修学旅行に急遽来ないといいだした奴をバスで迎えに行った話

「じゃあ迎えに行けば良いんだ」とんだ勘違い

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ときは中学3年生。修学旅行に行きました。

場所は広島、いわゆる平和学習をかねたやつです。学ぶことも多かったし戦争というものはやったらあかんやつやなと15歳の心に深く刻まれましたよ。

学校に集合してバスに乗り京都駅へ、そこから新幹線に乗って広島まで行くというコースだったと思います。広島から萩、秋吉台の秋芳洞なんかを見たような。

で、その出発当時の朝の話です。

Uが来ない。

 集合時間にわらわらとでかい荷物を背負って集まってくる生徒。僕も当然ながら3泊4日の荷物をもって学校に行きました。

点呼を取ったらバスに乗り込んで片道1時間ほどの京都駅に向かうところ。

 

ところが、先生が教室と職員室を行ったり来たり慌ただしい。そして同じクラスのUがいない。もしかして急病なのかなんなのか。

他のクラスがどんどん教室から出てバスにのっていくのが廊下から聞こえてくるのにうちのクラスだけは教室待機。

そして職員室から戻ってきた先生がこう言いました。

「U君は修学旅行に行かないと言っている。みんなでU君を迎えに行こう」

先生がこういい出した前に教室内ではすでに「Uさー行きたくないんだよ絶対。仮病とかで行かないつもりなんだぜ」という意見で一致。ちょっとアウトローなところもあったしはにかみ屋だし班行動とか絶対嫌がるタイプだったから。

でもそれはいじめとかじゃなくて「そういうやつ」という認識だったからそれはそれで人気あったし「またU拗ねてるw」とか仲間だという意識は普通にあったから。

勉強はどっちかというと苦手だったな。そんな彼を「迎えに行こう」といい出した先生。ある意味熱血。

走り始めたバスと暴走する先生

とりあえず迎えに行こうといい出したのにはまぁ理由があって、そのUの家というのがちょうどバスが通る道沿いにあったから。

「きっとお前たちが迎えに行ったらあいつは出てくるはずだ」とか「みんなで呼びかけよう」とか先生はやたら熱く語ってるし、乗り込んだ生徒は「いやいやそういうのじゃないからwあいつ絶対顔も見せないって」とますます冷ややか。

この温度差をひしひしと感じながら車窓から田んぼを眺めるサキ(15歳の春)

そしてバスは静かにUの家の前に到着、家に駆け寄る教師。するとUの父親が家の前まで出てきた。戦闘開始の予感。

熱い呼びかけ、開かなかった窓

先生はUの父親と家の前で話をしている。ジェスチャーから読み取るに

「お父さんU君に一緒に行こうと話をしてもらえませんか」
「いや、こっちは何回も言ったんだがUがどうしても行かないと言ってる」
「でもこれは中学で最初で最後の修学旅行ですしU君にもどうしても」
「こっちも何回も言ったんだがもうこれ以上はどうにも文字数」
「わかりました、じゃあこちらもこちらにできることを文字数」

ブライト「アムロ君、どうする。我々は出発するが。」
アムロ「あ、はい。」
アムロ「これからもお達者で。お母さん。」
ブライト「失礼いたします。お子様をお預かりします。」

アムロの母「アムロぉぉぉぉ」

 というようにUくんを預かることができなかった先生。

バスに乗り込んでくるといきなりこう切り出した。

「よし、みんなでバスの窓を開けてU君に声をかけよう!」

なんか昔そんな青春ドラマがあったかもしれないけど、ときは昭和末期(古かったw)そんなことがうまくいくとは思えない。

しかし先生がそういうのだからしょうがない。窓をあけて男子が叫びだす。

「U~~~~~!いってくるわ~~~~~!」
「U~~~カンバックサーモン!!!」
「U~~~~窓開けろよ~~」
「U~~~~~~~愛してるぞ~~~!!!」

もう支離滅裂。だってみんな行かないのわかってるから。

無情なる発車。

そんな叫びが30秒ほど続いた後、先生がこう言い放った。

「しょうがない、Uは置いていこう」

いやいやいやいやいやいや、最初から行かないって言ってたんだから。置いていこうとか連れて行くとかお預かりするとかそういう次元じゃなかった(それアムロ)。

バスはプシューという音とともにドアを閉め、京都へと走り始めたのでした。

しかしあの時男子生徒たちは見たのだ。

走りゆくバスをそっとカーテンの影から見守るUの姿を。

 

つづかない。

 

今週のお題「修学旅行の思い出」