対正恩氏でトランプ氏が期待外れな理由

風間晋
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  • トランプ氏が主導権を握っているようには見えない
  • 1年4ヵ月のトランプ外交は“期待外れ”のオンパレード
  • 期待を双肩に担う板門店のソン・キム大使

トランプ氏が主導権を握っているようには見えない

史上初の米朝首脳会談が日本時間12日午前10時から行われる。
政治ショーとして最大限利用されるのは当然として、気になるのは両首脳の合意内容だ。トランプ大統領が正恩氏の側近の金英哲朝鮮労働党副委員長とホワイトハウスで会談した直後にメディアに語った内容が、あ・れ・れ・?ということだらけだったからだ。

曰く、シンガポール会談はプロセスの始まり。(非核化は)時間がかかっていい。6月12日に署名をするようなことはない。『最大の圧力』という言葉はもう使いたくない。などなど。

その1週間前の5月24日、トランプ大統領が「会談は取りやめだ」と強硬発言し、北朝鮮側が慌てふためいた‥という解説を聞かされ、駆け引きではトランプ氏が一枚上手だという印象が強まっていた。さらに金委員長が韓国の文在寅大統領に会談を要望し、なりふり構わず米朝会談の実現のために奔走したということなら、当然、その時点で主導権はトランプ氏が握っていたはずだ。
が、冒頭のトランプ発言を聞く限り、北朝鮮側がうまく事を運んでいるように思えてならない。
トランプ大統領、ちょっと期待外れじゃないか?

その理由を考えてみた。
まず、日米両政府が推進してきたCVIDキャンペーン(CVIDは「完全で検証可能かつ不可逆的な核廃棄(ないし非核化)」の略)、そして最大の圧力キャンペーンとの落差だ。

3月9日、韓国を通じて伝えられた金正恩委員長との会談の要請をトランプ大統領が即断で受諾し、日本政府のみならず政権内の幹部をも大慌てさせた。そこからCVIDキャンペーンがギヤアップしたと思う。会談するにしても断固要求し決して譲ってはならない一線がある。それがCVIDという訳だ。さらに非核化が実現するまで圧力を弛めるべきでないと。
恐らく、トランプ氏の危うさに対するけん制という面もあったに違いない。
キャンペーンがしっかり続けられていた分、トランプ氏の脱落感がぬぐえない。

日本に出来ることは限られている

北朝鮮の核武装を一番恐れているのは日本だ。
しかし、日本ができることは極めて限られている。

アメリカ本土に届くICBMがほぼ完成したことで安全保障上の懸念を格段に強めたアメリカと連携を強化し、核とミサイルそして拉致問題を解決へと向かわせるしかない。
その点トランプ大統領は、軍事的圧力も経済制裁の圧力もかけ方が半端じゃないし、発言やツイートの破壊力も過激だ。トランプ氏なら正恩氏をガツンとやってくれそうだ。ようやく積年のイライラが解消される。頑張ってくれーと応援していたのに。。
日本と日本人が北の脅威にさらされ続けている中で、トランプ氏に期待をかけていた分、ガッカリ感は否めない。

1年4ヵ月のトランプ外交は“期待外れ”のオンパレード

トランプ大統領は2度、シリアに巡航ミサイルを打ち込んだ。やる時はやる決断力もガッツもある。それは対北朝鮮でも同じに違いないと受け止められた。
しかし、大統領が選んだ手段は2度ともアメリカ兵を危険にさらすことのない遠距離からのミサイル攻撃。
筆者は良く覚えているが、1998年のアメリカ大使館同時爆破テロに対する報復として、当時のクリントン大統領はスーダンとアフガニスタンのテロ組織関連施設にトマホーク・ミサイルを打ち込んだ。そして、“臆病者”と批判されたのだ。ミサイルの数も少なかったが、地上部隊を派遣してテロリストを掃討するガッツがなかったためだ。
その意味では、トランプ氏のガッツも過大評価されているかもしれない。
トランプ氏はオバマ前大統領ができなかったことをやったという比較において得をしたところがある。

そもそもトランプ外交にどれだけ期待できるというのだろう。就任から1年4ヶ月あまりを振り返ってみると;
TPPから脱退、NAFTA再交渉(未だに合意していない)、パリ協定からの離脱、ユネスコ脱退、国際機関への負担金・拠出金の減額や支払停止、エルサレムの首都認定、鉄鋼・アルミの輸入制限、米中貿易戦争、イラン核合意からの離脱などなど、同盟国や友好国にとってすら期待外れのオンパレードだ。
その背景にあるのが「アメリカ・ファースト」最優先であることは疑いない。
であれば、こと北朝鮮についてだけはトランプ大統領が日本の期待に応えてくれると考えることには無理がある。

期待を双肩に担う板門店のソン・キム大使

5月初旬に実施されたCNNの世論調査によれば、アメリカ人の47%が北朝鮮を深刻な脅威と認識する一方(去年10月は62%)、77%はトランプ大統領が金正恩委員長との会談を決めたことを支持している(3月の会談を受諾して間もない時点では62%)。北朝鮮情勢への対応についても53%が支持し、去年11月の35%を底に、初めて「支持」が過半数を超えた。
つまり、軍事的緊張の緩和とともに脅威認識は低下し、首脳会談の実施への支持が高まっている。
また、一般のアメリカ人がCVIDを理解しこだわっているとは到底思えない。
だとすればトランプ氏にとって「アメリカ・ファースト」的首脳会談の“解”はいくらでもある。
“取引”の余地も大いにありだ。

取引の達人からすれば、期待外れに思わせておいて(金委員長も油断させておいて)本番でガツン!と“素晴らしい取引”を実現してみせようという腹積もりなのかもしれない。
その核心部分となるのは、言うまでもなく、板門店で行われている非核化の進め方をめぐる協議の結果だ。

(左)ソン・キム駐フィリピン大使 (右)チェソンヒ外務次官

ソン・キム大使が率いるアメリカ側とチェソンヒ外務次官が率いる北朝鮮側の協議が佳境に入っていることは伝わってくるが、内容に関する情報が全く洩れてこない。本当のサプライズが準備されるとすればここをおいてほかにない。
恐らく協議は両首脳が出発する直前まで続く。
果たしてソン・キム大使はワシントンに戻ってトランプ大統領に直接報告する時間的余裕があるだろうか。それとも板門店からシンガポールへ移動し、そこで大統領に会うことになるのか。

歴史的な米朝首脳会談が期待外れに終わるかどうかは、実はソン・キム大使の双肩にかかっていると言える。

(執筆:フジテレビ 風間晋 解説委員)

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