自分の人生を「残念」で片付けるおじさんにならないために 山内マリコ×田中俊之

情けなくも愛すべき「ちょいダメ」男たちを描いた、山内マリコさんの最新小説集『選んだ孤独はよい孤独』。その山内さんと、男性学を専門とする社会学者で、男の生き方変革を提言している田中俊之さんが語る後半です。果たして本当に、男性が生きやすくなる道はあるのでしょうか? 前半はこちらからどうぞ。
(写真:宇壽山貴久子)

諸悪の根源は、「恋愛結婚」にあった!

山内マリコ(以下、山内) 結婚後の男女不平等は、「恋愛結婚」が原因ってことですか!

田中俊之(以下、田中) そう、多くの人は「恋愛結婚」はひとつのワードだと思ってるけど、違いますよね。「恋愛」と「結婚」って、本来はスムーズにひとつになるはずのない言葉です。

山内 そうですよね。しかも恋愛と結婚は、わりと水と油(笑)。

田中 山内さんにお見せしようと思って取り寄せたんですけど……これ、「東京ウォーカー」という雑誌の90年代と2000年代の総集編版です。これを見たら、基本的に恋愛で男の子がリードして、女の子がリードされている図しかない。
 男の子がこういう雑誌で水族館の情報とかを仕入れて女の子を誘い、女の子の側は、じゃあお弁当でも作っていこうかなとなるわけです。告白も男の子が主導権握って、女の子はそれを待ってる。私のこと好きなのかな?と思ってドキドキできるし、駆け引きも生まれる。リードする側とケアする側に分かれるという不平等な関係は、恋愛のときは楽しみに繋がっちゃうんですよ。

山内 たしかに! 恋愛の段階だと、それがひとつの「型」になってますね。男が男らしいとときめくし、女が女らしいことをするとウケる。でも結婚してしまえば、二人はただの人間なんです……。

田中 家族社会学では、恋愛関係の時の不平等が結婚してからも継続してしまう問題は、ずっと言われてきたことなんですけど、結婚してから「不平等だ」と妻が夫に怒っても、恋愛時代の不平等なスタイルを踏襲しているだけなので、そこからの再教育って大変むずかしいんですよね。

山内 本当だ! オラオラ系との恋愛はわりと楽しいと思うけど、オラオラ系と結婚したら、それはただのモラハラ夫なわけで……。

田中 あと結婚式もダメですね。

山内 ダメですよね!!!!! 結婚式は本当にヤバい(笑)。和装の角隠しの由来とか、調べだしたら腹しか立たないです。でも、伝統的な美しさでコーティングされているから、それを疑問に思わない人も多い。

田中 「ファーストバイト」っていう、新郎新婦がケーキを食べさせあう儀式があるんですけど……

山内 あれ、最悪! 本当に本当に最悪!!!

田中 あれは、「僕が一生食べさせるよ」「私は一生美味しいご飯つくるわ」って儀式ですよ。あと、新婦だけ親に御礼を言うイベントは、「お嫁に貰われていきます」って感じでそのまま「家制度」じゃないですか。もうそんな時代じゃないのに、あの2つはいまだ人気がある演出なんですって。せめて、結婚式から修正していかなければ。

山内 私、かなり適当に結婚式を挙げたんですけど、ファーストバイトのくだりは、式場に頼んでもないのにはじまって、びっくりしました。事前の確認もなく、ケーキを運んできた熟年ウエイターが意気揚々とファーストバイトの解説をしだして、口を塞ぎたくなった(笑)。もちろんそこで、ウエディングドレスを着た状態で、「ちょっと待って! この儀式は欺瞞に満ち満ちているからやめて!」とか言える雰囲気じゃない(笑)。それだけ、稼ぎ手は男、炊事は女っていう家族モデルに、誰も疑問を持ってない証拠ですよね。ものすごーく嫌々ケーキを食べながら、この常識を打ち崩すのは難しいなと痛感しました。

「君ってエロいね」は、おやじの気遣い……だと!?

山内 私、フェミに目覚めるのが遅かった分、それ以前の感覚も憶えているんです。ファーストバイトをおかしいと思わない感覚、むしろ「素敵やん」と思ってうっとりしてる感覚も、わかるんです。男の人の男らしい部分にキュンとくる感覚も知ってるし、好きな男のタイプに「男らしい人」と答えていた自分も、確実にいたんです。
 でも、男性と暮らすようになると、相手の男らしい部分がすべて負の要素になって、自分に撥ね返ってくる。そこではじめて、こんな不平等な関係じゃダメなんだってことがわかる。

田中 もし平等な夫婦関係を築きたいんだったら、恋愛的魅力とは別に結婚相手としての魅力を構築していかないと。当たり前のことだと思われるでしょうが、夫婦が話し合えることが一番大切です。家事分担って万人向けの正解があるわけじゃないんだから、交渉の余地がある相手じゃないと、「なんで!? いままでお前は俺の世話をしてくれたのに!」となる。交渉する関係というのは平等が前提ですから、不平等なら交渉の余地がないんですよ。

山内 交渉の余地がある相手と結婚するっていうのは、本当に重要ですね。私は同棲期間も含めると、夫と7年一緒に住んでますが、完全に交渉の歴史です。最近はほのぼのしてますが、初期の交渉は熾烈を極めました(笑)。今思うと、最初に2年同棲したことがよかったかも。家賃も生活費も折半で、経済的にフェアだから、自分にも物申す権利がある。それで、人間として平等に生活しましょうっていう主張ができた。「そっちももっと家事やりなよ」っていう、春闘を起こせた(笑)。
 でも、最初から結婚として生活がスタートして、経済面はすべて旦那さんに支えられていたら、負い目があって主張はできなかったと思うんです。オーソドックスな男女の役割を演じる中で、自分個人の本音を出すのって、かなりハードルが高い。

田中 はい、だから恋愛結婚は、大きな問題なんです。

山内 わかった……私、次は恋愛小説を書きますね! ただのロマンチックラブ・イデオロギーじゃなく、恋愛をモデルチェンジさせるような小説を。『逃げ恥』をはじめ、そういうことに意識的に取り組んでいる作品を、もっと増やすこと、それが今のフィクションの書き手に課せられた仕事なのかもしれませんね。男女が対等な関係の恋愛小説を書いて、恋愛モデルをアップグレードする!

田中 その小説は、極めて重要ですね。小説のいいところは、現実を越えていけるってところですよね。今はそうじゃないけど、可能性としてこういう世界はあるよねってことが描ける。学者は根拠がなければ、何も書けませんから。

山内 先行する物語や言葉、イメージがないと、現実にトレースできないですよね。

田中 そう、言葉なんです。男の言葉、ボキャブラリーの貧困さも、本当に問題です。言葉を持たないうえに女性を性の対象としてしか見てないから、「いいお天気ですね~」の次は、「君はエロいね~」くらいしか会話がない。福田元次官は完全にアウトですけど、セクハラって、おじさんが「共通の話題を見つけようとした」結果だったりするんですよ。

山内 「共通の話題を見つけようとした」結果……(笑)。なるほど、おじさんの中にある、「セクハラするってことは女として評価してるってことだぞ喜べ」みたいな、わけわかんない考えが、社交の一環として口から漏れ出ている状態なんですね。彼らはよかろうと思って言ってますもんね……。もっと当たり障りのない話題でいいのに(笑)。なんでしょうこのディスコミュニケーションは。

田中 これも、男は仕事だけやってればいい、という弊害です。

山内 本当に、仕事のことしか話せない男性は多いですね。『選んだ孤独』の中にも、息子が社会に出て働き出した途端、趣味もなくなり家族にも優しくなくなってしまったことを嘆いている、「ミュージシャンになってくれた方がよかった」っていう題名の掌編があります(笑)。
 「男は仕事だけやってればいい」の弊害でいうと、特にリタイア後のおじさんたちの所在なさったらないですよね。会社から切り離された男性が、目的を失くして、家に居場所もなく、個人としてうまく立ち振る舞えなくなるのは、社会問題ですよね。この間も、真っ昼間のバス停で、おじいさんとおじさんがポコポコ殴り合う地獄絵図を見たんですが、スーツを脱いで会社員っていうペルソナを取ったら、こうなっちゃうんだなーと。

田中 完全に同意です。たぶん、その2人は肩がぶつかった程度で殴り合ってたんでしょう。哀れですよ。でも、おじさんたちが困っていても、手を差し伸べる人は少ないですよね。困ってても疲れてても、それがおじさんの普通じゃん? となっちゃう。おじさんたちはパワー持ってる側だから「エンパワメント」とは言えないけど、彼らに手を差し伸べれば変わるかもしれず、それがトータルで見れば女の人にとって利益になると思います。

おじさんが自分の人生を一言で表すと「残念」になる

山内 おじさんのなかにある「人生モデル」のものさしって、定年で終わってて、その先を測れない。忙しい忙しいって働いてたら、いつの間にか人生が終わってたという、その選択肢のなさを、男性はどう思ってるんだろう。

田中 それは『選んだ孤独』の「ファザー」っていう掌篇に凝縮されていますよね。この、あっという間に人生が過ぎていってしまった男性の物語と、僕が男性の定年退職者たちにインタビューした回答がすごく符号してるんです。

山内 へー!

田中 全員に「40年間働いてどうでした?」と同じ質問をしたのですが、みんな「あっという間だった」って言うんですよ。毎日、会社に行って家に帰って寝てだけを繰り返していたら、40年なんて本当にあっという間で、喪失感や孤独を感じるとみんな言うんです。その中のひとりに、じゃあ人生トータルでどうでしたか? って聞くと、自分の人生の半分があっという間に過ぎて、何をやっていたかも覚えてないなんて、人生を一言で表すと「残念」だって。彼の「残念」をこの作品で思い出しました。

山内 残念……。

田中 だから『選んだ孤独』の、人の心が動いた瞬間を撮ってくれるロボットの話(「心が動いた瞬間、シャッターを切る」)も素晴らしいですよね。意識しないと男の人生ってツーっと過ぎていっちゃうし、男性は友達もいないし、人生の区切りもない。この小説は、こういうロボットがいたら俺の人生違うかも、という見せ方をしてくれる。この本は、僕のような40歳を過ぎた男には特に、いま以外の生き方もあるし、なんとかなるんじゃないのっていうポジティブなメッセージとして読めました。

男の居場所を広げてあげよう!

山内 女性が、結婚して男性に「幸せにしてもらう」っていう考えは、古すぎるし甘すぎるし危険すぎる。でも現状、女性が自分だけの経済力で生きるのは、かなりシビアですよね。

田中 そうですね、いまだにフルタイム正社員でも、男の給料を100としたら女性はまだ70%くらいですよ。男性が30万円なら、女性は21万円しかもらえない。

山内 その差はでかい……! 『選んだ孤独』でも触れたポイントですが、女性のなかには、いい会社に勤めているかどうか、安定した経済力があるかどうか、つまり金目当てで相手を選んでいる人も少なからずいるわけですが、この金額差を見ると、女性のことは責められないですよね。

田中 そう、この格差があるのに「女は男の金しかみない」っていうクレームは成立しない。まず賃金を平等にしなきゃいけない。あと、男性の中には、男社会の競争で男に負けて男に虐げられてるのに、それを女のせいにする人がめちゃくちゃ多い。これもなんとかしないと。

山内 「男社会の競争で男に負けて男に虐げられてるのに、それを女のせいにする人」(笑)! プライドが暴走して、蚊帳の外である弱者の女性に、あろうことか攻撃の矛先が向くという。女性にも、そのメカニズムはバレバレなんですけどね。これを言うと元も子もないのですが、男社会の競争で勝ってる男性って、女性が抱える問題をなんとかしようっていう余裕があったりするんですよね。サイボウズの青野社長が夫婦別姓を求める裁判を起こしているのを見ると、そう思います。知人の会社社長の男性も、竹信三恵子さんの『家事労働ハラスメント』を読んでいて、女性が抱える問題に親身だった。ってなると、やっぱり男社会の勝利者がベストってことになってしまうけど(笑)、大多数がそうなることは不可能だから。年収や肩書きで男性を測るような価値観は、全然平和じゃない。

田中 男社会の競争は、高度成長期の右肩上がりには適応していたと思うんですよ。でも社会って、往々にしてありがちなんですが、意味がないのに残っちゃう制度ってあるんですね。

山内 たしかに。まず時代が変化したこと、国がそれに適応して合理的な路線変更ができてないこと、そしてもう意味がないのに根強く残ってる男性の「競争」という価値観。すべてがミスマッチで、うまく機能してないのが今ってことなのかも。あーなんかもったいない! 男性が楽になるようトランスフォームするには、どうすればいいんでしょう。

田中 身近なところから、まずはパートナーや周囲からですよね。どうか男が家や地域にいても居場所があるように受け入れてあげてください。僕も子どもが生まれて2ヶ月は大学の春休みを利用して家事と育児に専念していたんです。いまも時間が合えば、昼間に子どもをお勉強教室みたいなのに連れていくんですけど、今日はお父さんどうしたんですか? って先生から言われる。男が育児をやるのに、特別な理由がなくてもよくしていきたいですね。「男女問題」って一括りにもできないから、その中の多様性にも目を向けていかなと。

山内 そうですね。男性を敵視して、女性同士で団結しよう! だけじゃ根本は変わらないですからね。「Think Globally、 Act Locally(「地球規模で考え、地域で行動せよ」という意味の、環境問題でよく使われるスローガン)」じゃないけど、身近な異性と、平等だと思えるいい関係を築くことが第一歩なのかも。この『選んだ孤独』を読んだり、田中先生の話を聞いた男性が、自分に溜まっているもやもやをオープンにしやすくなる、そんな流れが生まれるといいな。


田中俊之(たなか・としゆき)
1975年生まれ。大正大学心理社会学部准教授。男性学の第一人者として、新聞、雑誌、ラジオ、ネットメディア等で活躍中。著書に、『男性学の新展開』『男がつらいよ』『〈40男〉はなぜ嫌われるか』『男が働かない、いいじゃないか!』『不自由な男たち』。厚生労働省イクメンプロジェクト推進委員会委員・渋谷区男女平等推進会議委員もつとめる。

選んだ孤独はよい孤独

山内 マリコ
河出書房新社
2018-05-22

この連載について

初回を読む
君たちが生きづらいのは、決して女のせいじゃない

山内マリコ

デビューからこれまで、等身大の女性のリアルを描き、女性読者の絶大な共感を得てきた作家・山内マリコさん。そんな山内さんが一転、最新刊『選んだ孤独はよい孤独』で描くのは、情けなくも愛すべきちょいダメ男たちの物語。女性の味方・山内さんが、男...もっと読む

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yasuhiko_tanaka 自分の人生を「残念」で片付けるおじさんにならないために・・・。 *山内マリコさん&田中俊之さん|cakes https://t.co/2nt4MJOnfY 約2時間前 replyretweetfavorite