第17話 それでも勇者は届かない 1
茜色の空が世界を染めている。
そんな古びて朽ちた遺跡後。
『なぁ、海人、覚えておるか? 妾たちが初めて会った日のこと』
『……あぁ、覚えてるよ。覚えてる』
『あの時、妾はお前に言ったな、『妾に触れるな、妾に近づくな、妾を知ろうとするな』。わかっておったのに、まったく、海人も妾も大戯けじゃなぁ。結局、最後はこうなってしまったのじゃ』
『……仕方ねぇよ、だってもう、どうしようもないくらい、俺はお前のことが好きになっちまったし。大体■■■■■が俺の好み過ぎるのが悪い』
『馬鹿者、馬鹿者、大馬鹿者。魔王を口説く勇者がどこにおるんじゃ。勇者に惚れる魔王がどこにおるんじゃ。最後までそんなことを言われたら、余計に辛いじゃろうが』
目の前で赤毛の少女が無理に作った笑顔を浮かべる。
『何もかも投げ捨てて、少ない時間でいいから。妾はそんな風に過ごしてもいいんじゃぞ?』
『……』
あぁ、胸が痛い。
どうして? そんなのは簡単だ。
次に何を言われるのか分かっていて、それを断ると決めてここに来ているのを知っているからだ。
『妾にできることなら、いくらでも、何でもしてやる。それこそ、世界の半分だってくれてやる。だから、なぁ、妾のそばに来てくれ、お願いだ』
今にも泣き出しそうな、そんな顔。
必死で固めていた気持ちが揺らぐのが分かる。
『言うなよ、俺は嫌だ。わがままだからな、全部欲しい。お前と過ごした世界が壊れるなんてイヤだ。ほんの二、三年のだけでお前と一緒にいられなくなるなんて、そんなのは嫌だ! 必ずっ、必ずお前からその根を取り除いて見せるっ、たとえどんなに低い可能性だってつかみ取ってやるっ!』
『海人……』
『俺は絶対に認めないっ、お前が死ぬなんて認めないっ、お前にだって諦めさせないっ! お前を、世界の犠牲になんてさせてたまるかよっ!!』
駄目だよ、失敗する、届かないんだ。もう遅いんだ。
何も残さず、救えず、その手で殺すしかなくなる。
その手を取らなかったことを必ず後悔する。
『俺はお前を俺の世界に連れて帰るっ! 人間も獣人も魔族も、俺とお前が協力して大結界を組み上げて争いを止めて、最後は笑って俺の世界に帰るんだっ!』
そんな日は、来ないんだ。
『家族にお前を紹介して、友達にお前のことを自慢するんだよ、『こんな美少女が俺の嫁だっ』ってな。そうだな、きっと楽しいぞ、あっちの世界じゃ勇者も魔王も関係ないからな、公衆の面前でいちゃつき放題だ』
そんな夢は、叶わないんだ。
『いつか来る日に怯えながらお前と一緒に過ごすのなんて願い下げだ。俺はな、この世界を救う勇者様として呼ばれてきたんだ。だったら、目指すのは勇者らしく一切合切全部救って、みんな笑ってのハッピーエンドだ。それ以外は認めない、世界の半分なんかで満足してやらないっ!』
『……まったく、この大戯けめ。本当に業突く張りじゃ』
あぁ、だけど、どうして。
夢の中でさえ、俺はその光景を止めることはできない。
この後に何が起きるのか、いまだ俺は思い出せていないけれど。
その先には明るい未来は待っていないのだけは分かるんだ。
『だったら海人ッ、信じておるからなっ!! 絶対に妾を救うんじゃぞっ!!』
ゴシゴシと顔を拭いながら、その手を引っ込める少女。
『任せておけっ! 大好きだからなっ、バカ女っ!!』
『すぐに妾の下までくるんじゃぞっ!! 来ないと拗ねるんじゃからなっ!! それから大好きじゃっ、業突く張りの大間抜けっ!!』
そう言って背を向け合った二人は歩き出す。
見上げた空はただひたすらに赤く。
大切な記憶のはずなのに、何の記憶なのかも分からないまま、夢は覚めていく。
鮮烈にその目に焼き付いていた、その空の色だけを残して。
☆
白亜の巨城というべき病院。
その一室で、俺は二度目となる退院手続きの前に最後の問診を受けていた。
「君、超合金か何かで出来てるのかい? それとも改造人間かなにかかな?」
「い、いや、最近、ちょっと自分でも不思議に思えてきました」
「まったく、至近距離で爆発を受けて三日で退院なんて。当日には痛いとは言いつつもケロッとしているし」
「あはは、それはその、なんとも運がよかったみたいで……」
「確実に悪運の類だがね、運が良ければそもそもこんなことには巻き込まれていないよ。君がそうして元気そうにしていられるのは単なる偶然だ」
はぁ、と前野先生はため息を吐く。
ひとまず終わった問診に上着を羽織っていく。
あの時、俺たちは爆発に巻き込まれた。
原因は、老朽化したガス管を入り込んだネズミが齧って、静電気による火花と合わさって大爆発を起こしたものらしい。
火は周囲の物にも引火し、あわや大火事にまで発展しそうになったが、幸い音で発見が早かったこと、運よく無事だったスプリンクラーが正常に作動して火を消し止めたおかげで、被害はあの一角だけで済んだそうだ。
最初は『警察署に爆破テロか!?』なんて話も出回ったらしいが、その日のうちに原因が公式発表されて騒ぎは収束し、警察は事態の対応に追われている。
なにせ、あそこには多くの事件の押収品、証拠品の類が保管されていた。
そのほとんどが爆発に巻き込まれ、あるいは燃え、あるいは水浸しとなり、と。
詳しいことは分からなくても大変だろう事は想像がつく。だが、今は事故の顛末よりも、爆発に巻き込まれた自分たちの身のことの方が一大事だった。
とはいえ、爆発に巻き込まれた俺と舞は、奇跡的に軽傷で済んだ。
いや、軽傷で済んだのは直前で庇った舞だけで、俺自身は背中は爆風で灼けて、いくつかの金属片が背中に刺さった。
針鼠のような背中をしていた俺だったが、重要な臓器は何一つ傷つかずに済んだみたいで、爆発後に気絶した俺が目を覚ます頃には既に治療は終わっていた。
舞もかばいきれなかった熱風を受けた手足に軽度の火傷を負ってしまったが、命に別状はなかったそうだ。火傷も本当に軽度の物で、二日もたった今ではうっすらと赤く見える程度だ。
妹の体に一生モノの跡が残さずに済ませられた俺はよくやったもんだと、大学受験の追い込みをしている悠斗へ胸を張ったら頭を引っぱたかれた。俺、頭に包帯巻いてたのに。
だが、俺は背中に針を生やす羽目になったとしても、妹が傷を負うよりもずっとマシだ。
……おかげで、もっと悪化した問題もあったが。
「それでその、宮川さんは……」
「今もまだ、集中治療室で治療中です。飛び散った金属性のラックの破片がかなり危険な位置に刺さっていましたからね。峠は越えましたのでしばらくすれば意識が戻るはずですが、最低二週間は入院でしょう」
「そう、ですか」
あの場で、宮川さんだけが瀕死の重体だった。
ただひとり意識を保っていた舞がすぐに助けを呼んだおかげで一命は取り留めたものの、意識はいまだ戻ってはいない。見舞いができる状況でもないそうだ。
「宇景くんも、検査場の数値は問題ないけど無理はしないように。頭の包帯は一応、次の精神科の予約までは毎日変えること。背中の傷はほとんど塞がってるけど、こっちも次に病院で確認するまでは毎日軟膏を塗って絆創膏を張り替えること。君は冗談みたいに回復力が強いけど、ケアを怠って傷口が可能する場合もある。毎日妹さんに手伝ってもらうといいよ」
「はい、分かりました」
俺は礼をして、診察室を出て自分の病室に戻った。
何かもう、この部屋も見慣れた感がある。いや、今回はこうして実質二日で退院しているから、そんなに長居しているわけでもないんだが。
「あ、兄様。退院の手続きは済ませておきました」
ポスッ、と数日分の着替えやらをバッグに詰めた舞が待っていた。
「そうか、ありがとな」
「いえ、兄様のためですから。さ、帰りましょう、兄様」
そう言って俺には不自然にしか見えない笑顔で、舞は空いた腕を器用に俺の腕に絡ませてくる。
その笑顔はまるで病弱で人見知りで、自信もなかった頃の卑屈な笑顔。
壊れそうな瞳の奥の光。
いや、系統は似ていても、明らかに子供の頃よりも酷い、もはや病的なまでに俺に依存した光。
(あぁ、やっぱり……)
舞の精神状態は明らかに悪化していた。
もはや一瞬たりとも離れたくないとばかりに、学校も休んで俺の側にいた。
着替えを家に取りに帰るのも嫌なようで、前回とは違い、必要なものはコンビニや病院内の売店でそろえる。
食事も一緒、トイレに行くときも扉の前で待機、散歩に出れば手をつなぐどころか腕を絡めるようになった。それも、今までは外出する時だけだった手をつなぐ行動を、暇があれば室内でも行うようになった。
目が覚め、明らかに過剰な態度で俺と接するようになった舞に俺が離れるように言い聞かせようとすると、まるで機械のような目をして『イヤです』と抑揚の消えた口調で言いながら腕に強くしがみついてきた。
何を言おうとしても『イヤです』とひたすら繰り返し、結局、為すがままに舞の気が済むまで俺は置物と化すしかなかった。
きっと、今浮かべている笑顔よりも、あの壊れかけの人形のような表情が今の舞の本質だ。
「そうだな、早く家に帰ろうか」
(さて、どう言いくるめてカウンセリングを受けさせればいいのか……)
俺は舞に何も言わず、そのまま歩き始めた。
ここまでハッキリとしてしまったら、俺の意地だのなんだのと言ってる場合じゃない。
俺は舞にカウンセリングを受けさせるつもりだった。この病院でとも考えたが、どうしても俺の中で前野先生に対する不信感がぬぐえない。
だから、俺はここではない他の病院の精神科に行くつもりだった。
(それに、俺自身も何か思い出せるかもしれないしな)
あの爆発による火災のせいで、俺が受け取ろうとしていた品々は灰になってしまったらしい。
記憶を取り戻せると、妙な確信を抱いていただけにその落胆感は強い。
だが、爆発の衝撃が少しだけいい方向に転んだのか、気を失っている間に見た夢は、今までで一番色鮮やかで、核心に近い。そんな感じがした。
だけど、そこまで来たせいか、逆にこのままじゃ思い出せないという思いが強くなった。
俺の中の鬼は、もう一歩のところまで来ている。
ガラス一枚挟んだ向こう側、引き抜けかけた鎖の楔。
後ほんの僅か、そのほんの僅かが、今までよりも果てしなく硬くて鋭い。
それが微かに振れるだけで指先が切り刻まれそうな痛みに襲われる。
大きな手掛かりを失くして、思い出そうと決意したのに最後の一歩が断崖絶壁の向こう側。
近いのに遠い、そんな距離。
今更べつの病院も探してみたところで、すぐにどうこうなるとは思っていない。
それでも、些細なものでいいから切っ掛けが欲しかった。
舞がこんな状況になった以上、俺は本当に余計なものを抱えている余裕はない。
「……」
募る焦りは、周りを取り囲む火のようにジリジリと俺の心を炙っていた。
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