INTERVIEW

ジム・オルーク、新作『sleep like it’s winter』を語る 「私にとって、アンビエントという言葉の意味は何だろう」

  • 2018.06.06
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ジム・オルーク、新作『sleep like it’s winter』を語る 「私にとって、アンビエントという言葉の意味は何だろう」

ここ日本に活動拠点を移してから早15年弱。昨今では日本人音楽家とのコラボレーションも盛んに行い、かつてその名を世界中に広めることとなった『Bad Timing』(97年)、『Eureka』(99年)、『Insignificance』(2001年)などの傑作群を世に出した2000年前後にも増す形で、私たちは今さまざまな場面でジム・オルークという音楽家の名前を目にしている。

移住後に制作した『The Vistor』(2009年)、並びに『Simple Songs』(2015年)が、『Bad Timing』や『Insignificance』との関連性・共通性が語られたように、自身の活動史を円環的になぞりながらも、その音楽世界を果敢に更新しようとする彼の姿勢。それは、音楽史的知識や膨大な教養に裏打ちされた極めて理知的なものでありながら、自らの音楽をストラテジックに世界に提示していこうとするような態度からは、もっとも遠い地点に位置している。彼の創作を駆動するものは、ただただ〈音〉そのものへの信望、そして〈音〉が切り拓いていくもの、聴かせてくれるもの、見せてくれるものへの純粋極まりない挑戦であるが、同時に、それを知的に担保する強い理性にも貫かれている。

石橋英子や前野健太といった、今やジム・オルークの盟友となった音楽家たちも在籍する〈felicity〉がこのたび兄弟レーベルとして設立した〈NEWHERE MUSIC〉より、『Simple Songs』以来約3年ぶりのアルバムとして、このたびリリースされた新作『sleep like it’s winter』。同作は、レーベルの趣意にアンビエント、ニューエイジ、ドローン、ポスト・クラシカルといったジャンルの境界線を取り払った〈エレクトロニック・ライト・ミュージック〉、いわば電子的な軽音楽を創造する、とあるように、まさにその第一弾作として相応しい音楽的相貌を備えている。

全1曲・44分のインスト・アルバムである本作はもしかすると、彼が過去に発表してきたインストゥルメンタル作群との共通性を求めることも可能だろう。しかし、今世界的にアンビエント〜ニューエイジ音楽への再注目が喧伝されるなか、本作はそういう潮流とも偶然に合致するような形で〈ジム・オルークの今〉が濃厚に溶かし込まれている。実際この作品は、以下のインタヴューで語られる通り、〈アンビエント〉という概念を巡り音楽思想家として提出した最新の実践記録としての性格も持っている。また、美しく魅惑的な〈電子的な軽音楽〉作りにおいても、いやだからこそ、極めて鋭利且つ真摯な〈音〉そのものへの視線と批評性がそこに表出しているのだ。

本作についての問答は、稀代の音楽家ジム・オルークの音楽観の一端をまた新たに知らしめるだろう。

JIM O'ROURKE sleep like it’s winter NEWHERE MUSIC(2018)

 

アルバム25枚分位作っていたけど……そのうち24枚分は捨てました

――前作が『Simple Songs』、その前が『The Visitor』ということで、ここ最近のリリースはインストゥルメンタル作品とヴォーカル作品が交互になっていますが、こうしたパターンには何か意図があるのでしょうか?

「特に意味はないですね(笑)。本当は……できればヴォーカル作品はあまり作りたくないんです……。自分にとって意味があれば作るけど、意味がなければ無理して作らない。ヴォーカル作品はテーマとして歌詞が重要というのはありますけれど、もともと色々なアイデアがあるなかで、それらが時に映画音楽になったり、別のものになったり。もっとも適したものになるように、作り方はいつも探している」

――本作のようなインストゥルメンタル作品にもテーマやコンセプトがあるのでしょうか。ジムさんは一つの作品を作る時、あらかじめコンセプトのようなものを決めて臨むのですか?

「もちろんそういう形でスタートするけれど、途中でめざすものは変わる。作る目的は〈答え〉を探してそれを得ることじゃなくて、次の〈質問〉を探すことなんです。もし制作途中で〈やっぱりこのほうがいいだろう〉ということがあれば……例えば『Simple Songs』の時はおそらくアルバム4、5枚に及ぶ量の曲を作りましたが、最終的にこの曲は物語的に合わない、というものは削っていったりもしました」

2015年作『Simple Songs』収録曲“Hotel Blue”のライヴ映像
 

――では、今回も一つの作品にしようとして作り出したわけではなくて、作り出したものがこういう形にまとまっていった?

「そうですね。今回はたぶんアルバムにして25枚分位作っていたんだけど……そのうちの24枚分は捨てました(笑)」

――今作は25分の1の成果ということなのですね……。では、ここ数年間は今作の制作を行っていたんでしょうか?

「そう。たぶん、2年間くらい」

――今作はジムさんのこれまでのインストゥルメンタル作品、例えば『Happy Days』やフェノバーグによるものなどの作品に比べて、落ち着いた静かな印象を受けたのですが、自身でもそういった意図を持って作られたのでしょうか?

「うーん……。まあ私は毎日何かを作っていますが、今はそれらのほとんどをBandcampにアップしていて。なので、音楽を一枚のレコードとしてリリースすることの価値というのは、だんだん感じなくなってきていると思う。というか私は、本当はあんまりレコードをリリースしたくない(笑)」

――リリースの形態にはそこまでこだわらないのでしょうか。

「はい。私にとっては、レコード制作が終わったら、その作品は私の人生とは関係ない。もう終わり」

――完成したらもう無関係、と……。

「今はもう次の次の次のことを始めているので(笑)」

――ではここはちょっとガマンしてもらって、引き続きこの作品について訊いていきたいのですが(笑)、制作環境でこれまでと変わった点というのはありますか?

「前作(『Simple Songs』)のようにバンドと一緒に作る時は、自分以外の別の人間がいたけど、今回は一人。それが一番違う(笑)。自分から自分に対する厳しさは全然問題ないけど、ほかの音楽家がいる場合、彼らに〈そういう演奏じゃない〉とか、本当は何度も言いたくない。彼らに自分の厳しさ(の負担)をかけたくない。だけど、私が欲しいものはやはり欲しい(笑)。そうなると、少しやり方を変えることになるので、そのぶん沢山時間が必要になります」

――それは、コミュニケーションする時間?

「そう。そのコミュニケーションのなかで、時々彼らを騙すことも大事です。〈これが欲しい〉という時に、あえて少し変えて〈あれが欲しい〉と伝えて、結果的に彼らを通して出てきたものが、自分が欲しい〈これ〉に近くなる、そういうこともありますから。共作でなくてプロデュースの時も、そういうことは特に大事です。まっすぐに伝えることというのは、時折良くない結果にもなります」

――それは近年行っているような日本のミュージシャンとの共同作業に限らず、ジムさんが過去に関わってきたソニック・ユースやウィルコなどといったバンドについても同じこと?

「そう。もちろん一人一人感じ方は違うから、〈この人にはこういう言い方〉〈あの人にはこういう言い方〉と変えるのも必要。だけど、今回の『sleep like it’s winter』は一人で作っているので、そういう問題はなかった(笑)。 毎日起きて、スタジオに入って、仕事して、終わり(笑)」

――自分を騙すことはできないですものね。

「いえいえ、それもできますよ。でも、自分を騙すのにも、やっぱり時間が必要……。立場や視点を変えるために時間が必要です」

――それは〈いつも通りなら自分はこうしてしまうな〉というところを、違う結果を得るためにあえて自分を騙す、ということ?

「うん。たぶん厳密には〈自分を騙す〉ということじゃないのかもしれないけど。……もし立場や視点を変えてみて、(自分の意図する音とは)別のように聴こえたら、直したりする。そういうことが大事です。でもこれも本当に時間が必要。例えば、ある時録音したあるセクションを4か月後に聴いてみると、〈今聴くと、全体にとって本末転倒なものだな〉と感じたり」

――今作でもそういったことはありましたか?

「はい、ありました。それで2年間くらい時間が必要だったんです。〈この道は違った、この場所じゃない〉というような……読みにくい地図を整理していくような……作業でした」

私にとって、アンビエントという言葉の意味は何だろう

――今回は全1曲のアルバムとなっています。これは『The Visitor』でもそうだったと思うのですが、ジムさんはこういう形がお好きなんですか? 〈アルバム〉というと複数の曲が入っているのが一般的ですが。

「単純にこれは一つのものだから……分ける意味がない(笑)」

――例えば、パートに分かれた組曲であるとか、そういうようなものではなくて、本当に一つの〈曲〉ということですかね?

「はい。でも私はこれを〈曲〉とは思わない。〈曲〉〈作品〉、そういう単位で音楽を考えていないです。〈これ〉は、〈これ〉です」

――同じインストゥルメンタル作品でも、例えば『The Visitor』の場合はプログレッシヴ・ロックとか、フォーク・ミュージックの要素などがあったかと思うのですが、今回は所謂アンビエント的なものを感じました。

「今回はレーベルからそういう相談が来たからそうなりました(笑)。でも、私がよく作っている電子音楽を、きっとアンビエントと呼ぶ人もいるだろうけど、別の人はまた別の呼び方をすることもある。それは私の問題でなくて、聴く人の問題(笑)。そもそもアンビエントという単語も人それぞれ使っている意味が違ったりしていて、今回はその意味の違いについて考えていました。〈私にとってアンビエントという言葉の意味は何だろう〉、それを考えながらやろうと決めました。でもこのレコードは、一般的な〈アンビエント〉というものではないと思う(笑)」

――例えば、知名度を含めた一般的な認識で言うと、〈アンビエント=ブライアン・イーノ〉というようなイメージがあると思います。ジムさんは、ブライアン・イーノはお好きですか?

「あんまり大ファンじゃない。でも、ミュージシャンではなく思想家としての70年代の活動は尊敬しています。音楽じゃなくて、彼のやり方、考え方ですね。マイケル・ナイマンが音楽評論家の仕事をやっていた頃に出した『実験音楽 ケージとその後』(74年)という本の中で、若いブライアン・イーノの話が出てくるのですが、あの本には学生の時に結構影響を受けました。(イーノの)音楽では……『Discreet Music』(75年)と『Before and After Science』(77年)だけ好き」

ブライアン・イーノの77年作『Before and After Science』収録曲“Here He Comes”
 

――音楽的な部分では今回のジムさんのアルバムとは関係ない、と。

「関係ない。でもさっき言った〈私にとって、アンビエントとはどういう意味?〉ということを考える時、イーノのことも考えました。彼の活動初期には〈アンビエント〉という単語はあまりポピュラーでなくて、もちろん一般的な語彙としては存在していたけど、音楽用語としてはなかった。あの本(『実験音楽 ケージとその後』)の中では、エリック・サティの〈家具の音楽〉という考え方についても書かれているけど、若い時にそういう考え方には影響を受けましたし、そのことについては今回よく考えた。そして、そういうものは作りたくない、と思った」

――今作は、聴く人によってはかつてあったアンビエント音楽のイメージを当てはめて、何となく〈アンビエントだ〉と言うかもしれないけれど、僕にとってはもっと……すごく厳しい美意識というか、厳密さのある音楽だという気がしました。今作にはスコアも存在するんですか? 全体を通して、即興的な感じとも違った構築的な美しさがありましたが。

「ありますよ。でも、演奏の断片を作る段階では即興的な要素もあります」

――今作の楽器編成は?

「たぶん4つの楽器があると思う……ピアノ、ペダル・スティール・ギター、短波ラジオ、それとシンセサイザー」

――シンセサイザーなどによるエレクトロニクス音と生楽器音の融合は、電子音楽の初期からもあったかとは思うのですが、やはりジムさんが行っているアヴァンギャルドからポピュラー・ミュージックを横断するようなやり方が世界中の後進ミュージシャンに大きな影響を与えていると思うのです。ジムさんにとってそういったことはごく自然のもの? それとも自分なりのセオリーがあったりするんでしょうか?

「セオリーはない。私にとって〈音〉は〈音〉……ジャンルとかでも分けない……(しばし沈黙)」

――難しい質問ですかね……。

「難しくないけど、私の見方が人とは違うのかもしれない……(笑)」

――一般的には、例えばポップスのジャンルの人だと……。

「(遮って)そういう話が本当にわからない! 〈私はポップスが好きなのでそのジャンルをとことん聴きます〉みたいな考え方が本当にわからないです。ロックンロールが好きな人が、〈ダメ〉なロックンロール音楽まで聴こうとするとか。もちろん自分もロックンロールは好きだけど、すべてのロックンロールが素晴らしいわけじゃないですし。私は素晴らしいものと……まあまあのものを聴く(笑)。なぜ〈ダメ〉なものまで聴くのかわからないです」

――それで言うと、創作への姿勢と同じように、ジャンル関係なく良いものを聴く、というジムさんの音楽の聴き方にも僕ら後進世代はとても影響を受けていると思います。自分がかつて産業ロック・バンドと揶揄されることもあったボストンのかっこよさに気付いたのも、ジムさんがいつか話されているのを聞いたお陰です(笑)。

「私はその人(音楽家)の考え方に興味があるのです。その人が何を考え、何をやったか。ボストンのトム・シュルツも、リュック・フェラーリ、モートン・フェルドマンも、彼らの考え方がおもしろかったからです」

――〈この人はこのジャンルの音楽をやっているからおもしろい〉ではない、と。

「……そう。でももちろん〈ジャンル〉という概念のおもしろさもある。しかしそれは〈音楽の言語〉として。それをわかっていれば特定のジャンルにおける歴史的言語を使うことができる。ジャンルというのはあくまでそういう意味のおもしろさです。例えばロシアの小説について言うなら、もちろんそれはロシアの歴史に関係がある。そういう理解をしようとする時に、〈ジャンル〉というのは大事です。でも、〈私はロシアの本を(ロシア小説だからという理由で)読む 〉、そういう考え方はわからない、ということです」

 

イーノの時間は止まっている。でも、私はそういうものは作りたくなかった

――また本作は、映像や風景を喚起させる力がとても強い音楽だと感じました。日本で15年ほど生活し、東京や、田舎で作業したりするなかで見た日本の風景が自身の作品や意識の中に入り込んでいる、といったことはあると思いますか?

「日本ではなくて、子供の頃に過ごしたアイルランドの風景から逃げられないところはあるかもしれない。でも、都会を離れると……〈時間〉が変わります」

――ゆっくりになる?

「ゆっくりじゃない。時間の〈広さ〉が変わるんです。〈テンポが変わる〉という意味ではないです」

――時間の捉え方が変わる、という感じ?

「人は耳で聞いて、目でものを見ますが、耳でも〈見る〉ことができるんです。音楽も耳で勿論聴きますが、耳でも〈見える〉。それは、同様に時間を扱うことにおいても大事です」

――時間を、右から左に流れていくというように感じるだけではなくて、大きく捉えて感じるというか……そういう意味での時間の捉え方が、田舎と都市部という風景によって違うということですかね。

「でもそれは、直接的には風景じゃなくて音楽そのものが決める。音色が、時間の扱い方を決めるのです。意図して時間を重ねるようなことはできない。〈こういうふうに聴いて〉と意図して音楽を作った時、人はそう聴くかもしれないけれど、本来〈聴く〉の意味はもっと広いです。

例えば60年代に現代音楽の世界で、シュトックハウゼンが〈モメンテ〉など、時間が音楽を制限することといった課題に対して作品をたくさん作りました。モートン・フェルドマンにも同様の作品があって、彼の作品を聴いたシュトックハウゼンがある時質問したら、フェルドマンは〈私は音を押さない〉と言ったといいます。音楽を作る時は、そういうふうに〈時間を押す〉ように作者が意図するのではではなく、音楽が〈話す〉。それを作り手が聞かなければ、浅い作品になってしまうのは間違いない」

――音楽そのものが問いかけることをちゃんと捕まえる、と。

「『sleep like it’s winter』では、音楽で時間をどう扱っているのかを考えました。たぶんイーノの時間は止まっている。でも、私はそういうものは作りたくなかったです。この音楽はフォーム(構成)がない。〈頭〉や〈最後〉というものはないです」

――では、最後の質問です。次はどんな作品を作りたいですか?

「何を作りたいか? 全然作りたくない(笑)。でも、今は(1曲で)5時間くらいの音楽を作っています。あと、この間終わったんですけど、石橋英子の次のレコードにはこのところの全部の力を注ぎました」

――どちらもとても楽しみにしています。今日はありがとうございました。

 

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