したいと思うのは当然のことだ。
だって、嫌なのだ。本当は自分達の扱うこのルーン技術が、廃れていくだけなんて耐えられないのだ。だが、それが解決するかもしれない。これがルーンという先細りの技術にしがみついている自分達の目の前にふって湧いた、最後の機会かもしれないのだ。
栄光を手にする最後の機会――絶対に逃がすことは出来ない。ゴンドにはこのルーン工匠の気持ちが痛いほどに分かった。だからこそ、自分もまた地面に膝を突いた。
「わしからもお願いする! どうか、お主が留守にしている間だけでいい! わしらにそれを調べさせてくれ!」
「――――」
頭を下げる二人をどう思ったのか。モモンガは二人を見ながら顎に手をやり――少しの無言のあと、口を開く。
「わかりました」
「――――え!?」
聞こえてきた声に、驚愕の声を上げる。だが、勿論それで終わりではない。
「一応、一週間ほど探索に時間を割きます。もしかするとそれより短くなるかもしれません。その間だけそのインゴットと先程の剣をお貸ししましょう」
「ほ、ほ、本当か!?」
詰め寄るルーン工匠に、モモンガは頷く。
「ええ。ただし――調べた結果がどうあれ、二つとも回収させていただきます。例え、何か発見があろうと」
「それは――! あ、いや……うむ。わかった」
ルーン工匠は何か言いかけたが、しかし首を横に振って何らかの思考を振り払うと頷いた。モモンガは先程の剣を取り出してルーン工匠に渡す。
「念のため言っておきますが、持ち逃げなどしないように。持ち逃げしたらどうなるか――分かりますね?」
「わ、分かっておる! 誓おう!」
「……その言葉、一応信用しておきましょう」
モモンガはそう告げると、再び二人に背を向けて工房を立ち去ろうとする。
「では、また後日――何か発見があるといいですね」
一応の応援の言葉を告げて、モモンガは立ち去った。モモンガが立ち去った瞬間、ルーン工匠はゴンドに視線を向ける。そして興奮したまま言葉を吐いた。
「ゴン坊! 悪いがしばらく工房は閉めきるぞ! これから忙しくなる!」
「ああ、うん……気持ちは分かっておる」
「お前たち! 急いで片付けろ! 今はそんなことをしておる場合ではない!」
ゴンドに告げた後は工房の奥にいる弟子達に声をかけ、ルーン工匠は奥へ引っ込む。命令されたのであろう弟子が急いで奥の部屋から出て来て、ゴンドに申し訳なさそうに声をかけながら工房の外へ追い出した。そして、入り口が「入店お断り」の看板を掲げる。
追い出されたゴンドは顔を顰めた。そして、盛大に溜息をつく。とぼとぼと工房から歩き去った。
「……分かっておる。分かっておるとも。出涸らしのわしでは、役に立たんと……」
ゴンドはルーン工匠としては無能に近い。父や祖父は有名なのだが、残念ながらゴンドは才能を受け継ぐことが出来なかった。だからこそ、大人しく引き下がったのだ。例え共に研究したとしても、ゴンドは足を引っ張ることしか出来ないだろう。
しかし――
「いや――」
ゴンドは決意を固めた瞳を宿し、とぼとぼと歩くのを止めて前を見据える。そして、急いで走った。目指すのはフェオ・ライゾの出入り口だ。そこに。
「――待ってくれ!」
知り合いのトンネルドクターであるドドム。噂に聞いた旅するリザードマン。そして、先程別れた漆黒の戦士がいたのを見つけたのだった。
三人はゴンドを見ると、ドドムは驚いたようだった。雰囲気でリザードマンも驚いている気がする。モモンガだけは、欠片たりとも気配がぶれない。ゴンドは三人に近づくと、モモンガの顔を見て告げた。
「さっきの迷子の捜索……わしにも手伝わせてくれんか!」
その言葉に、初めて――モモンガの気配が驚いたように揺れたとゴンドは感じたのだった。