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認知症や知的障害と仕事…後見人が付いても働ける 就業制限の削除法案提出
認知症の人や知的障害者らが成年後見制度を利用して後見人や保佐人が付くと、国家資格や行政の営業許可が必要な業務、公務など、計190の法律に規定された仕事ができなくなる。障害者らの権利を侵害し、成年後見制度の利用も阻んでいるとして、撤廃する法案が今国会に提出されている。
軽度の知的障害のある岐阜県の男性(30)は2014年4月に警備会社に警備員として就職し、駐車場で車の誘導を担当していた。会社は障害を理解して採用し、まじめな仕事ぶりを評価していた。
一方、男性は、親族に勝手に自分名義の自動車ローンを組まされたり、通帳からお金を引き出されたりしたため、成年後見制度の利用を申し立て、17年2月に保佐人が付いた。すると翌月、退職を余儀なくされた。警備業法で、保佐人が付く人は「警備員となってはならない」「警備業者は業務に従事させてはならない」と規定しているためだ。
男性は納得できず、今年1月、規定は職業選択の自由などを保障した憲法に違反するとして、国に100万円の損害賠償を求め、岐阜地裁に提訴した。男性は「自分に向いている警備の仕事に戻りたい」と話しているという。代理人の熊田均弁護士は「財産管理能力と、警備の仕事に必要な能力には関連性がない。権利の侵害だ」と指摘する。
後見人らが付くと働けなくなる職業や資格は、国家公務員法など190の法律に規定されている。信頼性や業務の遂行に影響があるとみなされてきたためだ。
公園の入り口付近のゴミを拾う明石徹之さん。法案が成立すれば、後見人や保佐人が付いても仕事を失う心配がなくなる(川崎市で)
これに対し、内閣府の有識者委員会は17年12月、「財産管理に必要な能力と仕事に必要な能力は質的に異なる」と指摘。職業や資格ごとに個別に審査する仕組みに改めるよう国に求めた。これを受け国は今年3月、188の法律で、後見人らが付くと就業できないという規定を削除する法案を提出した。早いものは公布日から施行される。
会社法(取締役)と一般社団法人・一般財団法人に関する法律(役員)は、個別審査のあり方を検討後、規定を削除する法案を提出する。
自閉症で知的障害のある明石徹之さん(45)は川崎市の公務員で、市立動物公園で清掃や餌作りを担う。両親は、自分たちの亡き後に備えて成年後見制度の利用を検討しているが、高校卒業から25年間続けている公務員の仕事を失うのを心配していた。
母の洋子さん(72)は「徹之にとって仕事は生きがい。規定がなくなれば、後見人などが付いても働き続けられる」と話す。
<成年後見制度> 認知症や知的・精神障害などで判断能力が不十分な人を支援するため、家庭裁判所が選んだ後見人らが、本人に代わって不動産や預貯金などの財産管理、介護サービスの利用契約などを行う制度。本人や家族らが家裁に申し立て、家裁は、本人の判断能力に応じて後見人、保佐人、補助人のいずれかを選任する。後見人は財産管理の全面的な代理権が与えられるなど、最も権限が大きい。保佐人、補助人の権限は限定的。利用者は約21万人。
面会 月1回未満が大半
後見人らの支援のあり方も課題となっている。
社会福祉法人「 昴 」(埼玉県東松山市)が2017年、知的障害者施設を対象に行った調査によると、後見人らが障害者本人(1798人)に面会に来る回数は、「ほぼ来ない」「年1~2回」が計38%にも上った。「2~3か月に1回」も25%。「月1回以上」は30%だった。
結果を分析した日本社会事業大学の曽根直樹准教授(障害福祉)は「月に1回も会わずに、本人が何に困っているのか、どんな支援が必要かなど、細かいニーズを判断できるのか」と疑問視する。
国が17年3月に策定した成年後見制度利用促進基本計画では、改善策も盛り込まれた。21年度までに、〈1〉後見人らが本人の意思をくみ取って尊重するプロセスの普及〈2〉本人の生活状況を踏まえ、適切な後見人らを選ぶ手法の確立――などに取り組む。
(野口博文)
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