Die Zeit heilt alle Wunden《完結》   作:ダイコクコガネ
<< 前の話 次の話 >>

10 / 30
幕間 稀人の墓守

 

 西暦二一三八年、某日。

 ある一つのDMMO-RPGがその日、十二年の月日を経て、サービス終了を迎えようとしていた。

 

「……どんな設定をしていたかな?」

 サービス終了を迎えるゲーム〈ユグドラシル〉、そのプレイヤーの一人であるモモンガは自らのギルド本拠地であるナザリック地下大墳墓の最下層、玉座の間にいるNPCアルベドの設定を確認しようとしていた。

 コンソールを操作し、設定を閲覧しようとして――ふと、思い出した。

「あ」

 慌ててモモンガは左手を持ち上げ、時計で時間を確認した。――まだ、サービス終了までの時間は残っている。

「思い出してよかったぁ……」

 モモンガはそう呟き、すぐさまアルベドの設定を確認しようとしていたコンソール操作を中止した。続いて、ここまで連れ歩いてきた他のNPCのセバス達を見る。

「元の場所に返すか」

 まだ時間はあるのだから、モモンガは命令(コマンド)を入力して、彼らを元の場所へ戻しておく。続いて自分は、右手薬指に装備している指輪――リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを操作し、転移先一覧を確認した。

「まずはこのギルド武器を返しておくか。無いとは思うけど、途中でプレイヤーに遭って破壊されるのもなぁ……」

 貧乏性というべきか、ラストエリクサー病とも言われる、勿体ない精神を持つモモンガは、サービス終了最後の日であろうとナザリック内ならばともかく、外へギルド武器を持ち出す気にはなれなかった。円卓の部屋へ行き、ギルド武器を元の場所へ戻しに行く。

「よし」

 大事なギルド武器を元の場所へ無事戻し終えたモモンガは、また指輪で転移先一覧を確認する。今度転移する場所はナザリック地下大墳墓地表部中央霊廟――この指輪の力で転移出来る、もっとも地表に近い場所だ。

 モモンガは指輪の力で転移すると、ナザリック地下大墳墓の外へ出て、〈飛行(フライ)〉の魔法を行使した。歩いたり走ったりするより、この方が余程早いからだ。

 モモンガは空を飛ぶ。目的地は霧が立ち込める沼地――グレンベラ沼地だ。

 この沼地には面倒なモンスターがいるのだが、サービス終了日ということもあって、全てのモンスターがノンアクティブ化しており、攻撃をしないかぎり攻撃してくることはない。

(……だから、挑みに来てくれるプレイヤーがいたと思ったんだけどな)

 モモンガは全く動かないモンスター達を空から見下ろしながら、寂しく思う。本当に、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』は過去の遺物になってしまったのだなぁ、と哀愁を抱いて。

「いや……違うか。俺のギルドだけじゃない。このゲーム自体が、もう終わっちゃうんだもんな……」

 過去の遺物になったのは『アインズ・ウール・ゴウン』だけではないのだ。このゲームそのものが、既に十二年の歳月を経て終わりを迎えるのだ。それはゲームである以上、当たり前のことだった。

 モモンガは哀愁を抱きながら、目的地へと到着する。そこは広大な沼地に奇妙な島が浮かんでおり、円筒形の筒のようなものが幾つも並んでいた。

 その円筒形の筒の正体を、モモンガは知っている。自分が並べたからだ。

 ……これは、製作が安く販売していた花火である。モモンガはそれを五〇〇〇発ほど買い込み、この島に並べたのだ。

 最後に、仲間と共にこの花火を見上げるために。

 だが、誰も来なかった。顔を見せた人間くらいはいるが、誰もモモンガと共にサービス終了を迎える人間はいなかった。

 ……分かっている。誰が悪いわけじゃない。ただ、皆は当たり前に、現実の世界へ還っただけだ。いつまでもゲームに夢中になるわけにはいかない。そんな現実へ、還ったのだ。

 そして、モモンガもこれから還る。皆が還らざるをえなかった、何も無い現実の世界へと。

「またどこかでお会いしましょう――か」

 最後に会いに来てくれた仲間の言葉を思い出す。言われた時は腹が立ったものだが――

「そうですね。またどこかで、お会いしましょう」

 モモンガはそう、囁くように呟いて時計を確認した。ちょうどいい時間だ。モモンガは地上に降り立ち、空間から花火のスイッチを取り出した。

「――よし! 行くぜ!」

 モモンガらしからぬ、強い口調で叫ぶと同時にそのスイッチを押す。その瞬間、上空へと花火が打ち出された。密集して配置され打ち上げられた花火は一つの光弾のようであったが、上空で爆発とともに光り輝く。まるで超位魔法の輝きのように。

「……四時起きか」

 その輝きを見ながら、明日の予定を思い出し憂鬱になった。しかし、その気持ちを振り払うようにして目を閉じる。

 寂しいし、辛いし、悲しい。だが――

(光に包まれて終わるなら、少しは気持ちがいいもんだな)

 この閃光のような瞬きの輝きこそが、モモンガの、いや――鈴木悟という人間の、楽しみ方だ。

 モモンガはそう納得して――ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の、ユグドラシルの終わりを受け入れた。

 

 

「…………ん?」

 モモンガは目を開ける。いつまでも、ログアウトしたという感覚が無かったためだ。実際、目を開いて見えた景色は見慣れた自分の部屋じゃない。というか、先程までいた場所じゃない。

「…………え?」

 モモンガは呆然と、視界に入る光景を見つめる。そこには、全く知らない光景が広がっていた。――どこか遺跡を思わせる、荘厳な気配を感じさせる建物の内部だ。

「…………は?」

 モモンガは首を傾げ、思わず左手の時計を確認する。間違いない。時間は完全にサービス終了時間を過ぎている。

(えー!? もしかしてサーバーダウンの延期か!? 運営しっかりしろよ本当にもー!)

 モモンガは慌ててコンソールを開こうとして――それが全く、開く気配がないことに気がついた。

「……あれ?」

 他の手段を試そうとする。無理だ。最終緊急手段であるGMコールさえ、全く反応が無い。何がなんだかさっぱり分からなかった。

「――ねぇ、君」

「おぅわぁッ!?」

 そして――途方に暮れていたモモンガは急にかけられた声と肩に触れられた感触に、心底驚いた。思わずびくりと身体を浮き上がらせるほどに。

 だが――その驚きが何故か、即座に抑圧される。一周振り切れて、元に戻ったかのように冷静さが頭に戻ったのだ。その異常に、モモンガは更に驚いた。

 そもそも――なんで今、意識だけでなくアバターごと驚いて、身体が動いたのか。

 あまりの異常事態にモモンガは内心で冷や汗をかきながら、話しかけられた方向へ振り返る。自分の背後へと。

 そこに――

「――――」

 白金色の美しい鱗を持った、巨大なドラゴンが身を起こしてモモンガを見つめていたのだった。

「は、え、な……え?」

 あまりの事態に、モモンガは混乱する。思わず口に手をやり……自分の口が動いていることに気がついて、更に驚愕した。

 ゲームであるならばありえない、数々の現象。モモンガの混乱はピークに達し――また、何故か冷水を浴びせられたかのように、精神が冷静になったことが分かった。

「――なんだ、これは?」

 モモンガは呆然と自らの頭を抱え、自らを襲う数多の異常について考える。そんなモモンガを見下ろしていた白金色のドラゴンは、ゆっくりと鼻息を吐いて口を開いた。

「とりあえず、私の話を聞いた方がいいんじゃないかな? ぷれいやーさん」

 

        

 

 鼻先で突如生じた空気の流れの変化に、評議国の永久評議員の一体であり、“白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)”の二つ名を持つドラゴン、ツァインドルクス=ヴァイシオンは浅い眠りから意識を取り戻した。

 ……見ていたのは、懐かしい夢だ。一〇〇年くらい前、今と同じように、突如として感じた空気の流れの変化に驚いて、眠りから覚めたものである。

 ドラゴンの知覚能力は鋭敏であり、人間や他の種族を遥かに凌ぐのだ。相手が不可視化していようと、幻術で誤魔化していようと、遠く離れた地の気配もドラゴンは即座に感じ取れる。例え今のように、眠っていようとも。

 だからあの時は、またいつもの友人がやって来たのかと思ったものだ。自分――ツアーを訪ねる者はかぎられているから。

 ただあの時は――全く別の、初対面の存在だったのだけれど。

「やぁ、おかえり」

 ツアーは転移魔法で平然と、突如としてこの場に現れた一〇〇年前に出来た新たな友人――モモンガに声をかける。

「あぁ、ただいま」

 モモンガは漆黒のローブを翻し、適当に魔法で椅子を作るとツアーの傍に座った。冒険者としての戦士の姿ではない、彼本来の――魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての姿だ。あの戦士の姿では、魔法が五つ程度しか使えないらしく、彼がこの場に転移魔法で帰ってくる時は、決まって本来の姿で帰ってくる。

 初対面の時と同じ、アンデッドの姿で。

「しかしよく寝ているな、ツアー。暇なのか?」

 椅子の背凭れに思い切りもたれかかり、ツアーの顔を仰け反るようにして見つめるモモンガに、ツアーは欠伸をすることで答えた。

「まぁね。ここから動けないと暇なもんだよ。君がいるから、以前よりはマシになったけど」

 ツアーはある理由から、ここから動けなかった。しかし、モモンガと友情を結ぶにあたってある程度余裕が出来たため、以前ほど雁字搦めではない。いや、まあ、モモンガとかかわることでむしろ、逆に意識を別に向けることが怖くなったところもあるのだが。

「俺からしてみれば、よくも今までギルド武器を守っているのに、こんなノーガードでやってきたもんだなって感じだったけど」

 モモンガがカラカラと骨の顔で笑う。そのことについては、ツアーもモモンガに対する反論を持たない。ツアーはかつて大陸を支配した八欲王も、人類を守護した六大神も知っているが、自分と同程度の強さのユグドラシルプレイヤーが味方になって初めて、彼らがどれほど恐ろしいことが出来るか身に染みたものである。

 今、このツアーの寝床にはモモンガが持っていたマジックアイテムが、山ほど置いてある。無造作に、倉庫のように置いてあるわけではない。プレイヤー対策のためだ。モモンガからしてみれば、まだ不安が残るらしいがツアーからしてみればもう十分なんじゃないかな、と思っている。かつて平然とツアーの寝床に近寄れた友人も、今ではそこまで近寄る前にツアーに気づかれるだろう。マジックアイテムが教えてくれるので。

「ところで、今回の旅はどうだったんだい? 何か目ぼしいものはあったのかい?」

 ツアーが訊ねると、モモンガは「いや」と首を横に振った。

「トブの大森林のダークエルフの元棲み処を漁ってみたが、目ぼしいものは何も無かったな」

「ふぅん。まあ、あそこも広いからね。ゆっくり探してみればいいんじゃないかい?」

 ツアーがそう言うと、モモンガは元よりそのつもりらしく、「ああ」と返事を気軽に上げた。

「しかし、さすがにあの魔樹みたいなのは、もう勘弁して欲しいけどな」

 モモンガがそう草臥れたように告げた言葉に、ツアーは苦笑する。

「そうは言うけどね、私としては君が遭遇してくれてよかったと思っているよ。アイツは、君以外が遭遇していたら大変なことになったんじゃないかな」

 数年前、モモンガがトブの大森林を探索していた時に遭遇したという魔物。その強さを聞いたツアーとしては、本当にモモンガが遭遇してくれてよかったと思う。きっとモモンガ以外では、ツアーのような竜王(ドラゴンロード)級でないと、遭遇戦で対処出来なかっただろう。何故ならツアーは、その魔樹の正体に心当たりがあった。というより、モモンガにも心当たりがあるだろう。噂に聞くトブの大森林の竜王(ドラゴンロード)とは、きっとあの魔樹のことだった。

「俺からしてみれば、枯れ木があるのが気になって近寄ったら、いきなり馬鹿でかいトレントに襲われたようなものだったんだが。……はぁ。本当、特殊技術(スキル)の垂れ流しには気をつけないと」

 その時は、こちらの世界に来てからは展開していなかった一部特殊技術(スキル)を、偶然展開していた時だったらしい。おかげで、モモンガは本来はまだ寝ていたはずであろう寝る子を起こしてしまったのだ。

「まあ、ああいうのは滅多にないだろうし。これから気をつけていればいいんじゃないかい?」

「そうするよ。敵対する気もないのに、敵認定されても困るしな」

 モモンガは溜息を一度ついて、気分を切り替えたのか話題を変える。

「ところで、何かあったか?」

 モモンガの質問に、ツアーは首を横に振る。

「特に何も。この国はいたって平和だよ。……うん、まあ……ちょっとしたいざこざは毎日のように起きているけどね」

 様々な亜人が集まっている弊害だろう。評議国では、よく刃傷沙汰が多発する。ただし、誰も彼も丈夫に出来ているので、次の日にはケロッとした様子で街中を歩いているのだが。……勿論、僅かにいる人間種とはそもそも喧嘩が発生しないが。

「相変わらずだなぁ。そういえば、俺が昔作ったソウルイーター、まだ驢馬やっているのか?」

「相変わらず、驢馬をやっているねぇ。便利だから、特急便として大活躍だよ彼らは」

 どんな巨大な荷物も、疲労を感じさせず平然と運んでくれるアンデッドの馬は、とても重宝されている。モモンガが生み出したので、暴れないのもいい。今では街の住人も慣れたものだ。

「昔は目撃したビーストマンがいつも驚いてくれたのに、もう完全に驢馬と化したかアイツら……」

「それ、数十年前のことじゃないか」

 かつてソウルイーターは僅か三体という数で、大陸中央部にあるビーストマンの国の都市を制圧したことがある伝説のアンデッドであるが、悲しいことに評議国では驢馬と化していた。勿論、モモンガが製作した安全なアンデッドだからという理由もあるが。

 ただ、数十年以上前は誰もが驚き、腰を抜かしていたことがあったのだ。今となっては過去の栄光である。生物とは、どれほど恐ろしかろうと慣れる生き物なのだから。

「今じゃあ、彼らが走っている時は急ぎの荷物って認識が浸透しちゃって、単なる宅急便だよ本当」

 普通ならば馬を使うのだが、評議国の大都市には今では数体のソウルイーターが必ずいる。何か急ぎの荷物を運ぶ時に使用するためだ。既に何度か使用されているし、普段は何もせずに馬小屋でぼぅっとしているので、国民は慣れてしまった。一部では時々、悪戯好きの子供に落書きをされているとも議会で聞いたことがある。酷い。

「あぁ、そういえば――魔術師組合の組合長が、巻物(スクロール)の製作に協力して欲しいって言っていたよ」

 ツアーは議会の内容を思い出し、モモンガに告げる。モモンガは面倒臭そうな声を上げた。

「えー……あのオッサン、俺をこき使うんだよなぁ。しかもそれ、絶対スヴェリアーの奴がいるだろ?」

「仕方ないよ。彼は第五位階魔法の使い手だからね。別系統であっても、君の魔法が気になって仕方ないのさ」

「あー……面倒だなぁ。まったく、魔法狂いどもは……」

 そう、心底面倒そうに言っているが、モモンガは律儀な奴なので、後で魔術師組合を訪ねるだろう。“青空の竜王(ブルースカイ・ドラゴンロード)”のことも、邪険にはしないはずだ。彼は身内に優しいのである。

「他には何かあるか?」

 モモンガの問いに少し考え――首を横に振った。前の議会でモモンガに対する伝言は、これくらいだったはずだ。

「モモンガ、そういう君は何かあったかい? 今回は随分とお疲れのようだけど」

 だらけきっているモモンガに訊ねると、モモンガは「あぁ……」と心底疲れ切った声色で答えた。

「ちょっとカッツェ平野に用事が出来て、行ったんだけどさぁ」

「うん」

「例のフールーダに会ったんだよ、そこで」

「へえ……」

 ツアーもフールーダの存在自体は知っていたが、会ったことは無い。人間であり、プレイヤーの血が入っていないにもかかわらず第六位階魔法に到達した凄腕だ。多少の興味はあった。

「そしたらさぁ……」

 ツアーはモモンガの冒険譚を静かに聞く。これが、モモンガが評議国に帰ってきた時の日課だった。モモンガが冒険者として旅に出たり、どこかへ気ままに旅に出たり。そして帰ってくると一番に、ツアーへ何があったか報告するのだ。ツアーはその、モモンガの少し変わった冒険譚を聞くのを楽しみにしていた。

 そして、今日もツアーはモモンガの冒険譚を聞く。新しく出来た友人の、ちょっと感性がズレている冒険譚を。

 ただ今回ばかりは――

 

「え? なにその老人、こわっ!」

「だろ!? もうアイツに比べたら、スヴェリアーとかの方が全然マシっていうか……!」

 

 フールーダの話を聞いて、心底震え――モモンガの感想に、心の底から同意したのだった。

 

 

 








※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。