​釣ってきた魚を調理したら台所が工事現場の臭いに包まれて絶望した話

「野食」とは野外で採取してきた野生の食材を普段の食卓に活用すること。日々、美味しい食材を求めて南へ北へ。野食ハンターの茸本朗さんが今回チャレンジしたのは、北米原産の外来魚「アメリカナマズ」。
生態系に悪影響を与える懸念から食材に利用する取り組みも進められているというこの魚。茸本さんも「とっ捕まえて食べてやろう、環境保全にも貢献できて一石二鳥や!!」と意気込んだのですが...


見た目はラブリー、でも中身は……

野食をする、ということは極論的にいえば「自らの手で食材の命を奪う」ということです。その中で、自ずと「食材への感謝」が生まれ、食べられることのありがたみを痛感することができます。

だから、野食をやる人たちの多くは、「食材を無駄にしてしまう」行為に対して人一倍強い抵抗感を持っています。自分が食べるために他者の命を奪っているわけだから、当然のこと。
ぼくの周囲の野食クラスタのみなさまも、動物だろうが植物だろうが、通常の流通では廃棄されてしまうような部位まで利用し倒しており、その様子にいつも感銘を受けています。


ぼくもぜひそうありたいと思いながら、日々さまざまな食材にトライしているわけですが、そもそも野食材はヒトに食べられるために存在しているわけではないので、ときには決して美味しいとは言えないものに出会ってしまうことがあります。
もちろん最低限「毒はない」ことくらいは確認して臨むのですが、それでもこちらの想像をはるかに超えてくる味わいのものと出会ってしまうと「この食材を採ってきたのは誰だぁっ!!(ぼくです)」と雄山ばりにブチ切れてしまうこともあるわけです。

それでも、食べるために採ってきたわけですから絶対に無駄にはできない。
自分の持つ引き出しを目いっぱい用いて、どうにかして食べられる状態に仕立てあげる、これもまた野食におけるひとつのだいご味です。
酸味があればマヨネーズで上書きする、苦味や辛みがあれば茹でこぼす、臭みに対しては味噌やショウガなど薬味で戦うetc…ある程度野食をやってきた人間なら、ある程度の風味についてはごまかす方法を熟知しているものです。


しかし、それでもやはり敵わない食材(そう呼べるのかもわからない)と出会ってしまった結果、大変な目に遭ったことがこれまで何度かあります。
今回は、そのようないわば「ババを引いてしまった話」をしていきたいと思います。


食材として移入されたはずなのに

数年前のある日、ぼくは茨城県にある日本第2の面積を誇る湖、霞ヶ浦の湖畔にいました。
狙いはナマズ。それも普通のナマズではなく「アメリカナマズ」という種類の魚です。これを釣るために、はるばる霞ヶ浦まで車を走らせたのです。


アベレージサイズのアメリカナマズ

アメリカナマズは名前の通り北アメリカ原産の外来種で、現地ではフィレオフィッシュの原料となるなど、食用魚として非常に有用なもの。そのため40年ほど前に養殖目的で日本に移入されたのですが、これが逃げ出し(故意に逃がしたという説もある)霞ヶ浦からそこにつながる利根川、江戸川、そして印旛沼に至るまで定着してしまいました。
食性の幅が広く、生態系に悪影響を与える懸念から特定外来生物に指定されており、食材や飼料として利用する取り組みが進められています。
それを聞きつけ「我々もぜひとっ捕まえて食べてやろう、環境保全にも貢献できて一石二鳥や!!」と意気込んだのです。それが惨事の入口になるとは思いもせず……

地元の釣具屋にポイントを聞いて、向かったのは北部にある漁港の岸壁。
ナマズ類は夜行性のため、日が暮れるのを待って、サンマをつけた針を投げ込みます。
やがて同行の友人の竿がぐぐぐっと引き込まれ、釣れ上がってきたのは


!!!

どデカい!
80㎝はあろうかという本命です。
これは食べ応えがありそうだと、大騒ぎしながら友人とハイタッチします。

しかしこの時冷静になっておくべきでした、そうすれば、その体表のヌメリがなんだかヤバい匂いを放っていたことに気づけたかもしれないのに……。


クーラーボックスに収まりきらない

持ち帰り、クーラーボックスを開くと、無理やり押し込まれていたアメリカナマズが勢いよく顔を出します。
それと同時に、違和感に気づきます。

えっ、私のクーラーボックス、くさすぎ……?

残念ながらくさいのはクーラーボックスではなく、ナマズでした。体表のヌメリが、ドブ川のようなムワっとくる悪臭を放っているのです。


まあでも、ヌメリの悪臭というのは淡水魚ならよくあること。よく洗い、きれいに拭き取ればだいたいの場合は問題ありません。

しかし、ヌメリを拭き取ったのにもかかわらず、その臭いはおさまるどころか、より一層強いオーラを放ちだしました。臭いの質が、変わった……ッ!?

そして、頭を落とそうと包丁を入れた瞬間、疑念は確信に変わり、やがて絶望へと変化したのです。

これは……ゲオスミンだ……


ゲオスミンはいわゆる「泥臭さ」の原因物質のひとつで、濃度が高いと不快な臭いを放ちます。
それはまさに「雨が降った後の道路」あるいは「押し固められている最中のアスファルト」そのもの。
生物の中で濃縮され、とくに血合いや内臓などに多く蓄積されるのですが、今回の個体は筋肉中からも恐ろしい臭いを放っています。

魚体が大きいため台所のスペースが足りず、浴室の床でさばいていたのですが、あっという間に浴室全体が、そして台所までもがゲオスミン臭に包まれました。完全に道路工事現場の横を通過しているときの気持ちになっています。泣きそうです。


何とか3枚におろし、できる限りのことを試してみます。
①皮を引いて牛乳に漬ける(泥臭さを抜く常套手段)
②紹興酒に漬ける(中国4000年の歴史に頼る)
③白ワインに漬ける(魚料理だしワンチャンあるのでは)

一晩冷蔵庫で寝かせてから、たっぷりのスパイスをまぶし、フィレオフィッシュフライにしてみましたが……


見た目は美味しそうなフライ

齧った瞬間口の中が工事現場になりました。
揚げ油がゲオスミンそのものなんじゃないかってくらい臭いが移っているのに、切り身のほうは全くそのままです。オーラの底が見えない……!
いずれに漬けこんだものもダメでした。

もっと強いもので上書きしないといけない……
そう、カレーとか……


キャットフィッシュ・カリー

ということでココナッツミルクで煮て、グリーンカレーにしてみましたが……
温かいうちは何とか食べれたものの、ちょっとでも冷めると一気にアスファルトです。カレーにして食べられないなんて、それはもう食べ物と言えるのか……?

上書き作戦はダメだ、そう悟ったぼくは、臭いの成分そのものを揮発させる作戦に出ました。
参考になったのはタイの料理「ヤム・プラー・ドゥック」です。
タイでは河川で採れるナマズを用いた料理がたくさん存在しているのですが、これもそのひとつ。蒸したナマズをほぐしてそぼろにし(加熱①)油で揚げ(加熱②)ハーブ類やパクチーの上に盛ってナンプラー主体のドレッシングをかける(マスキング)という、くさい魚を食べる最終手段のような料理です。


揚げそぼろがクルトン的な役目を果たす

果たして、揚げ油が完全にアスファルト臭になってしまったものの、これで何とかぎりぎり美味しく食べることができました。
ただ、こうなるともうナマズの味なんてわかりません。果たしてぼくはゲオスミンにうち勝ったといえるのか……いまだに答えは出せていません。


その後、40㎝程度のちょうどいいサイズのアメリカナマズを利根川本川や印旛沼周辺で釣り上げ、食べる機会に恵まれましたが、例によって血合いや内臓周りは臭うものの、筋肉のみを切り出してフライにすると、美味しく食べることができました。

そう、前記した通り、アメリカナマズは本当は美味しい魚だったはずなのです。それが当人たちの意志に反する形で日本に移入され、ヒトによって汚染された水の中でゲオスミンをため込んでいき、やがて食材としても見向きされなくなってしまったのです。

ぼくはアメリカナマズにひどい目に遭わされたのではない、人間の業にひどい目に遭わされたのですね。
今ちょっとかっこいいこと言いましたよ?(ドヤ顔)


ちなみにこのアメリカナマズを食べた翌日、トイレに行くと尿からゲオスミン臭がしました。ヤバい。
もう二度とアメリカナマズの大型個体は食べない……そう心に誓ったのは言うまでもありません。


ゲオスミンには勝てなかったよ……

このときのアメリカナマズほどではないですが、ハクレンを食べたときもゲオスミン臭に悩まされました。


106cm、10.5㎏というバケモノサイズ

このハクレンもやはり霞ヶ浦水域で漁獲されたものですが、血合いと皮膚、内臓周りに強烈な臭いをため込んでおり、調理に苦労させられました。

一般的に、コイ目の泥くさい魚を調理する時は、アルコールや味噌などの風味の強い調味料を用いたり、よく加熱して臭いを揮発させたり、もしくは喫食時に山椒などで香りの上書きを行います。
しかしゲオスミンの臭いはマスキングできるようなヤワなものではなく、物質として安定的で熱にも強いため、何をどうやっても消し去ることはできません。


見た目はとても美味しそうなあんかけ

原産地の中国に倣い、あんかけ(油で揚げた上に酸味のある味付けをするので、臭みを取るのに向いている)にもしてみましたが、やはり血合いの臭みは抜くことはできませんでした
とはいえ上記のアメリカナマズと異なり、筋肉そのものには臭みがなかったので、皮を剥ぎ捨てて皮下脂肪の層をそぎ取り、血合いをトリミングすることで何とか美味しく食べることに成功しました。


国産野生グッピー

ほかに、多摩川のとある支流で釣り上げたコイやフナ、変わったところでは利根川の野生グッピーなんかも、とくに成魚からゲオスミン臭を顕著に感じました。
数年前に鶴見川で釣り上げた巨大ウナギもひどかった記憶があります。

これらの魚を捕獲したのはいずれも富栄養的な水域で、ゲオスミンを産出する微生物の活動が活発なのだと考えられます。
河川で捕獲した魚を食べようと思うなら、そういった水域のものを食べるときは、できるだけゲオスミンの蓄積量が少ない小型のものを利用するのがいいでしょう。

もしそれでもゲオスミンくさい個体にあたってしまったときは、その臭いがとくにどの部位から発せられているかを探し当て、注意深くトリミングするのがいいと思われます。
怪しいな……と思ったときは、さばく際に最大の悪臭源である内臓に傷がつかないよう、あらかじめお腹周りの肉ごと切除してしまうのも有効です。

ともかくゲオスミン臭を消そうとかごまかそうとか思ってはいけない。
純粋なゲオスミンは酸性環境で分解されるため、「泥くさい」程度の臭いならあんかけのように「酢」を用いることである程度抑えることができますが、アスファルトくささを感じるレベルまで含有された魚体は酢酸程度ではどうにもならないのです。


鶴見川某所

我が家の台所でゲオスミンのアスファルト臭に包まれながら、ぼくは「やっぱり水を汚してはいけない、それで苦しまされるのは我々自身なのだ……」と改めて強く思いました。
河川環境保護活動をされているみなさまは、ぜひこれら「ゲオスミン魚」を料理して、いろいろな人に振る舞ってみてください。きっと、それを食べた誰もが「二度と川を汚すまい」と思ってくれるはずなので……

この連載について

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野食ハンターの七転八倒日記

茸本朗

「野食」とは、野外で採取してきた食材を普段の食卓に活用する活動のこと。 野食ハンターの茸本朗さんは、おいしい食材を求めて日々東奔西走。時にはウツボに噛まれ、時には毒きのこに中毒し、、、 それでも「おいしいものが食べたい!」という強い思...もっと読む

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コメント

sawamemo 為になるようでならない! https://t.co/EDquXVXFBT 約1時間前 replyretweetfavorite

mossan_open このシリーズ、大好き!/釣ってきた魚を調理したら台所が工事現場の臭いに包まれて絶望した話|茸本朗 @tetsuto_w | 約1時間前 replyretweetfavorite

kow_yoshi 平坂寛さんのケミカルナマズを思い出したわ>ゲオスミンは「泥臭さ」の原因物質のひとつで、濃度が高いと不快な臭いを放つ。 それはまさに「雨が降った後の道路」あるいは「押し固められている最中のアスファルト」 約1時間前 replyretweetfavorite

mikakofuse 釣ってきた魚を調理したら台所が工事現場の臭いに包まれて絶望した話|茸本朗 @tetsuto_w | 約2時間前 replyretweetfavorite