御供え | 文芸部

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気が付いた時、私はベッドに横たわっていた。

 眩しいくらいの明るさと純白の壁という光景に、一瞬天国なのかと思いかけてしまったものの、意識が少しずつ覚醒していくうちに、そこがガレージの救護室であることが分かる。

 ふとベッドの横に目をやると、椅子に座りながら心配そうに私を見つめる隊長がいて「目が覚めたか?」

 と優しく声をかけてくれた。

 

 「隊長……私、どうして……」

 

 自分が何故こんなところにいるのかわからず、朧げな意識のまま起き上がろうとしたところ、隊長に「説明するからまだ横になっていろ」と押し止められる。

 言われるがまま再びベッドに体を預けて横たわる私に隊長はゆっくりと何があったのか語ってくれた。

 出席していた連盟行事が予定よりも早く終了したことから、隊長は日程を早めて朝一番で黒森峰に戻ってきた。そこで寮母さんや小梅たちに私が朝になっても帰っていないことを聞き、もしやと思いガレージに急行したところ、ティーガーⅠの傍らで倒れていた私を発見した。

 幸いにも外傷や病気の疑いはなく、救護室のベッドで少し様子を見ることになり、そんな中で私が目覚めたというのが今の状況らしい。

 

「散乱している工具や離れた場所に落ちていた鞄を見るに尋常でない何かが起こったことは理解している。エリカ、昨夜一体何があったんだ?」

 

 私を気遣いつつも的確な状況説明を求める隊長に、私は昨日遭遇した怪奇現象について隠すことなく語った。

 隊長の言いつけを破って夜中までガレージに残っていたこと。

 装填練習の音が聞こえてきて、様子を見に行くとそこに黒い『影』がいたこと。

 『影』がいたる所から出現して殺されそうになったこと。

 知らない先輩に助けてもらったと思ったらその人も『影』と同じく人にあらざる者だったこと。

 普段の私では考えられないような不明瞭で説得力に欠ける稚拙な説明だったにも関わらず、隊長は途中で言葉を挟むことなく、真剣に耳を傾けてくれた。

 話していくうちに、昨夜味わった恐怖と今生きている実感、そしてこの話をもし隊長が信じてくれなかったらという不安が合わさった複雑な感情が次々と胸に溢れてきて、いつしか私の瞳からは涙が零れ始め、子どものように泣き出してしまっていた。

 隊長はそんな私の情けない姿に何も言及することなく、「エリカが無事で良かった」と安心した表情を浮かべて私が泣き止むまでずっと抱きしめてくれた。

 

 

「深夜のガレージには近づかないよう徹底しなくてはいけないな。いっそのこと、怪奇現象が事実であることを公言するのも一つの手ではあるが」

 

 私が落ち着いたのを見計らって、隊長は今後の方針についての意見を求めてきた。

 刻まれた恐怖は体中に残っていたものの、私のような危険を他の隊員に味合わせるわけにはいかない。

 勇気を振り絞って今後のための検討を行うことにした。

 隊員の安全が第一に考えれば、深夜のガレージ立ち入りさえ防止出来れば被害は防げるだろう。

 問題はそれをどうやって全員に徹底させるかどうかにかかっている。

 

「ですが、隊長から噂が真実だと言われても皆が戸惑ってしまうと思います。それに公言することで興味を惹いて逆効果になってしまう可能性も否定できません」

 

 誰もが尊敬し、敬愛している隊長の口から突然「七不思議は本当のことだから気をつけろ」などと普段の様子からは考えられないような驚きの発言が飛び出したとしたら間違いなく混乱が起こる。怪奇現象に遭遇する前の私だったら間違いなくそうなっていったに違いない。 

 混乱だけで済めばまだしも、オカルト好きな子や信じきれない子が自分の目で確かめようとして被害に遭いかねない。

 

「そうだな。やはり、情報共有は幹部クラスにまでに留めて、一般隊員についてはそれとなく注意を促すのが得策か」

「同感です。知る者が多過ぎれば、伝言ゲームのように噂が変質しながら拡散してしまう可能性もありますし」

 

 ガレージの話だって事実と合っているのは『練習の音が聞こえる』という部分であって、『レギュラーになれなくて自殺した子』などという部分はまったく無関係について尾びれ以外の何物でも無かった。

 むしろ一番重要な『襲われるから決して深夜のガレージに入るな』という部分が抜け落ちているという致命的な問題がある。

 噂というのは人が増えれば増えるほど、思わぬ形になって拡散していく。広げたい情報も必要事項が抜ける、もしくは変質してしまっては何の意味も無い。

 それなら、伝達速度が多少劣っても確実な内容を伝達できる方が今回のような場合ははるかに有用だと思う。

 

「ガレージの怪奇現象についての対策はその方針で進めるとしてだ。エリカが出会ったというティーガーの操縦手についてなんだが、私は会ったことがあるかもしれない」

 

 隊長の一言に思わず背筋がぞくりとする。

 『影』とは異なり、人の形をして朗らかな笑顔を向けてくれたにもかかわらず、この世の者では無かった先輩。

 おそらくは、『誰もいないのに走り回るティーガー』の噂の元なのだろう。

 それをどうして隊長が知っているのだろうか、と疑問に感じていると隊長は「隊長を引き継いだばかりの時に、いつまでも残っていないで早く帰りなさいと何度か注意されたことがある」と語ってくれた。

 隊長曰く、先輩だろうとは思っていたものの、隊員一覧やOG名簿を見てもその人はいなかったので少し不思議には思っていたらしい。

 隊長が語ったその人の特徴は私が出会った人と同じく、青みがかった髪に朗らかな笑顔が似合う少女だったそうだ。

 

「今にして思えば、エリカが見たという影に出くわさないよう助けてくれたのかもしれないな」

 

 しみじみと語る隊長に私もふとあの先輩について考えてみる。

 正体を知ってしまい、冷たい手で体に触れられた時はこのままあの世に連れて行かれるのではないかと思っていたが、幸いにも私は生きて今もここにいる。

 そもそも私を『影』から救ってくれたのは先輩だったし、危害を加える気があるのであれば、影についてわざわざ忠告してくれたのもおかしな話だ。

 もしかしたら、あの時の先輩の顔や声が影のようになったのは私の恐怖心が生んだ幻だったのかもしれない。

 それで勝手に気絶して迷惑をかけてしまったのではないかと思うと少し申し訳なく感じてしまう。

 

「私も少し七不思議について調べてみよう。歴代の隊長方なら何か知っているかもしれない」

 

 隊長は椅子から立ち上がり、「私は練習に戻るが、今日はゆっくりと休むように」と私の目をじっと見つめて救護室を後にしようとした。

 私も参加しますと言おうとしたものの「言いつけを守らなかった罰だ。完全に回復するまで参加は認めない」と断言されては何も言い返せず、私はそのままベッドで一日過ごすことになってしまった。

 

 

 

◇◇--------------------------------

 

 数日後、心身ともに回復して練習にも復帰した私は隊長から「先日のことで報告があるので残って欲しい」と声をかけられた。

 練習を終えて、指定された場所に足を運ぶと、そこは私が意識を失った場所とほど近いあの祠の側で、傍らのベンチに小さな箱を抱えながら腰かける隊長の姿が見えた。

 どうしてこんなところで話すのか少し不思議ではあったものの、

言われるがまま隣に座り、隊長からの報告に耳を傾けた。

 

「やはり、先輩方の頃から噂はあったらしい。というよりも、もっと昔は具体的に伝わっていたそうだ」

 

 隊長はこの数日間、空き時間に歴代の隊長方へ連絡を取って七不思議について情報を集めていたらしく、そこで今まで知らなかったいくつかのことが発覚した。

 

 ガレージの「影」について20年近く前からその存在と危険性については認識されていて、噂という形でありながら戦車道チームの隊員であれば誰もが知る公然の秘密であったこと。

 しかし、ある日それを興味本位で確かめようとした1年生のグループが奴らに襲われて重体に陥ったことから徹底的に噂は噂として片づけて緘口令をしき、ガレージ使用時間のルールを徹底することで対応することに方針を変更したこと。

 チームの安全を司る隊長だけには代々引き継ぐ予定だったが、途中何かしらの理由で伝承が断絶してしまっていたこと。

 

「それでも別の内容で噂としては残っていたことを考えれば、人の伝えゆく力というのは凄いものだな」

 

 感心する気持ちはわからないではないけど、私としては情報伝達が不完全だったことが気になってしょうがなかった。

 単なる不注意なのか、それとも意図的に省かれてしまったのか、どちらにしても、このような重要な事項が後に引き継がれなかったことは大いに反省すべきことなのは間違いなく、今後引き継いでいく際には細心の注意を払うべき必要がある。

 

 情報がしっかり伝わりさえすれば、知らず知らずの内に危険な目に遭う可能性も低くなるだろうし、万が一の事態の予防にも繋がるのだから情報の引継ぎはしっかりと行うべきだ。

 あんな怖い目に遭うのはもう私だけでいい。

 

「それについては同感だ。今度は途中で途切れることの無いように注意して伝達内容と方法を定めよう」

 

 安堵感でホッと胸を撫でおろす私に隊長は「実は調べて行くうちに詳細までわかったことがあるんだ」と告げ、胸元から1枚の写真を取り出した。

 

「手前の中央をよく見て欲しい。エリカが会ったのはその人で間違いないな?」

 

 手渡された写真は黒森峰戦車道チームの集合写真だった。

 昔の写真なのかほんの少しだけ色あせてはいたものの、パンツァージャケットを身に纏い、思い思いの笑顔で写真に納まる生徒たちの表情の細かい違いもしっかり判断できるほど鮮明なものだった。

 

 その写真の隊長が教えてくれた場所に見たことのある顔が映っていた。

 青みがかかった長めの髪、朗らかな満面の笑み。私を助けてくれたあの先輩だ。

 

 「……間違いありません。私が会ったのは確かにこの人でした」

 

 私の答えに隊長は「馬原先輩という方らしい。私が会ったのもこの人だった」と呟く。

 2人で写真を眺めていると、ことさら先輩が幽霊だったことを実感する。

 色あせた写真に写った姿と比較しても先輩の姿はまったく変わっていないのだから当然の話だ。

 そんなことを考えていた最中、先輩の側に写っている一人の女生徒にふと視線が向く。

 メンバー全員が笑顔で写真に映る中、頑なな表情を崩さない三つ編みお下げの黒髪の少女は異様な存在感があって、列の最前面中央にいるころから考えてもおそらく当時の隊長だろうということは何となく理解できた。

 そして、その凛とした目と顔つきがどこか西住隊長を思わせるものであることに気づいた時、私はまさかと息を呑む。

 

「隊長、ここに写っている人ってもしかして……」

「おそらくエリカの想像している通りだ。お母様……家元ご本人だ」

 

 思わずして家元の高校時代の姿を知ることについても驚きを隠せなかったものの、

 それよりも先輩がまさか家元と同年代だったとは思いもよらなかった。

 笑いながら家元に後ろから手を回してる先輩と、固い表情を見せながらも決して嫌そうでは家元の姿を見る限り、先輩と家元はきっと親しい関係だったのだろう。

 

「自分が知る限り最高の操縦手だった。そのように家元からは聞いている」

 

 戦闘室で無様な恰好をさらしている状況での乗車ではあったものの、あの流れるような発進と制止は黒森峰で技量に優れた操縦手たちの操る車両に乗車し続けている私でも味わったことがないような華麗な操縦だった。

あの厳格な家元が絶賛するだけある。

私のような若輩者にも理解できるほど素晴らしい技術だった。

 

「先輩は病気でチームを辞めたと言っていました。もしかして、それで……」

 

 あれだけの素晴らしい技術を持っていながらチームを辞めざるをえないほどの病気になって、あの時の姿のまま現れる。

 最早聞くまででも無かったけど、私は正確な事実を知りたかった。

 

 私の問いかけに隊長は少し悲しそうな顔をしてから「在学中に心臓の疾患が見つかって、治療の甲斐なく亡くなったらしい」と答えてくれた。

 

 想像こそしていたものの、いざ事実を言われると言葉が出てこない。

 寂しそうな表情を浮かべていた先輩の顔がふと頭を過り、どれだけ無念だったのか考えてしまう。

人知れずティーガーに乗っているのも、きっと最後までチームにいられなかったことが心残りだったからなのだろう。

 

「……馬原先輩が亡くなってからチームの間で先輩を見たという声が後を絶たなかったそうだ。アドバイスを貰った後輩がどの先輩なのか分からず調べていたら故人で驚愕するようなことが幾度もあったと聞く」

 

 家元曰く、先輩は面倒見の良い人だったらしい。

 私や隊長への接し方を見るにきっと今でも後輩たちが心配で世話を焼いているのだろう。

 

「まるでチームの守り神みたいですね」

 

 思わず口から出た言葉に隊長は「ああ、先輩はいつでもチームを見守ってくれている。あそこからな」と横に視線を向ける。

 視線の先に噂の祠があることに気づいた私「まさかあれって」と声を上げる。

 

「元々は先輩を供養するために有志で作った石碑らしい。それがいつしか願いが叶う祠なんて言われて常に何かしらお供えがされている、なんて家元にはとても言えなかった」

 

 苦笑する隊長に「確かに言えませんね」と相槌を打つ。

 

 どうしてティーガーがあんな場所で制止したのかずっと不思議だったけど、そういう理由だと考えれば合点がいく。

 お供え物を平気で物色していたのも、ある意味自分にお供えされているような物と考えられなくもないのでわからないでもない。

 

 それにしても供養するための石碑がいつしか願いが叶う祠に変貌してしまうなんてまだ信じられない。

 おそらくは、世話を焼く先輩の姿とお供え物が置かれた光景がいつの間にか合わさって一つの噂になってしまったのだと思うけど、よくも上手いこと組み合わさったものだと感心してしまう。

 

「せっかくの機会だ。私たちは本来の意味合いでお供えをしよう」

 

 隊長が傍らの小さな箱を開けて、中から缶コーヒーと馬肉の缶詰を2個ずつ取り出して、片方をそのまま私に手渡してくれた。きっと先輩の好物だったのだろう。

 本来ならば私が用意しなければならないので少し申し訳ない気持ちはあったが、ここは隊長のご厚意に甘えることにした。

 コーヒーと缶詰を祠の前に供えて、静かに手を会わせて瞳を閉じる。

 ありがとうございます。先輩のおかげで助かりました。

 せっかく助けてくれたのに怖がって気絶してすみませんでした。

 

 祈りと想いを終え、そっと目を開けると、どこかから『気にしなくていいよ』とどこかで耳にしたことのある声が聞こえた気がした。

 その声は掠れた不鮮明なあの『影』たちのような悍ましいモノではなく、明るくて人間味のある暖かい響きだった。

 

 

幽霊や怪奇現象なんてずっと信じていなかったけど、世の中は目に見えることばかりじゃない。

自分が実際に経験してそれがよく理解できた。

 

これからは、そういった不可思議なことを一蹴するのではなく冷静に見極めるようにしよう。

 

私は心に誓った。

 

 

 

 

 

 

◇◇--------------------------------

 

 その後、真昼間に堂々とガレージでティーガーを洗車する先輩に付き合わされたり、いつまでも成仏せずフラフラしていることに業を煮やした家元が祠の前で仁王立ちして説教を始めるのに巻き込まれ苦労する羽目になることを当時の私は知る由も無かった。

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