2018年06月08日








森見登美彦氏は学生時代にモテモテであった――。
どういうわけかそんな噂が広まっているらしい。
もし登美彦氏がかたわらに美女の一群をはべらせて、『太陽の塔』や『四畳半神話大系』を書いたのだとすれば、それはそれで素晴らしい。その小説家的イマジネーションを讃えるべきである。小説は自由ではないか!
しかし事実はそうではない。
当時の登美彦氏を知る友人なら、
「そんなわけあるか」
と一笑に付すだろう。
落ち着いてよく想像していただきたい。
当時の登美彦氏はまったく無名の学生である。だるだるのシャツを着て、混沌たる四畳半に暮らし、誰に読んでもらえるあてもない小説を書き、壁には本上まなみさんのカレンダーがはってある。「ライフル射撃部」というちょっと風変わりな体育会系クラブに所属し、もちろん合コンなどにも無縁の生活。古本屋で買った百円均一の文庫本を読み耽りながら、「社会に出たくないナア」とぷつぷつ呟いていたのである。世間の女性たちに広く門戸を開いた生活とはとても言えない。
たしかに面白おかしい友人たちには恵まれたが、学生時代に付き合ったことのある女性はただひとりで、その人が紆余曲折を経て妻になった。いくらなんでもそんな人間に対して「モテていた」は言い過ぎであろう。妻と出会うことぐらいは許してほしい。
ところで現在、森見登美彦氏は雑誌の締切ギリギリで「のっぴきならない」状況にある。本来なら、こんな文章にエネルギーを割いている場合ではない。しかし事実ではない噂を流布されては、あの四畳半時代をそれなりに生き抜いていた登美彦氏があまりに不憫。というわけで、この文章を読んだ皆様は広く世に伝えて欲しい――やはり登美彦氏はモテモテではなかった、と。根も葉もない噂に心乱されぬようにしてほしい。