ぶりっ子を残して活かす田中みな実

アナウンサー時代の「ぶりっ子キャラ」から一転、ネガティブな本音をさらけ出すことで話題になっている田中みな実。フリーに転身して3年半、初めての情報番組のMCに就任したTOKYO MX『ひるキュン!』をもとに、田中みな実を考えます。

『バチェラー・ジャパン』を観る

20人の女性が1人の男性に選ばれるまでを追う番組『バチェラー・ジャパン』を観ている。デートを繰り返す度に、今回のデートの位置づけを男性が語る。誰それのことを深く知りたくなったとか、これまでとは違った一面を見てみたいとか、この前のデートで弱さを見せてくれたところにグッときたとか、あまりに表層的な言葉の羅列に驚くのだが、表層的な言葉を積もらせることに躊躇いがない主人公でないと、この手のエンターテイメントは成立しないのだから、まったく適当な人材なのだろう。

この男性が役員を務める大手ネット企業に何度かお邪魔したことがある。とにかくたじろいだのが、エレベーターに乗り込んでくる人たちが、その直前まで続けていたテンション高めの会話を維持したまま乗り込んでくること。あの狭い空間に対する躊躇いのなさに驚いたのだが、ものすごく適当なことを言えば、あれこれ躊躇っていてはいけない厳しい世界なのだろう。「来月までに結果出せ」みたいな世界の力学は、「あっ、もう6月か」と6月2日に気付くこちらの力学とは相反する。だからこちらは、あちらを理解しようともせず、「中の人たちの様子を確認せずにエレベーターで会話を続行するなんて傲慢」と結論づけたりする。あちらはこちらをどうやって結論づけるのだろうか。視界に入ってすらいないのかもしれない。

佐藤藍子のグルメ遍歴

今、テレビに限らず、あらゆるメディアが、「素直な人間が果敢に挑む」という状態に満ち溢れていて、「素直じゃない人間が果敢に挑まない」状態を保持する自分がそれらを見ると、じんわり疲弊してしまう。発言や物事が表層的であることが「素直」と変換されまくる感覚に小声で異議申し立てすると、偏屈な人だと身勝手にキャラ付けされ、「ああ、そっちね」と見限られてしまう。キャラ化によって「素直」を獲得した人が、「素直」を獲得しない人を簡素に「偏屈」とキャラ化して片付けるのは、この上なく乱暴だと思う。

毎日、家で昼飯を食べながら、どの番組がマシかという消極的選択をするのだが、このところ、田中みな実がMCを務めるTOKYO MX『ひるキュン!』にチャンネルを合わせることが多くなってきた。タブーなし、って感じを出しながらも、それをスタジオに並ぶ他者から崩されることを嫌う坂上忍には、えっ、それって超シンプルなタブーでは、と言いたくなるし、恵俊彰に対してちょっとだけ歯向かおうとする八代英輝弁護士を見ながら、この特殊な緊張感は私の昼飯に必要な刺激だろうか、とチャンネルを変える。『ひるキュン!』は、今それをやる必然性を感じさせない企画がてんこ盛り。たとえば先週は、佐藤藍子のグルメ遍歴を振り返る時間が設けられていた。あらゆるものが自分の嗜好や世間の平均に合わせて目の前に提供されるようになってしまった昨今、嗜好でも平均でもないものを味わうにはこの番組が最適である。佐藤藍子のグルメ遍歴、ってその例示として抜群の説得力を持つだろう。

ぶりっ子を最小限残しておく

この番組には日替わりで「レジェンドレポーター」が登場し、あちこちの商店街を散策するのだが、ルー大柴・大木凡人・せんだみつお・ビートきよし・夏木ゆたかというハイカロリーなラインナップが日替わりで登場する。もはや「爪痕を残そう」と意気込む必要もなく、自分の手癖を自分で堪能しているような生温い状態が続く。彼らの言動をスタジオで受け続ける田中みな実は、そんなに興味はないけど、それなりには興味を持っています、というクールな対応で付き合ってみせる。商店街にいる人も、それを引き受ける人も、視聴者であるこちらも、「まぁ、こんな感じ」と妥協しながら見ている。妥協ってネガティブに捉えられがちだけど、一致団結して妥協するって、独特の心地よさがある。

田中みな実がインタビューで答えている。これまで、「田中さんのテレビ番組でのコメントについて、『心の闇が深い』などと書くメディアもありました」(大手小町)とインタビュアーが尋ねると、「テレビの世界はキャラクターが大事。(中略)日頃感じている不安や焦燥感を正直に話すと、焦っている人、かわいそうな人と分類されてしまう。かつてはぶりっ子キャラで、今は寂しいキャラ」とすこぶる冷静に自己分析する。見た目とのギャップがあると問われても、「私の場合は誇張されています」と片付ける。小倉優子がかつての「こりん星」の虚像っぷりを今になって伝えるという作業を繰り返し、むしろ「こりん星」が肥大化していく様に辟易させられるのだが、田中みな実の場合、「みんなのみな実」などとぶりっ子キャラを徹底していた頃を卑下するわけでもなく、未だに活用できるアイテムとして最小限残しておくところがクレバーである。

必然性から逃げる

自己分析をして「心の闇が深い」なんて思わないが、心の奥底に大量に備蓄されている消極性に答えてくれるテレビ番組って少ないなと思う。答えてくれる、というか、応えてくれる番組。「エレベーターの中に入る時に、中の人たちの様子を見渡しもせずに会話をそのまま続ける」ような番組が多い。「私の場合は誇張されています」と冷静に分析してしまえる田中みな実が仕切る『ひるキュン!』は、万事に必然性が問われる昨今から逃げているようで、心が落ち着く。佐藤藍子のグルメ遍歴の前日のアンケートは「ゴミの分別に自信がある? 自信がない?」だった。何に対してかは分からないけど、一定量の消極性が、後ろめたさに化け続けている自分にとって、『ひるキュン!』とピントが合う。

(イラスト:ハセガワシオリ


小島慶子×武田砂鉄「これからの夫婦の形」『幸せな結婚』(小島慶子著)刊行記念イベント
日時:2018年6月25日(月) 19:00~20:30
場所:la kagu(ラカグ)2F レクチャースペースsoko
価格:2000円(神楽坂ブック倶楽部会員限定 1800円)
https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/...


武田砂鉄×石戸諭トークライブ「これから何を書いていくべきか」
日時:6月27日(水)19:30~
場所:講談社(有楽町線護国寺駅。一階受付までお越しください)
価格:1000円
http://peatix.com/event/381640

発売即重版! 武田砂鉄さんの新刊です。

日本の気配

武田砂鉄
晶文社
2018-04-24

この連載について

初回を読む
ワダアキ考 〜テレビの中のわだかまり〜

武田砂鉄

365日四六時中休むことなく流れ続けているテレビ。あまりにも日常に入り込みすぎて、さも当たり前のようになってしったテレビの世界。でも、ふとした瞬間に感じる違和感、「これって本当に当たり前なんだっけ?」。その違和感を問いただすのが今回ス...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

Tweetがありません