Die Zeit heilt alle Wunden《完結》 作:ダイコクコガネ
<< 前の話 次の話 >>
――シャルティアは、数多のマジックアイテムを抱えながら、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを手に取った。目指すべきは宝物殿。そこに、モモンガの求めた最後の守護者がいる。
ナザリックへと辿り着いたシャルティアは、涙を拭いながら指輪の力を起動させようとし……鬼女の形相で息を乱しながらそこに立つ、アルベドに気がついた。
「アルベド……」
アルベドはシャルティアの抱えている荷物を凝視すると、真っ直ぐにシャルティアへと向かってくる。シャルティアはアルベドの歩を止めず、そのまま待った。
「シャルティア……それは、どういうことかしら?」
鬼女の形相を浮かべた女。髪を乱し、涙でぐちゃぐちゃになっているその姿。それを前にしても、シャルティアは物怖じせずに静かに告げる。
「……モモンガ様から、これを持って宝物殿に行くようにお願いされたでありんす。だから、今から宝物殿に」
「だから! モモンガ様はどうしたの!?」
最後まで言わせず、アルベドが絶叫する。シャルティアはそんなアルベドの姿を憐れみながら、それでも一言告げた。モモンガの、遺言を。
「好きにしろとおっしゃっておりんした。好きに生きて、好きに死ねと。……だから、私はこのまま好きに生きんす」
「……え」
何を言われたのか、分からないと。絶対、監視をしていたはずなんだから気がついていないはずはないのに、アルベドは何を言われたのか分からないという顔をした。
本当は、気づいているのに。それでも、アルベドは――ナザリックの者たちは、きっと気づかないふりをしていたかったんだろう。自分たちが、もう至高の四十一人の誰にも必要とされていないという、事実に。
「さよなら、アルベド。……私、もう行かないと」
アルベドの横をすり抜けて、そして指輪の能力を起動させた。最後に、何かが頽れ女のすすり泣く声が聞こえたが、シャルティアは聞かなかったことにした。
これは、自分たちが自分の力で解決しなくてはならない問題なのだから。
――宝物殿に辿り着いたシャルティアは、思わず周囲を見回す。そこには、眩いまでの宝物が満ち満ちていた。
「これが……至高の御方々が御集めになりんした、数多のアイテム」
ユグドラシル金貨に、宝石。工芸品に魔法の武器や防具。そのどれもが、美しい輝きを放っている。
しかし、今手に持っているマジックアイテムと比べると、その全てが色褪せて見えた。当然だ。これ以上の宝は存在しない。同程度が、きっと四十人分あるだけだ。
「――パンドラズ・アクター!」
シャルティアは大きく息を吸い込み、そして宝物殿全体に聞こえるような声量で叫ぶ。
「モモンガ様のことで、お話がありんす! すぐに姿を見せんさい!」
その名前が示す効果は、抜群であった。すぐに、カツカツと宝物殿奥から足音が聞こえてくる。
そして、宝物殿の奥から出てきたのは、一体のドッペルゲンガーだ。黄色い色の軍服を身に纏ったそのNPCは、シャルティアの前まで来ると優雅に一礼した。
「これはこれは……第一階層から第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン殿ではありませんか? どうされました? それに、その手に抱えているマジックアイテム……」
シャルティアの抱えるマジックアイテムを見たパンドラズ・アクターの雰囲気が、一変した。殺意と敵意に濡れている。何故、それをお前が持っていると言葉にせずとも言っている気がした。
だが、シャルティアは決して怯えずモモンガの遺言を届けた。
「モモンガ様から、遺言でありんす。他のアヴァターラ同様、これらも処理するように――と」
「――――そうですか。ついに、その時が来てしまったのですね」
シャルティアの言葉に、パンドラズ・アクターは一瞬顔を伏せるが、しかしすぐに顔を上げて、シャルティアを促した。
「どうぞ、シャルティア殿。霊廟まで、私が案内してあげましょう」
パンドラズ・アクターの不思議な言葉に促され、シャルティアは歩を進める。奥へ進むと、闇がぽっかりと広がっており、パンドラズ・アクターはその場で立ち止まった。
「かくして汝、全世界の栄光を我がものとし、暗きものは全て汝より離れ去るだろう」
パンドラズ・アクターが闇の前でそう告げると、広がっていた闇がある一点に吸い込まれるように消えていく。その奥には先程まで無造作に置かれていた宝物が、今度はきちんと整頓されて並べられていた。
「この奥からは、ナザリックでも貴重なマジックアイテムの保管庫になります。あまり、勝手に触れないように――とは言っても、両手がそれで塞がっている以上、必要は無いでしょうが」
シャルティアはその言葉にこくりと頷いた。この両手に抱える荷物を手放してまで、周囲のマジックアイテムに興味をそそられるはずがない。
更に奥まで進むと、がらんとした待合室らしき部屋に出た。部屋に置かれているのは、ソファーとテーブルのみ。左右を見回すと、通路の出口らしきものがある。
「さて、申し訳ございません、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをここに置いて行って下さいますか? この先の霊廟では、その指輪をつけている者を襲うよう設定されているゴーレムがいるのです。それは、我らは勿論至高の御方々であろうと例外ではありません」
「ふぅん……。なら、外しんす」
シャルティアはパンドラズ・アクターにマジックアイテムを預けると、指輪を指から引き抜いて、そして絹のハンカチを取り出すと包んでテーブルの上に置いた。マジックアイテムは、決して床にもテーブルにもつけない。それを互いに了承していた。
「さあ、では参りましょう……御方々の霊廟へ」
「――――」
パンドラズ・アクターの言葉に、シャルティアは息を飲む。今、初めて。ここがどういった場所なのか理解してしまった。最奥にあるのが、何なのかを。
そして廊下の先に、それらは鎮座していた。
「あ……あぁ……」
そこには、ずらりとゴーレムが並べられている。その数は三十七体。そのゴーレムたちが何を象っているのか、そして、何を装備しているのか気づいてしまったシャルティアは、ふらりとその場に頽れた。
「霊廟って……まさか、そんな……」
「ええ、そうです。シャルティア殿。ここは――『アインズ・ウール・ゴウン』の霊廟です」
そこに並んでいる全てのゴーレムは、至高の四十一人を象っていた。
ウルベルト・アレイン・オードル。たっち・みー。弐式炎雷。やまいこ。ぶくぶく茶釜。他にも。他にも。他にも……! ペロロンチーノの姿まで!
空席は四つだけ。その内の一つはきっと……今、埋まるのだ。
「……ところで、シャルティア殿。今まで何があったか、訊いてもよろしいでしょうか?」
パンドラズ・アクターの言葉に、シャルティアは嗚咽を漏らしながら語った。シャルティアの記憶は一度、ある不思議な部隊と戦ってマジックアイテムを使われたことで途切れていたが、しかし戦闘は覚えている。コキュートスとの戦闘。よく分からない雑魚モンスター。そして、モモンガとの戦闘は。モモンガに言われた言葉も。
全てを語り終えたシャルティアに、パンドラズ・アクターは顔を伏せた。
「……そうですか。モモンガ様は、好きにしろと」
「ええ。……モモンガ様は好きにしろ、とおっしゃいんした」
だから、まだよく分からないけれど、シャルティアは好きに生きて、好きに死のう。モモンガを、好きに信じて。
「そうですか。貴方は、好きにするのですね」
「ええ、私は好きにしんす。……お前は、どうするのかえ?」
モモンガに生み出されたNPC、パンドラズ・アクター。彼はどうするのだろうか。シャルティアの問いに、パンドラズ・アクターは答えた。
「勿論、私も好きにしますとも。差し当たっては、とりあえずモモンガ様のアヴァターラの作成ですね。その後は、まあ……適当に過ごしますよ」
この、ナザリックの最奥で。
「そう……また、ここに来てもいいでありんすか?」
シャルティアの問いに、パンドラズ・アクターは微笑みを浮かべたようだった。
「ええ、勿論! どうぞ、いつでも起こしください、シャルティア殿。私以外に御方々の墓参りをする者がいないのは、寂しいですからね」
――そして、シャルティアの去った宝物殿に、一人残されたパンドラズ・アクターは、モモンガの遺した装備品を見つめながら、ぽつりと呟く。
「酷い御方だ……我が創造主よ」
おそらく……自分はナザリックのNPCの中で、唯一明確に創造主から存在を否定されたNPCとなった。シャルティアから話を聞いた時は、思わずその場で自害したくなったほどだ。
けれど。
「シャルティア殿は、好きに生きて好きに死ぬとおっしゃいましたからね。それなら、出来るだけ彼女が好きに生きられるようにギルドを維持するのが、私の仕事でしょう」
好きにしろとそう言ったのだから、好きにしよう。自分は、シャルティアほど前向きになれない。自分に愛想が尽きたと言った創造主……そんな創造主の子である自分は、きっとそこまで前向きに生きていけるようには出来ていない。自分たちは、似た者同士なんだと言ったのは彼なのだから。
シャルティアが前向きなのは、きっとペロロンチーノが前向きな男だったからだ。けれど、そんな風に生きられないパンドラズ・アクターは、ここでひっそりと、墓守をすることにした。
「他の者たちは、どうするのでしょうか?」
他のNPCたちに思いをはせる。外でも生きていけるようなNPCは、きっと何人もいまい。レベル的な問題もある。多くのNPCは、このままひっそりとナザリックで閉じこもって暮らすだろう。精々、可能性があるとすればコキュートスくらいか。社交的なデミウルゴスでさえ、きっと不可能だ。
いつか、蘇生したモモンガがこの地へ還って来てくれることを願って。
「せめて、一人一人にしっかり言葉を残して欲しかったですね、我が創造主よ」
……無理な話だ。モモンガは、シャルティアとパンドラズ・アクター以外、正直に言ってナザリックのNPCなんてほとんど覚えていない。一〇〇年の歳月は、それほどまでに長かった。ましてや、NPCなんてほとんど拠点の付属品だ。自分が作成したNPCと、そして友人がいつも自慢してきたNPC以外、まともに覚えていられるはずがなかった。シャルティアを覚えていたのさえ、奇跡に等しい。
例え、目の前で無事に再会出来たとしても、その時モモンガは悪気無く告げるだろう。誰だ、お前――と。
それを考えれば、むしろこの出会いは奇跡に等しかった。モモンガが最初に接触したNPCがシャルティアであったことは、まぎれもなく彼らの幸運であったのだ。そうでなければ、こんな別離さえ互いに出来はしなかった。
けれど、パンドラズ・アクターを含め、彼らはそんなことさえ分からない。
だから、ひたすらに彼らは悲しむのだ。ああ、至高の御方よ――何故ですか、と。
「安らかにお眠りください、我が創造主よ。私は、今まで通りここに埋もれたまま生きることにします」
パンドラズ・アクターはそう呟いて、アヴァターラの製作を開始した。
●
それから、どれだけの月日が経ったのか。いつもと同じように霊廟を眺めていたパンドラズ・アクターは、宝物殿の入り口の方から誰かが歩いてくる気配を感じ取った。
シャルティアだろうか。いや、シャルティアから指輪を借りた別の誰かかも知れない。デミウルゴスやアルベド、セバス、アウラにマーレ。シャルティアから霊廟の話を聞いたらしいNPC達は、毒無効系のマジックアイテムや能力を使って、毎日のようにここを訪れる。
毎日訪れないのは、パンドラズ・アクターの予想通り、シャルティアとコキュートスくらいだった。プレイアデスは代表が必ず一度はここに来ている。
しかし、今感じる気配はその全てとも違う気がした。
「――やあ、邪魔するよ」
現れたのは、白金の
「……どちら様でしょうか?」
パンドラズ・アクターが訊ねると、白金の騎士は答える。
「私の名は、ツアー。評議国の者でね。モモンガの友人さ」
「これはこれは……私は、パンドラズ・アクターと申します。モモンガ様が創造なされた従僕でございます」
「ああ、君が……」
ツアーと名乗った騎士は、興味深そうにパンドラズ・アクターを見るが、すぐに興味が逸れたのか視線を外し、パンドラズ・アクターが製作したアヴァターラを眺める。この中で唯一、モモンガが作らなかったゴーレムを。
「上手に作れているじゃないか。モモンガが、自分は手先が器用じゃないなんて言うから、それを見て笑ってやる気持ちでここに来たんだけどね」
他のアヴァターラと同じく、どこか歪なモモンガの像。だが、モモンガが一生懸命製作した結果歪になった他のアヴァターラと違って、このモモンガのアヴァターラはわざとそういう風に作られている。パンドラズ・アクターは、モモンガほど不器用では無かったので。
「ありがとうございます。……ツアー様は、モモンガ様の御友人ということですが……」
「うん。彼とは一〇〇年以上の付き合いさ。君とシャルティアという吸血鬼のことなら、少しだけ知っている」
モモンガが覚えていられた二人の名を告げて、ツアーは再びアヴァターラを見上げた。
そんなツアーの姿に、パンドラズ・アクターはかねてから不思議であった、ある疑問を口にする。
「ところで、ツアー様はお分かりになられるのでしょうか?」
「何をだい?」
「モモンガ様が、どうして死を選んだのかを」
モモンガとシャルティアの遭遇時の出来事を思い出しながら、パンドラズ・アクターは告げる。
「モモンガ様は、シャルティア殿の状態を知っていてシャルティア殿に会いに行かれました。しかし、あの御方はシャルティア殿に勝つ気がまるで無かった。当時の状況を聞けば聞くほど、そう思います。どうして、あの御方は勝つ気が無かったのでしょうか?」
ナザリックと決別するため? いや、それだって自分の口で告げるだけでいいだろう。装備品だって、さっさと自分で歩いて渡しに来ればいいだけだ。
自分たちにしっかり何かを残したかった。それにしては手落ちである。この異世界の状況説明さえ怠って、ただ好きに生きて好きに死ねとだけ告げるのは、あまりに無責任では無いだろうか。
それとも、それが彼なりの責任の取り方だったのだろうか。自分たちの自由意志を信じた、彼の。
そんなパンドラズ・アクターの問いに。ツアーは何でもないかのように告げた。どうして、パンドラズ・アクターたちがそんなことを疑問に思うのか、さっぱり分からないといった様子で。
「何でも何も、簡単じゃないか」
ツアーは、モモンガが救われた無関心さで、モモンガの友人として……正確に、モモンガの気持ちを言い当てた。どうしようもない一言を告げたのだ。
そう……モモンガは、プレイヤーは、どこにでもいる……ちっぽけな、人間なんだから。
「彼の自殺に理由は無いよ。単に、その日はそういう気分だっただけじゃないかい?」
おわり。